インフルエンザ(H7N9)のタミフル耐性と臨床的予後との関連性について [インフルエンザ(H7N9)]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
先月のLancet誌に掲載された、
新型インフルエンザ(H7N9)の感染と、
そのウイルスのタミフル耐性の変異についての論文です。
今年の3月の下旬から、
中国本土を中心にして、
おそらくは市場の鳥由来と思われる、
H7N9というタイプのA型の新型インフルエンザの感染が、
世界的なパンデミックに繋がるという危惧もあって、
世界規模の問題になっています。
幸い今のところ、
人から人への感染は極めて稀にしか起こらず、
市場などの衛生管理の対策で、
感染自体も終息に向かっているようですが、
まだ油断は出来ませんし、
別個のパンデミックが、
生じる可能性もあります。
従って、
この新型インフルエンザに関する情報は、
日本においても重要であることは間違いがないのです。
さて、
このインフルエンザ(H7N9)は、
これまでのところ、
鳥などの家禽から人間に感染し、
極めて急激に肺炎などの呼吸器感染を来し、
多臓器不全や呼吸不全で、
3割近い死亡率を持つ重症型のウイルス感染です。
流行の当初はタミフルなどの抗ウイルス剤は、
その発病初期には使用されなかったため、
その効果については色々な見解がありました。
これまでの報告においては、
ウイルス遺伝子の解析により、
タミフルなどのノイラミニダーゼ阻害剤の、
耐性に結び付く変異は、
極めて少数の事例のみで検出されていました。
ただ、
仮にタミフル耐性の遺伝子変異が認められたとしても、
それが実際にその患者さんにおいて、
病状の経過に影響を与えるかどうかは、
何とも言えません。
タミフル耐性ウイルスが、
より重症型であるとは限りませんし、
1つの個体の中でも、
遺伝子変異のあるウイルスとないウイルスとが、
ないまぜになっていることも、
しばしばあるからです。
先日タミフル耐性ウイルスの可能性を示唆する、
症例報告の文献をご紹介しましたが、
これはウイルスの遺伝子は解析されていない、
臨床経過のみの1例報告で、
あまり参考になるようなものではありません。
今回の文献はさすがLancetで、
遺伝子の解析と病状との関連性を、
少ない事例ですが詳細に検討していて、
多くの興味深い知見が開示されています。
この論文では上海市の1施設で治療された、
インフルエンザ(H7N9)の14例の事例を対象としています。
先日ご紹介したNew England…で報告された、
2例の事例は除外されている、
と記載されています。
時期的には4月4日~4月20日の間に患者さんは入院されていて、
全例で時期は違いますが、
タミフルもしくは点滴のラピアクタが、
抗ウイルス剤として使用されています。
この14人の平均年齢は74歳で、
71%に当たる10名が男性です。
この年齢と性差は、
未だ解明されていない謎の1つです。
14人の患者さんのうち、
3名の人工肺(ECMO)を含めて、
7名の患者さんが人工呼吸器を装着し、
このうちECMOを装着した3名のうちの2名が、
亡くなっています。
ECMOを装着したもう1人の患者さんは、
5月18日の時点でまだECMO装着中です。
残りの4名の人工呼吸器を装着した患者さんは、
3人は回復して退院し、
残りの1名は5月18日の時点で、
まだ人工呼吸器を装着して入院中です。
残りの7名の患者さんは全て回復し、
退院しています。
当初の報告より、
適切な治療により、
かなりその予後は改善しているようです。
さて、
上記の患者さんは全て、
抗ウイルス剤を使用されています。
ただ、
その治療開始時期は、
最も早い事例で発病後2日ですが、
それ以外の事例は発病後5日以降となっています。
タミフルのような薬剤は、
病初期の治療ほど効果があり、
概ね発熱後48時間以内に使用を開始すべき、
とされていますから、
その基準よりはかなり遅い投与となっているのです。
ただ、
通常のインフルエンザと比較して、
このH7N9の感染では、
人間の体内でウイルスが増殖している期間が長く、
それが重症化の1つの要因となっているので、
抗ウイルス剤の有効性が期待出来る期間も、
より長くなる、という可能性はある訳です。
使用されている薬剤は経口薬のタミフル(オセルタミビル)と、
注射薬のラピアクタ(ペラミビル)です。
タミフルは通常用量の1日150mgもしくは、
倍量の1日300mgが使用され、
ラピアクタは1日600mgが使用されています。
必ずしも重症の事例で、
その投与量が多くなっている、
ということではないようです。
その患者さんの腎機能等の状態を、
勘案しての判断と思われます。
4例の事例においては、
メチルプレドニゾロンというタイプのステロイドが、
1日40mgから120mgの範囲で使用されています。
今回の事例では、
全員1回以上は咽喉の検体で、
ウイルス量の測定が行なわれ、
多くの事例で複数回の測定により、
ウイルス量の、
治療による減少の有無が検討されています。
更には人工呼吸器やECMOを装着した、
重症の事例においては、
複数回の遺伝子の変異の解析により、
タミフルなどの抗ウイルス剤の耐性に関わるとされる、
