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西加奈子集成(その2) [小説]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日で診療所は休診です。

いつも起きるのは5時過ぎなので、
丁度オリンピックの決まるところだけ見て、
それから、いつものように駒沢公園まで走りに行って、
ちょっと雨に打たれて、
戻って来てから、
今度は在宅診療に行って、
それから今PCに向かっています。

休みの日は趣味の話題です。

今日は西加奈子さんの作品を、
年代順にまとめてご紹介する2回目です。

まずこちらから。
④「通天閣」
通天閣.jpg
これはこれまでの作品より、
文学に少し傾斜したような作品になっています。
2人の主人公が登場し、
その人生が交互に語られます。
一方はスナックのチーフをしていて、
同棲していた男の子に振られる女の子で、
これは「あおい」の主人公を彷彿とさせます。
もう1人は家庭を捨てた孤独な中年男で、
その2人の人生が、
ラストになって微妙なシンクロを見せます。

構成は非常に巧みに出来ています。
ただ、ちょっと技巧的過ぎるような気もします。

主人公達の見た夢が、
時々挟み込まれるのですが、
そう意味のある趣向のようには思えません。
こういうやや無駄な凝り方が、
これ以降の西さんの作品には、
一時期目立つようになります。

エッセイによれば、
西さん自身がスナックのチーフをしていたそうなので、
これまでの作品の中で、
最も彼女の等身大に近いものが、
少女のパートには描かれているように思います。
その部分は非常に良いのですが、
中年男のパートは、
女性の目から見ている男性像なので、
何となくしっくりしません。

文体もこれまでの作品とは少し変化していて、
より通常の、よく新聞記者から作家に転身された方が書かれるような、
僕には大嫌いな第三者的な文章に近付いています。

その一方で独特の修飾句や、
弾むような文章のリズムが、
失われつつあるのが、
残念に思えました。

⑤「しずく」
しずく.jpg
西加奈子さんの最初の短編集で、
小説宝石に定期的に掲載された5編に、
書き下ろしの1編を加えた内容になっています。

個々の作品に関連性はないのですが、
全て2人の女性(追加の1編は雌猫です)の、
関係を描いている点が一貫しています。
内容は様々でサリンジャーみたいな感じのものもありますし、
僕の嫌いな女流作家のある方が盛んに書くような、
キャリアウーマンの女性が、
1人で旅に出て、ウジウジ悩むような感じのものもあります。

まさかそんな方向に進むつもりなのではないかしら、
と思うと、実はそうのようで、
「窓の魚」「うつくしい人」と、
どんより暗い作品が続くことになります。
実際この作品集の「影」と、
長編の「うつくしい人」はほぼ同じ話です。

最後の「しずく」と「シャワーキャップ」の2編は、
初期作品のタッチに近い作品で、
これを読むとホッとしますし、
とっても泣けます。

⑥「こうふく みどりの」
こうふく みどりの.jpg
小学館のホームグラウンドに戻って、
連作の書き下ろしの形で刊行された作品の第一部です。

これは14歳の少女が主人公で、
女性ばかりの訳ありの家族の、
盛り沢山の日常が描かれます。

「さくら」の再来かと思わせて、
ワクワクするのですが、
どうも「さくら」のようには盛り上がりません。

展開がそれほどダイナミックになりませんし、
過去の秘密や恋愛模様などもあるのですが、
いつもの緻密な技巧や盛り上がりに欠けるのです。

「あおい」や「さくら」のように書こうとしながら、
西さん自身以前ほどの思い入れを、
主人公に持つことが出来てはいないように思います。

随所に主人公以外の女性の独白が挟み込まれるのですが、
それがあまり効果的に作品に機能していませんし、
ラストがアントニオ猪木の「この道を…」の台詞になる、
というのもどうかなあ、という気がします。

⑦「こうふく あかの」
こうふく あかの.jpg
「こうふく みどりの」と対になる作品として刊行されました。

ただ、そう思って読むと、
ちょっとおやおやと言う感じです。

主人公は39歳の中年男性で、
それまで大人しく自己表現しなかった妻から、
いきなり別の男性の子供を宿したことを告げられます。

その話と近未来のプロレスの話とが、
交互に語られるというユニークな構成です。

ただ、その構成が以前の作品のように、
クライマックスの衝撃や感動に結び付くのかと言うと、
あまりそうはなっていないように思います。

西加奈子さんの語り口は、
以前から筒井康隆さんに似たところがありますが、
今回の作品は一人称も「俺」ですし、
その雰囲気はより強いものになっています。

ただ、筒井さんの作品ほど、
語り口はどぎつくはありませんし、
その展開も破天荒ではありません。
更には西さんは男性のロマンチストの部分を、
多くの女流作家の方と同じく、
理解してはくれないので、
男性の女性から見て不快な部分のみが、
グロテスクに拡張されて描写されていて、
男性の端くれとしては、
読んでいてかなり辛いのです。

前作の「こうふく みどりの」との関連性も、
もっと効果的なものであることを期待したのですが、
関連はあるもののあまり有機的なものではなく、
これで連作として出す意味が、
果たしてあったのだろうか、
と言う点も非常に疑問に思いました。

⑧「窓の魚」
窓の魚.jpg
西さんのここまでの作品の中で、
最も純文学に傾斜した作品です。

2組の互いに知り合いの男女が、
温泉に出掛けるのですが、
その翌日旅館で1人の女性の死体が見付かります。

作品はその登場人物4人それぞれの視点から、
同じ温泉旅館の1夜の出来事が語られ、
4人目の人物の独白の最後になると、
死体として見付かった女性が誰で、
何のために死んだのかが、
ほぼ明らかになります。

ミステリーにもありがちな設定で、
多くの伏線も張られて、
なかなか巧妙に構成されていますが、
ラストにミステリー的なカタルシスや意外性があるかと言うと、
そうしたことは殆どなくて、
読み終わっても、
最初のモヤモヤとした気分は、
そのままに残ります。

文体も装飾過多がところがなくなり、
別人のような冷徹なタッチですし、
関西弁の浮き立つような台詞もありません。

これはこれで悪くはないのですが、
こうした作品は西加奈子さんでなくても良いのでは、
と思いますし、
この作品を書かねば、というパッションのようなものが、
あまり感じられないように思います。

西さんが本当に書きたい作品を、
世に送り出すまでには、
もう少し時間が必要だったようです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

有川浩集成(その3) [小説]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日で診療所は休診です。
これから長野に法事で出掛け、
戻ってから在宅診療に廻る予定です。

