SSブログ

三島由紀夫集成(その2) [小説]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日で診療所は休診です。

先週は嫌なことばかり沢山あって、
なかなか頭の整理が付かないのですが、
どうにか今日のうちに気持ちを少し整えて、
明日からの仕事に引き摺らないようにしたいと思います。

朝から雨なので、
駒沢公園へ走りに行くのは止めました。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
三島由紀夫集成2.jpg
三島由紀夫の全集は揃いで持っているのですが、
正直なところを言うと、
小説はあまり読んでいませんでした。

「金閣寺」と「仮面の告白」、「愛の渇き」と、
後は短編を幾つかくらいです。

それでもういつまで本が読めるか分かりませんし、
最初から通読しようと決めました。

全集は主なものが2回刊行されています。

僕が持っているのは彼の死後すぐに刊行が開始されたもので、
小説は全て収録されていますが、
エッセイや対談の類は全ては入っていません。
ただ、生前の彼の目が入っているものなので、
旧字体が使用されています。
一方でその後数十年経ってから刊行された全集があり、
こちらはほぼ完全版で、
対談の類も全て収録され、
音声のCDや書簡の類、
「憂国」のDVDまで別巻として刊行されています。
しかし、現代仮名遣いに変わっていて、
三島由紀夫は最後まで活字にはこだわっていたので、
とても僕には納得がいきません。
それで旧全集にはない数巻のみ所有しています。

今日はその旧全集の第2巻の覚書です。

第1巻は以前読んだのですが、
文語作品が主体でかなり読み難く、
ストーリーも殆どないような習作が主なので、
とても読み返す元気はないので2巻から始めます。

この第2巻には、
昭和22年から23年に掛けて書かれた、
24編の作品が収録されています。

一般に「假面の告白」が彼の処女長編のようなイメージがありますが、
実際にはその前に「盗賊」という短めの長篇があります。
ただ、あまり出来の良いものではありません。

この第2巻の白眉は、
「頭文字」と「獅子」の2作の短編で、
特に「頭文字」は鏡花の「外科室」辺りを思わせる、
狂熱的な愛情が全開の耽美的な力作で、
一読虜になりました。
戦前の華族社会の道ならぬ恋、
というのが如何にも若き日の三島の着想で、
恋人の死の瞬間、お姫様の白い肌に血文字が浮かぶ、
という強烈な描写が溜まりません。
「獅子」は表書にあるように「王女メディア」の、
戦後の没落華族に当てた翻案で、
後の「愛の渇き」にも繋がるような、
自然主義文学的な情緒の世界です。

三島由紀夫というと、
どうしてもその思想的な背景とその死をもって語られがちですが、
少なくとも彼の死に繋がった思想が反映されている小説はごく僅かで、
殆どの作品はそうしたものとは無関係の世界です。

ただ、真の美は死や破滅をもって完成する、
というファナティックな激情と美意識は、
10代の頃から既に一貫したものではあるのです。

特に「頭文字」はお薦めで、
松本清張さんの「西郷札」や、
鏡花の「外科室」、
西加奈子さんの「空を待つ」などと並べて、
「激情小説傑作選」でも編みたいなと、
秘かに夢想しています。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

小山田浩子「穴」その他 [小説]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日で診療所は休診です。

雨なので走りに行くのは止め、
今PCに向かっています。

休みの日は趣味の話題です。

今年芥川賞を取った小山田浩子さんの、
これまでの作品を振り返ってご紹介します。

これは凄く面白い、
というほどのことはないのですが、
まあまあ面白く、
凄く新しい、
ということもないのですが、
まあまあ目新しく、
凄い技巧ということもないのですが、
意外と凝っているのです。

これまでに2冊の単行本が発売され、
それぞれに3作の中短編が収められています。

以下その内容をご紹介します。
それほどのネタばれはありませんが、
先入観なくお読みになりたい方は、
作品を読了後に以下はお読みください。

①「工場」
小山田浩子「工場」.jpg
これは最初の単行本で、
「工場」、「ディスカス忌」、「いこぼれのむし」という3編が収められています。

「工場」は処女作で、短めの長篇、くらいの分量です。
得体の知れない巨大な「工場」があって、
それは1つの街と化しているのですが、
工場の労働が3人の労働者の視点から、
交互に時には絡み合いながら描かれます。

不気味な黒い鳥や巨大なネズミが出て来たり、
歩いても歩いても渡れない巨大な橋があったり、
工場の光景はシュールなのですが、
描かれる労働のディテール自体はリアルな感じのものです。

最後にオチが付いているのですが、
全ての不可解さがそれで解決される訳ではなく、
こんなオチなら、ない方が良かった、
というような意見もあるのですが、
個人的にはこれで良いように思いました。
ただ、オチの表現はもっと直截的ではない方が、
良かったかも知れません。

ラテンアメリカ文学とか、カフカとか、
尾崎翠とか、安部公房とか、
色々な作品の影響が、
ないまぜになって入っていて、
何となくそれがまだ、
完全に一体感を持っていないのは、
処女作故のような気がします。

「ディスカス忌」は短編で、
「工場」より軽いタッチのものです。
第2作品集に収められた、
「いたちなく」と「ゆきの宿」とは連作になっています。
熱帯魚の飼育の話に、
男女の性的な関係性が重ね合わされた、
昔の「奇妙な味」のような作品で、
一種の「古めかしさ」が魅力です。

最後の「いこぼれのむし」は、
「工場」よりもっとリアルな会社で、
「工場」でも描かれた正規雇用と非正規との軋轢を、
多角的に描いたもので、
黒い鳥や巨大なネズミなどの代わりに、
今度は芋虫などの虫が、
不気味に作品を彩ります。

②「穴」
小山田浩子「穴」.jpg
これは2冊目の作品集で、
短い長篇という分量の「穴」に、
「いたちなく」と「ゆきの宿」という短編2編が収められています。
2編の短編は連作で、
「ディスカス忌」の続きです。