Arg292Lysという遺伝子変異の有無を確認しています。
その結果、
抗ウイルス剤の使用により、
ウイルス量は経過の良い事例では、
速やかに減少していて、
それが良い経過に結び付いていることが示唆されます。
一方でECMOを装着したような事例では、
抗ウイルス剤の使用によっても、
ウイルス量が減少しなかったり、
一旦減少したウイルス量が、
再度病状の悪化に伴い増加する、
という事例が認められ、
興味深いことには、
そうした事例において、
1例のみですが、
最初は存在しなかったタミフル耐性の遺伝子変異が、
病状経過の中で出現している、
という結果が確認されました。
つまり、
抗ウイルス剤の使用により、
多くの患者さんでウイルス量は減少するのですが、
その中で短期間にタミフル耐性の遺伝子変異が生じることがあり、
そうしたケースでは抗ウイルス剤の効果が減弱するので、
病状が遷延し悪化し易いのではないか、
という推測です。
タミフル耐性の変異が確認されたのは、
今回報告された事例のうち2例のみですが、
もう1例では治療初期の検体からも変異が検出されていて、
最初からタミフル耐性のウイルスであった可能性もあります。
タミフルの耐性が確認された事例は、
いずれもステロイド治療が行なわれていて、
これまでの報告でもステロイド使用者の予後が、
良くないのではないか、
という推測がされていて、
それを今回の報告も裏打ちした感じです。
断定は出来ませんが、
ステロイドで身体の免疫が抑えられることにより、
ウイルスの増殖が促された可能性や、
ステロイドが何らかの機序で、
ウイルスの遺伝子変異を起こり易くした、
という可能性が示唆されます。
本来はタミフルの効果は、
使用しない場合と比較することが、
実証的な検討には不可欠ですが、
今回のような新型インフルエンザのケースでは、
倫理的にそうした研究は不可能です。
従って、
現状は臨床的な印象に留まるものですが、
タミフルなどの抗ウイルス剤は、
現状ではウイルス量の減少に、
一定の効果が期待され、
発症から2日以上が経過していても、
有効な可能性が高い、ということと、
抗ウイルス剤の使用にも関わらず、
ウイルス量が減少しないケースでは、
タミフル耐性の遺伝子変異の生じた可能性を考えるべきだ、
ということ、
そしてステロイドの安易な使用は、
病状に逆効果の可能性があるので、
慎重に判断するべきではないか、
というような点については、
臨床医が心に刻むべきことのように思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
六号通り診療所の石原です。
今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
先月のLancet誌に掲載された、
新型インフルエンザ(H7N9)の感染と、
そのウイルスのタミフル耐性の変異についての論文です。
今年の3月の下旬から、
中国本土を中心にして、
おそらくは市場の鳥由来と思われる、
H7N9というタイプのA型の新型インフルエンザの感染が、
世界的なパンデミックに繋がるという危惧もあって、
世界規模の問題になっています。
幸い今のところ、
人から人への感染は極めて稀にしか起こらず、
市場などの衛生管理の対策で、
感染自体も終息に向かっているようですが、
まだ油断は出来ませんし、
別個のパンデミックが、
生じる可能性もあります。
従って、
この新型インフルエンザに関する情報は、
日本においても重要であることは間違いがないのです。
さて、
このインフルエンザ(H7N9)は、
これまでのところ、
鳥などの家禽から人間に感染し、
極めて急激に肺炎などの呼吸器感染を来し、
多臓器不全や呼吸不全で、
3割近い死亡率を持つ重症型のウイルス感染です。
流行の当初はタミフルなどの抗ウイルス剤は、
その発病初期には使用されなかったため、
その効果については色々な見解がありました。
これまでの報告においては、
ウイルス遺伝子の解析により、
タミフルなどのノイラミニダーゼ阻害剤の、
耐性に結び付く変異は、
極めて少数の事例のみで検出されていました。
ただ、
仮にタミフル耐性の遺伝子変異が認められたとしても、
それが実際にその患者さんにおいて、
病状の経過に影響を与えるかどうかは、
何とも言えません。
タミフル耐性ウイルスが、
より重症型であるとは限りませんし、
1つの個体の中でも、
遺伝子変異のあるウイルスとないウイルスとが、
ないまぜになっていることも、
しばしばあるからです。
先日タミフル耐性ウイルスの可能性を示唆する、
症例報告の文献をご紹介しましたが、
これはウイルスの遺伝子は解析されていない、
臨床経過のみの1例報告で、
あまり参考になるようなものではありません。
今回の文献はさすがLancetで、
遺伝子の解析と病状との関連性を、
少ない事例ですが詳細に検討していて、
多くの興味深い知見が開示されています。
この論文では上海市の1施設で治療された、
インフルエンザ(H7N9)の14例の事例を対象としています。
先日ご紹介したNew England…で報告された、
2例の事例は除外されている、
と記載されています。
時期的には4月4日~4月20日の間に患者さんは入院されていて、
全例で時期は違いますが、
