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久坂部羊「無痛」 [ミステリー]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が担当し、
午後2時からは石原が担当します。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
無痛.jpg
今連続ドラマ化されている、
久坂部羊さんの「無痛」という作品を読んでしまいました。

ドラマがちょっと特殊な素材で、
特に評判の高い病院の天才外科医という称する人物の造形に、
どういう方向にこれで転がるのかしら、
という興味を持ったので、
読んでしまったのです。

作者は現役の医師で、
今は在宅の医療機関で診療に当たっている、
というようなことがネットでは書かれていました。
小説以外に医療のエッセイなども書かれているようです。

読んでかなり驚きました。

医療ネタではあるのですが、
とても現役で臨床に関わっている医者が書いたとは、
信じ難いような内容でした。

登場人物の多くが「変態」なのですが、
その描写が非常に詳細かつ執拗で、
読んでいるとかなり気分が悪くなります。
ストーカーから女性に手紙が送られるのですが、
その文面がさして必要性が高いとは思えないのに、
執拗に長く引用されていて、
吐き気がするような内容です。
ある人物が生きたまま解剖される、
という猟奇的な場面がありますが、
それも物凄く執拗に書かれているのです。
この下品さと露悪的な趣味の悪さに驚きます。

何よりも物語の根幹の部分に、
倫理を踏みにじるようなところがあり、
現役で臨床に関わっている人間が、
そのことを公表しながら、
このような物語を一般に発表することには、
個人的には大きな問題があるように、
思えてなりませんでした。

以下ネタバレがあります。
個人的にはお読み頂かないことをお勧めしますが、
読まれる予定の方は、
先にお読みにならないようにお願いします。

物語はミステリーの体裁なのですが、
これと言った筋のひねりはなく、
意外性もありません。

教師の一家が子供を含めて猟奇的に殺され、
その犯人が不明なところに、
精神を病んだ少女が、
自分が殺したと、
担当の臨床心理士に告げるのが発端です。

そこに謎の天才外科医と、
患者の視診だけで、
全ての病気とその予後が分かってしまうという、
画期的(?)な診断法を持つ冴えない開業医。
そして、天才外科医の助手で患者の、
クレチン症で無痛症という、
怪人物が絡みます。

最初から、
ハンディキャップのある無痛症の若者を、
「不気味な怪人」のように描いていることが、
とても不快な感じがします。

それで結局猟奇殺人の実行犯は無痛症の若者なのです。
ひねりの欠片もありません。
天才外科医が弟のかつての恋人であった、
教師の妻に恨みを持っていて、
訳の分からない薬を若者に飲ませて操り、
復讐のための人殺しをさせていたのです。

それでは何故少女が告白したのかと言うと、
死んだ教師を恨んでいて、
殺しの前日にその家に行った、
というだけのことだったのです。

このプロットは結局、
マッドサイエンティストの外科医が、
自分の患者のハンディキャプを持つ若者に、
薬を盛って殺人マシーンとして利用する、
という後味の悪い話です。

昔のホラー映画では、
こうしたキワどいストーリーは、
一種の定番であったのですが、
最近はあまりに露骨で差別的なので、
おおっぴらには描かれることがなくなりました。

履歴によれば現役の臨床医が、
たとえフィクションとは言え、
このような倫理にもとるような話を、
それも下品極まるようなタッチで描き、
それが平気で出版されて書店に並び、
ドラマ化までされるという事態には、
その構図そのものが病的であるように、
僕には思えてなりません。

作者も問題ですが、
出版社もこうした作品の出版に、
そのままOKを出すのはどうかと思います。
せめて、作者が医師であることは、
伏せるべきではなかったかと思えてなりません。

現役の医者が書くべきではない物語というものも、
あると思うのです。

たとえば現役の警察官が、
警官が無実の市民を、
密かに快楽で殺しまくるような話を、
書くことが許されるでしょうか?
現役の消防隊員が、
消防隊員が密かに放火をして廻るような話を、
消防隊員の作家であることを売り物にしながら、
出版することが許されるでしょうか?

色々な考えがあると思いますが、
矢張りそれは倫理的に問題のある行為であるように、
僕には思えてなりません。

同じテーマを書くにしても、
踏み越えてはいけない一線というものは、
あるのではないかと思うのです。

この「無痛」という作品は、
あまりにそうした点に無自覚で、
不用意に差別的で、
医療への誤解に満ちているように、
思えてならないのです。

海堂尊さんという医師で作家の方がいます。

「チーム・バチスタの栄光」という作品が処女作で、
映画やドラマにもなりました。
その後も精力的に活躍をされています。

彼の作品にも非常にキワどいところはありますが、
それでも久坂部さんのこの作品のような、
露悪的で非倫理的な性質のものはありません。
それに、臨床はされていないと思います。

他にも医師で作家の方は沢山いますが、
矢張り臨床で実際に患者さんを診ていて、
それでいて変態の医師が、
障害のある患者を薬で操って、
自分の恨む人間を殺させる、
というような酷い話を、
自分が現役であるうちに書いた方は、
僕の知る限り1人もいないと思います。

それが表現の自由であるとは到底思えないのです。

皆さんはどうお考えになりますか?

