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ジルチアゼムと抗凝固剤併用の出血リスク [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は産業医面談などで都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
ジルチアゼムの出血リスク.jpg
JAMA誌に2024年4月15日付でウェブ掲載された、
不整脈の脈拍コントロールに頻用される薬剤の、
有害事象についての論文です。

心房細動は心臓の心房という部分が、
不規則に痙攣的に収縮する不整脈で、
年齢に伴って増加する、
高齢者では頻度の高い病気です。

高齢者の慢性心房細動は、
不整脈自体を元に戻すことは困難であることが多く、
その合併症を予防することが治療の中心となります。

一番予後に直結するのは、
不整脈により拡大した左房に生じる血栓で、
それが脳梗塞の原因となります。

それを予防する目的で、
抗凝固剤と呼ばれる、
血栓の生成を抑制する薬が使用されます。

その目的で現在最も頻用されているのは、
アピキサバンやリバーロキサバンなどの、
直接経口抗凝固薬と呼ばれる薬剤です。

こうした薬は以前から使用されているワルファリンと比較して、
食事の制限などが必要なく、
血液検査で量の調整をする必要もあまりないため、
患者さんにとって利便性が高いと考えられています。

ただ、その有害事象は重篤な出血系の合併症で、
併用する薬剤によっては、
そのリスクが増加するという可能性が指摘されています。

ジルチアゼムは血管拡張剤の一種ですが、
脈拍を下げる働きがあり、
そのため心房細動で心拍が早く、
動悸があるような患者さんに対して、
脈拍を調整して症状を改善する目的で、
使用されることの多い薬剤です。

ただ、このジルチアゼムは、
肝臓の薬物代謝酵素であるCYP3A4を強く阻害するため、
同様の酵素で代謝される薬の血液濃度を、
上昇させる可能性があります。
また細胞外に薬剤を排出させる作用を持つ、
P糖タンパク質の機能を抑制する働きも弱く持っていて、
それにより、細胞内の薬物濃度を、
上昇させる可能性も想定されます。

実際にアピキサバンとジルチアゼムを併用すると、
アピキサバン単独の場合と比較して、
トータルな薬物濃度を反映するAUCという指標が、
40%増加したとする報告もあります。
ただ、これは敢くまで実験的なデータで、
実際に患者さんに使用した場合、
単独と比べてジルチアゼムを併用した時に、
出血系合併症のリスクが増えるどうかを示すものではありません。

今回の研究では、
アメリカの高齢者の医療保険である、
メディケアのデータを活用して、
65歳以上で心房細動のために、
抗凝固剤のアピキサバンかリバーロキサバンを開始し、
ジルチアゼムもしくは、
同じような脈拍低下作用を持つ、
βブロッカーのメトプロロールを併用した、
トータル240115名の患者を約1年間観察し、
出血系の合併症の発症リスクを比較検証しています。

204155名の対象患者のうち、
53275名はジルチアゼムを使用し、
150880名はメトプロロールを使用していました。
中間値で120日の経過観察期間中に、
ジルチアゼム併用群が、
出血系の合併症で入院もしくは死亡するリスクは、
メトプロロール使用群と比較して、
1.21倍(95%CI:1.13から1.29)有意に増加していました。
これをジルチアゼムの使用量毎で見ると、
1日120㎎を超える高用量では、
1.29倍(95%CI:1.19から1.39)とより高くなっていました。

このように今回の大規模な疫学データにおいても、
抗凝固剤とジルチアゼムの併用は、
重篤な出血系の合併症を増やすという可能性が示唆され、
この組み合わせは特に高齢者においては、
より慎重に施行する必要がありそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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GLP-1アナログと甲状腺癌リスク [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
GLP-1アナログと甲状腺癌リスク.jpg
British Medical Journal誌に2024年4月10日付で掲載された、
糖尿病や肥満の治療薬と甲状腺癌との関連についての論文です。

