SSブログ

「ドライブ・マイ・カー」(濱口竜介監督) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ドライブマイカー.jpg
村上春樹さんの短編「ドライブ・マイ・カー」を原作として、
「寝ても覚めても」の濱口竜介監督が3時間の長編映画を完成。
カンヌ映画祭に正式出品されて、
脚本賞などに輝きました。

村上春樹さんの作品はエッセイなどを含めて、
単行本化されたものの95%くらいは読んでいますし、
最近の作品は如何なものかなあ、
とは思いますが、
「羊をめぐる冒険」などは今読んでも大傑作だと思いますし、
好きな作家であることは間違いがありません。

この映画の原作の短編集も勿論読んでいるのですが、
正直あまり上出来なものではないんですね。
結構最近の作品なのに、
いきなり「女性の車の運転というものは…」
というような決め付けから始まるのです。
それ、昔はそれで良かったけど、
今は性別の特徴を露骨に比較するのは、
もうNGに近い感じでしょ。
それだけで、あーあ、駄目じゃん、
という感じがするんですね。
それで急死した妻に男がいたのが許せないと、
悶々とするだけの話でしょ。
どうでもいいじゃん、そんなこと、
と醒めた気分になってしまいました。

これをどうやって3時間の映画にするのかしら、
と頭を捻っても想像がつきません。

ただ、濱口監督というのはかなりの曲者で、
「寝ても覚めても」はロードショーで観ていますが、
かなり変梃りんな映画だったな、
という印象があります。
原作は読んだのですが、
雰囲気としては全然違う話になっているんですよね。

今回はどうなのだろう、長いなあ…
などと思いながら、
何度か鑑賞の機会を逃し、
ようやく日比谷の映画館で観ることが出来ました。

うーん。
矢張りちょっと一筋縄ではいかない感じですね。

3時間を長いとは感じないんですね。
結構するっと観ることが出来る映画です。

世界で賞を取ることを、
きちんと計算して狙っている映画なんですね。
原作は世界的に知名度のある村上春樹さんですし、
原作にも登場はするのですが、
チェーホフの「ワーニャ伯父さん」を使っていて、
こちらは原作とは無関係ですが、
最初のところでベケットの「ゴドーを待ちながら」を、
使っているんですね。
どちらも世界中で知られている作品で、
一部でも流せば、あああれね、
と世界中で通用するんですね。
それを多国籍の多言語で演出するというのも、
如何にも世界で受けそうな趣向です。
映像も日本の四季折々の風景を美しく撮っていて、
台詞も最小限度に切り詰められています。

演出はちょっと独特で、
「寝ても覚めても」の東出昌大さんの時もそうだったのですが、
主役にあまり演技の上手くない役者さんを配して、
徹底した棒読みをさせるのですね。
今回は西島秀俊さんが主役なのですが、
基本的には東出昌大さんと同じタイプですよね。
肉体の存在感は抜群にあるのですが、
台詞は不自然で下手くそでしょ。
通常はそれを上手く役柄や編集で胡麻化そうとするのですが、
濱口監督はそれを逆手に取って、
わざわざ徹底した棒読みをさせるのですね。

そうして全体に漂う不自然で人工的な感じを、
1つの雰囲気として活用しています。

今回はその西島さんが演劇の演出家で、
役者に棒読みの演出をさせるのですね。
棒読みの多重構造という、
かなり特殊で奇妙な世界が展開されています。

ただ、今回に関してはその試みが、
村上春樹さんの世界を映像化するには、
意外に効果的に機能していると感じました。

最初に主人公の奥さんが、
村上さんの同じ短編集の別の話(「シェラザード」)の中にある、
夢の話を物語るのですが、
それも棒読みで、
セックスをしながら西島さんが、
棒読みで台詞を返すというのが、
リズム的になかなか良いのですね。
村上さんの台詞自体がとても人工的で平板な感じがあるでしょ。
原作のその雰囲気が、
極めて巧みに再現されているんですね。
これはうまいことを考えたな、
とちょっと感心しました。

ただ、中段になって演劇のお稽古の場面になると、
棒読みの繰り返しがかなり鼻につく感じになるんですね。
後半はどうも乗れない感じになりましたし、
色々と事情はあるのでしょうが、
ラストが唐突に韓国になって終わるというのも、
何か違和感がありました。
日本の場面はマスクをしている人は1人もいないのに、
ラストの韓国では全員マスクをしているんですよね。
変でしょ。

