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「偶然と想像」(濱口竜介監督短編集) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前午後とも須田医師が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
偶然と想像.jpg
「ドライブ・マイ・カー」で映画界を席巻している、
濱口竜介監督のオムニバス映画が、
今ロードショー公開されています。

これは順番的には「ドライブ・マイ・カー」より、
前の製作であるようで、
ちょっとよそ行きの感じもある、
「ドライブ・マイ・カー」と比較すると、
プライベートフィルムに近いような、
監督の趣味全開の世界です。

これは個人的には最高でした。
今年のベストで決まりです。
勿論「花束のような恋をした」も「ヤクザと家族」も、
「空白」も良かったのですが、
最初からいいないいなと思って観ていて、
観終わってすぐにもう一度観たくなり、
周りを見廻して、一緒に観ていた皆さんに、
「良かったよね」と見境なく呼び掛けたいような気分になったのは、
この作品だけでした。

ほぼ同じ尺の3本の短編のオムニバスですが、
1本目の長いタクシー内の女性2人の会話から、
その技巧とセンスに魅せられ、
その後の連ドラ1クール分の情念を、
まるごと圧縮して詰め込んだような展開に圧倒されました。
文学と性の問題を扱った2本目が、
また意表を突く展開で生々しくも面白く、
垣間見える監督の「変態性(良い意味です)」にも驚かされました。
3本目は大好きなロメールの「緑の光線」を彷彿とさせる立ち上がりから、
2人の中年女性の濃厚なドラマが、
極めて繊細に展開されます。

3本のどれもが甲乙の付けがたい素晴らしい完成度で、
こうしたオムニバス映画は多くありますが、
3本がこれだけ粒揃いというのは滅多にないことだと思います。

キャストはメインは最小限に絞り込まれていますし、
全て日常の風景の中で展開されています。
ドラマは殆どが少人数の会話のみで構成されてます。
台詞は得意の棒読みです。
一見何の工夫もない低予算の企画のように思われますが、
実は非常に丁寧に作り込まれています。
これなら舞台劇でいいじゃないかと思うところですが、
そうではないんですね。
最初のタクシーの中での女性2人の遣り取りは、
即興の長回しのように見えて、
要所はきめ細かいカット割りで微妙なリズムが作られていますし、
その後の会社での男女2人の場面は、
ベルイマンを思わせるような、
動きによる完成された構図が作られています。
その後の喫茶店の場面では、
硝子窓の向こうの外で行なわれる情景と、
喫茶店の中での遣り取りとを、
シンクロさせることで
長回しでカット割りと同様の効果を出すという、
実験的な試みも行なわれています。

2話目の導入も凄いですよね。
最初に大学のゼミの様子を見せておいてから、
向かい側の開いたドアの向こうでの、
本筋の場面に誘導するのです。
研究室のドアが開かれているという一番重要な作品のポイントを、
自然にそこで見せるという点がクレヴァーなのです。
更には安アパートでの生々しい品性下劣な濡れ場から、
文学的で形而上的な性欲の世界に、
移行するという手際がまた鮮やかです。
ここは最も実験的な場面で、
途中では小津安二郎まで引用されています。
ラストはバスがトンネルに入るだけで、
その後の展開を予測させるという、
お尻の付け方も素晴らしいと思います。

3本目は、
即興劇的でドキュメンタリー的な演出が素敵で、
明らかにロメールタッチです。
最後の最後まで2人の真実をぼかしておいて、
ラスト、真実を明かすのかと思わせて、
観客をすかして終わる手際も鮮やかです。

特徴的な「棒読み」演出は、
僕はもう慣れているのであまり気にはならず、
今回は作品世界にもフィットしていると感じましたが、
ネットの感想など読むと、
結構拒否反応を示している方も多いようです。
その辺はまあ、好みの問題もあるので仕方がないのですが、
この素晴らしい珠玉の結晶のような世界を、
その一点で拒否してしまうのは、
あまりに勿体ないように個人的には思います。

そんな訳で濱口監督の全てが凝縮して味わえる珠玉の1本で、
その変態性や異常性を含めて、
人生の不思議さと尊さに出逢える傑作なので、
是非是非劇場でご覧下さい。
最高ですよ。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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