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大腸癌検診の有効性比較(2024年アメリカの解析データ) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は産業医面談で都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
大腸がんスクリーニングの効果比較.jpg
Annals of Internal Medicine誌に、
2024年10月29日付で掲載された、
大腸癌のスクリーニング法を比較検証した論文です。

大腸癌の多くは早期に発見されれば、
その治療の予後は良く、
そのため検診のメリットが大きな癌として知られています。

現行の大腸癌検診は、
問診と便の潜血反応と呼ばれる検査を基本として、
検査で異常が見つかったり、症状から病気を疑った場合には、
大腸内視鏡検査(含む直腸からS状結腸内視鏡)によって、
その診断を行うという方法が一般的です。

この方法は優れた検診法として、
その評価は確立していますが、
便潜血は痔など他の病気でも陽性になることがあり、
癌になる前の癌リスクの高いポリープなどでは、
陽性率は高くない、などの欠点があります。
また、便を採取することが煩わしいと考える人も多く、
検診の受診率が思ったほど上がらない、
という問題もあります。

また大腸内視鏡検査については、
強力に下剤を使わないといけない点、
稀ですが穿孔や出血などの合併症が生じることのある点、
ある程度の体力が必要とされる検査である点など、
必ずしも必要とされる人の全てが、
受けることの可能な検査ではない、
という欠点があります。

そのため、より精度の高い簡便なスクリーニング検査が、
求められているのです。

その候補として最近登場したのが、
便や血液で癌細胞由来の遺伝子を検出し、
それを便潜血検査の代わりに使用する、
という方法です。

代表的な方法の1つは癌細胞由来の遺伝子を、
血液で検出するという方法です。 

細胞の崩壊に伴って、
血液中に癌由来の遺伝子の断片が流出します。
これをcell free DNA(cfDNA)と呼んでいます。
このcfDNAを高感度の測定法によって検出するのです。

この検査は、
「Shield[レジスタードトレードマーク] 大腸がん ctDNA 検査」と呼ばれ、
アメリカのガーダントヘルス社の製品で、
日本では検査会社のBMLを介して販売されています。
基本採血のみの検査ですが、
検査は数十万円と高額で、
血液も40ミリリットルほど必要であるようです。
ちなみにアメリカでの定価は1495ドルです。

その後同様の商品が、
別のアメリカのバイオ企業Freenome社からも発売されています。

日本では市町村などの検診レベルでは、
こうした遺伝子検査は導入はされていませんが、
アメリカの健康保険組合は、
一定の基準を満たし、FDA(アメリカ食品医療品局)が認可した遺伝子検査を、
3年毎に行うことを大腸癌のスクリーニングとして認めています。
https://www.cms.gov/medicare-coverage-database/view/ncacal-decision-memo.aspx?proposed=N&NCAId=299
そしてFDAは、
2024年の7月に前述のシールド検査を、
正式に大腸癌スクリーニングとして認可しています。
https://www.accessdata.fda.gov/scripts/cdrh/cfdocs/cfpma/pma.cfm?id=P230009
しかし、非常に高額なこの検査を導入することで、
検診を受ける人に実際にどの程度の効果があるのでしょうか?

今回の研究では、
これまでの臨床データをまとめて解析する手法で、
大腸内視鏡検査を10年毎に施行する方法と、
1から3年毎に便潜血検査を施行して、
異常があれば精密検査を施行する方法、
そして3年毎に血液の癌由来遺伝子検査を施行する方法の、
3種類の有効性を比較検証しています。

血液検査はシールド検査もしくはFreenome社の検査が対象となっています。
(本文には便の遺伝子検査も対象となっていますが、
複雑になるのでこの解説では割愛しています)

その結果3種類の方法のいずれもが、
検診を受けない場合と比較して、
大腸癌の罹患率も、大腸癌による死亡のリスクも、
低下させていることが確認されました。

検診にも活用されているシールドテストについては、
アメリカでは1495ドルのコストが掛かり、
健康寿命を1年延ばすために、
89600ドルが必要という試算になりました。
これは10万ドル以下であれば、
一定の経済的妥当性がある医療行為である、
とされていますから、
ギリギリそれを満たしている、という言い方が出来そうです。