休みの日は趣味の話題です。

今日は有川浩さんの作品の感想の続きです。

今日はこちらから。
⑨「植物図鑑」
植物図鑑.jpg
長編の恋愛小説ですが、
元が携帯小説なので、
どちらかと言うと、
いつもの連作短編の形式に近い作品です。

孤独なキャリアウーマンが、
謎の若い男と同棲生活を始めるのですが、
男性は雑草などの植物に対して、
びっくりするような知識があり、
一緒に摘んで来た野草から、
美味しい料理を作ります。

それで題名が「植物図鑑」です。

内容が斬新で意表を突いています。

空から落ちて来たかのような、
正体不明の謎の男性や女性と、
一緒に暮らす、というような話は、
山のようにありますが、
謎の男性が家事を率先してこなし、
仕事をしている女性の帰りを待ち、
色々な野草を摘んで来て、
そこから料理を作る、という発想と、
ただそれだけの繰り返しで、
長編を持たせてしまう、
という力技が魅力です。

ある意味単調な繰り返しなのですが、
それが決して退屈ではなく、
じんわりと胸が熱くなるような思いが、
読み進むにつれて高まって来るのです。

非常に面白い作品です。

ただ、不満はラストで、
謎の男の正体が明らかになるのですが、
それが脱力するような正体で、
正直かなりガッカリしました。
こんな正体なら、
謎のままの方がどんなに良かったかと、
それだけは残念でなりません。

⑩「フリーター、家を買う。」
フリーター、家を買う.jpg
日経ネットにウェブ連載され、
テレビドラマ化もされた、
有川さんのこれまでのキャリアの中でも代表作の1つです。

ドラマ版は登場人物が皆悩みを抱えて屈折した、
かなりドロドロした話になっていましたが、
原作は主人公のお母さんの病気は同じですが、
それ以外はシンプルな筋立てで、
仕事というものの何たるかを理解しないで、
簡単に仕事を辞めてフリーターになった主人公が、
色々な経験を経て成長し、
再就職を果たすと共に、
不仲だった父親とも和解します。

これもまとまった長編というよりは、
ほぼ独立したエピソードが繋がって行く、
連作短編の形式です。

非常に古典的な教養小説の形式ですが、
履歴書の書き方のコツや面接での答え方、
会社の選び方など、
就職活動におけるノウハウを記した、
情報小説の側面もあります。

これは発想の勝利ですよね。
就職情報小説というのはちょっと類例があまりない、
と思いますし、
題名がまた冴えています。
フリーターが家を買う、
えっ、どうして?というように思いますよね。
この題名だけで、
ほぼ売れる本になることは、
確定しているようにすら思えます。

内容もなかなかで、
特に主人公と父親との交流は、
ほのぼのとして上手く描けています。
ただ、もう少し小説としての深みがあっても、
良いようには思います。
つまり、やや内容より企画が先行している感があるのです。

これは有川さんのこの時期以降の作品に、
ほぼ共通する傾向だと思います。

こんな面白い世界を紹介してみました、
というところで作品が終わってしまい、
その先があまりないのです。
登場キャラも自衛隊物の短編集の辺りで、
大体出尽くしたような感があり、
同じ大根役者が何度も登場するようで、
正直新鮮味に欠ける部分があります。

⑪「シアター!」
シアター!.jpg
赤字で潰れそうな小劇場を、
その主催者の兄のサラリーマンが、
抜群の経営手腕で立て直す、
という話です。

小劇場の人間模様を描いたような作品は幾つかありますが、
個人的にはあまり成功したと思える作品は、
なかったように思います。

学生劇団で芝居をしていたので、
普通の方よりは演劇の世界のことは、
詳しいつもりですが、
演劇というのは絶対にフィクションより現実の方が面白いですし、
演劇の魅力は、
矢張り実際に舞台に立ってみないと分かりません。

「紅テント青春録」や「寺山修司と生きて」は、
僕の愛読書ですが、
目茶苦茶面白くて、
とても小説家が頭の中でこねくり回した、
架空の劇団の話が、
それに勝るとは思えないのです。

勿論、有川さんの発想は矢張り冴えていて、
お金に斟酌しないで赤字続きの劇団を、
経営的に再建しようとする、という、
ちょっとそれまでない発想で、
この劇団物に新鮮な息吹を注入しています。

ただ、正直それだけの話ではなあ、
と言う感じで僕は乗れませんでした。

劇団員のキャラが、
あまり立っているようには思えず、
殆ど同じ人間書き割りのようにしか思えませんし、
物凄くお行儀の良い劇団の話で、
勿論そういう劇団もあるのだとは思いますが、
それで全ての小劇場がこのようなところだと、
有川さんが何となく誤解しているような気がするので、
それは違うよな、
というように思うのです。

これは続編も出来、
キャラメルボックスとの共作のようなところまで、
その後に話が進みます。

なるほどキャラメルボックスね、
という感じで、
彼らはこの作品に出て来るような劇団の、
ある意味代表格ですから、
なるべくしてなったな、というようにも思いますが、
個人的には有川さんには、
もっと幅の広い、
悪場所としての小劇場の世界も、
是非理解して頂きたいな、
というようにも思うのです。

これは珍しく連作短編の形式ではない長編ですが、
正直盛り上がりには欠け、
個人的には最後まで読むのに苦労しました。

違うよ、有川さん、
小劇場演劇はね、
もっと道徳や人間性や常識とは、
かけ離れたところにあって、
だからこそ魅力的で、
皆それだからこそ人生を踏み誤るんだよ。

それでは今日はこのくらいで。

そろそろ法事に出掛けます。

皆さんは良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

西加奈子集成(その1) [小説]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日で診療所は休診です。

朝からいつものように駒沢公園まで走りに行って、
それから訪問診療に行って、
戻ってから今PCに向かっています。

昨日ブログを読んで、
奈良から来たという方が診療所に見えたのですが、
僕は昼の往診に出ていて、
そのままお帰りになったと聞きました。
お逢いしたかったのですが、
タイミングが悪くてすいませんでした。

休みの日は趣味の話題です。

ファンの方には今更ですが、
西加奈子さんの小説を時系列で読んでいて、
最近では最も感銘を受けました。

全てがオリジナルという感じではないのですが、
陳腐なストーリーを、
魔法のように清新な印象に変える、
勢いのある文体とディテールが巧みで、
必ず後半に盛り上がる構成力も抜群です。

①「あおい」
あおい.jpg
西加奈子さんの処女作の中編で、
そこに短編の「サムのこと」と「空心町深夜2時」が、
一緒になっています。
最初に出版された初期作品集です。