それ以外にもディテールで納得のいかないところがあるんですね。
結果的に上演される「ワーニャ伯父さん」が、
演劇として上出来とはとても思えないんですね。
「寝ても覚めても」でも、
とても変梃りんな演劇シーンがありましたよね。
その辺りの演出センスは許せない感じがあるんですね。
舞台上演のラストで最後の台詞が終わると、
その瞬間に盛大な拍手になるでしょ。
「ワーニャ伯父さん」のラストで、あれはないよね。
ここは静寂があって、
明かりが点いてカーテンコールになってから、
拍手になるのが正しいあり方ですよね。
凡庸にしか思えない舞台の美術や演出を含めて、
演劇ファンとしては承服しがたいのです。

それから喫煙を礼賛しているような感じの場面があるんですよね。
車の中で2人で無言でタバコを吸って、
外に灰を捨てる感じの場面を、
結構長く映すんですよね。
それも抒情的で明らかに肯定的な描写なんですね。
無口な女性ドライバーがお母さんの死んだ場所に行って、
雪に吸っていたタバコを刺して、
お線香の代わりにするのですね。
別に映画の喫煙シーンが全て駄目、
というようには思わないのですが、
現代が舞台と思える設定で、
これはさすがにないだろう、
というように思いました。

それから主人公は急に女性ドライバーに、
広島から北海道まで行けと命じるんですね。
それも不眠不休で行かせるのです。
それがね、何か緊急事態であったり、
殺人鬼に追われていたりするのであれば、
それはフィクションとしてありだと思うのですが、
そういう設定ではないのですね。
ただ、主人公が舞台上演の存続を迷っていて、
その迷いを解決するために行くというだけなんですね。
それで不眠不休で運転させるというのは、
さすがに設定として無茶だし、
運転マナー的にも問題があるように感じました。

このように何かモヤモヤする感じの作品で、
素直に良いとか悪いとかと言いにくいのですが、
村上春樹さんの作品の映像化としては、
その方法論はユニークであったと思いますし、
オープニングの抑制的な雰囲気の情感や、
日本の風景を映したキャメラの美しさ、
韓国手話を取り入れるような企画の斬新さを含めて、
色々と欠点はありながらも、
トータルにはなかなかの「日本映画」に、
仕上がっていたように感じました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
nice!(4)  コメント(0) 

安部公房「友達」(台本・演出 加藤拓也) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
友達.jpg
安部公房の戯曲の中でも傑作と言われる「友達」が、
新進気鋭の演出家、加藤拓也さんの台本・演出、
有村架純さん、林遣都さん、鈴木浩介さんなど、
映像でも活躍する人気者を揃えた豪華なキャストで、
今新国立劇場小劇場で上演されています。

これ原作を結構変えているんですね。
戯曲もそのままではないのです。
演出もね、何もない素舞台の床面の中央に、
扉が1つ設置されていて、
そこを開けて地下から人間が入ってくる、
という趣向になっています。
主人公がわざわざスマホをいじったりもしていて、
戯曲の設定を現代に置き換えた、
という主張のように見えますが、
それでいて主人公の家に押し掛ける「家族」や町の人は、
戯曲が書かれた1967年と、
それほど変わらない雰囲気で描かれています。

ははあ、作品に描かれた異様な世界を、
今の日本に通底するものと考えて、
その時代の闖入者が、
時間の闇を超えて現代の青年の元に、
這い上って来るということなのかしら、
というようには思いましたが
僕は個人的にはこうした演出が好きではありません。

はっきり言えば大嫌いです。

原作は矢張り、その書かれた時代の空気と、
強く結びついているものだと思いますし、
僕の個人的な考えは、
今この芝居を上演するにしても、
その空気感を再現することを、
大切にして欲しいと思うからです。

確かに1人暮らしの若者のところに、
ある日突然友達を名乗る家族が集団で訪れて、
若者の暮しを乗っ取ってしまう、
という不気味なドラマは、
今の社会にも通じる部分を持っていますが、
その不気味さの背後にあるものは、
1967年と現在では間違いなく異なっているので、
それが同じであるかのような表現は、
少なくとも安部公房作としてこの作品を上演するのであれば、
誤っているように個人的には思うのです。

こうしたことをやりたいのであれば、
「友達」にインスパイアされた現代の物語を、
今の劇作家に書いてもらって、
それを上演することの方が正しいあり方ではないでしょうか?