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

東野圭吾「天空の蜂」 [ミステリー]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診です。
なるべく家でゆっくりと過ごすつもりです。
何もなければ良いのですが…

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
天空の蜂.jpg
東野圭吾さんが20年前に書いた「天空の蜂」が、
今映画化されて公開中です。

僕は東野さんの作品は、
7割くらいは読んでいると思うのですが、
この作品は発表当時、
原発を絡めたパニック小説というのは、
東野さんには不向きのような思いがあって、
読んでいませんでした。

今回遅ればせながら読了し、
その後で昨日映画にも足を運びました。

これは意外に面白いです。

原作はパニック小説としての段取りには、
矢張り何となく不向きなたどたどしさがあるのですが、
東野さんならではの原発や自衛隊への視点と、
犯人の屈折した心理が面白く、
後半は「読まずに寝られるか」という感じで、
一気に読みました。
そのリーダビリティはさすがです。

原作をそうして読んでしまうと、
これを日本で映画化などしても、
絶対に面白くはならないだろうな、
と思うのですが、
映画はこれも意外に歯ごたえがあって面白く、
抜群とは言えないし不満も勿論あるのですが、
最近では非常に面白く鑑賞しました。

普通考えると、
非常に予見性のある原作であるのですが、
書かれてから15年後に、
実際に原発事故が起こってしまったのですから、
起こる前にそれを予見した作品を、
起こった後で読んでも、
さして面白いとは思えないのではないか、
と思うところです。

現実がフィクションを追い抜いてしまったように思うからです。

また、映画に関しても、
本当に深刻な原発事故が起こってしまった後で、
その15年前の結果として事故が回避される物語を、
今更映像化しても意味がないのではないか、
というように思うところです。

しかし、それが意外にそうではありません。

原発技術者や幹部自衛官の立場になって、
原発や自衛隊の問題を考える、
という東野さんの構想が、
新たな視点としてユニークで、
「沈黙する群衆に刃を突き付ける」
という発想が、
今という時間でむしろ意味を持つからです。

原作は読んで損はないですし、
映画も見て損はないと思います。

以下大きなネタバレはありませんが、
読了及び鑑賞予定の方は、
その後でお読みください。

自衛隊と機械メーカーが共同で開発した、
巨大ヘリがお披露目の日に盗まれ、
稼働中の原発の上空でホバリングします。
天空の蜂を名乗る犯人は、
日本の全ての原発を破壊しなければ、
原発に爆薬を積んだ巨大ヘリを墜落させると、
政府を脅します。

主人公はヘリの開発技術者で、
その友人の息子は、
犯人の意図しないところで、
ヘリの中に人質となってしまいます。

犯人と主人公、そして捜査陣や原発関係者の間で、
頭脳戦が繰り広げられます。

原作も映画も共通の特徴として、
犯人の造形が非常に面白く、
その屈折の感じが、
さすがに東野さん、という感じです。

こういう人物を犯人にして、
こうした物語を紡がせる、というのは、
東野さん以外には、
まず間違いなく出来ない芸当だと思うからです。

構成上の難点は、
人質となった子供が、
前半であっさり救出されてしまうことで、
犯人には人を犠牲にするつもりはない、
ということが分かってしまうので、
サスペンスの要素はかなり減弱してしまうことです。

これは原作でも映画でも同様でした。

原作と映画の最も大きな違いは、
原作では最初から犯人の正体を明かしているのに対して、
映画では終盤になるまで明かされない、
ということです。

映画としては、
間違いなくこの方が効果的です。

それ以外にも、
ヘリに閉じ込められる子供を、
主人公の友人から主人公自身に変えたり、
キーとなる謎の女性が、
海外へ旅行に行かなかった理由を、
犯罪を疑ったのではなく、
妊娠が分かったからにしたりと、
概ね映画として効果的な改変となっていて、
かなり台本が練られていることが分かります。

映画は前半はハリウッドのアクション映画をお手本に、
海外での公開を意図したような色気を感じる、
ちょっと恥ずかしいような感じもあります。
輸出を意識した韓国のアクション大作みたいな雰囲気です。

それが、犯人のアジトのアパートへ、
刑事が踏み込む辺りから、
堤監督の趣味が出る感じというのか、
日本映画のドロドロしたどぎつい画面に変貌します。

ここで壮絶な立ち回りがあり、
若い刑事が死亡するのですが、
こんな格闘は勿論原作にはありません。

この辺からが僕は結構気に入りました。

キーとなる謎の女性が、
トイレで用を足してからニヤリと笑ったり、
髪を無雑作に切って逃亡を図ったり、
という辺りは、今村昌平の映画みたいですし、
クライマックスで幾つかの場面を交錯させるのは、
「砂の器」を彷彿とさせます。

ただ、ヘリが落ちる場面は、
さすがにフルCGでは迫力に乏しく、
犯人が原発の屋上で手を広げるイメージカットは、
さすがにちょっと脱力しました。
映画館で大きな画面と大音量なので、
どうにかしのげますが、
テレビで見たら耐えられないと思います。

映画は福島の原発事故との関連では、
かなり神経を使ったと思うのです。

実際、この企画は、
原発事故の起こる前では、
不安を煽るとして実現不可能だった思いますし、
事故から数年は、
今度は生々し過ぎるとして、
これも実現不可能だったと思います。

今このタイミングだからこそ、
制作と上映が可能であったのだと思います。

映画のラストは2011年3月13日に設定されていて、
その前日に犯人は獄中で死亡したことになっています。
この日にち設定もギリギリのところで、
この日は日曜日で、
まだ原発事故の深刻さは、
一般には知られていなかったタイミングなので、
その予兆を観客に感じさせつつ物語は終わります。

このエピローグは食い足りない感じはありますが、
生々しい記憶が甦るのを避けたのだと思います。
おそらくこの作品が海外公開される場合には、
もっと直接的に原発事故が言及されるのではないでしょうか?