GLP-1アナログは、
人間の消化管から分泌されるホルモンである、
GLP-1と同じ作用を持つ薬剤で、
その膵臓を刺激してインスリン分泌を促し、
血糖を降下させる作用から、
糖尿病の治療薬として開発されて使用され、
その臨床データで体重減少効果が認められたことより、
最近では肥満症の治療薬としても注目されている薬剤です。

もともとは注射の製剤しかなかったのですが、
最近になって内服薬も開発され、
その使用のハードルはグッと下がりました。

最近ではまた、
GLP-1アナログを他のインクレチンなどのホルモンと配合して、
よりその効果を高めたような薬剤も、
次々と開発されています。
その中には既に日本でも発売されているものもありますし、
まだ未発売のものもあります。

このように非常に評価の高いGLP-1アナログですが、
副作用や使用に伴う有害事象も幾つか報告されています。
有名なものは消化器症状や膵疾患ですが、
それほど一般には知られていないものの、
指摘される有害事象の1つが、
甲状腺癌リスクの増加です。

これは開発の当初から、
動物実験において、
甲状腺のカルシトニン産生細胞(c細胞)の発癌のリスクを、
GLP-1アナログが高めるというデータがあったために、
注目された知見です。
https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMp1001578?url_ver=Z39.88-2003&rfr_id=ori:rid:crossref.org&rfr_dat=cr_pub%20%200www.ncbi.nlm.nih.gov

またフランスの臨床データをまとめた論文では、
GLP-1アナログを1から3年使用することで、
甲状腺癌のリスクが1.58倍、
C細胞由来の癌である甲状腺髄様癌のリスクが1.78倍、
それぞれ有意に増加していると報告されています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36356111/

今回の研究はデンマーク、ノルウェー、スウェーデンにおいて、
GLP-1アナログを使用した145410名の患者を、
平均で3.9年観察し、
その間に診断された甲状腺癌の罹患率を、
DPP4阻害剤やSGLT2阻害剤という、
別のタイプの糖尿病治療薬を使用した患者と比較しているものです。

その結果、トータルな甲状腺癌の発症リスクも、
甲状腺髄様癌に限った発症リスクも、
GLP-1使用群と他剤使用群との間で、
有意な違いは認められませんでした。

今回の研究は対象者は大規模であるものの、
観察期間は比較的短く、
その間に発症した癌の患者数はそれほど多くはないので、
GLP-1アナログの甲状腺癌についての安全性が、
完全に実証されたという訳ではありませんが、
そのリスク増加はあるとしても極僅かなもので、
その使用を一律に控えるという必要はないようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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塩分摂取と認知症リスクとの関係(2024年メンデル無作為化解析) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
認知症と塩分摂取との関連.jpg
Genes & Nutrition誌に2024年付で掲載された、
塩分の摂取量と認知症リスクとの関連についての論文です。

認知症のリスクとしては、
高血圧や糖尿病などが知られていますが、
塩分摂取量が多いことも、
認知症のリスクになるのではないか、
という意見があります。

認知症のメカニズムの1つとして、
タウ蛋白のリン酸化が知られていますが、
塩分の摂取量が多いことが、
このリン酸化を進めることが動物実験で指摘されています。
https://www.nature.com/articles/s41586-019-1688-z

そして、臨床的なデータにおいても、
塩分摂取量の増加が認知症リスクを高めたとする報告があります。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36351463/
ただ、その一方で塩分摂取量と認知症との間には、
明確な関連はなかったとする報告もあります。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26137952/
(この文献は上記論文では関連ありの例として引用されていますが、
実際には否定的な報告でした)
つまり、塩分摂取の認知症リスクへの影響は、
まだ明確には分かっていないのです。

今回の研究では、
認知症のリスクに与える塩分摂取量の影響について、
それと関連のある遺伝子変異の有無を比較することで、
その因果関係の有無を解析しています。

これは何度かこれまでにも紹介したことのある、
メンデル無作為化解析という手法です。

遺伝子の変異の型というのは、
無作為に生じるものなので、
それにより異なった現象が生じているとすれば、
因果関係に踏み込んだ解析が出来る、
という考え方です。

複数の遺伝子変異から推測された塩分過多は、
ヨーロッパに祖先を持つ対象者の解析で、
トータルな認知症リスクを1.542倍(95%CI:1.095から2.169)有意に増加させていました。
つまり、塩分摂取が多いと、認知症になり易いことを示唆する結果です。
ただ、アルツハイマー病や血管性認知症など、
個別の認知症のリスクと塩分摂取過多との間には、
明確な関連は認められませんでした。