「あおい」は非常に清新な作品で、
持ち込みでもこれは絶対本になるよなあ、
という感じです。

27歳のスナック勤めの女性の自堕落な日常が、
何処に話が転がって行くのか、
判然としない感じで描かれるのですが、
実は古典的なプロットが隠れていて、
ラストのハッピーエンドでは、
素朴でほんわかとした感動が、
読者の心に残ります。

題名の「あおい」は主人公の名前と思いきや、
主人公はさっちゃんなので、
全然違います。
じゃ、あおいとは何、と思うとそれがラストに繋がる辺り、
凡手ではありませんし、
意味不明のオープニングが、
ラストの1行でくるりと反転する辺りも、
さすがだと思います。

ラストの掌編の「空心町深夜2時」も、
最初はとても読もうという気がおきないのですが、
男と女のやるせない別れの一瞬を切り取って、
読んでみると嫉妬を感じるくらいに巧みに磨かれています。

②「さくら」
sakura.jpg
西加奈子さんの最初の長編で、
ベストセラーになって彼女の人気を決定付けました。

1組の家族の年代記で、
その幸福な時代から、
つるべうちのような悲劇の到来と、
家族の再生とを、
新人作家とは思えない緻密なタッチで描きます。

アーヴィングの「ガープの世界」に似た話で、
ちょっと似過ぎている気もするのですが、
家族は勿論のこと、
周辺のキャラまで立ちまくっているので、
一旦その世界に惹き込まれれば、
最後まで読む手を止めることは困難です。

多くの方が言われるように、
修飾句が独特で巧みです。

一例を…

お母さんの意思は出来たての氷のように固かった。

さりげないけど上手いでしょ。
固いのだけれど、氷だからすぐに溶けてしまうのです。
つまり、お母さんはそのうち考えを変えてしまうことを、
修飾句だけで暗示して、
その後の悲劇まで、
何となく感じさせるのです。

題名の「さくら」がまた犬の名前で、
別にそれほど犬が活躍するという訳ではないので、
おや、と思うのですが、
それも最後にはきちんと帳尻が合うように出来ています。

「ガープの世界」と比較すると、
主人公の家族が暮らす世界に、
社会性や時代性のようなものが皆無なので、
勿論それでも悪くはなのですが、
ちょっと物足りない感じはあります。

ただ、読んでいる間はそんな不満は全く感じませんし、
家族のお兄さんの切なさや、
狂暴な妹が赤いランドセルの中身を見せる瞬間のショック、
家族が1つになる瞬間の感動は、
得難い読書体験を与えてくれます。

お薦めです。

③「きいろいゾウ」
きいろいゾウ.jpg
西加奈子さんの第2長編で、
今年映画化もされました。

これまでの作品とはまた傾向の違う長編で、
ファンタジーと現実とがリンクして、
1人の男と1人の女とが、
出逢い愛し、共に生きて行くことの、
奇跡を綴ります。

北野武の映画、特に「Hanabi」にちょっと似ていて、
後半はそんな感じになるのかしら、
と思って読んでいると、
意外に中段からは村上春樹タッチになり、
これもなかなか感動的なフィナーレを迎えます。

後半はもう少し別の話の方が良かったな、
とは個人的には思いますが、
主人公の危うい感性で受け止められた、
原色の世界は、
本当に魅力的で、
色彩が活字から、
溢れ出て来るような思いがします。

秘められた謎が、
「さくら」と比べるとちょっと変則な感じなので、
それが読後感を複雑なものにするのですが、
「きいろいゾウ」という埋め込まれた童話自体も、
感動的な出来栄えです。

これもお薦めです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

有川浩集成(その2) [小説]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日まで診療所は夏季の休診です。
明日金曜日は診療時間の変更はありません。

いつものように駒沢公園まで走りに行って、
それから今PCに向かっています。

休みの日は趣味の話題です。

今日は先日から始めた、
有川浩集成のその2です。

まずこちらから。
④「図書館戦争シリーズ」
図書館戦争.jpg
言わずと知れた有川浩さんの出世作で、
アニメ化と映画化もされました。

彼女得意の連作短編の形式で、
4冊の正編と2冊の番外編の、
トータル6冊が刊行されています。

彼女のこれまでの作品としては、
SF的な設定の残る最後の作品になります。

初期の3部作はSFで、
特に2作目までがその色が濃く、
3作目の「海の底」は、巨大なザリガニのような怪獣が襲って来る、
という設定自体は架空のものですが、
日本に危機が訪れた時に、
警察や自衛隊がどのように戦うか、
という一種のシュミレーションなので、
ファンタジックな感じはあまりありません。
つまり、かなり現実を描くことに傾斜しています。

有川さんとしては、
もっと本格的な自衛隊ものを、
連作短編の形式で書きたかったと思うのですが、
自衛隊が誰かと闘うような話は、
色々な意味で実現は困難です。

それでひねり出した設定が、
本が検閲された世界で、
本を守るための軍事的な組織が、
活躍する話、というものでした。
図書館が本を守るために自衛のための軍隊を持つ、
という、かなりぶっ飛んだ発想です。

それを月9のドラマみたいなキャラものとして描く、
という破れかぶれ的な発想が、
結果として多くの本好きの皆さんに、
受け入れられたのです。

主人公の男っぽいさばさばしたキャラが魅力的で、
初期3部作より軽いタッチで、
気楽に読み進めることが出来ます。

ただ…

個人的には設定が無理過ぎて、
僕はあまり乗れませんでした。

本を守るための軍隊というのは、
どうなのかなあ…

話題となる検閲などの話は結構リアルで現実的なものなので、
非現実的な設定とのギャップが大きくなります。
それが上手くこなれているようには、
僕にはどうしても思えませんでした。

⑤「レインツリーの国」
レインツリーの国.jpg
これは「図書館戦争」の一種のスピンオフで、
シリーズ2作目の「図書館内乱」に出て来る架空の本を、
実際に1つの作品にしてしまった、
という趣向の作品です。

有川さんの初めての純粋な長編恋愛小説で、
また初めてのSF的な設定とは無縁の作品です。

本当に純粋な作品で、
これまでにもこうした趣向の作品は、
勿論沢山あったとは思いますが、
これだけ純度の高い作品はあまり例がなく、
非常に感銘を受けました。

1人の男と1人の女の出逢いから、
その精神的な交流とそれによる成長の過程を描いているのですが、
作者が本当に真剣に、
人間同士のシンプルな交流に、
向き合っていることが分かり、
読者は作者や登場人物と共に、
非常に上っ面の交流に過ぎない世界から、
一歩ずつ深い精神の交流の世界へと、
本当に一歩ずつ降りて行くのです。

