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脳外科医と宇宙工学研究者の認知機能比較(BMJクリスマス論文) [ゆるい論文]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は大晦日でクリニックは休診です。

昨日に引き続いて今日も落ち葉拾い的な、
今年発表された論文紹介をお届けします。

今日はこちら。
脳外科医と宇宙工学研究者の認知機能は?.jpg
British Medical Journal誌に、
2021年12月13日ウェブ掲載されたクリスマス論文です。
内容は別にインチキではないのですが、
通常の時期にはまあ掲載はされることのない、
ユーモラスなテーマを真面目に取り上げた論文です。

英語の決まった慣用句として、
「ロケット工学じゃあるまいし(It`s not rocket science)」や、
「脳外科手術じゃあるまいし(It's not brain surgery)」、
というものがあります。
これは日本語の「朝飯前」に近い意味の言葉で、
その仕事が簡単であることを示しています。

これは一般の人の考えとして、
ロケットを宇宙に飛ばすための技術を担う科学者や、
脳外科の手術を行う脳外科医のやっていることは、
非常に高度な技術や知能を要するものだ、
という見解があることを意味しているようです。

それでは、
実際に宇宙工学の研究者や脳外科医の知能は、
一般の人より優れているのでしょうか?
またこの2つの分野のエキスパートの脳の働きには、
どのような特徴があるのでしょうか?

別にそんなことを検証することに、
それほどの意味があるとも思えませんが、
今回の論文ではそれを大真面目に分析しています。

欧米の600名の宇宙工学の研究者と、
148名の脳外科医に、
Congnitron's Great British Intelligence Testという、
脳の認知機能をトータルに評価することの出来る、
改良型の知能テストを施行して、
その2つのエキスパートの認知機能を比較すると共に、
それを一般人口の標準的なデータと比較検証しています。

その結果、
脳外科医は宇宙工学研究者と比較して、
情報を集めて問題を解決する能力が優れていました。
その一方で宇宙工学研究者は脳外科医と比較して、
作業における集中力が勝っていました。

一般の標準的結果との比較では、
脳外科医は問題解決の速度において優れ、
記憶の再生速度は劣っていましたが、
それ以外の項目については明確な差はありませんでした。

このように、
確かに脳外科医と宇宙工学研究者には、
それなりの認知機能の特徴的傾向があり、
優れている側面もある一方で、
意外に劣っている部分もあり、
トータルに見ると左程の差があるとは認められませんでした。

上記論文においては、
この結果を見る限り、
「ロケット工学じゃあるまいし」や、
「脳外科手術じゃあるまいし」のような表現は、
簡単な仕事の適切や比喩とは言えず、
むしろ「It's a walk in the park」のような、
より昔からある同様の表現の方が、
妥当であるとの結論を提示しています。

これはまああまり真面目に取るような結論ではないのですが、
認知機能をトータルに見た時には、
職業やキャリアによる違いはそれほど大きなものではない、
という指摘としてはなかなか興味深く、
こうした人間の認知機能の傾向の、
どのような特徴を好むのかについても、
社会や時代により変遷があるもののようにも思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い年の瀬をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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学童期に感染する新型コロナウイルス感染症の特徴(イギリスの疫学データ) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

クリニックは年末年始の休診期間に入っています。

今日は落ち葉拾い的に今年発表された論文をご紹介します。

今日はこちら。
イギリス小児の新型コロナ感染.jpg
Lancet Child Adolesc Health 誌に、
2021年9月3日ウェブ掲載された、
新型コロナウイルス感染症の学童期の感染の特徴をまとめた、
イギリスの疫学データの論文です。

新型コロナウイルス感染症は小児においては、
比較的軽症もしくは無症状に終わることが多いと報告されています。

しかし、その一方で、
体調不良が1ヶ月以上というような長期に渡り、
持続するようなケースも報告されています。

ただ、成人の場合と比較して、
そうした症状が持続するようなケースが、
どのくらいの頻度で生じているのかについては、
あまりまとまったデータがありませんでした。

そこで今回の研究では、
イギリスの住民データを活用して、
イギリスにおける学童期(5から17歳)の新型コロナウイルス感染症の事例の、
症状と持続期間を集計しています。
同年代の258790名が登録され、
そのうちの75529名が、
感染を疑わせる症状で新型コロナウイルスの検査を受け、
(検査はRT-PCRもしくは迅速抗原検査)
そのうちの1734名(5から11歳の588名と12から17歳の1146名)が陽性となっています。