ただ、これは3年毎に検査を施行するとしての試算ですが、
仮に便潜血検査や大腸内視鏡検査での検診を問題なく行っている人が、
3年毎の血液検査の検診に変更すると、
それにより大腸癌の死亡リスクは、
増加することになると推計されています。

これを回避するには、
血液検査の頻度を1から2年に1回に短縮する必要がありますが、
そうすると健康寿命を1年延ばすコストは、
10万ドルを優に超えますから、
この方法は経済的に見合わない、
という言い方が出来そうです。

大腸癌は遺伝子変異が積み重なって、
ある程度の時間を掛けて発症するものですから、
3年程度の間隔で遺伝子検査を施行して、
癌由来の遺伝子が検出されれば、
そのタイミングで大腸ファイバーを施行して癌を診断する、
という考え方は非常に理に適っているという気はします。

ただ、現状の血液検査を利用して、
そうした検診を行った場合、
実際には従来の検診より大腸癌による死亡は増え、
コストもより掛かるという結果が推計されています。

これはおそらく検査の精度の問題と、
その高額な費用の問題が影響していると考えられ、
安易に新しい検査に飛びつくのではなく、
その実態を良く検証した上で、
適切な検診の実施につなげる必要がありそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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自転車競技と骨粗鬆症リスク [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
サイクリングの骨粗鬆症リスク.jpg
Medicine & Science in Sports & Exercise誌に、
2023年に発表された論文ですが、
サイクリングが骨密度に与える影響についての内容です。

骨粗鬆症の予防のためには、
運動が有効であると指摘されています。
ただ、これは体操やサッカーなどのスポーツについては、
良い効果があるとするデータがある一方で、
愛好家の多いサイクリングについては、
意外にも骨密度を低下させるリスクがある、
とする報告が多いのです。

今回の研究ではオランダにおいて、
自転車競技のロードレースに参加しているか参加していた、
93名の競技者の骨密度を計測して検証しています。

競技者をキャリアの浅い競技者と、
プロを含むベテランの競技者、
そして競技引退後の競技者に分けて検証。
男女の比較も行っています。
骨密度はZスコア<-1を骨密度低下と定義しています。

その結果、
腰椎の骨密度の低下は、
キャリアの浅い男性の競技者の27%、
ベテランの競技者の64%、
引退後の競技者の50%に認められました。
また女性の現役の競技者の45%においても、
同様の骨密度低下が認められました。

一般の人より運動を常時している筈のサイクリストの骨密度が、
何故一般の人より低いのでしょうか?

サイクリングは、
重力の負荷を受け難い、
非荷重性の運動です。
つまり、地面に足を踏ん張るような動きがないので、
骨密度保持のための運動としては、
適していない可能性があるのです。

勿論筋トレなどの荷重性の運動を組み合わせれば、
その欠点を補うことが出来るのですが、
往々にしてサイクリングの競技者は、
サイクリング以外の運動に時間を割くことが少なく、
それが骨密度低下の要因となっている可能性が示唆されました。

サイクリングには非荷重性という特徴があり、
他の運動をしないと、
骨密度には悪影響を与える可能性があることには、
注意が必要であるようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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ロッシーニ「ウィリアム・テル」(新国立劇場2024/25レパートリー) [オペラ]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ウィリアムテル.jpg
新国立劇場のレパートリーとして、
ロッシーニの最後のオペラにして、
グランドオペラ形式の大作「ウィリアム・テル」が上演されています。

ロッシーニは心を躍らせる、
アジリタの超絶技巧が唯一無二の素晴らしさで、
上演頻度の高い「セヴィリアの理髪師」は、
凡庸な歌手での上演であれば、
眠気を誘うだらけた作品にしかなりませんが、
プロのロッシーニ歌いが集結すると、
その絢爛豪華な極上のアンサンブルとアリアは、
他の追随を許さない至福の音楽体験となります。

