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ボツリヌス療法とその問題点 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

ボツリヌス毒素は、
元々は生物兵器として開発され、
それが現在では多くの病気の治療や、
美容目的の処置に利用されています。
(その総説についてはまず昨日の記事をお読み下さい)

現在日本で保険適応されている製剤は、
アメリカのアラガン社が開発し、
グラクソ社が販売している、
ボトックスという製品だけです。

このボトックスは、
眼瞼痙攣、片側性顔面痙攣、痙性斜頚、上肢攣縮、下肢攣縮、
そして小児麻痺の患者さんの尖足に限って、
その使用が認められています。

その使用は事前登録制で、
研修を受けた医師に限られ、
薬剤の管理も麻薬に準じるなど、
多くの制限事項が設けられています。

ところが…

実際にはそれ以外の病状にも、
ボツリヌス毒素の製剤は使用されています。

まず、最も多いのは皆さんも御存知の、
「皺取り」です。

緊張した時に出来る皺は、
表情筋の収縮によるものです。
眉間の皺はその代表ですが、
これを同部位にボツリヌス毒素を注入することにより、
表情筋を緩んだ状態にして、
皺が出来難い状態を作ろう、と言うのです。

史上最強の生物毒素を、
自然に出来る極めてノーマルな現象である皺を、
見え難くするだけの目的で、
顔面に注入しようと言うのですから、
人間というのはつくづく異常な生き物です。

皺取りに対するボツリヌス毒素の使用は、
長く未認可のものであったのですが、
2009年の1月に、
ボトックスビスタという製品が、
「65歳未満の成人における眉間の表情じわ」
に対しての使用が自費の医療として認可され、
現在広く使用されています。

当初はグラクソ社がこの商品も販売していましたが、
2010年からはこの商品のみ、
アラガン社が日本でも販売しています。
おそらくグラクソ社が面倒を嫌ったためと思われます。

つまり現状は皺取りの医療に関して、
厚労省もお墨付きを与えているのです。

ボツリヌス治療の問題点は、
矢張りこの薬剤が神経毒であり、
それを繰り返し注入し、
神経機能の破壊と再生を繰り返させることが、
果たして免疫系を含めて、
生体に影響を与えることはないのだろうか、
ということです。

それが全くないと考えるのは、
あまりに想像力を欠いた考えのように、
僕には思えます。

美容目的以外にも、
ボツリヌス毒素の利用を拡大する動きがあります。

まず、年齢と共におしっこが我慢し辛くなる、
所謂「過活動性膀胱」という病態がありますが、
その治療のために、
膀胱壁にボツリヌス毒素を注入する、
という治療が日本を代表するような医療機関で、
試験的に行なわれています。

確かに膀胱の収縮は、
アセチルコリン作動神経が関与しているので、
それを毒素で強力に阻害すれば、
膀胱はユルユルになって、
おしっこを溜め易くはなるでしょう。
しかし、余程症例を選ばないと、
思わぬ弊害も大きいのでは、
と思えます。

更にはごく最近の週刊誌の記事で、
ある神経内科の先生が、
花粉症にボツリヌス毒素の点鼻を使用している、
という報道があり、
半ば唖然とする思いがしました。

ボツリヌス毒素を鼻の粘膜に注入すれば、
その部位の神経が機能を失うので、
鼻水も出なくなる道理です。

そのために抗コリン剤という薬の点鼻が、
鼻水止めとして使われていましたが、
フロンガスの問題などがあった時に、
その販売が日本では中止され、
現在は代替品がないという状況です。

本来水様の鼻水に対しては、
今使われている抗ヒスタミン剤よりも、
抗コリン剤の方が効果のあるケースは多いのです。

それが使用出来ないという事実は、
花粉症治療の大きな問題ですが、
その代用として「史上最強の生物毒素」を用いる、
と言うのは、
幾らなんでもやり過ぎではないでしょうか?

第一そうした用途への使用は、
これはもう絶対に認可はされない筈です。

この先生は自前でボツリヌス毒素を輸入して、
こうした治療をされているのでしょうか?

ボトックスやボトックスビスタをその目的に使用するとすれば、
それはたとえ自費であっても、
許される行為ではない筈です。

ただ、検索すると大学病院でも、
そうした治験が行なわれているようです。
何と言うか、ちょっと呆れます。

少し話は逸れますが、
日本の医療は医療保険の範囲においては、
非常に厳密にその適応が制限され、
規制がされていますが、
自費診療で薬剤も個人輸入、ということになると、
一気に何でもありになってしまう、
という非常なアンバランスが存在します。

少し前に問題になった、
万能細胞を使った医療行為が、
海外では出来ないために、
わざわざ日本で医療機関を開設して、
海外の患者さんに対して行なわれていたり、
日本で認可されていない医薬品でも、
スイスイ使われてしまうという点は、
明らかに異常で、
全てを規制するのは問題があるにしても、
少なくとも適応外の治療については、
事前の報告を挙げさせるなど、
何らかの歯止めは必要なのではないかと思います。