最も陽性者で多かった症状は頭痛で、
62.2%で報告されています。
続いて全身倦怠感が55.0%で報告されています。

症状の持続期間は、
検査陽性者の中間値が6日で、
陰性者の中間値は3日と短くなっていました。
また症状の持続期間は年齢が高いほど長くなっていました。

症状が28日を超えて持続していた事例は、
陽性者の4.4%に当たる77名で認められ、
高い年齢層でより多くなっていました。

このように長期持続していた事例の症状は、
全身倦怠感が84.4%、頭痛が77.9%、嗅覚異常が77.9%と多くなっていました。
ただ、こうした長期持続事例においても、
28日目を超えると症状の訴えやその数は減少し、
56日を超えて残存していた事例は1.8%に当たる25例のみでした。

新型コロナウイルスの検査が陰性の感冒症状でも、
28日を超えて症状の持続している事例は認められましたが、
その数は0.9%に当たる15名と少なく、
症状の数自体は多いという傾向が認められました。

このように、
学童期においても新型コロナウイルス感染症の症状が、
長期間持続する事例はあるのですが、
その頻度は成人に比べると少なく、
その多くは2ヶ月以内には消失していました。
新型コロナウイルス感染症以外の感冒症状においても、
こうした持続症状は認められていて、
その頻度は少ない一方、症状の多彩さはむしろ、
通常の感冒において多い傾向が認められました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「マトリックス レザレクションズ」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日からクリニックは年末年始の休診に入ります。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
マトリックス.jpg
1999年から2003年に掛けて公開された「マトリックス」3部作の、
18年ぶりとなる正調の続編が、
今ロードショー公開されています。

「マトリックス」は第一作は映画館で、
2作目と3作目はビデオやテレビで観ています。

これはキアヌ・リーブスとキャリー・アン・モスが、
同じ役柄としてオリジナルの20年後を演じていて、
スターウォーズのエピソード7に近い味わいです。

映画の3部作が、
そのまま大ヒットしたゲームで、
そのゲームを作って大金持ちになったのが、
キアヌ・リーブスだという設定の虚構世界になっていて、
そのゲームの続編がその虚構世界で企画されるという、
何重にも現実を入れ子にしたような、
凝った構成になっています。
こうした凝り方はさすがマトリックス、
という感じはあります。

オープニングはその虚構世界で、
映画の第一作の最初の場面が再現され、
それが今回の映画のキャラによって批評される、
というこれまたマニア好みの設定になっていて、
その入り組んで作者の屈折も強く感じられる前半30分くらいが、
この映画の最も興味深いパートだと思います。

ただ、その後は結局、
虚構世界を変革しようという、
いつもの理想主義的綺麗事テーマになり、
「愛が世界を救う」という手垢に満ちたラストに向かいます。

その道筋が見えた時点で、
「あーあ」という脱力は感じます。
それから、ビジュアルに新しいところがなく、
過去3部作の焼き直しのイメージに終始する、
というところがどうしても詰まらないところです。
これもエピソード4をそのままなぞったような、
スターウォーズのエピソード7に似ています。
ノスタルジックな情緒はありますが、
そこで停滞して新しい世界には入らない、
という感じです。

そんな訳で前半は結構気合を入れて観ていたのですが、
後半は集中力も切れ気味になった、
というのが実際のところでした。

でも、こうした大ヒット作の、
長期インターバル後の新作としては、
かなり意欲的な作品であったことは確かだと思います。

過去3部作のお好きな方であれば、
観て大きな損はないのではないでしょうか?