個人的にも全盛期のフローレスが伯爵を歌った「セヴィリアの理髪師」と、
ヴィヴィカ・ジュノーの「ラ・チェネレントラ」
新国立でのヴァサロヴァとシラグーザの「ラ・チェネレントラ」は、
その歌声の素晴らしさが、
今でも耳に焼き付いています。

ロッシーニは長いこと忘れられたオペラ作者で、
世界的にも「セヴィリアの理髪師」の、
それも難度の高いアリアを省略した不完全版が、
唯一上演されていた、という時代が長く、
今では他の多くの作品が完全版で上演されていますが、
日本では「セヴィリアの理髪師」以外の作品は、
かなり上演頻度が低いのが実際です。

僕が生で聴いているのも、
「セヴィリアの理髪師」と「ラ・チェネレントラ」以外には、
「タンクレディ」と「セミラーミデ」、「オテロ」、
「ランスの旅」くらいです。

ロッシーニは軽快な喜劇の印象が強く、
確かにぞのオペラ作者としての前半期には、
そうした作品が多いのですが、
後半期にはむしろ重厚なドラマ主体で、
その後のヴェルディを彷彿とさせるような作品を多く残しています。

この「ウィリアム・テル(ギョーム・テル)」も、
そうした作品の1つで、
合唱主体のドラマティックな展開は、
ほぼほぼヴェルディと言って良いくらいです。

今回の上演は新国立劇場の最近のレパートリーの中では、
かなりのヒットと言って良いもので、
今の戦争の時代を匂わせながらも、
それほどの改変をしなかった演出も良いですし、
オケの繊細さと躍動感を併せ持つ感じも高水準で、
何よりメインキャストの3人が、
充実した世界レベルの歌唱で、
このオペラの素晴らしさを、
十全に表現していたと思います。

オペラファンの方は是非是非聞き逃しなしよう。

ロッシーニの精髄を感じさせる上演でした。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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糖尿病治療薬と喘息発作との関連 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
メトホルミンと喘息.jpg
JAMA Internal Medicine誌に、
2024年11月18日付で掲載された、
糖尿病治療薬が喘息のコントロールに与える影響についての論文です。

気管支喘息と糖尿病というのは、
基本的には全く別の慢性の病気ですが、
互いに無関係ではありません。

肥満の患者さんでは喘息と糖尿病の合併が多く、
糖尿病を合併する喘息では、
発作のコントロールが不良になることが多い、
というような知見があるからです。

それでは糖尿病の治療薬によって、
喘息の予後に違いがあるのでしょうか?

肥満や生活習慣が大きく影響する2型糖尿病では、
世界的にメトホルミンが第一選択の治療薬とされています。

このメトホルミンには抗炎症作用など、
喘息の改善にも有効と思われる薬理作用があることが、
これまでの研究で明らかになっていますが、
それが実地の臨床においてどの程度有効であるのかは、
明らかになっていません。

そこで今回の研究ではイギリスにおいて、
プライマリケアの大規模なデータベースを活用。
臨床データから2種類の解析法を用いて、
糖尿病と喘息を合併している患者さんにおいて、
糖尿病治療薬の開始がその後の喘息発作に与える影響を検証しています。

まず各患者さんの治療の時期とそれ以外の時期とを比較する、
自己対照研究(self-controlled case series)という方法で、
4278名の患者さんを解析、
更に治療選択の根拠を階層化して分析する、
傾向スコア分析(inverse probability of treatment weighting)という方法で、
8424名の患者さんを解析しています。

その結果、
1年の観察期間における重症の喘息発作のリスクは、
メトホルミンの使用により、
自己対照研究で32%(95%CI:0.62から0.75)、
傾向スコア分析でも24%(95%CI:0.67から0.85)、
それぞれ有意に低下していました。

つまり、メトホルミンの使用により、
喘息のコントロールも改善した、
ということを示唆する結果です。

メトホルミンは通常の治療において、
他の糖尿病治療薬と併用されることが多いのですが、
その解析においては、
GLP-1アナログという治療薬の上乗せにより、
自己対照研究において、
更に40%(95%CI:0.49から0.73)、
喘息発作のリスク低下が確認されました。