堤幸彦監督は同世代ですし、
そのポリシーには共感出来る部分が多いのですが、
作品としては破天荒なテレビドラマは良くても、
映画はあまり出来の良いものではない、
という印象を持っていました。
日本には他に映画監督はいないのかしら、
と大作を連発する昨今は思うこともあります。
ただ、今回の作品は監督としても、
かなり本気であることを感じさせるもので、
特に後半の人間ドラマは見応えがありました。

原作も映画も、
なかなかお薦めです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

デイヴィッド・アリグザンダー「絞首人の一ダース」 [ミステリー]

こんにちは。
石原藤樹です。

今日明日と、北品川藤クリニックの内覧会を、
午前10時から午後5時まで開催します。
よろしければお越し下さい。
ご希望の方にはちょっとした検査もしていますし、
大したものではありませんが、
ちょっとしたお土産も用意しています。
当日は街道のお祭りもあります。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
絞首人の一ダース.jpg
1961年に原書が刊行された、
ミステリーの短編集です。

1950年代のアメリカは、
短編ミステリーの黄金時代で、
正直なところ、
短編ミステリーの殆どのパターンの最良のものは、
この時期に全て出尽くしているような気もします。

ダールの「あなたに似た人」や、
エリンの「特別料理」は、
名短編集として知られていて、
抜群の切れ味ですが、
この作品もそれに匹敵する、
というのはちょっと言い過ぎですが、
かなり肉薄する魅力と独創性に溢れた短編集です。

ただ、代表作とされる巻頭の「タルタヴァルに行った男」は、
アメリカの歴史を知らないとオチが分からず、
そのために作者自身によるコメントが、
最後に付いているという具合で、
ちょっと翻訳で日本で読むのには難があるのが、
発売当時には日本で刊行されなかった、
主な理由ではないかと思います。

原作は1961年の刊行ですが、
日本での翻訳版の発売は2006年です。

アリグザンダーの特徴は、
ミステリーの骨格の中に、
人生の哀感のようなものを、
巧みに潜ませて抜群のオチに昇華させる手際で、
僕のお気に入りは、
「見知らぬ男」や巻末の「雨がやむとき」です。

孤独から生じる恐怖を描いた「見知らぬ男」は、
ショートショートと言って良い短さですが、
ラストがバッチリ決まって深い余韻の残る逸品です。

もしご興味があれば是非。
それから、エリンの名作「特別料理」は、
最近初めて短編集の全編を通読したのですが、
全てが傑作と言って良い極めつけで、
まだ未読の方は本当に面白い本を読みたい時に、
とっておいて下さい。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

宮部みゆき「ソロモンの偽証」 [ミステリー]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から何となく悶々として、
それから今PCに向かっています。

今日は土曜日なので趣味の話題です。
最初は久しぶりのミステリーです。

まずこちら。
宮部みゆき「ソロモンの偽証」.jpg
小説新潮に2002年から、
足掛け9年を掛けて連載された、
宮部みゆきのこれまでで最も長いミステリーです。

「負の方程式」というおまけの中編が付いた、
文庫版を読みました。

500ページを超える文庫本が6分冊という、
びっくりするような長さです。

端的に感想を言えば、
矢張りちょっと長過ぎると感じました。

オープニングは如何にも宮部みゆきという、
これからを期待させるワクワクするタッチですし、
ラストには「魔術はささやく」的な泣かせも入っています。

そうした意味では宮部みゆきさんのファンの期待を、
裏切る作品ではないと思います。

ただ、ミステリーとしては意外性に乏しく、
せいぜい短編を支えられる程度、という筋立てなので、
ミステリーとしてのワクワク、ドキドキを期待すると、
やや裏切られたような気分になります。

主人公達の心理の謎が、
それに代わる超大作を支えるだけの魅力に成り得たかと言うと、
それもちょっと微妙なように思いました。

宮部さんは現代の現役の作家の中では、
文章の上手さでは群を抜いていると思うのですが、
今回の作品は執筆期間も長いせいか、
文体はかなり揺れていて、
時々湊かなえさんを思わせるような表現や、
桐野夏生さんを思わせるような表現があり、
個人的には違和感がありました。

以下ネタバレを少し含む感想です。

この超大作は3部に分かれていて、
第1部は1990年のクリスマスイブに、
不登校だった少年が、
通っていた中学の屋上から転落死する、
という事件と、
そこから派生して起こる、
幾つかの事件が描かれます。

第2部では自殺として公式には処理された事件を、
クラスメートが中心となって模擬法廷を行ない、
真相を究明しようという企画から、
実際の裁判の開始までが描かれ、
第3部ではその裁判の経緯が描かれます。

基本的に最初の墜落死の謎が、
最後になって解かれる、という、
ミステリーの構造にはなっているのですが、
そこに特別な意外性などはなく、
「ああ、やっぱりそうだったのね」という程度のものです。
死んだ少年と、その隠れた親友とのある種の心理的な対決が、
その謎に絡むのですが、
それも過去作の「模倣犯」辺りの焼き直しの感があります。

いじめや虐待、DV、
ストーキング、過剰報道、不祥事隠蔽など、
多くの社会悪がアラベスクのように描かれますが、
そうした「現代の悪」を描出する手法は、
これも過去作の「名もなき毒」辺りの焼き直しで、
その密度の面で過去完成作に及ばない、
という気がします。
(長期に渡る連載なので、
実際には執筆時期はクロスしています)

ある種宮部みゆきミステリーの総決算、
という趣があるのですが、
量的には文句なく総決算ですが、
質的にはやや疑問が残るように思いました。

文庫版のラストには、
ボーナストラックとして、
「負の方程式」という中編が収められていて、
これが目の覚めるような快作です。

「ペテロの葬列」後の杉村三郎と、
「ソロモンの偽証」のヒロインが一緒に探偵役を勤め、
事件も学校で先生と生徒の証言が、
真っ向から食い違うという、
一種の不可能犯罪で、
意外に奥の深い真相が姿を現します。

本編よりある意味楽しめる作品で、
宮部さんは長編より中短編が本領の作家であることを、
再認識するような作品となっていました。

それでは次の記事に移ります。
次は演劇の感想です。

「まるで天使のような」とマーガレット・ミラーの世界 [ミステリー]