「穴」は芥川賞を取りましたが、
確かにこれまでの小山田さんの作品の中では、
一番高い位置にあるものだと思います。

仕事を辞めて夫の田舎に引っ越した子供のいない主婦が、
姑の依頼でコンビニに送金に出掛けた途上から、
謎の黒い獣を追って「穴」に落ち、
這い上がると世界の様相は非現実的なものに変わっています。

今度のモチーフは「不思議の国のアリス」で、
その構成をかなり巧みに換骨奪胎しています。
女にとって仕事とは何か、というテーマは、
底流にはこれまでの作品と同じように流れていて、
姑に代わって自分が働き始めることにより、
いつの間にか穴から外に出ている、
というラストも、
「工場」と比べると洗練されています。

これまでの作品は、
ディテールは面白いのですが、
物語としての盛り上がりには欠けている面があり、
その点この「穴」は、
構成がきっかりと出来ていて、
その点でもより洗練されていると思います。

「いたちなく」と「ゆきの宿」の連作は、
「穴」が純文学的なのに対して、
娯楽小説的な軽いタッチを狙っているものだと思います。

僕は「いたちなく」が好みで、
連作ではなくこの作品だけを独立させた方が、
より深みが出るように感じました。

不妊治療に悩む夫婦が、
いたちの生態を友人と語る、
という組み合わせがユニークで、
完全に解決されない不穏な空気が、
全編に流れているのも魅力です。

総じて何処かで読んだような話が多く、
格別現代を感じさせる、ということもないのですが、
ちょっとしたお使いで、
道に迷って途方に暮れると世界が歪んで見えるところなど、
ディテールはなかなか面白くて、
動物や昆虫への偏執狂的な視点も良く、
リーダビリティはあるので、
読んで損をした、という気にはなりません。

そこそこのお薦めです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

リディア・デイヴィス「話の終わり」 [小説]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日で診療所は休診です。

朝からいつものように、
駒沢公園まで走りに行って、
それから今PCに向かっています。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
話の終わり.jpg
リディア・デイヴィスはアメリカの女流作家で、
何冊かの短編集と1作の長編があります。
元々寡作の作家ですが、
翻訳されたものは更に少なく、
唯一の長編であるこの「話の終わり」と、
同じ翻訳者によって翻訳された、
「ほとんど記憶のない女」という短編集があるだけです。
2011年の時点で、
他に2冊の短編集が刊行の見込みと書かれていますが、
今のところ、実際にはまだ刊行はされていないようです。

ただ、翻訳されている2冊は、
いずれも抜群に面白くて、
一読虜になりました。

端的に言えば「意識の流れ」を、
やや通俗化して簡明な文章で綴ったもので、
ユーモラスかつシュールな感じがあるのが特徴です。

「意識の流れ」というのは、
人間の思考をそのままに文章化しようとした試みで、
ジェイムズ・ジョイスやヴァージニア・ウルフの著作は、
その代表です。

人間は誰でも自分の人生を、
1つの物語(ストーリー)として生きているので、
たとえばある人に一目ぼれをした、
と後から考えると思っていても、
実際にその初対面の瞬間に、
頭の中で流れている思考は、
後から考えた内容とは、
全く別個のもの、ということが通常です。
つまり、人間は起こった出来事を、
現在という時点で想起する時、
その出来事をそのままに思いだすのではなく、
自分に都合の良いように筋道を立てて、
物語に変えているのです。

そうした物語を文章化したものが、
通常の小説という形式ですが、
「意識の流れ」のスタイルというのは、
頭の中で「物語化」される前の思考の流れを、
そのままに記述しようという試みなのです。

僕は最初に入った大学で、
1年間は文学部に所属していて、
英文学科に進もうか、と言う感じだったので、
ジョイスやウルフは懐かしく馴染みのある名前です。

ただ、英語そのものが非常に凝っていて、
ジョイスの後半の作品などは、
造語を交えたりしているものなので、
基本的に翻訳で読む、と言う性質の作品ではありません。

通常の小説の面白みや仕掛け、ユーモアなどの要素も皆無です。

それに引き替えてデイヴィスの著作は、
英語は平易でシンプルで読み易く、
ジョイスやウルフに比較すれば、
通俗的ですが読者には親切な作品です。
それでいて、通常の物語的な要素もあり、
カフカの断章を思わせるような、
シュールな感じやユーモラスな感じもあって、
馴染み易いのが特徴です。

最初に翻訳されたのが短編集で、
本国の出版は1997年ですが、
翻訳は2005年に出版されました。
こちらです。
ほとんど記憶のない女.jpg
これは51編の短編からなる短編集で、
「ほとんど記憶のない女」という題名が、
謎めいていて魅力的ですし、
マグリットの絵を用いた装丁も、
興味を惹きます。

短編は短いものは数行で、
長めのものは通常の短編くらいの長さです。

表題作の「ほとんど記憶のない女」を読むだけで、
こうしたものの好きな人は虜になると思います。

平易な文章の中に、
意外に奥深い世界があって、
語り手である作者の性格が、
如何にも女性的で愛らしく繊細で、
それでいて意地悪でひねくれてもいるので、
その語り口だけで浮き浮きした気分になるのです。

面白かったので原作のペーパーバックも買いました。
忠実な翻訳ですが、
原作の英語を読むと、
より平易な言葉のみを選んでいることが分かり、
言葉が頭の中で展開されてゆくように、
シンプルな文章が繰り返されながら、
少しずつその姿を変えてゆくのが、
よりはっきりと分かります。

翻訳は上手いのですが、
日本語の口語文には英語のようなリズムがないので、
原作のリズミカルな感じは、
矢張り翻訳では消えてしまっています。

後、原作と翻訳では作品の配列は変わっています。

そして、2010年翻訳が出版されたのが、
著者の唯一の長篇の「話の終わり」です。

これは実際の刊行は1995年ですから、
「ほとんど記憶のない女」より前、ということになります。

「話の終わり」は作者自身がモデルと思われる大学の教員の女性が、
その大学の学生の男に恋をして、
しばし同棲し、その後別れて別の男性と結婚する、
というまでの話です。