唯一の問題は「図書館内乱」を先に読んでしまうと、
この作品の趣向が分かってしまい、
新鮮な感動を感じられないことで、
この作品は是非単独で、
「図書館戦争シリーズ」より先に、
読んで頂きたいと思います。

小さな名品です。

⑥「クジラの彼」
クジラの彼.jpg
自衛隊員の恋愛ばかりを扱った、
連作ではない短編集です。

正直有川さんほど自衛隊の内部に興味がないので、
やや単調な感じがして、
読むのには苦労しました。

ただ最初の「クジラの彼」は、
後の「植物図鑑」の元ネタですし、
「国防恋愛」や「ロールアウト」は、
後の「空飛ぶ広報室」のキャラとほぼ同じだったりと、
彼女の作品の源流のように楽しめます。

⑦「阪急電車」
阪急電車.jpg
これは連作短編形式の長編で、
有川さんの普通小説作家としての力量を、
印象付けた名品です。

ベストセラーとなり映画化もされました。

阪急今津線というローカル線を舞台に、
何組かのカップルと、
そこにちょっとだけ絡む数人の登場人物を、
路線の1つの駅毎に掌編のエピソードとして描き、
一旦終点になると折り返して、
元の駅に戻って幕を閉じます。

電車の往復が1つの人生のようにもなっていて、
そこに幾つもの挿話があり、
しかし電車は人間の意思とは関わりなく、
人間を乗せてある方向に向かいます。

二重三重に練り上げられた趣向で、
工芸品のような味わいがあります。

途中で折り返す、という発想が、
抜群です。

キャラが全部立っているということはなく、
弱いパートもあるのですが、
最後に何組かのカップルが落ち着くべきところに落ち着くと、
読者の心もほっこりとして、
ちょっとした買い物にでも出てみようかな、
という気分にさせます。

正直こういうのをもっと書いて欲しいな、
と思いますが、
その後はあまり作例がなく、
連作短編は連作短編のまま、
ということが多いのがちょっと残念です。

⑧「三匹のおっさん」
三匹のおっさん.jpg
これは有川さん得意の連作短編の形式で、
昔の時代劇の「三匹の侍」をモチーフに、
定年後の3人のおじさんが、
それぞれの特殊技能を発揮して、
現代の悪を仕置人のように裁く、
という物語です。

「図書館戦争」は所謂本好きの皆さんに、
ちょっと媚びているような感じがあるのです。
「本を守るために戦うって、いいでしょ」
という反論のあまり出来ないところを狙っているのです。
今回の作品は中高年をヒーローにしていて、
今度は中高年に媚びているような感じが、
何となくするのです。
児玉清さんに褒められたので、
今度は児玉さんみたいなおじ様を、
ヒーローにして差し上げますね、
と言っているような感じがするのです。

それで悪い、ということはないのですが、
ちょっと嫌らしさは感じないでもありません。

ただ、この作品は意外に歯ごたえはあって、
有川さんが今の社会の身近な問題に、
初めて真剣に向かい合い、
その対策を真摯に考えている、
という印象があります。

作品に出て来るどの事件も、
決して絵空事ではありませんし、
それを機に家族が少しずつ成長する姿も、
非常に説得力を持って描かれています。

俗っぽい題と発想の割に、
しっかりとした作品だと思います。

続編の「三匹のおっさんふたたび」も書かれ、
そちらもより深い世界を期待しましたが、
正直「偽三匹のおっさん」が登場するなど、
ベタな続編になっていて、
かなり失望を感じました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

有川浩集成(その1) [小説]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

8月15日まで診療所は夏季の休診中です。
今日はこれからまた奈良に行きます。
また骨折しないように気を付けます。
そんな訳で、明日は更新もお休みをさせて頂きます。

休みの日は趣味の話題です。

有川浩さんの著作をまとめ読みしたので、
何回かに分けてご紹介したいと思います。

人気作家ですから、
勿論僕などが改めてご紹介することもないのですが、
道楽の1つと思って頂ければと思います。

最初にトータルな感想を言いますと、
初期の「空の中」は力作で小説の楽しさを堪能させ、
「図書館戦争」シリーズには、
ある種の開き直りの魅力があります。
同時期の「レインツリーの国」と「阪急電車」は、
彼女の文学性の高さを感じさせる、
珠玉の工芸品のような作品で、
個人的にはその方向へ進むことを期待したのですが、
企画が先行する連絡短編という形式のものが乱発され、
その出来には首を傾げるようなものもあります。
その中では「フリーター、家を買う。」と、
「三匹のおっさん」は、
現代社会の構造そのものに切り込んだ力作ですが、
特に「フリーター、家を買う。」は、
抜群の発想が連絡短編の形式に、
縛られているような感があります。
最近の「空飛ぶ広報室」になると、
キャラが出来てそれでお終い、と言う感じなので、
ドラマの原作、と言う括りから、。
抜けたところのないのが残念に思います。
勿論売れっ子の宿命なのだと思いますが、
かつてのような、
磨き上げた工芸品のような恋愛小説や、
堂々たるロマネスク的な長編を、
期待しているファンも多いのではないでしょうか?

今日は処女作からの初期3部作編です。

まず、こちらから。
①塩の街
塩の街.jpg
2004年に電撃小説大賞受賞作となった、
有川浩のデビュー作です。

突如飛来した塩の隕石によって、
人間が次々と塩の柱になってしまい、
ほぼ人間が滅んでしまった近未来が舞台のSFで、
自衛隊の猛者の働きで世界は救われます。

まだ習作と言う感じです。
設定もヴォネガットの「猫のゆりかご」や、
バラードの「結晶世界」のようで、
ソドムとゴモラが元ですが、
咀嚼不足ですし、
世界が急に救われてしまうのも安易で唐突です。

ただ、キャラの魅力はありますし、
オープニングにいきなり泣かせがあるのも、
将来性を感じさせます。

スピンオフ的な短編が幾つかあり、
文庫版には一緒に収められています。

②空の中
空の中.jpg
2004年11月に発売された第2作で、
これは異生物とのファーストコンタクトを扱った、
堂々たる大作です。

こういうものは昔のSFにはよくあったので、
それほどの目新しさは感じないのですが、
あくまで正攻法である種の純粋さを保ちながら、
ともかく最後まで押し切るパワーが魅力です。