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

申し遅れましたが、
六号通り診療所の石原です。

今日はこれからいつものように、
奈良に出掛ける予定です。

年の初めにふさわしいかどうか分かりませんが、
今日は好きなミステリー作家の話です。

その決定版的な1作がこちら。
まるで天使のような.jpg
マーガレット・ミラーは、
1915年生まれのアメリカの女流ミステリー作家で、
夫はハードボイルドの大家である、
ロス・マクドナルドです。

ミステリーと普通小説の中間のような作風で、
多重人格の殺人などを扱った、
サイコスリラーの元祖の1人です。

僕は三度の食事よりサイコスリラーが大好物なので、
こうしたジャンルのものは、
最近はそれほど読んでいませんが、
20年くらい前までは、
滅多矢鱈と読んでいました。

ただ、どんな名手の作品でも、
サイコスリラーと言うと、
それほどパターンが多いのではないので、
あっ、いつもの多重人格で、
意識のないうちに別人になって何かしている、
というような奴だな、
と察しが付くようになり、
作者の工夫の有無には関わらず、
結末は見えてしまうことが多いのです。

従って、
サイコスリラーばかりを連発して、
読者をそれなりに納得させるという作家は、
そうざらにはいません。

そして、マーガレット・ミラーはそうした作家の1人です。

全てが翻訳はされていないので、
敢くまで知る限りの話ですが、
彼女の全ての作品が一種のサイコスリラーで、
普通小説に近いものでもミステリーに傾斜したものでも、
いずれも意外な展開を見せ、
意外な結末が待っています。

その中には勿論、
読んでいる間に想像の付くものもあるのですが、
想像を絶するものもあり、
一種の不意打ちを食らうようなものもあります。

そして、
いずれにしても、
読んでいる中で自然と信じていた世界が、
均衡を失って崩壊に向かう様が、
衝撃的で魅力的なのです。

この「まるで天使のような」は、
ミラー円熟期の力作で、
私立探偵の主人公が、
たまたま迷い込んだ見知らぬ土地で、
こじんまりとした共同体を形成して、
閉じた生活をしている新興宗教と関わりを持ち、
そこで密かにある人物の素行調査を依頼されるという、
正統的なハードボイルド小説の意匠を持って始まります。

その人物は謎の失踪をしていて、
それから連鎖的に殺人事件が起こります。

これはある種の秘められた情熱の物語で、
それが一体誰の誰に対する情熱なのかが、
見えそうで見えないところが妙味です。

物凄く意外な結末が待っている訳ではないのですが、
慄然とするような悲しく怖しい、
狂気じみた熱情が、
ラストに心を揺さぶるのです。

未読の方は是非。

絶品です。

それではそろそろ出掛けます。

皆さんも良い新年をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

麻耶雄嵩「さよなら神様」 [ミステリー]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日で診療所は休診です。
朝から雨なので駒沢公園には行かず、
今PCに向かっています。
午後は新国立の「パルジファル」に参戦する予定です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
さよなら神様.jpg
ミステリーの鬼才、麻耶雄嵩(まやゆたか)さんの新作です。

麻耶さんは大好きなので、
ほぼ全作品を読んでいます。

ただ、出来不出来の差が激しいのと、
物凄く頭の良い方だと思うのですが、
その極めて知的で入り組んだ世界が、
時として読者を置いて行くようなところがあるので、
とても万人向けとは言えません。
また、ミステリーの基本的な「文法」が前提となっている世界なので、
ミステリー好き以外には、
意味不明のままに終わる作品が大部分です。

しかし、単純にミステリーの枠に収まる作品群ではなく、
常にそこからはみ出す深い世界を内包していて、
文体もミステリー作家としては水準以上のものなので、
ミステリーマニアだけに独占させておくのは、
勿体ないという気もするのです。

今回の「さよなら神様」は連作短編の形式の作品ですが、
ジュブナイルとして書かれた作品の、
続編という体裁を取っていて、
この連作自体は決して子供向きのものではありませんが、
麻耶さんの作品としては敷居が低く簡明に書かれていて、
それでいて内容は極めて独創的かつ、
意外性にも富んだものなので、
彼の代表作の1つと言って間違いでないものですし、
麻耶ミステリーの入門編としても、
推奨の出来る作品だと思います。

以下、大きなネタばれは勿論しませんが、
少し内容には踏み込みます。

先入観なくお読みになりたい方は、
本編読了後にお読み下さい。

この作品は小学高学年の生徒を主人公にしていて、
「青春ミステリ」の味わいもあります。
ただ、小学生という感じは読んでいるとあまりなくて、
中学生くらいの感じに読めます。

小学校の近辺で矢鱈と殺人事件が起こるのはご愛嬌ですが、
上の扉の帯にもあるように、
最大の特徴は主人公の友達で、
自ら「神様」を名乗る少年が、
「犯人は○○だよ」とオープニングで真犯人を告げる、
という様式にあります。

このパターンの構成が、
連作短編の形式で6回続きます。

神様というのは小説では要するに作者のことですから、
謎解きミステリーの筈なのに、
最初にネタばれをしてしまう、
という掟破りのことをしているのです。

これで一体どうやって面白くするつもりなのだろう、
と思うのですが、
ところがどっこい、
制約を逆手にとった論理のアクロバットが続き、
連作短編ではありながら、
前半の謎が後半に有機的に繋がって、
ラストは如何にも麻耶さんという、
解けないパズルが待っています。

前半の捨てネタは詰まらないものもあるのですが、
後半は麻耶さん以外には、
ちょっと書き手のない世界で、
それでいて比較的読み易く、
かつての長編のように、
頭を抱えるような難所もありません。

ラストのメッセージも、
すんなり飲み込めるものでしたし、
麻耶ミステリーの初心者の方にも、
充分その真価を感じて頂けるのではないかと思います。

知的で変な本が読みたい方には、
是非にお勧めしたい逸品です。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