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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レムデシビルの新型コロナウイルス感染症軽症事例への有効性 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

明日から1月4日までクリニックは年末年始の休診に入ります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
レムデシビルの重症化予防効果.jpg
2021年12月22日ウェブ掲載された、
抗ウイルス剤レムデシビルを、
初期治療に用いる臨床試験結果についての論文です。

レムデシビルはDNAの原料となる核酸の誘導体で、
ウイルスが細胞内で核酸(RNA)の合成を行う、
RNAポリメラーゼの阻害剤です。

これはアビガン(ファビピラビル)と同様のメカニズムです。

この薬はアメリカの製薬会社ギリアドサイエンシズ社の開発品です。

新型コロナウイルス感染症に対するレムデシビルへの期待は、
この薬の新型コロナウイルスに対するEC50という、
ウイルスの感染細胞での増殖を50%抑制する濃度が、
0.77μMという低さであることが影響しています。

実験的にはここまで効果の高い薬は他にないからです。

その実際の有効性は、
入院を要するような重症の事例において、
その回復までの期間を5日程度短縮する効果が、
臨床試験において確認されています。

ただ、レムデシビルを外来で経過観察が可能な、
より初期の段階で使用した場合の有効性については、
これまで明らかではありませんでした。

今回の臨床試験では、
アメリカとヨーロッパの64カ所の施設において、
新型コロナウイルス感染症に罹患し、
外来で経過観察可能な比較的軽症の状態で、
肥満や高血圧、糖尿病など、
1つ以上の重症化リスクを持つ562名を、
症状出現後7日以内に、
本人にも主治医にも分からないように2つの群に分けると、
一方はレムデシビルを初日は200mg、2日目と3日目は100mgで、
3日間経静脈使用し、
もう一方は偽薬を同じように使用して、
開始後28日の時点での病状比較を行なっています。

その結果、
28日までの時点で、入院もしくは死亡した事例は、
レムデシビル群では0.7%に当たる2名であったのに対して、
偽薬群では5.3%に当たる15名で、
レムデシビルは新型コロナウイルス感染症の重症化を、
87%(95%CI:0.03から0.59)有意に抑制していました。

これはかなり画期的な結果ですが、
現行問題となっているような変異株に対しても、
同様の有効性があるとは限りません。
また、レムデシビルは鼻腔などのウイルス量を減少はさせない、
というデータもあることより、
この薬を経症例で使用することで、
感染拡大の抑止に繋がるかどうかは未知数です。
更にはこの薬剤は注射で使用するので、
外来でこの治療を軽症事例に適応することは、
実際にはかなりハードルが高いことも事実です。
現行複数の内服薬が同様の目的で開発され、
日本でも使用される運びですから、
その有効性にそれほど差がないのであれば、
経口薬がより優先度は高くなるような気もします。

新型コロナウイルス感染症の軽症事例に、
どのような適応を持ってどのような薬剤を使用するべきかは、
まだ今後の議論を待つ必要がありそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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抗凝固剤の使用と感冒時の出血リスク [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
風邪の出血リスク.jpg
British Medical Journal誌に、
2021年12月21日ウェブ掲載された、
抗凝固剤使用時の出血リスクについての論文です。

心房細動という不整脈における、
脳塞栓症などの予防や、
下肢静脈血栓塞栓症における、
肺血栓塞栓症の予防などには、
抗凝固剤という、
強力に血液の凝固を抑える薬が使用されます。

古くから使用されているのが、
注射薬のヘパリンと経口薬のワルファリンで、
最近その利便性からその利用が増えているのが、
直接作用型経口抗凝固剤と呼ばれる薬です。
プラザキサやイグザレルト、エリキュース(いずれも商品名)、
などがそれに当たります。

この直接作用型経口抗凝固剤は、
概ね良くコントロールされたワルファリンと同等の効果と、
より低い重症出血系合併症発症率を持つと報告されています。

しかし、直接作用型経口抗凝固剤の使用時にも、
消化管出血や脳出血などの出血系有害事象が、
少なからず発症しています。

ワルファリンは多くの薬剤や食品などとの相互作用があり、
特にマクロライド系抗菌剤の使用時には、
出血リスクが増加することが報告されています。
こうした相互作用は直接作用型経口抗凝固剤ではない筈ですが、
実際には出血リスクはワルファリンより少ないものの増加は認められています。

ただ、マクロライド系の抗菌剤が使用される状況というのは、
気道などの感染症時が多いと思われます。
そうした時には炎症それ自体の影響で、
凝固系の異常が起こり、
それが出血リスクの増加に結び付く可能性もあります。