このように、
メトホルミンの使用及びそこへのGLP-1の上乗せは、
喘息と糖尿病を合併する患者さんにおいて、
血糖コントロールを良くするのみならず、
喘息の重症化も改善する効果が、
今回の結果から推測されました。

これはまだ過去の臨床データを後から解析したものなので、
今後より精度の高い、
介入試験などで確認されるまでは、
実証された知見とまでは言えないものですが、
糖尿病の治療薬が喘息にも有効という知見自体は非常に興味深く、
今後の更なる検証に期待をしたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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EPA製剤の心房細動リスクについて [科学検証]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
EPAの心房細動リスク.jpg
2024年11月13日付で、
厚労省はEPA製剤の添付文書の改訂指示を出しました。
重大な副作用の項に「心房細動、心房粗動」の病名が追加されたのです。

EPAやDHAという、
オメガ3系多価不飽和脂肪酸は、
心血管疾患の予防効果のある成分として有名で、
こうした成分が不足していると、
心血管疾患のリスクが高まる、
という点はほぼ間違いのない事実です。

ただ、このEPAやDHAをサプリメントや薬として服用することで、
健康上の効果を示すのか、
という点については、
まだ明確な結論に至っていません。

日本にはエパデール(及びそのジェネリック)というEPA製剤と、
ロトリガというEPAとDHAの合剤があり、
海外の多くの国とは違って、
処方箋薬として流通しているのが大きな特徴です。
国外ではEPAもDHAもほぼ全てサプリメントの扱いだからです。

エパデールについては、
2007年のLancet誌に掲載されたJELISという臨床試験があり、
コレステロール降下剤のスタチンに上乗せでEPAを使用したところ、
心血管疾患のリスクが低下し、
特にサブ解析では脳卒中のリスクが20%低下した、
という結果が得られています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17398308/

ただ、その後の多くの同様の臨床試験では、
こうしたEPAの効果は確認されませんでした。

しかし、2019年にNew England…誌に掲載された論文では、
心血管疾患のリスクが高くスタチンを使用している患者に対して、
1日4グラムという高用量のEPA製剤を用いて、
心血管疾患による死亡などのリスクが25%、
有意に低下したという結果が報告されました。
偽薬を使用した厳密な方法による臨床試験で、
こうした結果が得られたのはかなり画期的なことでした。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30415628/

その一方で、2020年のJAMA誌に掲載された、
EPAなどのオメガ3系脂肪酸を、
コーン油と比較したスタチンへの上乗せ試験では、
オメガ3系脂肪酸にコーン油を上回る有効性は確認されませんでした。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33190147/

このようにスタチンの上乗せでEPA製剤に有効性があるかどうかも、
まだ一致した結論には到っていないのです。

国産のデータでは、
Circulation誌に2024年6月14日付で掲載された、
青身魚に多く含まれる脂肪酸の、
心血管疾患に対する有効性についての論文があり、
日本の複数施設において、
虚血性心疾患で治療中でスタチンを使用しており、
更に血液の脂肪酸組成で、
動脈硬化を進行させる可能性が高いアラキドン酸に対して、
EPAが比較的低値(EPA/AA比が0.4未満)の対象者に対して、
純度の高いEPA製剤を使用したところ、
心臓突然死と急性心筋梗塞、不安定狭心症、カテーテル治療を併せたリスクが、
EPA使用群で未使用群と比較して、
27%有意に低下したという結果が発表されています。
https://www.ahajournals.org/doi/10.1161/CIRCULATIONAHA.123.065520?url_ver=Z39.88-2003&rfr_id=ori:rid:crossref.org&rfr_dat=cr_pub%20%200pubmed

ただ、このNEJM誌とCirculation誌の論文において、
少し気になる点があるのは、
いずれの論文においても、
EPA製剤の使用群において、
心房細動の発症リスクが、
未使用と比較して高くなっていたことです。
具体的にはNEJM論文で3.1% vs 2.1%、
Circulation論文で3.1% vs 1.6%でした。