半ば私小説に近いものなのだと思いますが、
ストーリー自体に面白みはあまりありません。

ただ、このシンプルな話を、
現在の時点から主人公が小説化しようとして、
その小説の一部と主人公の回想、
そして現在の意識の流れが、
ないまぜになって展開されるのです。

ああ、如何にもデイヴィスだな、
と言う感じがしますし、
ウルフやジョイスの作品に部分的には拮抗するような、
重厚感があります。

特に辛い心の傷を可視化させ、
それが次第に静寂の中に溶けてゆくような後半の記述には、
本物の文学のみが持つ輝きがあります。

難点は短編のような軽味やユーモアには乏しいので、
前半の繰り返しを読みとおすのは、
かなり忍耐を必要とする、ということです。

全ての方にお勧め出来る作品ではなく、
まず「ほとんど記憶のない女」を手に取って頂いて、
ご自分の嗜好に合えば、
「話の終わり」に進んで頂くのが良いように思います。

その後で「ほとんど記憶のない女」を読み返すと、
そのそこかしこに、
「話の終わり」の残滓が潜んでいて、
ああそうか、ここはこうした話だったのね、
と改めて腑に落ちる感じがあるのです。

2007年の未訳の近作「Varaieties of Disturbance」には、
学術論文を模した形式の小説なども含まれていて、
そうしたアイデアは僕も秘かに温めていたので、
ますます侮れない感じがするのです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

西加奈子「舞台」 [小説]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は祝日で診療所は休診です。
まだ体調が戻らずに駒沢公園へは行きませんでした。

やることは沢山あるのですが、
なかなかやる気が出ません。

仕方がないですね。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
西加奈子「舞台」.jpg
西加奈子さんの新作長篇が、
今月発売されました。
昨年の「群像」誌に一括掲載されたものです。

これは主役が29歳の男性で、
作家であった父親との葛藤があり、
父親の死後に、
父が行きたかったニューヨークに1人旅をする、
という話です。

帯に「生きているだけで恥ずかしいー。」とあるように、
太宰治の「人間失格」が1つのモチーフになっています。
もう1つサリンジャーみたいな感じも、
あのような無残さや切なさはありませんが、
少し入っているように感じました。

太宰の「人間失格」は、
好き嫌いの分かれる小説だと思います。
中学生の頃既に、
太宰の「人間失格」が好き、
という同級生がいましたし、
高校、大学でもそうした人が必ずいました。
僕はそうした文学好きの学生からは、
疎まれることが多くて、
あれは結構いじめっ子が書いたような小説だと、
個人的には思っています。
中学の頃に読むと、
気分が悪くなりました。
ただ、最近読み直すと、そう不快には感じませんでしたし、
結構面白く思いました。

あの世界を少し客観視出来るようにならないと、
いじめられっ子が読むにはきついようです。

西加奈子さんはこれまでに何作か、
男性を主人公にした作品を書いていますが、
総じてあまり良い出来ではないように思います。
女性が読むとまた違う感想になるのかも知れませんが、
男が必ず持っているロマンチックで甘い部分を、
理解されていないように感じるのです。
唯一「地下の鳩」の自堕落な中年男には、
生々しさがありましたが、
あれは何かモデルになったキャラがあるのではないかと思います。

今回の作品は大甘の教養小説ですが、
主人公の造形はとても薄っぺらで、
正直西さんの悪いところが出たな、
という印象です。

内容もかつての「うつくしい人」に近い感じで、
作者の頭の中にある、
葛藤のようなものは理解が出来るのですが、
それが小説としては昇華されていないように思うのです。

全編ニューヨークが舞台になりますが、
全くリアルな感じがなく、
単にガイドブックの中を旅しているような印象しか残りません。
印象的な登場人物も一切登場せず、
ただただ、主人公の心理的な堂々巡りが、
そのままに描写されて物語は終わります。

前作の「ふる」もかなりシンプルな教養小説でしたから、
そうしたシンプルな構成のものが、
今の西さんのトレンドなのかも知れません。

正直コアな西さんのファン以外には、
あまりお勧めは出来ませんが、
また女性が読まれれば、
違った印象を持たれるのかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

宮部みゆき「ペテロの葬列」 [小説]

こんにちは。

六号通り診療所の石原です。

今日はまだ診療所は休診ですが、
レセプト作業のため終日仕事の予定です。
それは良いのですが、
体調が最悪なのがブルーです。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
宮部みゆき「ペテロの葬列」.jpg
ドラマ化もされた杉村三郎シリーズの第3弾、
宮部みゆきさんの「ペテロの葬列」が、
昨年末に単行本化されました。
これは複数の地方新聞に連載されたもので、
単行本化が待たれていた作品です。

このシリーズは「誰か Somebody」、「名もなき毒」と続いていて、
主人公の杉村三郎は大財閥の会長の、
妾腹の娘とひょんなことから結婚した、
逆玉の輿のお婿さん、
という浮世離れのした設定になっています。

今時この設定はどうなのかしら、
というように思いますし、
ドラマ版などを見ると、
恥ずかしくて見ていられないような感じなのですが、
原作を読む限りは、
決して不自然とは思えません。
語り口が見事なので、
ついつい飲み込んでしまうのです。
宮部マジックと言うべきかも知れません。

このシリーズは、
一種のハードボイルドで、
絵空事めいた主人公の設定が、
むしろ主人公を透明な存在としていて、
その非現実的な視点を介して、
リアルな「現代の悪」を投射しよう、
という試みのものです。

1作目は自転車による交通事故死が描かれ、
2作目では虚言癖のあるトラブルメーカーの女性が描かれます。

両方ともなるほどな、という感じです。

今回の3作目もなるほどな、という感じの、
「現代の悪」が描かれます。

ただ、これまでの2作品と比較すると、
作品のテーマとなっている「悪」が、
ミステリーではこれまでにも、
散々取り上げられているものなので、
何が起こるか先の読めない展開が続く前半は、
非常に魅力的なのですが、
一旦物語の構造が露になってしまうと、
何だこれか、と言う感じで、
正直がっかりする部分はあります。