下記書籍引き続き発売中です。
よろしくお願いします。

健康で100歳を迎えるには医療常識を信じるな! ここ10年で変わった長生きの秘訣

健康で100歳を迎えるには医療常識を信じるな! ここ10年で変わった長生きの秘訣

  • 作者: 石原藤樹
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/アスキー・メディアワークス
  • 発売日: 2014/05/14
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)





今野敏「隠蔽捜査」シリーズ [ミステリー]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から片付けなどして、
それから今PCに向かっています。

今日は土曜日のなので趣味の話題です。

テレビドラマも放映中の、
今野敏(こんのびん)さんの警察小説、
「隠蔽捜査」シリーズをご紹介します。

これは長編では5作品が刊行されています。
ただ、個人的な感想としては、
1作目と2作目はまずまずなのですが、
それ以降はかなり質が落ちます。
3作目は僕には脱力的にしか感じませんでしたし、
4作目はラスト近くでようやく面白くなるのですが、
それまでは散漫で読むのが辛く、
5作目は取って付けたようなどんでん返しに、
呆然としました。

内容はまあ、
通勤電車で読むのには丁度良いかな、
というような性質のものです。
勿論読書をしなければ寝ている、
という前提での話です。

今野敏さんは非常に多作の娯楽小説作家で、
西村京太郎さんなどと同じように、
作品の出来不出来が非常に大きく、
気合いの入った作品は、
あれ、この人はこんなに良いものが書けるんだ、
と思わず姿勢を正すようなところがあるのですが、
時間のない中どうにか仕上げた、
というような如何にも手抜きというものも多く、
比率的には良いものが1に対して、
手抜きが10くらいの感じです。

「隠蔽捜査」シリーズで言うと、
2作目の「果断」が、
間違いなく最良の作品です。

シリーズの成功は、
主人公の竜崎というキャラクターにあります。

彼は警察庁のキャリア官僚で、
組織防衛を何より優先に考える、
くそ真面目の権化のような人物です。

普通に考えると、こんな人物を主人公にして、
読者の共感などとても得られないように思います。

しかし、意外にそれがそうでもない、
というところに、今野さんの冴えたところがあります。

このキャラクターの設定と、
その巧みな活用法を見出したところで、
このシリーズの成功は既に決まった、
と言って良いかも知れません。

ドラマ版の「隠蔽捜査」は、
演出的には「半沢直樹」をパクッたようなところがありますが、
両者のスタンスには意外に似通ったところがあります。

「半沢直樹」はメガバンクの変わり者の社員が、
組織を防衛しながら反逆する話ですが、
「隠蔽捜査」も変わり者の警察官僚が、
警察という組織は防衛しながら、
自己保身に走る上役などに反逆する話です。

一昔前のこうした話は、
主人公が組織自体を壊してしまったり、
主人公が組織からはじかれてしまったり、
組織自体が変革されたりしたのですが、
それに比較すると、
基本的な部分では保守的で穏当な展開になっています。
本来のメガバンクも警察組織も、
基本的には良い組織なのだ、
という前提があり、
その存在自体が疑問視されることはありません。
また、主人公自身も、
その組織の中にいるからこそ、
生き甲斐を感じることの出来る存在として描かれます。

実際には現代はもっと不安定な時代で、
所属していた組織が、
それが大企業であれ国家であれ、
いつ消滅するかわからないのですが、
そうした現実から逃避したい気分もあるので、
昔の終身雇用の大企業に憧れるように、
こうした物語が好まれるのかも知れません。

個人的にはテレビドラマならこれで良いように思いますが、
小説がこうした意識で大甘であるのは、
ちょっと問題があるようにも思います。

良い大人が、
「この小説で組織との戦い方を学んだ」
とか、
「仕事に立ち向かう勇気をもらった」
などと書いているのを読むと、
それはちょっと違うのではないかしら、
という感じがするのです。
もうどうにか勝ち逃げ出来る、
と考えている大人が、
そうした感想を持つ傾向が大きいと思います。

これは全く徹頭徹尾の絵空事で、
しかも現実逃避的な傾向が強いのですが、
この嫌な嫌な社会で、
日本でなくても生きていけるという自信のある人だけが、
暗い将来予想を垂れ流して悦にいっている現状では、
昔からある組織を信じよう、という、
素朴な夢が人気を集めるのは、
ある意味当然のことなのです。

それでは、個々の作品をご紹介します。
大きなネタばれはありませんが、
先入観なくお読みになりたい方は、
読了後にお読み下さい。

①「隠蔽捜査」
隠蔽捜査1.jpg
シリーズの第1作で、
警察庁の堅物のキャリアである竜崎伸也が、
真っ当過ぎる仕事をしていたのに、
職場と家庭の両方で、
意図せずに絶体絶命の危機に陥ります。

同級生で社交的な伊丹刑事部長が、
主人公の竜崎と対比され、
そのコントラストが物語を盛り上げます。

文章は簡潔で美文ではありませんが、
惹き込まれるリズムがあります。

主人公のキャラクターのワンアイデアで押し切った、
その切り口の冴える小気味の良い小説ですが、
捜査される事件自体は、
特に謎らしい謎もなく、
あっさり解決されてしまう点は、
ミステリー好きには物足りなく感じます。

②「果断 隠蔽捜査2」
隠蔽捜査2.jpg
シリーズの第2作で、
前作で降格人事を受けた竜崎は、
所轄の大森署の署長になります。
これ以降のシリーズは、
階級が上の署長に右往左往する、
所轄中心のドラマになります。

この作品では立てこもり事件が描かれますが、
その思いがけない展開には意外にミステリー的な奥行きがあり、
所轄の人間関係を、
外様の竜崎が次第に掌握してゆくドラマと共に、
シリーズ中間違いなく最も読み応えがあります。