このデータに説得力があるのは、
完全に別個に施行された精度の高い臨床データにおいて、
ほぼほぼ同一の結果が得られているためです。

ただ、どちらの論文においても、
そのメカニズムについての記載はなく、
現時点では理由は不明ということであるようです。

いずれにしても、
純度の高いEPA製剤をスタチンと併用で、
高用量で使用する際には、
心房細動の発症リスクがやや増加する可能性のあることを、
織り込んで考える必要がありそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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M&Oplaysプロデュース「峠の我が家」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が、
午後2時以降は石原が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
峠の我が家.jpg
毎年恒例と言って良い、
M&Oplaysプロデュースでの、
岩松了さんの新作公演が、
今下北沢の本多劇場で上演されています。

岩松さんは本当に多彩な作品を発表されていますが、
今回の作品は明確な終着には到らない、
重層的でファンタジー色の強いラストを持ち、
岩松さんなりの視点で、
庶民と戦争との関連を追及した作品でもあります。
「われわれは善なるものにすがろうとして、
結局は悪に加担しているだけじゃないのか?」
というような台詞は、
形を変えて何度も作品に登場しているものです。

舞台は峠にある古いホテルに設定され、
そこでは二階堂ふみさんと柄本時生さんの夫婦が、
岩松了さん演じる柄本さんの父親と、
ホテルを運営しながら暮らしています。
そこに、仲野太賀さん演じる青年が、
池津祥子さん演じる兄嫁と一緒に、
病気の兄の友人に、
軍服を届けるためにやって来ます。
そこに反戦運動の団体の代表者をしている、
岩松さんの友人の彫刻家と、
その運転手の男性が絡みます。

2組の偶然出逢った男女がいて、
それぞれに過去の闇を抱えています。
柄本さんは二階堂さんの姉を愛していたのですが、
スジバとい男を駆け落ちをして失踪。
スジバは戦地で命を落とします。
二階堂さんは姉の替わりとして柄本さんの妻となっています。

仲野さん演じる青年は、
兄の期待に応えられないという負い目があり、
その兄が戦場で負傷をして、
精神的にも荒廃した状態で戦地から戻り、
その悲惨さに思い余って、
兄嫁と共謀して兄を謀殺してしまいます。
軍服を兄の友人に届けるというのは口実で、
2人で死地を求めてさまよっていたのです。

二階堂さんは姉を誘惑したスジバの名を付けた亀を飼っていて、
ある時蛇がスジバを殺そうとしたので、
それを傘で突いて殺したのだと言いますが、
それが現実であるのか妄想であるのか、
蛇を殺したのは誰なのかも定かではなく、
その時の傷だけが床に残り、
それが今生きている登場人物達を、
実際に傷つけています。

2組の男女のドラマは、
基本的には無関係なのですが、
二階堂さんと仲野さんは次第に惹かれ合い、
仲野さんが胸に秘めた秘密を告白してしまった辺りから、
2つのドラマの境界は次第に不鮮明なものとなり、
どちらがどちらであるのかも判然としなくなります。

前半で軍服を届ける先は、
姉のところかも知れないと二階堂さんが言う時には、
それは仮定の話として捉えられていますが、
後半で軍服の主がスジバだと夢で語られる時には、
2つのドラマの境はもう溶けてしまっているようです。

全体は4場の構成になっていて、
3場の終わりまでは筋が辛うじて追える感じですが、
4場の初めで亀の夢の場面になると、
何処までが現実で何処までが夢であるのか、
亀の世界こそが現実であるのか、
二階堂さんが現実から逃避するために作った物語の世界に、
入り込んでしまっているのか、
全体が判然としない感じになり、
柄本さんは仲野さんの兄の役割を引き受けて、
命を絶ったようにも思われますが、
事実は判然としないまま、
ドールハウス的な亀の舞台に主人公2人は再生することで、
物語は終わります。

最近の岩松さんの作品の多くは、
ラストが今回のようなファンタジー色の強いものとなっていて、
その点を受け入れるかどうかで、
作品の受け入れや好みも変わるような気がします。