また、いつものことですが、
小ネタ的な部分に、
ミステリー的なトリックが使われているのですが、
宮部さんはこうしたトリックの扱いがあまりお上手ではなく、
如何にも取って付けたような感じになっているのが、
物足りなく感じます。

ラストは色々な意味で衝撃的で、
これはこれで悪くないと思いますし、
おそらく次作の展開も既に織り込まれているのだと思います。
ただ、個人的には、
もう少し物語そのものの謎に、
奥行きと意外性とがないと、
大胆な構成も活きないように思います。

今回はちょっと集約感がなくて長過ぎますよね。

宮部さんのファンであれば、
読んで後悔はしないと思いますが、
もし初めて宮部さんの長篇をお読みになるのであれば、
この作品はお勧めしません。
大胆な構成は、
シリーズの前2作を読んでいないと、
活きない性質のものですし、
単独の作品の出来としては、
前作の「名もなき毒」の方が上だからです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

西加奈子「ふる」 [小説]

明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

例年通り今日から3日まで奈良に行きます。
明日の更新はお休みさせて頂きます。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
西加奈子「ふる」.jpg
一昨年の暮に出版された西加奈子さんの新作です。
昨年はエッセイ以外は新作はありませんでしたから、
今の時点で西さんの長篇の最新作ということになります。

前作の「ふくわらい」は、
かなり強烈なキャラが次々と登場する、
一種のキャラ祭りのような作品でしたが、
今回の「ふる」は、
それほど突飛な人物は出現しません。
28歳の1人のOLの生活と、
その生い立ちに隠された、
母親との葛藤とそこに潜むちょっとした秘密が、
自分との幻想的な対話の中で露になり、
祝祭的な結末を迎えます。

オープニング、
謎めいたタクシー運転手との対話から、
物語が始まるのは、
村上春樹の「1Q84」の影響があるように思います。
時間が交錯する構成や、
幻想と現実とのブレンドの仕方も、
「1Q84」を感じさせます。

ただ、今回の場合その趣向が、
それほど成功しているとは思えません。

作品の基本的なテーマは、
「炎上する君」に収められた名作短編、
「空を待つ」と同じなのですが、
その名刀のような切れ味と比較すると、
長篇化された分、
余分なものが多くなって感動を薄くしているように思えます。

西さんのこれまでの作品の中では、
原点に戻った感のある水準作、
というところかと思います。

僕なりにこれまでの西加奈子さんの作品を総括すると、
処女作の「あおい」は鮮烈な力作で、
次の「さくら」がアーヴィングに似過ぎている気はしますが、
抜群のリーダビリティを持つ代表作です。
趣向を少し変えた「きいろいゾウ」までは、
彼女ならではの感性の粒立った作品が続くのですが、
「通天閣」から似合わない男性目線の語りが始まり、
その後は純文学めいた「窓の魚」や、
筒井康隆の出来損ないのような「こうふくあおの」、
ユーミンの「時のないホテル」のような暗いだけの「うつくしい人」など、
明らかな失敗作が続きます。
「きりこについて」から、
一種の開き直りのような、
復調の兆しが見え、
「円卓」で小粒ながら初期のムードに戻り、
「漁港の肉子ちゃん」は、
初期作とは別の方向性を目指した力作になったと思います。
ただ、「地下の鳩」、「ふくわらい」と、
部分が暴走してトータルなまとまりに、
初期より欠ける作品が続くと、
まだまだ迷いがあるようにも思います。

「しずく」、「空を待つ」、「炎上する君」などの切れ味のある短編を読むと、
意外に長篇より短編向きの作家なのかな、
という思いもします。

そんな訳で現状の僕のお勧めは、
「あおい」、「さくら」がベストで、
「きいろいゾウ」と「漁港の肉子ちゃん」はそれに次ぐレベル。
それから短編の上記3作、
特に「空を待つ」は名品だと思います。

それではそろそろ出掛けます。

今年が皆さんにとっていい年でありますように。

石原がお送りしました。

万城目学「とっぴんぱらりの風太郎」 [小説]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

診療は年末年始の休診に入っています。

いつものように、
駒沢公園まで走りに行って、
それから今PCに向かっています。

今日はこれから神奈川の実家に戻る予定です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
とっぴんぱらりの風太郎.jpg
僕の大好きな万城目学(まきめまなぶ)さんの新作が、
今年の9月発売されました。

週刊文春に2年に渡り連載された、
万城目さん初めての時代物で、
最も長い長篇です。

これは同じ文藝春秋社から刊行された、
「プリンセス・トヨトミ」とちょっとした繋がりがあり、
その前日談とでも言うべきものです。

ただ、単純にそれだけのものではなく、
震災後初めての作品ということもあって、
運命に翻弄される庶民の悲哀も、
書き込まれていますし、
戦争物としての描写にも力が入っていて、
戦争や紛争の危機が、
にわかに身近なものとなった現代にも、
寄りそう内容になっています。

一読の価値は間違いなくありますが、
単行本で270ページを越えるまでは、
あまり読者をワクワクさせるようなことが起こらないので、
万城目さんのファンであれば、
期待だけで読み進むことが出来るのですが、
初めての方は挫折することもありそうです。
ただ、その後は一気呵成に物語は突き進みます。

ラストは正直、「これしかない」という感じではなく、
登場人物の辻褄を合わせただけ、
という印象があるのですが、
読者も一緒に長い旅をした、
という実感があるので、
そう失望感は残りません。