日本推理作家協会賞を取ったのも、
納得のゆく出来栄えで、
竜崎が吹っ切れるきっかけが、
DVDで「ナウシカ」を見たことだった、
という赤面してしまうような趣向を除けば、
安心してお薦め出来る力作です。

③「疑心 隠蔽捜査3」
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シリーズ第3作は、
アメリカ大統領の来日にテロが絡んで、
そこにまた竜崎が巻き込まれる上、
秘書として配属された女性キャリアに、
竜崎が恋としてしまう、
という唖然とするような展開が待っています。

これは個人的には脱力しました。

設定にリアルさが欠片もありませんし、
大仕掛けの割に内容にも工夫が感じられません。

余程の興味のある方以外にには、
あまりお薦めが出来ません。

④「転迷 隠蔽捜査4」
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シリーズ4作目は外務省のキャリアに、
厚労省の麻薬取り締まり官、
それに警察官僚が三つ巴に絡んで、
幾つかの事件が複合的に絡む殺人事件に、
竜崎が巻き込まれる物語です。

こう書くとスケールが大きく魅力的な物語に感じますが、
竜崎の性格がかなり崩れて来ていて、
物語がいきあたりばったりにしか進行しないので、
イライラとしてしまいます。

物語は矢張り奥行きが乏しく、
何だそうか、というくらいの内容しかありません。

ラストになり3つの事件の捜査本部を、
竜崎が1人で全て束ねるというビックリの展開には、
確かにある種のカタルシスがありますが、
そこまで耐えるのはかなりの忍耐が必要です。

⑤「宰領 隠蔽捜査5」
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シリーズ5作目は国会議員の失踪が発端で、
3作目と4作目の大風呂敷は少し後退して、
2作目に近い事件中心のドラマになります。

ただ、2作目には良く出来たミステリーの持つ緻密さがありましたが、
今回の作品ではストーリーがあまり練れておらず、
竜崎の推理もただの思い付きで、
たまたまそれが的中する、と言う感じなので、
ラストのディーヴァーみたいなどんでん返しを含めて、
脱力感のみが残ります。

そんな訳で、
何となく5作目まで読んでしまいましたが、
多分もう続きは読まないと思います。

新味のある警察小説として、
2作目まではお薦めしたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

東野圭吾「ガリレオシリーズ」 [ミステリー]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は祝日で診療所は休診です。
明日からは通常通りの診療です。

休みの日は趣味の話題です。

東野圭吾さんの名探偵ガリレオシリーズは、
これまでに3作の長編と、
5冊の中短編集が刊行されています。

東野さんのシリーズ物としては、
最も成功していると思いますし、
ほぼ全ての作品が、
福山雅治さんの主演でドラマ化され、
ドラマシリーズも現在放映中です。

今日はその全作品を、
僕なりに俯瞰します。

大きなネタバレはありませんが、
先入観を持たないでお読みになりたい方は、
まず原作をお読みの上下記をお読み下さい。

最初に僕の好みで言うと、
長編の「容疑者Xの献身」と「聖女の救済」、
「真夏の方程式」の3作品は、
全て読み応えのある力作で、
映像を見る前に原作を読むことを、
是非お薦めします。

最初に映画やドラマを見ると、
その興味は半減しますし、
絶対に後悔します。

ただ、
個人的には有名な「容疑者Xの献身」より、
残りの2作品の方が優れていると思います。

中短編は長編に比較すると質は落ち、
またその出来にはかなりの差があります。

その中では、
第3中短編集の「ガリレオの苦悩」に収められた、
「操縦る」と、
第4集の「偽装う」が、
優れていると思います。
この2編はドラマより先に読むことを、
これも是非お薦めします。

それでは最初からシリーズを追います。

①「探偵ガリレオ」
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これはシリーズの処女作品集で、
同じ雑誌に掲載された、
5編の短編が収められています。
科学技術を使用した犯罪や、
超常現象のように見える事件を、
科学的に解決する、
というような体裁のものです。

湯川学という、
大学の物理学の助教授(後の記載は准教授)が探偵役で、
知り合いの刑事からの依頼で、
事件の捜査にアドバイスをするのです。

ストーリーはシンプルで、
いずれの作品もそれほどの捻りはありません。

一番の問題は、
森博嗣さんの自分を探偵役に見立てた、
ナルシスティックなシリーズに、
設定が非常に良く似ていることで、
この1作目を読んだ印象としては、
パクリのようにすら思えます。

僕はあまり乗れませんでした。

②「予知夢」
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これは第2中短編集で、
4つの作品が収められていますが、
より超常現象を科学的に解明する、
という観点が重視されていて、
1作目の「怪奇大作戦」的なイメージは後退しています。

正直ミステリーとしての快感には乏しく、
森博嗣ミステリーの焼き直し的な感じもそのままです。

これも僕はあまり乗れませんでした。

③「容疑者Xの献身」
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ガリレオシリーズ最初の長編で、
言わずと知れた直木賞受賞作です。

正直ここまで評価される作品かな、
という気はします。

良く出来たミステリーで、
湯川学のキャラも、
東野さんの独自なものになっています。

ただ、超自然現象が起こる訳でもなく、
科学的なトリックが使われている訳でもありませんから、
湯川学シリーズとしては、
事件の性質に違和感がないではありません。

最後は読者の情緒を煽るような場面が展開されますが、
無理矢理に最後に
「感動」を持って来たような感じがあります。

「鳥人計画」や「ブルータスの心臓」などの、
非常に屈折した東野ミステリーのラストに、
急に「秘密」や「手紙」の感動が待っていた、
というようなギクシャクした印象があるのです。

④「ガリレオの苦悩」
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これはガリレオシリーズの、
3つ目の中短編集で、
バラエティに富んだ、
五つの作品が収められています。