皺取りの是非は何とも言えません。
僕は皺取りに神経毒素を注射するなど、
とてもしようとは思いませんが、
似たようなある意味下らない見栄えの問題のために、
同じような行為をしないとも限らないからです。
そもそも、ボツリヌス毒素の臨床応用の最初も、
斜視の治療です。
史上最強の生物毒素で生物兵器として開発された物質を、
目の神経を動かなくして、
ちょっと見た目を変えるだけの目的に、
平然と使用しよう、というのですから、
人間のバランス感覚というのは、
非常に奇怪で矛盾に満ちたものです。

ただ、花粉症にボツリヌス毒素というのは、
どう考えてもやり過ぎです。
そりゃ、勿論効果はあるのです。
鼻水を出す神経を機能しなくしてしまうのですから、
鼻水は止まり、その効果もしばらくは続きます。
しかし、安易にそんなことをするべきではない。
何と言うか、根本的に倫理にもとる行為のように、
僕には思えます。

でも、僕が誤っているのでしょうか?

花粉症というのは、
一種の免疫異常でしょう。
抗原に対しての鼻や目の粘膜が、
過剰な反応をすることにより起こるのです。

その意味で、
鼻水を止めちまえ、
とばかりに粘膜を焼いたり、
粘膜に毒素を注入したりするのは、
僕は本末転倒だと思います。

ステロイドの注射は、
目を吊り上げて危険だ、
と言う癖に、
粘膜に史上最強の生物毒素を注入して、
免疫異常を惹起することは危険ではないのでしょうか?

こういう異常なバランス感覚を僕は憎みます。

ボツリヌス毒素は非常に興味深い性質を持つ物質ですが、
その神経毒としての性質上、
短期間の使用でさほどの副作用がないからと言って、
安易に使用を拡大するのは極めて危険であり、
その使用は最小限に留めるべきではないか、
と僕は思います。

今日はボツリヌス毒素療法の問題点についてでした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 8

シロ

お返事ありがとうございました。気にせず行きたいと思います。
by シロ (2011-03-01 09:02) 

A・ラファエル

膀胱壁に・・・というのは、私も先日主治医から話がありました。
保険適用外の治療ですし、
私も神経毒で麻痺させてという考え方は、
人間としての根本が違うと思い断りました。
by A・ラファエル (2011-03-01 12:28) 

まみしゃん

最近、高次脳機能障害の患者さんや脳疾患の後遺症である患者さんやご家族のブログで、ボツリヌス治療という話題を見かけていました。

美容のためなんて言語道断だと思いますが・・・保険適用の問題だけでなく、起こりえる副作用などの不具合について十分な説明がされているのかと危惧しています。
by まみしゃん (2011-03-01 13:41) 

fujiki

A・ラファエルさんへ
コメントありがとうございます。
この物質を抗コリン剤の代わりに使用するのは、
色々な面で問題があるのでは、
と思います。
by fujiki (2011-03-02 06:13) 

fujiki

まみしゃんさんへ
コメントありがとうございます。
有用な点はあると思いますし、
全ての治療を否定する意味合いはありませんが、
抗体誘導を起こす点などを考えると、
使用には慎重であるべきと、
僕は思います。
by fujiki (2011-03-02 06:17) 

柴犬

初めまして柴犬です。
花粉症にボツリヌス毒素は確かに危険だと考えます。ステロイドも長期の残留を考えると危険でしょう。
しかしながら、花粉症になっている人に対するQOLの評価がないのが気になります。
抗アレルギー剤は眠い、抗ヒスタミン剤は睡眠薬に近いとなると、一日中鼻を垂らしていなければいけません。
私は花粉の飛散がひどくなると熱さえ出ます。
夜のアレロック+昼の小青龍湯が基本で、タベジールやゼスランを増量し、ダメな場合はセレスタミンを服用します。
こんなに薬を飲むなら、ステロイド注射1本の方が安全なのかもと思うこともあります。
やはりQOLと安全性を比較しなければ、単一の薬剤の性能だけを論じてもおかしいのではないでしょうか。
ちなみにボツリヌス毒素注射でなくなった方はいるのでしょうか?気になります。
by 柴犬 (2011-12-31 03:28) 

fujiki

柴犬さんへ
コメントありがとうございます。
確かに花粉症のような病態では、
QOLの観点は重要で、
かつ診療において忘れがちな点かと思います。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2011-12-31 11:45) 

通りがかり

失礼を承知で書き込みます。

医療では警鐘は必ず必要です。
しかし、前提として十分な知見をお持ちであることだと考えています。

先生、もう少しボツリヌストキシンの作用を勉強されてくださいね。
by 通りがかり (2014-02-22 17:55) 

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