以下ネタばれがあります。

「プリンセス・トヨトミ」は、
豊臣秀吉の血を引くお姫様が、
現代でも秘かに崇拝されている、という話ですが、
「とっぴんぱらりの風太郎」は、
秀頼の生まれたばかりの娘が、
大阪夏の陣の戦場から、
如何にして救い出されたのかを、
描いた物語です。
救い出された秀頼の末裔が、
「プリンセス・トヨトミ」の茶子になる、
という仕掛けです。

ただ、それが本筋ということではなく、
庶民から見た「戦争」を描くのが眼目で、
落ちこぼれの忍者の青年を主人公に、
彼が目にした大阪冬の陣、夏の陣の戦場が、
極めてリアルにかつ壮絶に描写されます。

世の中をちょっと斜に見たような、
能力はあるのに、
なかなかやる気を出さない主人公は、
「鴨川ホルモー」以来、万城目さんの定番ですが、
今回も矢張りそのスタンスに魅力があり、
ねねの依頼に本気を出す当たりは、
いつもの手だな、とは思いながらも、
ワクワクする思いがします。

それだけに、予定調和的に脇役がどんどん殺され、
最後は主人公も死んで終わるラストは、
やや着地に失敗した感じがあります。
これは矢張り、
主人公は生き残らないと意味がないのではないでしょうか。

非現実的な仕掛けとして、
ひょうたんの精のようなものが、
主人公を助けるのですが、
結局「アラジンと魔法のランプ」の趣向と同工異曲のもので、
それほどの工夫なく終わってしまうのも、
万城目さんの作品としては、
物足りない感じが残ります。
これももうひと押し欲しいところです。

内容的には大阪冬の陣の描写が、
非常に優れていて、
戦争の無残さを生々しく感じさせるのですが、
クライマックスはどちらかと言うと、
ただの忍法小説のパターンになるので、
その辺りのバランスを疑問に感じるのです。

要するに山田風太郎がやりたかったのかな、
と思いますし、
そう考えると題名はそのものズバリなのですが、
忍法貼の奇想の魅力では、
風太郎が遥かに上なので、
そう見せ掛けてラストは別の方向に舵を切った方が、
より万城目さんらしい作品になったのではないかと思います。

総じて、リーダビリティはさすがですし、
読んで損はないのですが、
万城目さんとしては、
色々なものを盛り込もうとし過ぎて、
散漫になった印象がありますし、
これから何を書くべきなのか、という辺りに、
まだ試行錯誤が見える感じがします。

個人的には次作に目の覚めるような快作を、
期待したいと思います。

ただ、帯の「その時、1人対10万人」というのは、
売るための煽りだと思いますが、
確かにそうした文言は本文にあるものの、
そうした展開にはならないので、
やや誇大広告の感があります。

それではそろそろ出掛けます。

皆さんも良い年の瀬をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

西加奈子集成(その4) [小説]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日で診療所は休診です。

朝からいつものように、
駒沢公園まで走りに行って、
それから在宅診療などこなして、
今遅れてPCに向かっています。

休みの日は趣味の話題です。

今日は西加奈子さんの作品を年代順にレビューする、
その4回目です。
大きなネタばれはありませんが、
個々の作品を先入観なくお読みになりたい方は、
作品の読後にお読み下さい。
いずれの作品も、
一読の価値は充分にあります。

まずこちらから。
⑬「円卓」
円卓.jpg
小学3年生のこっこという少女が主人公の、
短めの長編小説で、
幾つかの経験を経て、
怖い物知らずの少女が、
少しだけ世の中の怖さを知って、
すこしだけ大人になるまでの物語です。

西加奈子さんの作品としては、
かなりオーソドックスな作品で、
病気や不幸を羨ましがるこっこは、
風変わりではあるものの、
たとえば「きりこについて」のような、
過激さはありません。

こっこの変貌のきっかけとなる異様な人物の描写が、
かなりショッキングで、
面白い反面唐突でバランスを欠く感じがあり、
ラストがやや尻つぼみ気味になるのが残念ですが、
それ以外は非常に良く描けていて、
西さんとしては、
第二期絶好調に入った感があります。

来年には映画化も予定されていますし、
これはお薦めです。

⑭「漁港の肉子ちゃん」
漁港の肉子ちゃん.jpg
小学5年生のキクりんが主人公で、
北陸の漁港で焼き肉屋のパートをしている、
通称「肉子ちゃん」という巨漢の母親との交流を描いた長篇です。

北陸の架空の漁港の話ですが、
実際には東北の漁港がモデルのようで、
連載の途中で東日本大震災が起きています。

これはなかなか見事な作品で、
破天荒なキャラクターもそれぞれ活きていますし、
最後にキクりんについての、
ちょっとした秘密が明らかになり、
それがふんわりとした感動に繋がって、
ラストはキクりんの初潮で締め括る辺りも、
しっかりと着地しています。

「きりこについて」以降の作品は、
どうしてもキャラが暴走するきらいがあり、
読者がちょっと引いてしまうようなところがあったからです。

自堕落に見える母としっかりものの娘、
という設定は、
初期の「さくら」に既に見られる、
西加奈子作品の一貫した構成ですが、
この作品の肉子ちゃんという母親は、
「きりこについて」のきりこを思わせて、
スケール感があり、
一読忘れ難い印象を残します。

中段に小学校のいじめの話が入るのですが、
傍観者を貫こうとしたキクりんが、
そのために却っていじめの標的になり、
その後旗色が変わると、
意識することなくいじめる側に廻るのですが、
その無意識の意志にはたと気付くあたりが、
僕には非常に斬新で胸を打つものがありました。

いじめの話というのは、
概ねいじめられる側の視点か、
意図的にいじめる側の視点から描かれて、
「無意識の他者に対する不寛容」が、
実はいじめという構造のエネルギーになっている、
という視点は忘れられがちになるので、
西さんの感覚の鋭さに感銘を受ける思いがあったのです。

西さんの最近の作品の中では、
一番のお薦めです。

⑮「地下の鳩」
地下の鳩.jpg
2009年に書かれた短い長篇「地下の鳩」に、
2011年に発表された、
その脇筋的な中編「タイムカプセル」を一緒にして、
2011年の暮に刊行された1冊です。