個人的には、
「市ヶ尾の坂ー伝説の虹の三兄弟」や「月光のつつしみ」、
「水の戯れ」辺りの、
鮮烈なラストがとても印象深いので、
今の岩松さんのラストには、
まだ抵抗感のあることは事実です。

ただ、今回の作品は物凄く精緻に組み立てられていて、
3場までは岩松さんの代表作の1つと言っても良い仕上がりです。
戦争というものの悲劇を、
人間関係の複雑なきしみの中に、
徐々に染み出す「毒」のように描いたのも見事ですし、
複雑な人間関係が、
次第に溶け合ってゆく辺りも、
岩松さんでしか成し得ない台詞劇の境地だと思います。

キャストの芝居がまた絶妙で、
岩松さんの台詞を深く理解した上で、
これ以外はないという台詞のやり取りが、
工芸品のように構築されていました。

そんな訳で晦渋なお芝居ではありますが、
台詞の1つ1つをその場で楽しむという気分で、
あまり考察的な筋追いはせず、
岩松さんの円熟した台詞劇の世界を、
楽しんで頂ければ吉だと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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老化によるバランス感覚と筋力の低下 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日なのでクリニックは休診ですが、
企業の健診などで都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
バランス保持と年齢.jpg
PLOS ONE誌に2024年10月23日付で掲載された、
身体の老化に関わる指標の意義についての論文です。

誰でも長生きはしたいと考えますが、
寿命だけが長くなっても、
自由に外出することが出来ない、
身の周りのことを自分でやることが出来ない、
というような状態では、
長生きをしても仕方がない、
と考える人も多いと思います。

人間の筋肉量のピークは、
30歳くらいまでにあって、
それ以降は個人差はあるものの、
徐々に筋肉量は低下し、
それに伴って筋力も低下してゆきます。

身体を支えて立ち上がり、
その姿勢を維持するためには、
一定の筋肉量が必要ですから、
老化に伴って筋肉量が低下し、
筋力が低下すれば、
いずれは誰でも起き上がることが出来なくなる、
つまり寝たきりになる理屈です。

ただ、人間の体力というものは、
単純に筋肉量だけでは決められません。

老化に伴う体力の指標として、
筋力以外に重要視されているのが、
歩行の状態とバランス保持能力です。

老化に伴い歩行スピードは落ち、歩行は不安定となります。
また、バランス保持能力が低下すると、
少しバランスを崩しただけで、
転倒をしやすくなり、
それが骨折などの大きな要因となります。

それでは老化に伴うこうした変化の中で、
最も重要なものは何なのでしょうか?

その点についてはあまり検証されたことがありませんでした。

そこで今回の研究ではアメリカにおいて、
50歳以上の持病のない40名を被験者として、
上下肢の筋力、片足で立っていられる時間などのバランス保持能力、
モーションキャプチャーで測定した歩行状態の3つの指標を計測し、
年齢との関連を比較検証しています。

その結果、
最も加齢による影響を強く受けていたのは、
バランス保持能力で、
特に片足立ちで姿勢を維持出来る時間が、
年齢と関連して減少していました。

一方で歩行の能力はあまり加齢の影響を受けておらず、
筋力の低下は加齢による影響は受けていたものの、
バランス保持能力に比較すると軽微なものでした。
性差は筋力のみで認められました。

このように、
複数の指標の中で、
最も老化による影響を受けやすいのは、
片足立ち持続時間などのバランス保持能力で、
仮に1つの指標のみを用いるとすれば、
片足立ちを30秒以上保持出来るかどうかが、
その後の体力低下などのリスクを、
最も鋭敏に反映すると考えられました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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ビタミンK2のこむら返り予防効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
ビタミンKとこむら返り.jpg
JAMA Internal Medicine誌に、
2024年10月28日付で掲載された、
夜間のこむら返りに対するビタミンの効果についての論文です。

