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チェーホフ「三人姉妹」(2115年ケラ演出版) [演劇]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から事務仕事などして、
それから今PCに向かっています。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
三人姉妹.jpg
チェーホフの古典の名作である「三人姉妹」を、
シスカンパニーの企画として、
ケラリーノ・サンドロヴィッチが演出し、
シスカンパニーらしく、
ずらりと人気者の舞台役者を揃えた舞台が、
渋谷のシアターコクーンで上演されています。

チェーホフは昔から演劇人はお好きで、
モスクワ芸術座が本家として、
かつてはある種の崇拝の対象となり、
所謂「新劇」の劇団が戦前から上演を繰り返していますし、
アングラや小劇場以降では、
黒テントや劇団乾電池なども取り上げました。
海外の上演を模倣したようなものもあり、
日本に舞台を移したような上演もありました。
おそらくチェーホフの演劇から、
最も影響を受けている現代の劇作家は岩松了で、
彼の作品はチェーホフの良く出来た翻案、
といった趣きのものが多くあります。

「三人姉妹」は現行上演されるチェーホフの長編戯曲の中では、
個人的には最も好きな作品です。

その理由は2004年に観た、
アラン・アッカーマン演出によるTPTの舞台が、
非常に素晴らしく脳裏に焼き付いているからで、
そのことについては以前に記事にしました。
http://blog.so-net.ne.jp/rokushin/2009-03-20
今回の上演はそれほどの期待をしていなかったのですが、
オーソドックスな演出で観易く、
特に人物紹介で単調になりがちな1幕を、
それほど退屈さを感じさせずに乗り切った技量に、
ちょっと感心させられました。
キャラクターとしては、
2女のマーシャを宮沢りえに、
非常に蓮っ葉に演じさせたのが、
新鮮に感じました。

ただ、観劇後の情感や重さと言った点では、
矢張り2004年のTPT版には及ばなかったように思います。

以下ネタバレを含む感想です。

この作品はロシア革命前の農村で、
その赴任地で死去した軍の幹部の、
4人の子供(三人姉妹と1人の息子)が、
モスクワに戻りたいと願いながら叶わず、
4人共に人生で大切な何かをそこで失なって、
軍の部隊も去った村に、
取り残される、という物語です。

暗く救いのない話ですが、
愚かしい人物達の醸し出す滑稽さのようなものが、
悲しい喜劇として、
全体のトーンを独特の高揚感を持って描き出し、
その後演劇のみならずテレビや映画、小説などとしても、
数限りなく模倣されることになる、
1つの人間ドラマの典型を作り出しています。

今回の上演では、
基本的には原作に忠実ですが、
ケラが台本の言葉にはかなり手を入れていて、
直訳版より表現はシンプルなものになっています。
複雑で分かり難いレトリックは、
バッサリ切られていたと思います。
三谷幸喜さんが「桜の園を演出した時も、
このスタンスでした。

演出はトータルには抑制の効いたもので、
セットも衣装も時代背景に沿った奇を衒わないものです。
ただ、色彩は原色でポップな感じもあり、
視覚的な効果を期待しているように思いました。

最後の銃声が録音だったのは、
ドキッとしないのでまずいと思いますし、
場面に先行するような照明は、
効果的な部分もあるのですが、
奇異に感じる部分もありました。
しかし、そうした細かい点を除けば、
原作を尊重して寄り添うような演出だったと思います。

作品のポイントは、
三人姉妹と1人の息子の、
それぞれの「喪失」にあります。

モスクワで学者になることを夢見ていた長男は、
狡猾な村の娘に誘惑され結婚したことから、
田舎の代議士としてその生涯を終わることを運命付けられ、
長女のオーリガは、
長男の嫁との戦いに立ち向かうことすらせずに敗れると、
最愛の「家」を捨てて仕事に逃亡し、
次女のマーシャは赴任した青年将校と不倫の恋に堕ちるも、
自らの過去の失敗であった結婚の呪縛に負け、
三女のイリーナは、
純粋に労働への喜びとモスクワへの帰還を信じていたのが、
労働に幻滅して疲れ、モスクワへは行けず、
愛していない婚約者の命を、
知っていながら見殺しにします。

オープニングに赴任して来た青年将校に、
マーシャが一目惚れするのが、
物語の起動力となる点から考えて、
マーシャと青年将校の不倫の恋が、
前面に立つように作品が構成されていることは、
間違いがありません。

ただ、イリーナが最も振幅を持って、
物語の中で生きていて、
特にラストを締め括るのが1発の銃声で、
それがイリーナによる間接的な殺人である、
という辺りには、
作者のもう1つの狙いが潜んでいるように思えます。

イリーナに一目惚れして求愛した、
不細工な若い貴族は、
イリーナに愛されていないことに傷付き、
そのために自暴自棄になって、
しなくても良い決闘をすることになるのですが、
最後にイリーナに会い、
自分を愛している、と言ってくれるように、
最後の訴えをするのです。

しかし、それを知りながらイリーナは、
結果としてそれを拒むので、
若い貴族は決闘をして死を選びます。

今回の上演では、
マーシャを宮沢りえが、
不倫相手の青年将校を堤真一が演じ、
マーシャは開けっ広げで蓮っ葉で、
相手の青年将校も何か薄っぺらな存在として描かれ、
これまでの上演とはちょっと違った雰囲気が、
面白く感じました。

どちらかと言えば、
2人の役者のキャラが、
役柄を引き寄せた、というようにも思えました。
この役の本道とは言えないと思いますが、
これもあり、というようには思わせました。
多分裏設定は「風と共に去りぬ」のヴィヴィアン・リーとクラーク・ゲーブルです。

一方で蒼井優の演じるイリーナは、
可憐な、というより、大輪の花に近い力のある演技でしたが、
そのために最後の悲劇の部分は、
その勘所が分り難いきらいがありました。

ケラが監修した台詞も、
不細工な貴族との別れの場面では、
ポイントを外しているように個人的には思いました。
あそこは本当はもっと泣ける場面だと思います。

ただ、その点を除けば、
稀に見る、見やすく分かりやすい「三人姉妹」で、
小さな役に今井朋彦や段田安則を配するような豪華な配役を含めて、
ケラ印らしい贅沢な舞台に仕上がっていました。

役者は皆好演で、
やり易そうに芝居をしているのが印象的です。
特に宮沢りえさんは、
蜷川作品での声を張り上げた苦しそうな一本調子の芝居を、
最近は観ることが多かったので、
今回の演技は最近のベストと言って良いように思います。
大竹しのぶさんも、
ケラさんの芝居に出るのが良いかも知れません。

総じて、
「三人姉妹」を最初に観る方には、
ちょっと向かないと思うのですが、
2回目くらいに観られる方には、
お薦め出来る作品だったように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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