つまり、抗菌剤との併用時の出血リスクの増加は、
抗菌剤と抗凝固剤との相互作用によるものなのか、
それとも感染症自体の影響なのか、
明確ではないのが実際なのです。

そこで今回の研究では、
イギリスのプライマリケアの臨床データを活用して、
ワルファリンもしくは直接作用型経口抗凝固剤を使用していて、
1回以上の未治療の気道感染症の発症があり、
1回以上の消化管出血や脳出血などの出血系病変を発症した、
トータル1208名の患者を解析しています。

その結果、
気道感染症発症2週間以内では、
それ以外の期間と比較して、
重症の出血系病変の発症リスクが、
2.68倍(95%CI:1.83から3.93)、
臨床的に意味のある出血系病変の発症リスクが、
2.32倍(95%CI:1.82から2.94)、
それぞれ有意に増加していました。

つまり、風邪を含む気道感染症の罹患時には、
抗凝固剤使用者では出血系合併症のリスクが、
2倍以上に増加していたのです。
これは抗菌剤の使用とは無関係の現象です。
更に興味深いことには、
使用薬剤がワルファリンであっても直接作用型経口抗凝固剤でも、
その出血リスクの増加には明確な差は認められませんでした。

従って、抗凝固剤を使用中の患者さんでは、
感染症罹患時には出血リスクの増加を想定して、
充分な注意が必要ですし、
今後薬剤の調整の可否を含めて、
実証的なデータに基づく対応ガイドラインの作成が、
急務であるように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「彼女が好きなものは」(2021年映画版) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
彼女が好きなものは.jpg
ゲイの男子高校生が、
ひょんなことからBL好きの女子高生と付き合うことになり、
そこから始まる葛藤を、
繊細かつ美しく綴った青春映画が、
今ロードショー公開されています。

これは良い意味で、
とてもとても青臭い青春映画で、
こうしたジャンル物としてはかなり頑張っていたと思います。

特に女子高生が観覧車の中で告白する遊園地の場面と、
ラストの海辺の駅のホームの場面は、
その演出の妙とも相俟って、
心を揺さぶる名シーンになっていたと思います。

キャストはゲイの高校生を演じた神尾楓珠さんが、
如何にもそれらしい雰囲気で面白く、
対する山田杏奈さんが抜群の感情表現で見事な芝居でした。

山田杏奈さんは大好きな女優さんですが、
今高校生を演じさせたらピカイチという感じがあります。

これは原作があって、
映画はほぼ原作をなぞってはいるのですが、
その印象にはかなりの違いがあります。

一番大きな違いは、
原作のテーマの1つとも言えるクイーンの楽曲を、
映画では名前をチラと出す程度で、
ほぼ完全に使用していないことで、
おそらくは権利関係の問題かと思われますが、
ちょっと残念である一方、
原作でもクイーンの蘊蓄は、
少しストーリーを邪魔している感じもありましたから、
構造がシンプルで分かり易くなった、
と言えなくもありません。

つまり、この決断はそう失敗ではなかったと思います。

それに付随して、
原作ではHIVの問題もテーマになっていますが、
映画ではその要素も全くなくなっています。

この点についても、
HIVが原作においても重要な要素にはなっていないので、
微妙な問題には踏み込まず、
敢くまで男女の出逢いと別れの物語に、
焦点を当てた点は悪くなかったと思います。

それから根本的なこととして、
原作は「好きだけど勃起出来ない」
という葛藤がメインのテーマなのですが、
映画版はそうしたことではなく、
愛情と友情との葛藤と揺らぎのようなものが、
テーマになっているという違いがあります。

そのために原作のラストは主人公が転校して、
自己紹介でカミングアウトするところで終わるのですが、
映画はそうした決断には触れず、
2人の別れの瞬間で終わりにしているのです。

正直展開には結構たどたどしい部分もあり、
全てが上出来とは言えない映画ですが、
少なくとも前述の2つの場面は、
青春映画の傑作と言って良い輝きを放っていたと思います。

青臭い映画が好きな方には、
今年1番のお勧めかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「偶然と想像」(濱口竜介監督短編集) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前午後とも須田医師が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
偶然と想像.jpg
「ドライブ・マイ・カー」で映画界を席巻している、
濱口竜介監督のオムニバス映画が、
今ロードショー公開されています。

これは順番的には「ドライブ・マイ・カー」より、
前の製作であるようで、
ちょっとよそ行きの感じもある、
「ドライブ・マイ・カー」と比較すると、
プライベートフィルムに近いような、
監督の趣味全開の世界です。