夜足の筋肉が痙攣を起こして硬直し、
激しい痛みが生じる「こむら返り」は、
多くの方が経験のある、
非常に不快な症状の1つです。

その原因は様々で、
下肢の血行不良や冷えで起こることもありますし、
糖尿病などの代謝障害で起こることや、
筋肉内の疲労物質の蓄積の影響、
電解質の乱れ、脊柱管狭窄症などの脊椎疾患によるものなど、
多くの要因が絡み合っており、
また原因不明のケースも少なからず認められます。

上記文献の記載では、
およそ50から60%の人は一生のうちにこむら返りを経験し、
そのうちの20%は不眠などの生活上の困難が、
その症状のために生じているとされています。

このように非常に多いこむら返りですが、
現状確実に有効とされる治療は見つかっていません。

基礎疾患の治療により改善するものを除いては、
芍薬甘草湯という漢方薬が、
日本では良く使用されていますが、
これもそれほど信頼性のある根拠が、
示されているというものではありません。

ビタミンK2は、
骨の代謝に不可欠な脂溶性ビタミンで、
その製剤は骨粗鬆症の治療にも使用されています。
その筋肉への効果は不明な点も多いのですが、
透析の患者さんでこむら返りを改善した、
というデータがあり、
筋肉細胞へのカルシウムイオン流入を抑制して、
筋弛緩を促す、というメカニズムが推定されています。

今回の研究は中国において、
過去2週間に2回以上のこむら返りを経験している、
65歳以上の一般住民、トータル199名をくじ引きで2つの群に分けると、
一方はビタミンK2のサプリメント(180μg含有)を、
毎日摂取し、
もう一方は偽薬を同じように摂取して、
8週間の経過観察を施行しています。

登録時の段階では、
サプリメント群のこむら返りの頻度は週に2.60回(±0.81)、
偽薬群のこむら返りの頻度は週に2.71回(±0.80)で、
ほぼ同一でしたが、
サプリメント使用期間中では、
サプリメント群のこむら返りの頻度は週に0.96回(±1.41)、
偽薬群のこむら返りの頻度は週に3.63回(±2.20)と、
ビタミンK2の使用により、
週のこむら返りの頻度は2.67回(95%CI:-2.86から-2.49)
有意に低下が認められました。

ビタミンK2使用群では、
偽薬群と比較して、
こむら返りの重症度は低下し、
その持続時間も短くなっていました。
ビタミンK2使用による有害事象は、
特に認められませんでした。

このように、
今回の検証ではビタミンK2のサプリメントとしての使用により、
こむら返りの頻度も重症度も明確な低下が認められました。

このデータのみで、
こむら返りにビタミンK2が効くと、
断定的に言えるものではありませんが、
骨粗鬆症の治療にも使用され、
有害事象も少ないことは確認されている成分なので、
それが有効であることの意義は大きく、
今後も知見が積み重ねられることにより、
その有効性が実証されることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コレステロール降下剤の有効性比較(2024年英中の疫学データ) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
スタチン2種の比較.jpg
Annals of Internal Medicine誌に2024年10月29日付で掲載された、
臨床的に広く使用されているコレステロール降下薬の、
代表的な薬剤2種類を実臨床データで比較した論文です。

スタチンはコレステロール合成酵素の阻害剤ですが、
強力なコレステロール降下作用と共に、
抗炎症作用なども併せ持ち、
今では動脈硬化の予防薬的な位置づけとして、
幅広く使用されている薬です。

その有効性は特に狭心症や心筋梗塞などの、
心臓の血管の病気を持っている人の、
再発予防や予後の改善において最も認められています。

スタチンには多くの種類があり、
基本的な性質は同じですが、
個々の薬剤でその強さや副作用、有害事象には差がある、
という見解もあります。

そこで今回の研究では、
イギリスのUKバイオバンク、
中国のChina Renal Data System(CRDS)という、
英中を代表する大規模な疫学データを活用して、
代表的なスタチンである、
アトルバスタチン(商品名リピトールなど)と、
ロスバスタチン(商品名クレストールなど)の2種類の薬剤を、
実臨床で患者さんに使用した際の、
その予防効果と安全性を比較検証しています。