前作と比べると、
集合意識の生物が強制的に分離され、
人間に操作されて互いに争う、
という設定自体も巧みに出来ていて、
悪役の少女などのキャラ設定も巧みです。

結構お薦めで、
若書きの作家に特有の、
濃厚な小説世界に浸ることが出来ます。

③海の底
海の底.jpg
初期3部作の悼尾を飾る作品は、
今度はザリガニが巨大化したような怪物と、
自衛隊が戦うという、
怪獣映画の世界です。

これまでの作品以上に、
自衛隊の活動がより力点を置いて描かれていて、
硬軟2人組の自衛官は、
そのまま次作の「図書館戦争」シリーズに繋がります。

これを評価される方もいるので、
純粋たる好みの問題ですが、
僕はあまり乗れませんでした。

巨大ザリガニが、
あくまでただの「都合の良い敵役」としてしか描かれていないので、
要するに自衛隊の戦う相手が欲しかっただけなのか、
というような安易さを感じるからです。

悪党の子供が出て来ますが、
これも前作の少女に比べると、
悪への徹底ぶりが弱く、
安易に和解してしまうので、
これもちょっと釈然としません。

それでは今日はここまでです。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

村上春樹「アフターダーク」 [小説]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日で診療所は休診です。
朝から駒沢公園まで走りに行って、
これからまた幡ヶ谷まで在宅診療に出掛けます。

明日月曜日は健診の説明会のため、
小平まで遠征するので、
午後の診療は5時半で終了とさせて頂きます。

受診予定の方はご注意下さい。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
アフターダーク.jpg
村上春樹さんの作品は、
全て読んでいると豪語していたのですが、
実はこれはまだ読んでいませんでした。

「海辺のカフカ」が出た時に、
それまで何作かは読んでいたのですが、
読了済みの作品も含めて、
エッセイも短編も含めて、
処女作から年代順にほぼ全て読みました。

それでちょっと油断していたので、
次の長編の「アフターダーク」は何となく読まなかったのですが、
ある時出逢った、
本当に刹那的に生きている、
ガラス玉のような眼をしているのに、
時折そこに、
信じられないような深い輝きを放つ少女が、
「本が好きなんです」
と言うので、
「誰が好きなの?」
と怖々聞くと、
「村上春樹さん」と、
いつもは質問しても、
まともに答えないか、
3分以上の沈黙の後に、
意味不明のことを答えるだけなのに、
その時だけ即答でそう言ったので、
俺は村上春樹はそこそこ詳しいぜ、
と思って、
「どの作品が好きなの?」
と聞くと、
「アフターダーク」
とこれも即答で答えたので、
「へえ…」
と言ったのですが、
実はそれだけは読んでいなかったので、
正直意表を突かれて動揺し、
これは読まなければ、
と思ったのです。

皆さんも彼女に実際逢えばお分かりになるかと思いますが、
およそ世界の全ての物に、
興味など何ら持ちそうにない、
ある種、虚無が少女という抽象的な物体に変化したような、
闇の世界との通路の入り口のような、
人間離れしたところのある女性なのです。

そんな彼女が興味を持つという小説とは、
一体どのようなものなのだろうと思い、
いやいやこれはとんでもない傑作か、
それともとんでもない駄作なのではないかしら、
と、そう思って読んでみたのです。

一読してなるほど、
と思いました。

これは間違いのない傑作なのですが、
前作の「海辺のカフカ」のようなフルコースを期待していると、
懐石弁当のようなものがひょいと出て来るので、
「これ終わり?」
と思ってしまうのです。

ただ、後半のたたみ掛けの凄みは並ではなく、
村上春樹さんとしても、
本腰を入れて、
自分より若い世代のために、
「新しい小説」を一から創ろうと、
非常に緻密な計算と、
前衛への意欲の元に、
作り上げたものなのだと思います。

それほど話題にはならず、
多くの読者からは、
やや落胆を持って受け取られたようですが、
それも村上さんとしては、
おそらくは織り込み済みの反応だったのだと思います。

以下ネタばれを含む感想です。

作品は村上さんの長編としては、
短い部類で
「国境の南、太陽の西」や「スプートニクの恋人」と、
同じくらいのサイズです。

一夜の出来事を描いているのですが、
深夜零時の手前から始まり、
朝の7時前に終わります。

深夜のデニーズの店内で、
マリという大学生が、
タカハシという大学生に出逢います。

タカハシはいつもの、
村上春樹さんの主人公と同じスタンスのキャラですが、
団塊ジュニアに設定されていて、
団塊世代の父親に、
本質的な部分で、
「自分」を台無しにされ穢された、
と感じています。

マリにはエリという姉がいて、
モデルをしている美人なのですが、
何故か2カ月前から、
自分の意思で、
こんこんと眠り続けています。

その眠りがマリを不安にするので、
彼女は自分は逆に眠らずに、
ファミレスで無為な時を過ごしているのです。

「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」以降の、
村上春樹さんの作品は、
そのほぼ全てが、
現実と多くの人が考えている世界と、
そこと重なり合うようにして存在し、
幾つかの部分では、
明確に現実世界と対立している、
もう1つの世界との、
せめぎ合いを描いているのですが、
その萌芽は、
村上さんの第一期の総決算たる傑作で、
「村上春樹版ロンググットバイ」の、
「羊をめぐる冒険」にあります。

この「アフターダーク」もその例には洩れず、
永遠の虚構の眠りを選択したエリは、
その眠りの回路を通じて、
もう1つの「闇の世界」に入り込みます。

そこは白川という、
エリートビジネスマンの心の奥の虚無の世界と、
「暗い部屋」を通じて繋がっていて、
エリの侵入が、
白川の心を乱し、
彼はその2つの世界の揺らぎを、
現実世界での中国人娼婦への暴力行為という形で、
解消しようとします。

現実世界に生じたその暴力は、
それ自体が理不尽なものなので、
現実世界にも暴力の連鎖を生み、
その連鎖が現実世界における白川の存在を、
消滅させることが、
「暗い部屋」の彼の不在により暗示されます。

白川に暴力を振るわれた娼婦のバックにいる闇の組織が、
白川を追い詰めて、
彼が捨てた娼婦の携帯に、
「どこまで逃げても逃げられないぞ」
というメッセージを入れるのですが、
その携帯自体はコンビニに置かれていて、
それを取り上げる無関係の人間全員に、
その「逃げられないぞ」という脅しのメッセージが拡散されます。

一方で何かから逃げているのは、
タカハシもそうで、
他にもラブホテルの女性従業員も、
過去の何かから逃げているのですが、
要するに彼らを追っているのも、
闇の世界と繋がった、
同じ携帯からの声であるかも知れないのです。

闇の世界と現実世界との通路が、
こうした携帯やモニターという、
情報伝達の道具でもたらされる点が、
この作品のユニークな点の1つで、
こうした通路の集合体として、
「私たち」という視点が小説技巧上設定され、
その視点から、
俯瞰されるように世界は記述されます。