タミフルもしくは点滴のラピアクタが、
抗ウイルス剤として使用されています。
この14人の平均年齢は74歳で、
71%に当たる10名が男性です。
この年齢と性差は、
未だ解明されていない謎の1つです。
14人の患者さんのうち、
3名の人工肺(ECMO)を含めて、
7名の患者さんが人工呼吸器を装着し、
このうちECMOを装着した3名のうちの2名が、
亡くなっています。
ECMOを装着したもう1人の患者さんは、
5月18日の時点でまだECMO装着中です。
残りの4名の人工呼吸器を装着した患者さんは、
3人は回復して退院し、
残りの1名は5月18日の時点で、
まだ人工呼吸器を装着して入院中です。
残りの7名の患者さんは全て回復し、
退院しています。
当初の報告より、
適切な治療により、
かなりその予後は改善しているようです。
さて、
上記の患者さんは全て、
抗ウイルス剤を使用されています。
ただ、
その治療開始時期は、
最も早い事例で発病後2日ですが、
それ以外の事例は発病後5日以降となっています。
タミフルのような薬剤は、
病初期の治療ほど効果があり、
概ね発熱後48時間以内に使用を開始すべき、
とされていますから、
その基準よりはかなり遅い投与となっているのです。
ただ、
通常のインフルエンザと比較して、
このH7N9の感染では、
人間の体内でウイルスが増殖している期間が長く、
それが重症化の1つの要因となっているので、
抗ウイルス剤の有効性が期待出来る期間も、
より長くなる、という可能性はある訳です。
使用されている薬剤は経口薬のタミフル(オセルタミビル)と、
注射薬のラピアクタ(ペラミビル)です。
タミフルは通常用量の1日150mgもしくは、
倍量の1日300mgが使用され、
ラピアクタは1日600mgが使用されています。
必ずしも重症の事例で、
その投与量が多くなっている、
ということではないようです。
その患者さんの腎機能等の状態を、
勘案しての判断と思われます。
4例の事例においては、
メチルプレドニゾロンというタイプのステロイドが、
1日40mgから120mgの範囲で使用されています。
今回の事例では、
全員1回以上は咽喉の検体で、
ウイルス量の測定が行なわれ、
多くの事例で複数回の測定により、
ウイルス量の、
治療による減少の有無が検討されています。
更には人工呼吸器やECMOを装着した、
重症の事例においては、
複数回の遺伝子の変異の解析により、
タミフルなどの抗ウイルス剤の耐性に関わるとされる、
Arg292Lysという遺伝子変異の有無を確認しています。
その結果、
抗ウイルス剤の使用により、
ウイルス量は経過の良い事例では、
速やかに減少していて、
それが良い経過に結び付いていることが示唆されます。
一方でECMOを装着したような事例では、
抗ウイルス剤の使用によっても、
ウイルス量が減少しなかったり、
一旦減少したウイルス量が、
再度病状の悪化に伴い増加する、
という事例が認められ、
興味深いことには、
そうした事例において、
1例のみですが、
最初は存在しなかったタミフル耐性の遺伝子変異が、
病状経過の中で出現している、
という結果が確認されました。
つまり、
抗ウイルス剤の使用により、
多くの患者さんでウイルス量は減少するのですが、
その中で短期間にタミフル耐性の遺伝子変異が生じることがあり、
そうしたケースでは抗ウイルス剤の効果が減弱するので、
病状が遷延し悪化し易いのではないか、
という推測です。
タミフル耐性の変異が確認されたのは、
今回報告された事例のうち2例のみですが、
もう1例では治療初期の検体からも変異が検出されていて、
最初からタミフル耐性のウイルスであった可能性もあります。
タミフルの耐性が確認された事例は、
いずれもステロイド治療が行なわれていて、
これまでの報告でもステロイド使用者の予後が、
良くないのではないか、
という推測がされていて、
それを今回の報告も裏打ちした感じです。
断定は出来ませんが、
ステロイドで身体の免疫が抑えられることにより、
ウイルスの増殖が促された可能性や、
ステロイドが何らかの機序で、
ウイルスの遺伝子変異を起こり易くした、
という可能性が示唆されます。
本来はタミフルの効果は、
使用しない場合と比較することが、
実証的な検討には不可欠ですが、
今回のような新型インフルエンザのケースでは、
倫理的にそうした研究は不可能です。
従って、
現状は臨床的な印象に留まるものですが、
タミフルなどの抗ウイルス剤は、
現状ではウイルス量の減少に、
一定の効果が期待され、
発症から2日以上が経過していても、
有効な可能性が高い、ということと、
抗ウイルス剤の使用にも関わらず、
ウイルス量が減少しないケースでは、
タミフル耐性の遺伝子変異の生じた可能性を考えるべきだ、
ということ、
そしてステロイドの安易な使用は、
病状に逆効果の可能性があるので、
慎重に判断するべきではないか、
というような点については、
臨床医が心に刻むべきことのように思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
2013-06-04 08:00
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