「地下の鳩」が単独で本にするには短いので、
そうした処置が取られたものと思います。

個人的には「地下の鳩」と比較すると、
「タイムカプセル」はかなり出来が落ちるので、
テンションが下がって読了する感じになり、
納得がいかないのですが、
出版的には仕方がないのだと思います。

ミステリー好きとしては、
前半の世界観がひっくり返るような話を、
後半に期待したかったのですが、
出来あがったものは、
前半の単なる補足、
という感じのものになっているからです。

「地下の鳩」は、
大阪の歓楽街の底辺を生きる、
どうしようもないような男と女が、
束の間の絶望的な逃避行を繰り広げる物語で、
男の設定や男女を交互に描く手法は、
かつての「通天閣」によく似ているのですが、
ずっとダークで救いのない、
ディープな物語になっています。

僕はこれは嫌いではありません。

ニコラス・ケイジが若い頃に主演した、
「リービング・ラスベガス」という、
救いの欠片もないような暗い映画があって、
僕はこれは人生に絶望していた時期に観たので、
物凄く印象に残っているのですが、
この物語はこの映画に良く似ていて、
ひたすら死に向かう2人の姿に、
胸を刺されるような思いがします。

映画はニコラス・ケイジ扮する主人公が、
アルコール中毒のために会社を首になると、
「酒を思う存分飲み続けて死んでやる」
と心に決めてラスベガスに乗り込み、
こちらも絶望のどん底にある娼婦と出会って、
実際に酒を浴びるように飲んで、
死んでしまう話です。
こんな映画を作るなんて酷いよね。
でも、暗い気分の時に観ると、
とても甘美な気分になって、
自分でも同じことをしてやろう、
という気になる、
とても危険な映画でもあるのです

西さんの「地下の鳩」は、
いびつな顔をした水商売の女と、
キャバレーの呼び込みをしている、
昔は不良として鳴らした中年男が、
全てを放り出して自滅的に愛し合う話です。

摂食障害で過食と嘔吐を繰り返す女に、
毎日男が食事を貢ぎ、
遂にお金が尽きて、
「もう金がないんや」と切なく呟く辺りは、
読んでいて辛過ぎて、
どうしようもない暗い気分になります。

ただ、これだけ厳しい話なのに、
ラストは何となくハッピーエンドに近い感じになり、
それはそれで悪くないのかも知れませんが、
西さんが地獄の穴の際まで来たのに、
怖気づいて引き返したような気がして、
個人的には何となく釈然としませんでした。

僕は嫌いな作品ではありませんが、
読者を選ぶと思います。
読んで楽しい気分には絶対になりません。

⑯「ふくわらい」
ふくわらい.jpg
2012年の8月に刊行された長篇で、
連載自体は2011年から2012年に掛けて書かれています。

奇行で有名な紀行作家であった鳴木戸栄蔵の1人娘の、
鳴木戸定が主人公で、
書籍編集者をしている25歳の女性ですが、
父と旅行中に人肉を食べ、
父がワニに身体を齧られて死亡すると、
その父の肉も食べたという、
かなりの設定です。

「ふくわらい」という題は、
その主人公が闇の中でふくわらいをするのが大好きで、
高じて全ての人間の顔を見ると、
そのパーツをふくわらいにように分解して、
再構成しないと気が済まない、
という性癖から来ています。

彼女は処女であるばかりか、
人間との交流を殆ど絶って生活していたのですが、
イタリア人の顔を持つ盲目でエッチな若者や、
異常な性癖を持つ高齢の男性作家、
異形の顔を持つエッセイストでプロレスラーの怪人など、
主人公に匹敵するキャラの濃い面々と交流するうちに、
人間社会との交流を少しずつ始める、
という物語です。

これはかなり読み応えがあり、
テーマも多岐に渡り複雑に構成されています。

いびつな顔や肉体に魅力を持つ、
というのは、西さんの作品の一貫したテーマでもありますが、
これまでは控え目に語られた部分を、
今回は主題に据え、
精神と肉体の問題として、
後半にかなり追及する姿勢を見せています。

更には主人公が編集者で、
作家をサポートして良い作品に昇華させる、
という一連の活動を通して、
西加奈子さん自身の作家としてのあり方や、
編集者や社会への関わり方についても、
テーマの1つとして取り上げられています。

ここまで特異なキャラの人物を主人公に据えると、
読者が作品についてこれない可能性があり、
実際最近の西さんの作品は、
そうした傾向があったのですが、
今回の作品に関しては、
主人公を一歩引いた感じで世界に対する姿勢にして、
その周囲とのバランスを、
巧みに取っているような気がします。

後半で真っ当な女子が登場して、
主人公の友達になり、
すこぶる普通で面白みのない意見を述べる辺りも、
西さんのバランス感覚が巧みに活きています。

これまでの西さんの作品の、
ある意味集大成的なものと、
言っても過言ではないと思います。

ただ、基本的にキャラ紹介に終わってしまい、
主人公達を越えた外界との関わりの中で、
時系列に大きく物語が動く、
という感じではないので、
物語を追う、と言う意味では物足りなさも感じます。

クライマックスのような盛り上がりや、
幾つかの筋や人物の動きが、
1つに収斂するというような感じがなく、
全ては並列に進んでゆきますし、
一部の方が絶賛されているラストも、
僕には「円卓」のラストなどにも似て、
何となく誤魔化したような感じがするのです。

第二期絶好調と言って良い、
筆の冴えを見せる西さんだけに、
もうひと押し、キャラの魅力だけではない、
骨太な物語の躍動感を、
そうかつての「さくら」にあったような世界観を、
今後是非期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

西加奈子集成(その3) [小説]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は診療はいつも通りですが、
夜から奈良に行くので、
明日の更新はお休みとさせて頂きます。