現実世界においても、
マリは中国への留学を控えていて、
白川が暴力を振るった中国人娼婦の、
通訳として関わり、
中国という存在も、
もう1つの異界として機能しています。

それでは、
現実として描かれている世界が、
そのまま現実なのかと言うと、
必ずしもそうではありません。

何となく読んでいると、
まずオープニングのデニーズの描写が、
「ええっ、こんな言い方をしないよ」
というようなところがあちこちにあって、
村上さんもリサーチ不足だな、
そうだよね、デニーズになんか、
行く訳がないもんね、
と思うのですが、
中段で「ある愛の詩」という、
「凡作を宣伝で名作に変化させて大ヒット」
という日本の映画興行史に残る作品が、
タカハシの台詞で紹介され、
それが全くのデタラメの筋になっている辺りから、
これは要するに本物の現実なのではなく、
映画をある人が途中までしか見ないで、
勝手な想像で筋を語れば、
同じものでも別物になるように、
この世界の事物も、
そうした「揺らぎ」の中にあり、
そこに「闇」が侵入して来る、
という話なのだと合点がゆくのです。

このように全ては極めて緻密に、
重層的に仕組まれていて、
現実とは別個の小説的な世界を、
新しい記述法で構築しようとする、
村上さんの腕は冴えています。

「アフターダーク」の好きな少女には姉がいて、
両親との折り合いは悪く、
それを考えると、
なるほど彼女も、
自分の身近な人が、
自分を眠ってしまっていることに気付き、
目覚めを期待しているのだな、
と改めて感じました。

ラストはある意味当たり前の展開ですが、
シンプルで心底感動的で、
誰だって大切な人の眠りを、
覚まさせたいと祈っているので、
それが大甘の結末であっても、
虚無の少女の心さえ、
深く揺さぶることが出来たのではないかと思うのです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

村上春樹「1Q84 BOOK3」 [小説]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日で診療所は休診です。
朝からいつものように、
駒沢公園まで走りに行って、
それから今PCに向かっています。
これからまた在宅診療に出掛けます。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
1Q84 BOOK3.jpg
昨日に引き続いて村上春樹さんの、
小説の話です。

「1Q84」はまずBOOK1とBOOK2が同時に出版され、
それから1年後にBOOK3が刊行されました。

僕は1と2は出版からそれほど経たない時期に読みましたが、
この3は読まないでいて、
今回昨日ご紹介した新作と一緒に、
遅ればせながら読了しました。

すぐに読まなかったのは、
「1Q84」自体があまり好みではなかったことと、
前作から大分日数が経ってしまい、
内容も細部は忘れてしまっていたので、
今更続編と言われてもね、
という気分もあったからでした。

ただ、
読んでみると意外にすんなり作品世界に入れましたし、
「あれ、どうだったかな…」
と前作を読み直すようなことも、
殆どなしで済みました。

トータルな感想としては、
村上作品としては矢張り蛇足の感が強くて、
エンターティンメント的なものを、
狙った感もあるのですが、
追いつ追われつのサスペンスは、
村上さんの得意分野では到底ないので、
特に中段の辺りはかなりしんどい気分で読みました。

以下ネタバレを含む感想です。

青豆という殺し屋の女性と、
天吾という予備校教師で雑文書きの男性が、
小学校の時に運命的な出会いをしていて、
そのことには気付かずに成長しているのですが、
月が2つあるもう1つの世界との関わりを介して、
互いの存在を知り、
前作ではすれ違いに終わって、
お互いに再会を期すところで終わるのですが、
今回の続編では、
最後に実際に出逢い、
それから月の2つある世界から脱出して、
月が1つある現実(?)世界へと戻ります。

村上春樹作品は、
概ね前作の終わりのように、
運命的な2人が、
実際には出逢わない段階でラストを迎えるのですが、
今回は続編として、
その再会を実際に描いています。

ただ、
それでは前作にあった諸々の謎が、
解き明かされているのか、と言うと、
そんなことはなく、
謎はむしろそのまま引き伸ばされただけで終わり、
全体の輪郭は不明なまま、
2人の再会のみが実現する、
という感じになっています。

青豆はオウム真理教をイメージした、
新興宗教の教祖を殺し、
そのために教団に追われています。
その教団の手下として働いている牛河という男が、
些細な手掛かりから、
潜伏している青豆にジワジワと迫ります。

この追う者と追われる者との攻防が、
交互に描かれるのですが、
牛河という男もそう冴えたところがなく、
純粋な悪党の凄みもなく、
最後は青豆の仲間に、
あっさりと殺されてしまいますし、
青豆の潜伏生活自体も、
あまり緊張感のないもので隙だらけなので、
お互いに間抜けで、
何らサスペンスフルではなく、
読んでいて正直イライラします。

小説の構成としては、
確かに追う者と追われる者とを、
交互に章を分けて描くのは、
サスペンスなどの定番ですが、
実際にはよほど上手く書けていないと、
単純に2倍に長さが水増しされた感じで、
作品世界に没入出来ないことが多いのです。

こうした手法は今では、
むしろ映像に向いているものかも知れません。

個人的にはBOOK3前半の、
天吾が何するでもなく、
青豆との再会を願って、
父親の入院先で無為な日々を過ごすパートが、
如何にも村上さんらしくて好きでした。
「ダンス・ダンス・ダンス」の、
失われた女性を探すための、
無為な北国のホテルの日々の描写にも似ています。

ただ、
問題は青豆を探す手掛かりが、
看護師からもらった大麻の吸引で得られる、
という点で、
これは如何にも安易で、
ある種麻薬礼賛のようにも取れますから、
村上さんらしくない、
軽率な展開であったように思います。

「羊をめぐる冒険」においても、
「ダンス・ダンス・ダンス」においても、
「ねじまき鳥クロニクル」においても、
主人公は本当に苦労して、
麻薬などの安易な手段に頼ることなく、
もう1つの世界への入り口を見付けたのですから、
今回の安易な麻薬の使用は、
問題があるように思います。

更には牛河が無雑作に殺され、
それが当然のことのように描かれるのも、
如何なものかな、
と思います。
主人公の側の残虐さは、
素直に容認されてしまうのは、
いくらもう1つの世界のこととは言え、
問題なのではないでしょうか?