これは個人的には最高でした。
今年のベストで決まりです。
勿論「花束のような恋をした」も「ヤクザと家族」も、
「空白」も良かったのですが、
最初からいいないいなと思って観ていて、
観終わってすぐにもう一度観たくなり、
周りを見廻して、一緒に観ていた皆さんに、
「良かったよね」と見境なく呼び掛けたいような気分になったのは、
この作品だけでした。

ほぼ同じ尺の3本の短編のオムニバスですが、
1本目の長いタクシー内の女性2人の会話から、
その技巧とセンスに魅せられ、
その後の連ドラ1クール分の情念を、
まるごと圧縮して詰め込んだような展開に圧倒されました。
文学と性の問題を扱った2本目が、
また意表を突く展開で生々しくも面白く、
垣間見える監督の「変態性(良い意味です)」にも驚かされました。
3本目は大好きなロメールの「緑の光線」を彷彿とさせる立ち上がりから、
2人の中年女性の濃厚なドラマが、
極めて繊細に展開されます。

3本のどれもが甲乙の付けがたい素晴らしい完成度で、
こうしたオムニバス映画は多くありますが、
3本がこれだけ粒揃いというのは滅多にないことだと思います。

キャストはメインは最小限に絞り込まれていますし、
全て日常の風景の中で展開されています。
ドラマは殆どが少人数の会話のみで構成されてます。
台詞は得意の棒読みです。
一見何の工夫もない低予算の企画のように思われますが、
実は非常に丁寧に作り込まれています。
これなら舞台劇でいいじゃないかと思うところですが、
そうではないんですね。
最初のタクシーの中での女性2人の遣り取りは、
即興の長回しのように見えて、
要所はきめ細かいカット割りで微妙なリズムが作られていますし、
その後の会社での男女2人の場面は、
ベルイマンを思わせるような、
動きによる完成された構図が作られています。
その後の喫茶店の場面では、
硝子窓の向こうの外で行なわれる情景と、
喫茶店の中での遣り取りとを、
シンクロさせることで
長回しでカット割りと同様の効果を出すという、
実験的な試みも行なわれています。

2話目の導入も凄いですよね。
最初に大学のゼミの様子を見せておいてから、
向かい側の開いたドアの向こうでの、
本筋の場面に誘導するのです。
研究室のドアが開かれているという一番重要な作品のポイントを、
自然にそこで見せるという点がクレヴァーなのです。
更には安アパートでの生々しい品性下劣な濡れ場から、
文学的で形而上的な性欲の世界に、
移行するという手際がまた鮮やかです。
ここは最も実験的な場面で、
途中では小津安二郎まで引用されています。
ラストはバスがトンネルに入るだけで、
その後の展開を予測させるという、
お尻の付け方も素晴らしいと思います。

3本目は、
即興劇的でドキュメンタリー的な演出が素敵で、
明らかにロメールタッチです。
最後の最後まで2人の真実をぼかしておいて、
ラスト、真実を明かすのかと思わせて、
観客をすかして終わる手際も鮮やかです。

特徴的な「棒読み」演出は、
僕はもう慣れているのであまり気にはならず、
今回は作品世界にもフィットしていると感じましたが、
ネットの感想など読むと、
結構拒否反応を示している方も多いようです。
その辺はまあ、好みの問題もあるので仕方がないのですが、
この素晴らしい珠玉の結晶のような世界を、
その一点で拒否してしまうのは、
あまりに勿体ないように個人的には思います。

そんな訳で濱口監督の全てが凝縮して味わえる珠玉の1本で、
その変態性や異常性を含めて、
人生の不思議さと尊さに出逢える傑作なので、
是非是非劇場でご覧下さい。
最高ですよ。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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新型コロナウイルス治療の経口薬モルヌピラビルの有効性 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
モルヌピラビルの有効性.jpg
the New England Journal of Medicine誌に、
2021年12月16日掲載された、
メルク社の新型コロナウイルス感染症経口薬、
モルヌピラビル(Molnupiravir)の有効性についての論文です。

モルヌピラビルは新型コロナウイルス感染症治療薬として、
初めて開発された飲み薬で、
その後にはファイザー社の同種目的の飲み薬が控えています。
今のところの情報から言うと、
真打はファイザー社の経口薬のような感じですが、
まだ査読を受けた臨床試験の論文は出ていません。