土曜日なので趣味の話題です。

西加奈子さんの作品を年代順にレビューする3回めです。

まずこちらから。
⑨「うつくしい人」
うつくしい人.jpg
前作の「窓の魚」に続いて、
非常に暗く地味なムードの作品です。

孤独なOLが仕事を辞めて、
離島のホテルに滞在し、
そこで謎の外国人やバーテンと出逢い、
最終的に生きる希望を取り戻す、
というような話です。
主人公の家族との葛藤も描かれますが、
それほどの膨らみを持って、
物語に関わる、ということはありません。

作者自身の、かなり行き詰まった感じが、全編に漂っていて、
読んでいて息苦しいような思いさえします。
ただ、描写は非常に平板で単調なので、
フィクションを読むという楽しみには乏しく、
モノトーンの作者の夢の世界を、
そのまま提示されたような気分になります。

島の風景も全く目に浮かびませんし、
謎めいた人物も、
書き割りのようにしか感じません。

明確に失敗作だと思いますが、
作者の精神の中では、
この夢の放浪のような作品が、
その後の脱皮のためには、
不可欠であったのかも知れません。

これはコアな西さんのファン以外には、
あまりお薦めは出来ません。

⑩「きりこについて」
きりこについて.jpg
「きりこは、ぶすである。」という、
ドキリとする一文から始まるファンタジー色の強い作品で、
久しぶりに西加奈子節とでも言うべき、
多彩なレトリックと関西弁が乱れ飛ぶ、
初期からのファンには、
懐かしい世界が展開されます。

三年寝太郎みたいな感じもありますし、
一種の民話的な世界で、
登場する奇矯な人物達や猫達も、
それぞれにかっちりと描けています。

ただ、ぶすの女の子が、
自分がぶすと認識されていることに、
気付くまでを描く前半は、
かなり「イタイ」話になっていて、
そのささくれ立った感じが、
好き嫌いの分かれるところだと思います。

引きこもり以降の後半は、
一気にファンタジー色が強まり、
牧歌的なムードになります。
別に意外性がある、という訳ではないのですが、
語り手が最後に姿を現すと、
最初の暴言めいた一文が、
そうではなかったことになる締め括りも、
洒落ていて悪くありません。

非常に面白いのですが、
初期の「あおい」や「さくら」に比べると、
勢いはあまり感じることがなく、
印象はもっと内省的で、
はしょったような短さも、
少し物足りなく感じます。

一時のどん底より、
突き抜けた感じはあるのですが、
まだ本調子ではないな、
というように思いました。

⑪「炎上する君」
炎上する君.jpg
西さんの2冊目の短編集で、
8編の作品が収められてます。

最初の「太陽の上」こそ、
いつもの風俗描写の小品ですが、
その後は奇想天外なファンタジー色の強い作品が並びます。

2番目の「空を待つ」が、
目の覚めるような傑作で、
これは一読鳥肌が立ちました。

息をのむほど美しい夕焼けの空の下、
「あいたい、どこにいますか。」というメールに、
返事が返って来た時の戦慄的な感動は、
まさに天才の筆のなせる業です。

これは本当に小品ながら、
最近では小説を読んで、
最も感動したかも知れません。
前例のない話ではないと思いますが、
この鋭利な洗練度は最高です。

かと思うと3番目の「甘い果実」は、
着地に失敗して転んだような、
おやおやという凡作で、
西加奈子は本当に油断がなりません。

「空を待つ」に準じるのが、
表題作の「炎上する君」で、
これも奇怪な題名に、
決して名前負けしていない怪作で、
コンパクトな絶叫マシーンように、
鬱屈した天才少女2人の、
迷宮のような心の闇を、
スリリングに駆け抜けて、
間然とするところがありません。

この2編以外は正直出来はかなり落ちますが、
それでも奇想の世界に、
心地良く身を委ねることは出来ます。

非常なお薦めですが、
僕のようには感動しない方も多いかも知れません。

こうしたものを読むと、
「きりこについて」などは、
矢張り長さの割に、
水増しされた物足りなさを感じます。

⑫「白いしるし」
白いしるし.jpg
これはまた、藝術家同士の恋愛を描いた、
ダークな恋愛小説で、
「窓の魚」や「きれいな人」の系譜に属する作品です。

前半は勢いがあって面白いのですが、
後半はかなり内省的で平坦な感じになり、
無理矢理のようなラストは、
ちょっと一貫性を欠いているように思います。

文体はただ一時期より練れて来ていて、
「窓の魚」の頃の、如何にも何処かから、
借りて来たような感じではなく、
「あおい」や「さくら」の頃とは違う、
しかし西加奈子独自の文体に、
近付いているようには思えます。

次作の「円卓」からは、
また1つ抜けた感じになりますが、
それ以降はまた後日にまとめたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

有川浩集成(その4) [小説]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日なので、
診療所は休診です。

いつものように、
駒沢公園まで走りに行って、
それから在宅診療に行って、
今PCに向かっています。

休みの日は趣味の話題です。

今日は有川浩さんの作品の感想の4回目です。
まず、こちらから。

⑫「キケン」
キケン.jpg
これはとある工科大学の、
機械制御研究部という部活の、
1年の活動のドタバタを綴った青春物です。

例によって雑誌の連載で、
連作短編のスタイルです。

ただ、卒業した主人公が、
妻に語る視点で描かれ、
最後に妻と共に、
かつての母校を訪ねる場面が用意されているのが、
これまでにない趣向です。

有川さんの旦那さんからの情報が、
何となく下敷きになっているようにも想像されます。

これは正直あまり乗れませんでした。
キャラも先輩の2人組は、
「図書館戦争」と同じで新味がありませんし、
起こる事件も学際の出店の騒動などですから、
盛り上がりにも欠けます。

マンガとコラボしているのも、
個人的には内容が薄く感じられて嫌ですし、
大学の構内で爆弾を爆発させたり、
途中でストップは入るものの、
武器を工作したりというエピソード自体も、
その適切さを疑問に感じます。