村上春樹さんの作品を、
処女作から読み続けている者としては、
この作品で明瞭に主人公の「父親」が登場し、
昏睡状態でありながら、
幽体離脱をして「悪」を為す、
という描写は、
これまでにもしばしば垣間見られた、
「父親との葛藤」というテーマを、
かなり明瞭かつ具体的に描いた、
という点で、これまでの作品には、
あまりないものであったと思います。

「ノルウェイの森」の緑の父親など、
これまでにもそうしたテーマを、
暗示させるような展開はありましたが、
今回の作品における父親の邪悪さは、
これまでにない徹底したものです。

NHKの集金人である父親が、
自分の肉体は滅んでも、
見知らぬ他人の家のドアを叩き、
執拗に悪意のある言葉で、
NHK料金の滞納を責め続ける、
という趣向は、
その言葉のおぞましい不快さと相俟って、
村上さんの悪の造形として間違いなく最高のものですし、
そうか、「海辺のカフカ」のカーネルサンダースも、
「ねじまき鳥クロニクル」の時空を超えた邪悪な存在も、
要するにお父さんのことだったのね、
ということが腑に落ちる気がするのです。

今回の作品は村上さんのクロニクルの中では、
あまり優れたものとは思いませんし、
正直BOOK2で終わりで良かったのではないか、
というようにも思いますが、
父親の存在の描写などを含めて、
新たな発見もあり、
ラストのこれまでにあまりないハッピーエンドは、
それがただのフィクションに過ぎないにせよ、
この世界を幸せにしたいという、
村上さんなりの一歩踏み込んだ意思表示なのかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

村上春樹「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」 [小説]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
色彩を持たない….jpg
村上春樹さんの新作が、
書下ろしで発売されベストセラーになっています。

これは個人的な感想としては、
思ったより悪くない作品で、
前作の「1Q84」より僕好みです。
ただ、村上さんの作品を、
これまであまり読んだことのない方には、
あまりお勧め出来ません。
他の作品を幾つか読んで、
「ああ、こんな感じのものなのね」
と思ってからでないと、
作品の世界に浸る前に、
描写や設定の不自然さの方が、
気になってしまう可能性が高いからです。

最近の村上春樹さんの作品を貶す人は、
黒沢明の「影武者」以降の作品を、
以前より劣化して見るに堪えない、
と貶す人によく似ていますが、
人間は誰でも「加齢」という名の劣化は仕方のないことですし、
誰にでも黄金時代はあるので、
それと現在を単純に比較するのは、
フェアではない思うのです。

以下ネタバレを含む感想です。

作品は多崎つくるという名の、
団塊ジュニアの30代の男性が主人公で、
彼は高校時代に他の4人のクラスメートと、
奇跡的で調和の取れた集団を形成していたのですが、
20歳の時に何故か他の4人から絶交を言い渡されます。
それから16年後に、
2歳年上の恋人から、
過去の理不尽な絶交の原因を追求するように命じられ、
4人のクラスメートを訪ねる旅に出ることになります。

これは僕の私見では、
尖閣問題とか慰安婦問題とかが、
ちょっこっと入った内容になっていて、
勿論正面切ってそうした話題を取り上げているのではないのですが、
「歴史」とか「憲法」という言葉が、
小説のテーマとは不似合な感じで挿入されていて、
当然それは意図的なのです。

かつての「ダンス・ダンス・ダンス」で、
「高度資本主義社会」という言葉が、
執拗にリフレインされたように、
あれは要するにバブル批判ということだったのだと思いますが、
今回も非常に微妙な感じで、
「虚構のレイプ」という枠組みの中に、
そうしたスパイスが忍ばされている、
という微妙な作品です。

こういう紛らわしい感じで、
物凄く分かり難く控えめにしか、
社会問題を作品中に表現しないというのは、
嫌いな人には腰が引けて卑怯な感じに思えるのでしょうし、
そうした意見も否定はしませんが、
僕はこの「腰の引けた感じ」が人間的で、
小説の素晴らしさと限界とを、
同時に感じさせるので、
個人的にはとても好きです。

これまでの村上さんの作品傾向としては、
「ノルウェイの森」に似ています。

「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」以降の、
村上さんの作品は、
現実世界とそれに部分的に対立する仮想世界とが、
せめぎ合いながら共存している、
という内容が主流になっていました。

その明確な例外が「ノルウェイの森」で、
作者自ら「純粋な恋愛小説」と銘打ったように、
主人公達は現実世界から一切出ることなく、
苦悩し、愛し、死んでゆきます。
「純粋」という言葉の意味は、
要するに向こう側の世界が登場しない、
ということなのです。

今回の作品も同じように、
「死神に魅入られたジャズピアニスト」のような、
ファンタジーの挿話や、
幽体離脱を思わせる夢の話などが挿入はされていますが、
それはあくまで「夢」の話に留まっていて、
基本的なストーリーの枠組みの中に、
超現実性は全くありません。

後半で主人公は、
ノルウェイの森ならぬ、
フィンランドの森を彷徨いますが、
「悪いこびとたちにつかまらないように」
という台詞は出て来るものの、
邪悪なこびとは出て来ません。
村上春樹さんの物語としては、
「スプートニクの恋人」のように、
ここで超現実的世界に、
不意に入り込んでもおかしくはありませんし、
「海辺のカフカ」のように、
そこにもう1つの世界への入り口が開いていても、
何らおかしくはないのですが、
意図的に今回はそうした世界からは、
距離を置いているのです。

主人公の年上の恋人は、
「羊をめぐる冒険」の、
耳の完璧なモデルに似ていますし、
悪霊に魅入られて無残に死ぬ、
主人公の初恋の女性は、
いつもの「予め失われたヒロイン」です。
大学時代の唯一の友達が、
謎めいた物語を残して、
忽然と姿を消すのも、
「ノルウェイの森」に似ています。

そんな訳でこの作品は、
結構懐かしい村上春樹さんのクロニクル的世界なのですが、
例によって幸運な癖に苦悩している主人公は、
作者の分身としての時代を離れて、
団塊ジュニアの世代に設定され、
バブルの頃に喪失した、
絆の意味を総括しようとしているのですから、
作者自身新しい世界に、
踏み出そうとしているところでもあるのです。

仮想世界を出現させれば、
小説的には主人公の問題は解決されるのです。
「虚構のレイプ」の真実も、
2つの世界のレトリックの中では、
解決され浄化されるのです。
しかし、団塊ジュニアで恵まれた立場の主人公に、
その道を選ばせず、
かつての自分の「ノルウェイの森」の苦悩を、
同じように味あわせることで、
新たな解決の道を探って欲しい、
という作者の意図が、
そこにはあるように思います。

作品のラストは例によって、
主人公が逢わなければいけない誰かと、
逢うことを決意した時点で終わり、
その再会自体は描かれませんが、
その希望の意味は、
そう甘くはないものなのかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