このように、
今回の解析において、
塩分摂取量の多いことと、
認知症のリスクとの間には、
一定の関連がありそうなことは示唆されましたが、
個別の認知症リスクとの間には明確な関連はないなど、
それほど明確に因果関係が示されたとは言えず、
この問題は今後も検証される必要がありそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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宮島未奈「成瀬は天下を取りにいく」 [小説]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
成瀬は天下を取りにいく.jpg
本屋大賞を受賞した宮島未奈さんの小説を読みました。
連作短編集で続編と一緒に読んだのですが、
明らかに1作目の方が面白くて、
2作目は正直蛇足という印象を持ちました。

これは確かに面白い、というか、
とても楽しい小説集で、
殆どの人は一気読みをされたのではないかと思います。

この小説は予備知識があると面白さが半減するので、
是非是非情報を極力入れずにお読み下さい。

ミステリーではなく、
意外な展開もないのですが、
読む前に普通の人が作品に感じている先入観を、
見事に裏切るという感じがあるので、
それを是非味わって頂きたいのです。

僕がこの本について希望することは、
絶対に映像化やアニメ化はしないで欲しい、
ということです。

何だろう、絶対今売れっ子の10代の女優さんに、
成瀬を演じさせるつもりでしょ。
でも、それは絶対駄目なんですよ。
読者の1人1人にとって、
成瀬のイメージは違う筈なんですね。
皆の思い出の中にそれぞれの成瀬がいて、
それが読んでいると脳の中に忽然を現れる感じなんですね。
映像化してしまうと絶対そのイメージが壊れてしまうので、
特に実写化はしないで欲しいのです。

でも、絶対実写化されますよね。
それを考えると、とてもブルーになります。

この作品は6本の短編から構成されていて、
最初の「ありがとう西武大津店」と「膳所から来ました」は、
ほぼ同じ流れで同じ構成を取っているのですが、
「階段は走らない」からは、
構成も視点も変化しているんですね。
普通最初の構成のままに、
グイグイと進めた方が面白いと思うところですが、
そうしていない点がとてもクレヴァーだと思います。
最後の「ときめき江州音頭」でちょっと切ない感じを出して、
見事に大仰にならずに着地している点も素晴らしいと思います。
2作目の「成瀬は信じた道をいく」も工夫はされているのですが、
矢張りどうしても二番煎じの感はあって、
構成上どんどんスケールアップしてゆく、
という感じにはなりにくいので、
結果としては1作目の興奮はありませんでした。

コロンブスの卵的発想で、
どうしても小説はドラマティックな話を書こうとするので、
こうした何でもない話を何でもなく書く、
それが面白い、かけがえがないものだと信じて書く、
ということは意外に盲点だったのかも知れません。
今後こうした作品が多分矢鱈と出版されることになるのでしょうが、
この作品のようなフレッシュな感動は、
多分そうした物真似作品にはないように予想します。

まだ未読の方は情報の入らないうちに是非。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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別役実「カラカラ天気と五人の紳士」(2024年加藤拓也演出版)(ネタバレ注意) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前午後とも石原が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
カラカラ天気と五人の紳士.jpg
別役実さんの旧作が、
気鋭の加藤拓也さんの演出で、
堤真一さんを初めとする、
超豪華なキャストで上演されました。

これは1992年に俳優座劇場で初演されたもので、
1971年に「ポンコツ車と五人の紳士」という作品があって、
それをアレンジした続編が1991年に発表され、
その更に続編的な体裁のものです。

以下内容に踏み込んだ記載になりますので、
鑑賞予定の方は鑑賞後にお読み下さい。

よろしいでしょうか?