アトルバスタチンは脂溶性、
ロスバスタチンは親水性のスタチンで、
両者とも世界的に広く使用されているので、
この2剤を比較することは意義のあることなのです。

日本ではこの2種のスタチン以外に、
国産のピタバスタチン(リバロ)が比較的よく使用されていますが、
海外のスタチン関連の今回のような論文での引用はあまりなく、
今回の論文でも全く言及はされていません。
これは海外での使用頻度の低さによるものと思われます。

2023年のBritish Medical Journal誌に、
韓国における同様の疫学データが発表されていて、
それは虚血性心疾患に対して、
この2種類のスタチンを使用した4400名のデータを解析したものですが、
結論としては両者の臨床的有効性には明確な差はなく、
LDLコレステロールの降下率については、
ロスバスタチンがやや優れている一方で、
その有害事象として指摘されることの多い、
新規糖尿病の発症リスクについても、
ロスバスタチンがやや多い、
という結果になっていました。
https://www.bmj.com/content/383/bmj-2023-075837

今回はどうであったのでしょうか?

対象は心血管疾患予防のために、
どちらかのスタチンを使用した、
英中でトータル285680名の患者です。

メインの解析事項である6年間の生命予後については、
総死亡リスクが、英中いずれのデータにおいても、
アトルバスタチン使用群に対して、
ロスバスタチン使用群が有意に低くなっていました。
ただ、その差は英国データで-1.38%(95%CI:-2.50~-0.21)、
中国データで-1.03%(95%CI:-1.44~0.46)、
リスクの差は軽微なものでした。
心血管疾患リスクについても、
ロスバスタチン群でやや低くなっていました。
その一方で、新規糖尿病発症リスクについては、
アトルバスタチン使用群と比較して、
ロスバスタチン群がやや高くなっていました。

今回のデータは昨年の韓国データともほぼ一致するもので、
人種差や地域差などを超えて、
今回の2種の薬剤の差は事実と考えて良いようです。

つまり、中等量以上の使用
(概ねアトルバスタチンで1日20㎎、
ロスバスタチンで1日10㎎以上)
において、
スタチン治療の有効性はロスバスタチンがやや優り、
糖尿病などの有害事象についても、
ロスバスタチンがやや強い、
という違いです。

今後もスタチン治療は、
この2種類の薬剤を基本として考えるのが、
現状は妥当と考えられ、
患者さんのリスクなどに勘案して、
どちらを選ぶのかを個別に考慮するのが、
適切な方針と言って良いように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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シベリアクラシックアーカイブス 「君がくれたラブストーリー2024」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
君がくれたラブストーリー.jpg
シベリア少女鉄道の公演が、
本日まで赤坂 RED/THEATERで上演されています。

今回は新作ではなく、
アーカイブと題して、
2016年に同じ劇場で上演された作品の再演です。

これは2016年の初演も観ています。
ワンアイデアで1時間15分程度の上演時間の、
中編と言って良いくらいの規模の作品でした。

派手さはありませんが、
設定と仕掛けはシンプルながら成功していて、
楽しめるシベ少らしい作品に仕上がっていました。

ただ、初演の不満は仕掛けが判明してからの後半が、
あまり盛り上がらなかったことで、
ラストは物足りなさを感じました。

今回の再演は基本的構成は変わらないのですが、
初演と同一キャスト2人を含むキャスト陣は、
今回の方が充実していて、
女優陣3人の個性もきれいに分かれていましたし、
ナカゴーの篠原正明さんが大暴れを見せてくれたので、
前回より明らかに盛り上がりました。
また、今ならではのネタの仕込みも上々で、
ラストは正直もうひと頑張りして欲しかったですし、
ビジュアルもラストは一新された感じが欲しかったのですが、
まずまず納得のゆく終盤になっていたと思います。

この作品は鴻上さんの、
「朝日のような夕日をつれて」と同じように、
素材を変えればいつでもリニューアル上演出来るスタイルなので、
今後も新しいキャストと素材で、
また新たな再演を期待したいと思います。
まだまだ面白くなりそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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