これは僕の見解としては、
このシリーズの最も優れた中短編集で、
このシリーズに東野さんも本腰が入って来たな、
という感じを受けました。

どの作品も一筋縄ではいきませんし、
それぞれに新しさが付加されています。

個人的には「操縦る(あやつる)」が最も僕好みで、
優れた作品だと思います。

これは科学技術を利用した、
ユニークなトリックがあり、
意外に奥の深い心理の謎が後に残り、
最後にはちょっとした感動まで待っています。
特に感心するのは、
オープニングに登場する、
明らかにストーリーには関連しないと思われる人物群が、
最後になってしっかりと、
重要な役割を果たすようになる構成の妙で、
「容疑者Xの献身」でやろうとしたことが、
より純化されているような印象を持ちます。

ラストの「攪乱す(みだす)」は、
もろに江戸川乱歩的な通俗ミステリー世界で、
それほど東野さんに合っているようには思えませんが、
こんなのも出来るんだよ、
というような稚気のようなものを感じました。

⑤「聖女の救済」
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「ガリレオの苦悩」と同時期に連載された、
ガリレオシリーズの第2長編です。

これは如何にも東野ミステリーという、
見事な作品です。
間違いなく「容疑者Xの献身」より優れています。

たった1つの毒殺トリックで、
全編を支えるという力技が鮮やかで、
犯人の造形とその心理の綾が、
際めて印象的に描かれ、
単純な情緒や感動ではない、
より深い余韻が読後に残ります。

そして、
如何にも東野ミステリーという、
屈折した一筋縄ではいかない感じも、
ちゃんと残っているのです。

今回のドラマで映像化されるようですが、
これは絶対原作より良くなるとは思えないので、
原作を先に読むことを、
心からお薦めします。

⑥「真夏の方程式」
真夏の方程式.jpg
2010年に雑誌に連載された、
ガリレオシリーズの第3長編です。

一種の避暑地もので、
仕事ではありますが避暑地を訪れた湯川博士が、
その場所で事件に遭遇し、
東京の刑事とも連携を取りながら、
事件の解決に当たります。

関係者の少年との交流もあり、
海からの風の匂いが漂って来そうな、
抒情的な感じと追憶の切なさは、
クックのミステリーにも似た味わいですし
(たとえば「夏草の記憶」や「闇をつかむ男」)、
中段までの展開は、
松本清張さんのミステリーにも似ていますが
(たとえば「砂の器」や「市長死す」)、
清張さんの作品の多くより、
遥かに緻密に構成されています。

事件の謎自体は簡単に解明されたように思えて、
その後に「ヒロインが何故それほどに海を愛するのか?」
というような心理の謎に移行する辺りが、
ワクワクするような感じがありますし、
最後のカタルシスは、
やや人間模様を複雑化し過ぎたきらいはありますが、
東野作品全ての中でも、
圧巻の部類です。

この作品は「容疑者Xの献身」を、
より深化させたところに成立していて、
読み比べると「容疑者Xの献身」の見方が変わる、
という面白さもあります。

お薦めです。

⑦「虚像の道化師」
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ドラマ化を当て込んだようにして刊行された、
ガリレオシリーズの4作目の中短編集です。

4編が収録されていますが、
かなり作品の出来には凹凸があります。

中では「偽装う(よそおう)」が、
ミステリーとして緻密に出来ています。
叙述も繊細で引っ掛かりますし、
関係者が閉じ込められる理由も、
巧緻なものです。
ただ、湯川学が解明する事件としては、
そぐわないもののようにも思えます。

一方で「心聴る(きこえる)」は、
叙述には工夫が凝らされているものの、
トリックは余りに無理があります。

⑧「禁断の魔術」
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ガリレオシリーズの8作目になる、
書き下ろしの中短編集です。

社会派推理的な内容に傾斜していて、
意外性などのミステリー色は、
これまでの作品中では最も希薄です。

正直これまでの作品のイメージで読むと、
ガッカリしますが、
「真夏の方程式」でも社会派ミステリー的な趣向はありましたし、
東野さんとしては、
そうした読者の反応は織り込み済みで、
また新たな方向へと、
舵を切り始めているのかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

三上延「ビブリア古書堂の事件手帖」 [ミステリー]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日で診療所は休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
ビブリア古書堂の事件手帖.jpg
漫画化やドラマ化もされた、
三上延作の人気シリーズで、
現在までに4作品が刊行されています。

お読みになった方も多いかと思いますので、
僕がわざわざ言うようなこともないのですが、
構成が非常に巧みで、
特にこの第一作は読み応えがあります。

内容は一種の安楽椅子探偵ものです。

安楽椅子探偵というのは、
探偵は一切自分では活動せず、
刑事や頭の廻らないワトソン役などの話だけを聞いて、
それだけを手掛かりに事件を解決する、
という趣向の、
ミステリーの一形式です。

ミステリー、特に謎解きが主体の本格ミステリーの読者は、
謎解きに参加したい、
という意識を持って作品を読むことが多いので、
この安楽椅子探偵ものは、
探偵と読者が同じ立場に立つ、
と言う意味で、
ミステリーの純粋な形式の1つ、
と考えることが出来るのです。

語り手は五浦大輔というフリーターの青年で、
彼がひょんなことから、
北鎌倉にあるビブリア古書堂という古書店に、
アルバイトとして雇われ、
その店の若い店主である、
篠川栞子という女性が探偵役で、
大輔が持ち込んだ、
古書にまつわる謎を、
栞子が解く、
という構成になっています。