冲方丁「天地明察」 [小説]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日で診療所は休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
天地明察.jpg
昨年映画化もされた、
冲方丁(うぶかたとう)の歴史小説
「天地明察」です。

これは今更僕などが言うこともありませんが、
非常に清冽な作品で、
主役の造形が、
必ずしも一貫していない点が惜しくて、
途中で何度も素晴らしい場面があって、
心が揺さぶられるのですが、
ラストに至ると、
何となく少しボルテージの落ちるのが、
点晴を欠く、
という感じで残念でなりません。

ただ、
歴史小説としては、
最近でこれほど面白いと思ったものはありませんし、
素材も意表を突いて素晴らしく、
文体も悪くありませんし、
見事な力作だと思います。
特に前半は本当にワクワクします。

そして、
何より自分の生き方を深く考えさせられます。

これは読む方によって、
感じ方は自ずと違うのだと思いますが、
僕は人間として生きている以上、
矢張り誰かを心の底から尊敬して、
その人と共に同じ時代を生きている、
ということを、
生涯の幸せと思うことが必要だ、
ということを強く感じました。

尊敬する師を持つことが、
生の根本だ、
という認識です。

僕はこれまで、
殆ど他人を尊敬するということがなく、
他人の意見に「なるほど」と思うこともなく、
ある種自分の考えだけで生きて来たのですが、
それでは矢張り駄目なのだと
この本を読んで思ったのです。

他人を尊敬出来ない人は、
勿論尊敬出来なくなった経緯は、
色々とあり、
思い出したくないような経験も、
色々とあるのですが、
何処か欠陥があるのです。

ただ、
こうした考えを持つのは、
僕にそうした欠陥があるからで、
そうでない人がこの本を読むと、
また別の感想を持ち、
おそらくは別の人生の指針に出会うと思います。

そうしたプリズムのような魅力を、
この本は持っています。

以下、作品及び映画の内容に少し踏み込みます。

予備知識なく読み観たい方は、
読後鑑賞後にお読み下さい。
決して損はないと思います。

作品は殿様と碁を打つことを許された碁打ちでありながら、
日本独自の暦を作り上げた、
渋川春海の生涯の物語です。

渋川春海は碁よりも数学に興味があり、
神社に奉納された数学の問題を、
解こうとするところから物語は始まります。

「江戸時代の数学」をテーマにする、
というのが、
前例がない訳ではないと思いますが、
なかなか意表を突いています。

特にこの作品では、
武芸者のように数学者が問題を出し合い、
道場破りの果し合いのようなことをするのですから、
楽しくなってしまいます。

渋川春海は碁打ちなので、
これとは別に碁の対決もあり、
そこにも宿敵のようなライバルがいる、
という趣向です。

ひょんなことから春海は日本全国を旅して、
北極星の緯度を測るという、
北極出地というお役目に選ばれ、
その旅をきっかけとして、
日本が古来から使用していた暦の誤謬を知って、
それを日本独自の暦に改暦するという、
国家規模の事業に携わるようになるのです。

その成功までには紆余曲折がありますが、
最終的に成功して、
春海は初代の天文方の役職に就きます。

渋川春海は実在の人物ですが、
同時代の数学者であった関孝和を登場させて、
その交流を描いているのが、
この作品のフィクションとしての肝です。

関孝和は天才肌の数学者ですが、
暦にも興味を持っていたとされています。

ただ、
実際にはおそらくは交流のなかっただろう2人を、
「数学の問題の絵馬」で結び付け、
ある種純粋な子弟関係として、
昇華させているのがこの作品の巧みさです。

春海は関孝和の「天才」に畏怖の念を抱き、
逢える機会が何度か存在しながら、
敢えて逢うことをしないのですが、
春海が改暦の試みに挫折し、
どん底にある時に初めて対面し、
そこで改暦成功のヒントを得ます。

この場面の感動は、
ちょっと筆舌に尽くし難いものがありますし、
作品のオープニングで既に強く結び付けられていた2人を、
物語の3分の2を過ぎたところで、
初めて対面させる、
という構成の巧みさが生きています。
2人を結び付けるのが春海の妻である、
という点も緻密です。

この物語は、
1つの大きな目標に、
生涯を懸けて邁進する姿を描きながら、
むしろ人生の師を、
見出すことの幸福を、
裏のテーマをしているように、
僕は理解しました。

ただ、不満も少しあります。

まず、
生き生きとした前半に比べると、
後半はどうもフレッシュさに欠けます。

問題は主人公の年齢が上になっても、
そのための変化が、
あまり読んでいて感じられないことです。
そのため、
行動だけがまどろっこしくなったようで、
何となくイライラするのです。

特に白眉である関孝和の対面以降については、
かなりボルテージが下がりますし、
老獪な政治的な手法で、
最後に改暦を勝ち取る件も、
違和感が残ります。

それから、
最初に数学の設問が具体的に出て来るので、
これは面白いと思うのですが、
その設問が具体的に解かれたりするプロセスが描かれないので、
理系の読み手としては、
肩すかしにあったような気分になります。

本来設問を具体的に見せるのであれば、
その回答のプロセスも、
具体的に読ませる方が、
より良かったのではないでしょうか?

映画はまずまず忠実に原作をなぞっていて、
特に北極出地の旅の場面は、
映画ならではの躍動感があって、
非常に面白く観ました。
旅の師匠格2人に笹野高史に岸部一徳というのも、
非常に豪華です。

ただ、
主役が岡田准一さんですから、
結局年齢不詳で原作と同じように、
後半が何歳なのかまるで分からず違和感があります。

斬った張ったのない、
映画としては地味な素材なので、
途中で無理矢理、
得体の知れない集団が襲い掛かるという、
入れ事をしているのですが、
これは明らかに失敗でしたし、
ラストの改暦を成功するためのイベントの場面は、
安っぽくてガッカリしました。

一番の失望は、
関孝和役の市川猿之助丈で、
これではいけません。
猿之助丈には、
歌舞伎に専念して頂きたいと、
改めて思いました。

ただ、
原作との比較なので点が辛くなるのですが、
トータルには悪くありませんでしたし、
実際の測量の風景などの描写には、
映画ならではの魅力がありました。

また、
宮崎あおいさんの芝居は、
ある種のエロチックな幻想性があって、
見掛けとは違う、
深い沼を覗き込んでいるような趣があります。
その経験がさせるのかもしれませんが、
彼女は独特の女優さんになったと思います。

前半に慣れない帯刀に四苦八苦する岡田准一に寄り添い、
刀を直す所作など、
これは絶対に活字では描けないな、
という不思議な情感がありました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。