今回の論文はモルヌピラビルの、
第三相臨床試験の結果をまとめたものです。

モラヌピラビルというのは、
遺伝子の材料である核酸に類似の物質で、
新型コロナウイルスが細胞に感染した際、
合成酵素であるウイルスのRNAポリメラーゼに、
本物の核酸と間違って取り込まれ、
その複製を妨害して、
増殖出来ないような不出来なウイルスを産生させることにより、
ウイルスの増殖を阻害する、
という性質の薬です。

今回の臨床試験では、
高齢(60歳を超える)や肺疾患、肥満など、
1つ以上の新型コロナウイルス感染症重症化のリスクを持ち、
入院適応ではない軽症から中等症の新型コロナウイルス感染に罹患して、
その症状出現後5日以内の患者、
トータル1433名を、
本人にも主治医にも分からないようにくじ引きで2つの群に分け、
一方はモラヌプラビルを1回800㎎を1日2回で5日間使用、
もう一方は偽薬を同じように使用して、
登録後29日までの経過観察を行なっています。

その結果、
開始後29日の時点までに入院もしくは死亡した事例は、
モルヌピラビル群では解析可能の385名中7.3%に当たる28名で、
偽薬群では377名中14.1%に当たる53名でした。
モルヌピラビルの使用により、
入院もしくは死亡のリスクは絶対リスクで6.8%有意に低下した、
と計算されました。(interim analysis)

実際の死亡事例はモルヌピラビル群で1名であったのに対して、
偽薬群では9名で、
モルヌピラビルは死亡リスクを89%低下させた、
ということになります。

ただ、この数値が報道などでも当初宣伝され、
死亡リスクを9割低下、のように言われたのですが、
実際には軽症の事例が殆どなので、
この少数の死亡事例の比較をもって、
そうした表現は過大であるように感じます。

そのメカニズムから言っても、
この飲み薬に一定の有効性のあることは事実と思われますが、
軽症の事例の予後を、
臨床的に意味があるほど改善するものであるのかは、
極めて微妙なところで、
個人的にはファイザー社の経口薬の、
試験結果の詳細を待ちたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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免疫抑制患者における新型コロナワクチン交互接種の有効性 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は事務作業などの予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
コロナワクチン交互使用の有効性.jpg
JAMA Internal Medicine誌に、
2021年12月20日ウェブ掲載された、
新型コロナワクチンの有効性が低い、
免疫抑制患者におけるワクチン交互接種の有効性についての論文です。

新型コロナウイルスワクチンのうち、
特に2種類のmRNAワクチンが、
少なくとも短期的には高い有効性を示していることは、
多くの臨床データにより実証されている事実です。

ただ、ワクチンは身体の免疫の反応により、
その効果が表れるものですから、
病気やその治療により免疫が高度に抑制されている人では、
その有効性は当然ですが低くなります。

腎移植を受けた患者では、
臓器の適合のために免疫抑制剤を使用しますから、
免疫は強く抑制された状態となり、
新型コロナワクチンの有効性も低いことが報告されています。

腎移植患者における。
2回のmRNAワクチン接種後のスパイク蛋白に対する抗体の陽性率は、
イスラエルの疫学データで54%、
アメリカの疫学データで38%という低率でした。

抗体が陰性ということは、
ほぼ感染予防効果がないことを示しています。

それでは、こうした患者さんにおいて、
よりワクチンの有効性を高めるには、
どのようにすれば良いのでしょうか?

現行世界的に広く使用されている新型コロナワクチンには、
ファイザー・ビオンテック社とモデルナ社の2種のmRNAワクチンと、
アストラゼネカ社とジャンセン社の2種のウイルスベクターワクチンとが、
存在しています。

単独の有効性で見ると、
ウイルスベクターワクチンより、
mRNAワクチンが高い有効性を示していますが、
その免疫刺激には違いがあるため、
2種類を組み合わせて使用することにより、
より高い有効性が得られるのでは、
という考え方があります。

たとえば、mRNAワクチンで通常の2回の接種を行なった後で、
3回目のブースター接種として、
ウイルスベクターワクチンを使用することで、
mRNAワクチンを3回接種するよりも、
高い免疫刺激が得られるのではないか、
というような発想です。