最も違和感があったのは、
先輩が少女の家に呼ばれて、
襲い掛かる場面で、
有川さんの男に対する見方に、
奇妙な感じを受けたのですが、
これは「ストーリー・セラー」を読んで、
何となく納得するような思いがありました。

⑬「ストーリー・セラー」
ストーリーセラー.jpg
これは2008年に雑誌に掲載された、
「ストーリー・セラー」という企画物の中編に、
新たに書き下ろしの中編を併せて、
2010年に単行本化されたものです。

女性作家とその夫との関係を、
かなり赤裸々に描いていて、
前半では妻が死に至る病に倒れ、
後半では逆に夫が病に倒れます。

勿論フィクションですが、
私小説的な味わいもあり、
特に悪意のあるジャーナリストや批評家、
そりの合わない肉親への憎悪の念が、
非常に攻撃的に描かれている点にもびっくりします。

初期の所謂「自衛隊3部作」以降、
有川さんの作品は非常にウェルメイドなものになり、
悪党や悪意が殆ど描かれなくなります。
勿論設定上の敵は描かれますが、
かなり具体性を欠いていたり、
同情の余地があったりすることが殆どです。

ただ、今回の作品に登場する、
主人公の肉親やジャーナリストの悪意は、
救いようのないものとして描かれ、
作者は彼らを徹底して攻撃して、
許そうとは全くしません。

かつての「レインツリーの国」は、
有川さんと夫との交流のある部分を、
おそらく抽出して描いたものだったのだと思いますが、
今回の作品のヒリヒリするような感触は、
有川さんの今まであまり作品には反映させなかった、
闇の部分を表に出した、
という感があります。

メタフィクション的な要素もあり、
構成は複雑ですが、
完成度の高い作品を書こう、
という視点は端からなかったようで、
切迫感と混乱した印象のまま、
物語は終わりまで疾走します。

この作品の夫は、
特に前半においては非常に刹那的な感じで、
不意に感じた欲望のままに、
女性に襲い掛かりますが、
その違和感は「キケン」の先輩の描写にも通じるもので、
おそらくは有川さんにとって大切な何かを、
表現しているもののようにも思えます。

2011年に悪意のあるジャーナリストの論評に抗議して、
有川さんは本屋大賞の選考を辞退しますが、
そうした外部へのナイーブな姿勢と、
最高かつ唯一無二の読者である夫の視点を、
神聖視するような思いは、
過去から一貫するもののように感じました。

問題作ですが僕は好きです。

⑭「県庁おもてなし課」
県庁おもてなし課.jpg
新聞連載小説で映画化もされました。
最近の有川さんの作品の中でも、
色々な意味で成功した作品の1つです。

実在する高知県の県庁おもてなし課を、
フィクション化して、
高知県の観光とその行政についての、
情報小説的な側面もあり、
その中で2組のカップルが、
紆余曲折のうちに幸せを掴むという、
有川さん得意の、
大甘の恋愛小説の側面も併せ持っています。

これはなかなか読み応えがあります。

独立した長篇小説としては、
「空の中」以来の傑作という気もします。
そして、奇しくもこの2つの作品のみが、
有川さんの故郷の高知県を、主な舞台にしているのです。

特に前半が優れていて、
かつての「フリーター、家を買う。」のように、
主人公の青年が、
何も知らない状態から、
真に県民の目線に立った、
観光行政のあり方に目覚めて行くのですが、
その段取りが非常に巧みに出来ていて、
描写も軽く成り過ぎませんし、
有川さん自身をモデルにして男性化した、
小説家のキャラを含めて、
人物描写も冴えています。

ただ、後半はもう展開は見えてしまって、
割とダラダラと段取りめいた描写が続くので、
正直ダレる感じはあります。

後半はもっとバッサリ切って、
全体を短く刈り込んだ方が、
より優れた作品になったような気はします。

この作品は実際に高知の観光のPRに役立ちましたし、
実際のおもてなし課の活動にも、
影響を与えました。
更には「おもてなし」という言葉自体、
オリンピック招聘でも話題になったように、
この作品を契機としてその重みを増しました。

このように1つの小説作品が、
外の世界に拡散し、
そのメッセージが直接的に外の世界で活かされる、
という点が、
これまでの小説にはない膨らみで、
それが出版社の戦略主導ではなく、
有川さんの主導で行なわれている、
という点が非常にユニークです。

長過ぎるのは難点ですが、
お薦めです。

⑮「空飛ぶ広報室」
空飛ぶ広報室.jpg
自衛隊の広報室を扱った作品で、
有川さんが久しぶりに自衛隊物に回帰した、
という言い方も出来そうです。
ドラマ化もされて話題になりました。

これは有川さんでなければ、
描けない作品であることは間違いがありません。
実際に自衛隊の広報室に取材して、
そのお墨付きの元に、
虚実をないまぜにして書かれている、
という点は、
「県庁おもてなし課」と同じです。

現実の自衛隊をこのような形で取り上げることは、
非常にスタンスが難しい行為ですが、
それを「東日本大震災」まで取り込んで軽やかに成し遂げ、
実際に広報室の協力の元に、
あのTBSでドラマ化が実現する、
という展開は、
まさしく作品で描かれた事項が、
有川さんの魔法の指先で、
現実化したのですから、
小説の新たな可能性を示したと言って、
過言ではないと思いますし、
小説家冥利に尽きるとはこのことです。

ただし…

作品としてはいつもの連作短編の形式で、
新味はありませんし、
登場するキャラは、
殆どがかつての自衛隊ラブコメものの短編の焼き直しです。

作品自体も、
全体としての盛り上がりには欠け、
端的に言えば人物紹介のみでお終い、
という印象です。

つまり、この作品は単独というより、
ドラマと対にして初めて完成するような作品で、
こうした形もありかな、とは思いながら、
小説好きとしては、
やや釈然としないものを感じるのも事実です。

しかし、
現実でのインパクトを考えれば、
企画としては大成功で、
有川さんの力を知らしめるような作品であることは確かです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。