それでは進めます。

俳優座劇場で5人くらいの男が出て来るお芝居というのは、
概ね学生運動のお話なんですね。
別役さんは本当に幅の広い作品を書かれているのですが、
そのうちの1つの山が、
閉鎖空間で学生運動の闘争している同士達が、
不条理な対立から自滅するようなドラマで、
それを執拗に変奏曲のように書き続けています。

それを今回の作品では、
5人の男が最初から棺桶を1つ持って登場して、
そこに誰かを入れなきゃいけないのだけれど、
それは誰でどう死ねば良いのだろう、
という不毛な議論を始めるという設定で描いているのです。

こういうお話も別役さんには沢山あるのですが、
今回の作品の特徴は途中で2人のパラソルの女性が現れて、
そそくさと先に死んでしまうのですね。
それも踏切で勇敢に列車と対決する、
という活動家の鑑のような死に方をするのですが、
それでも残された五人の男達は、
「分別」のために死にきれず、
正々堂々と死を待っているのだ、
という言い訳をしながら、
その場から動くことが出来ないのです。

まあ、今の時代ではあまりピンと来ない感じのお話なんですね。

何故わざわざこんな戯曲を、
加藤さんが発掘したのかな、と思うのですが、
カラカラ天気で水が1滴もなく、
皆死んでしまうことが明らかな状況であるのに、
それでも「誰が先にどう死ぬべきか」みたいな無駄なやり取りをしながら、
本質的な危機には向き合おうとしない、
という登場人物達の姿に、
おそらく現代の日本を投影させているからなんですね。

これ、舞台セットが斬新なんですね。
地下鉄の構内のホームの部分が、
架空の駅なのですが実にリアルかつ緻密に造り込まれていて、
客席が線路になっているんですね。
つまり、客席にダイブすることがすなわち「死」になっているのです。

上手く考えていますよね。
原作の電信柱を、
地下駅にありそうな金属の柱にしている点も、
なるほどと思う改変です。

ただ、こんな風に現代化することが、
果たしてどうなのか、という点はちょっと疑問です。

もともと現代日本の終末論を描いた作品ではない訳ですし、
踏切も電信柱もよれよれのフロックコートを着た紳士というのも、
その表象こそが別役実さんの戯曲そのものでもある訳で、
それをこのように変えてしまうことは、
少なくとも別役戯曲の上演では、
なかったような気もするのです。

加藤さんの演出は、
安部公房さんの「友達」の時も思いましたが、
最初の異化効果は斬新で強烈であるものの、
それが作品の中では、
あまり活かされているという気がしないので、
戯曲の本質を伝える、
という性質のものではないような気がしました。

キャストは豪華過ぎるほど豪華で、
何もここまで豪華にする必要があったのか、
という気はするのですが、
決して無駄に豪華ではなくて、
豪華なキャストならではのクオリティに、
仕上がっていたという気がします。
中心的役割を果たしていたのは小手伸也さんで、
彼が口にする別役台詞には、
何かこれまでにない新鮮さがありました。
堤真一さんは座組の中では役柄も小さく、
さすがに勿体ないとは感じました。

別役さんの舞台は、
アマチュアの役者さんがやっても、
新劇の円熟した役者さんのアンサンブルで上演されても、
今回のような変則的な企画公演で、
通常はないような豪華キャストで上演されても、
その上演の核の部分の印象には差がない、
という点でかなり特殊なお芝居である、
と言う言い方は出来そうです。

総じて今回の作品は別役さんの膨大な戯曲の中では、
それほど傑出したものではなく、
アドリブ的に書きなぐった小品、
という印象のものなので、
もっと上演に値する作品があったのではないかしら、
という気はするのですが、
僕はともかく別役戯曲が上演されるのを観るのが大好きなので、
今回も楽しく鑑賞することが出来ました。

ただ、上演時間は1時間10分程度
(これは俳優座劇場上演の作品では標準的です)で、
盛り上がるような要素もあまりないので、
座組の魅力だけで楽しみに来た、
という観客の方は、
落胆されたかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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