この第一作では、
何故か彼女は病院に入院していて、
そこに大輔が訪ねて行く、
という始まりになっています。

病院のベッドから離れずに謎を解くので、
安楽椅子探偵、という訳なのです。

クレヴァーなのはその構成で、
本にまつわるミステリーということで、
連作短編の形式になっているのですが、
まず大輔自身のプライヴェートな謎が解かれ、
それから、
大して価値のない本が、
何故盗まれたのか、
というホワイダニエットの小ネタが続き、
3番目は今度は古書店への謎の来訪者から、
意外に奥行きのある結末が導かれ、
最後は栞子さんが、
何故入院することになったのか、
という原因が明らかになって、
それまでの挿話が1つに結び付いて結末に至ります。

何だこの程度ね、
と思って読んでいると、
意外に深い世界に導かれ、
後半は本当にワクワクします。

取り上げられる古書も、
漱石全集から入って、
小山清の「落穂拾ひ」に、
クジミンの「論理学入門」が意表を突き、
ミステリーファンにはお馴染みの絶版本、
ディキンスンの「生ける屍」が出て来るとニヤリとしますし、
最後に太宰の「晩年」のサイン入り初版、
というビブリアミステリらしい大物が、
控えているのもふるっています。

これは本当に良く出来ているので、
続編が書かれたのは必然だと思いますが、
2作目以降は安楽椅子探偵という、
趣向自体が崩れてしまい、
その代わりに栞子さんの、
「謎の母親」との対決、
というちょっと恥ずかしくなるような趣向が、
作品のメインテーマになるので、
勿論詰まらなくはありませんが、
個人的にはこうした方向には、
進んで欲しくはなかったな、
と思います。

特に最新作の四作目は、
連作短編という形式自体が崩れてしまって、
全編が江戸川乱歩の謎解きになるのですが、
母親との暗号解読対決という、
お尻がムズムズするような内容になっていて、
ハリーポッター的な世界が展開されるので、
僕とは無関係な遠い世界に行かれてしまったな、
と思いました。

ドラマ版は、
原作の4作品をバラバラにして、
再構成したような趣向になっています。
栞子さん役のタレントさんは、
原作のイメージとは全く違うので、
原作の好きな方が、
憤りを感じる気持ちは分かります。
しかし、
全くの別物として見れば、
それなりに工夫がされていると思います。

ただ、
第一作は素晴らしいので、
原作を先に読まずにドラマをご覧になった方は、
本当に勿体ないことをしたな、
とは思います。

僕は書物という形式が大好きですが、
もう早晩失われる文化だと思います。

書物に対する愛情を描いた作品が、
この作品や有川浩さんの「図書館戦争」のように、
ライトノベルのジャンルから出て来るのは、
何となく不思議な感じがしますが、
書物が失われる時代に、
僕達が何を感じるべきなのかは、
もう少し深く考える必要があるようにも思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

東野圭吾「聖女の救済」など [ミステリー]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

昨日手術で、
今日退院して来ました。

これで手の
調子が良くなると良いのですが…

今日まで代診で、
明日からはいつもの診療に戻ります。

今日は入院中に読んだ本のご紹介です。
まず、こちら。
図書館戦争.jpg
有川浩さんは処女作から順に読んでいて、
「図書館戦争」の連作で足踏みしていました。

これは要するに自衛隊青春物なのですが、
自衛隊をそのまま扱うと、
敵の設定が問題になり、
リアルな話はとても無理なので、
近未来の「図書隊」という、
本を守る軍隊の話にしているのです。

これは正直僕は苦手で、
設定に無理が有り過ぎて乗れません。

そりゃ、本好きの人は喜ぶよね、
という感じで、
少し媚びている感じが嫌なのです。

ただ、このシリーズのお好きな方を、
敵に廻すつもりはありません。
よく書けていると思いますし、
人気のあるのも分かります。
ただ、今はこんな時代でしょ。
この作品は極めて現代的なテーマを扱っていて、
それでこの温さがちょっときついのです。
最後に国際世論に救われるような感じになるでしょ。
そんな甘い話じゃまずいように思うのです。
ファンタジーだから良いのだ、
という言い方も出来るでしょうけど、
それなら古典劇みたいに、
最後に神様が突然助けてくれた方が、
もっとリアルだと思う。

今回どうにか読み終えました。

次がこちら。
隻眼の少女.jpg
麻耶雄嵩は現役のミステリー作家の中では、
一番好きなので、
久しぶりの書き下ろし長編で楽しみにしていました。

じっくりと読みましたが、
正直ガッカリで、
最後の○○が2人出て来るところが、
ちょっと面白かったくらいで、
平凡な出来です。
これなら三津田信三の方がずっと上で、
それでは困るのです。
もっとぶっ飛んでいてくれないと。

それで仕方なく、
こちらにも手を出しました。
贖罪.jpg
この作者は「告白」が大嫌いで、
とても読む気はしなかったのですが、
これは黒沢清監督のドラマになったので、
どんなものかしらと読んでみました。

「告白」と同じ連作短編の形式で、
最初の「フランス人形」がなかなか出来が良くて感心したのですが、
段々と同じことの繰り返しなのでダレて来て、
ラストのごちゃごちゃとした辻褄合わせには、
脱力しました。
矢張りあまり好きではありません。

で、最後にこちら。
聖女の救済.jpg
東野圭吾は最近のものはガッカリすることの方が多くて、
このシリーズでは、
「容疑者Xの献身」も、
左程感心しなかったのですが、
これは非常に面白くて、
作者特有の一種の非人間性も適度に緩衝されていますし、
トリックも前例は結構ありそうですが、
なるほどと思いますし、
犯人の心理を含めて過不足なくうまく仕上がっています。
題名の意味が最後に分かるのもうまいよね。
クリスティー的ですね。
ミス・マープルが解決しそうな話です。
でも、同じテーマなら、
クリスティーの方が余韻があるよね。
その辺が微妙なところです。

それでは今日はこのくらいで。

もう夕方ですが、
良い1日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。