今回のオーストリアにおける単独施設の臨床試験は、
その考え方を腎移植後の患者に適応したものです。

対象はいずれかのmRNAワクチンを、
通常のスケジュールで2回接種して、
接種完了2週間以降で測定しても、
血液中の新型コロナウイルスのスパイク蛋白に対する抗体が、
陰性であった腎移植患者197名で、
くじ引きで2つの群に分けると、
一方は3回目の接種もmRNAワクチンを使用し、
もう一方はウイルスベクターワクチンを使用して、
その後の免疫刺激効果を比較検証しています。

その結果、
トータルでは全体の39%の抗体陽性率で、
ブースター接種がmRNAワクチンであった場合は35%、
ウイルスベクターワクチンであった場合は42%で、
接種後にスパイク蛋白の抗体が陽性化していました。
この差は有意なものではなく、
ブースター接種が同種のワクチンでもそうでなくても、
その効果には変わりはありませんでした。

つまり、2回のワクチン接種で反応のない免疫抑制患者の事例であっても、
3回目のブースター接種により、
そのうちの3分の1程度の患者さんでは、
一定の免疫刺激効果が確認されました。
その有効性は交互接種であってもそうでなくても、
明確な差は認められませんでした。

ただ、これはまだ不充分な効果であることは間違いがなく、
今後免疫抑制者の感染予防については、
また別個のアプローチが検討される必要がありそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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人差し指薬指比率(2D:4D)と幸運との関係(BMJクリスマス論文) [ゆるい論文]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
2と4指の比率.jpg
British Medical Journal誌に、
2021年12月15日ウェブ掲載された、
肉体的な特徴と幸運との関連を検証した論文です。

これはこの医学誌恒例のクリスマス特集の一環で、
その検証方法は充分科学的なものではあるのですが、
内容的には通常の時期には決して掲載はされないような、
ユーモラスな部分とギャグすれすれの部分を持った内容です。

意外な男女の肉体的な違いとして、
人差し指と薬指の長さというものがあります。

男性は女性より、
短い人差し指と長い薬指を持っている、
と言うのです。

ざっくりで言うと、
女性では人差し指と薬指の長さはほぼ同じなのに対して、
男性では薬指の方が僅かに長いとされています。
これを分かり易く示すための指標が、
人差し指薬指比率(2D:4D)で、
人差し指の長さを薬指の長さで割り算した数値ですが、
これが女性ではほぼ1になり、
男性では1未満になる、
というのがこれまでのデータです。

こんなものが科学なのか、とは素朴に思いますし、
こうした肉体的性差の概念は、
今の世の中では排斥されがちなものですが、
実は2000年代にも結構多くの論文が、
このテーマで研究され発表されていて、
それによると胎児期に体内で分泌された男性ホルモンが、
2D:4Dの低下の原因であるとされています。

概ね2D:4Dが低いほど、
体力がある、幸運な人生を送るなど、
ポジティブな予後と関連がある、
という論文が過去には多く発表されていて、
これは男性優位社会の価値観を、
反映しているもののようにも思われます。
最近では逆にゲーム中毒では2D:4Dが低いなど、
男性ホルモンの高値がむしろ予後の悪さに結び付くという結果も多く、
社会の価値観の変化を感じさせます。

今回のクリスマス論文では、
過去に報告のある、
2D:4Dと人生における「幸運」との関連を検証する目的で、
幸運の指標として、
無作為に5枚のトランプを引いて、
よりポーカーで強い手を引き当てる確率と、
2D:4Dとの関係を検証しています。

その結果、
2D:4Dがより低いほど、
つまり胎児期の男性ホルモン曝露量が多いほど、
トランプで強い手札を引く確率が有意に高いことが、
データとして示されました。

これは「男性はより幸運だ」ということなのでしょうか?

勿論そうではありません。

論文の結論も、
単純に相関関係のみに着目して、
比較するのに適さないものを比較すると、
非現実的な結論に結び付く典型的な事例である、
というような趣旨の内容となっています。

少し前まで性別の優位性について、
至って真面目にこのような議論が、
科学的にもされていたのですが、
今後はこうした研究は、
クリスマスの面白論文程度の意味しか、
持たないものになりそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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