最近は昔の名作の再演ということで劇場に足を運ぶと、
こうした原作が初演当時まとっていた「空気感」を、
完全に無視したような作品であることが多く、
絶望的な気分になってしまうことが多いのです。

役者は林遣都さんの不気味な感じとか、
新鮮な部分もあったのですが、
トータルには無駄に豪華、という感じで、
この作品の「無名な不気味さ」に、
相応しい座組とはあまり思えませんでした。
特に浅野和之さんなどは、
僕は大好きな役者さんですし、
物凄く上手い方だと思いますが、
殆ど見せ場のない端役でとても残念でした。

そんな訳でとても残念な気分での観劇だったのですが、
これはもう誰が悪いということではなく、
「1967年の安部公房が見たい!」という僕の希望が、
今の演劇状況とは合致していない、
というだけのことなのだと思います。

小劇場や新劇の戦後の旧作の再演は、
もう別物の新作と考えて観なければいけないようです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
nice!(4)  コメント(0) 

「レミニセンス」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が、
午後2時以降は石原が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
レミニセンス.jpg
ヒュー・ジャックマンが主演のSFスリラー映画を観て来ました。

これはまあ、予測はしていたのですが、
B級でしたね。

クリストファー・ノーラン監督の名前を、
宣伝で矢鱈と出していて、
でも、製作は弟のノーランで、
本人とは関係ないのですよね。
こういう宣伝をする時は、
大抵内容にはそれほどの自信がないのです。

それから、ヒュー・ジャックマンが、
普通の「人間」で主役を演じているのですが、
これまで散々超人やヒーローを演じているので、
その「普通のダメ男」ぶりに違和感があるのですね。
シュワルツネッガーの「トータルリコール」みたいな感じです。

これは近未来を舞台にしたハードボイルドなんですね。

まあ「ブレードランナー」と同じ路線なのですが、
内容的にはもっと小粒でチマチマしています。

何らかの原因で水没しているアメリカの都市が舞台で、
戦争もあったらしく、人心は荒廃しているのですね。
そこでは記憶を取り出して映像化する技術があって、
その映像取り出しのプロが、
ヒュー・ジャックマン演じる主人公で、
ある時レベッカ・ファーガソン扮する謎の美女に恋をします。

過去の映像と現実が交錯すると言うと、
如何にも「インセプション」のような世界を想像するのですが、
実際には「現実と思ったら記憶の再現だった」という場面は、
最初の方で1回あるだけで、
それも特に意外という感じではなく、
それ以降はそうした混乱は全くありません。

お話自体にも全く意外性のようなものはないんですよね。
ヒロインの造形も魅力に乏しく、
これならヒュー・ジャックマンがいつもの大暴れをすれば、
すぐに事件は解決してしまいそうですが、
設定上は主人公は周りに助けられてばかりのダメ男なので、
それがどうもモヤモヤしてしまって、
あまり盛り上がらないのです。
悪党も小粒で盛り上がりません。

演出もとても凡庸で特色がありません。
可もなし不可もなしという感じ。
水没した街というのは魅力的なのですが、
その設定もあまり活かされているとは思えませんでした。

これね、
たとえばSF映画の鬼才、
ドゥニ・ビルヌーブが監督したら、
きっと最初の水没した街の移動撮影だけで、
ワクワクした気分になったと思いますし、
物語はそのままでも傑作になったかも知れませんよね。

今回は凡庸な演出とビジュアルセンスにより、
あまり元気の出ないB級ハードボイルドの凡作となっていました。

暇つぶしに映画でも、という向き以外には、
あまりお勧め出来る作品ではありません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(3)  コメント(0) 

ファイザーワクチンのブースター接種の効果(イスラエルの疫学データ) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
ファイザーワクチンのぶーースター接種の効果.jpg
the New England Journal of Medicine誌に、
2021年9月15日ウェブ掲載された、
ファイザー・ビオンテック社新型コロナウイルスワクチンの、
3回目接種(ブースター接種)の効果についての論文です。

ファイザー・ビオンテック社の新型コロナmRNAワクチンの有効性は、
短期的には有症状の新型コロナウイルス感染症を、
約95%予防すると報告されています。

ただ、その有効性は接種完了後半年が経過すると、
かなり低下すると想定されていて、
特にデルタ株などの感染力の強い変異株の感染においては、
その有効性は50%程度まで低下するのではないか、
という推計も発表されています。

イスラエルはファイザー・ビオンテック社製ワクチンを主体とする。
新型コロナワクチンの国民への接種を、
世界に先駆けて行なって来た国ですが、
一旦は感染者が1日100万人当たり2件までの低下したものの、
その後デルタ株の感染が拡大すると、
再び増加に転じ、
その原因としてワクチン接種後数ヶ月以上経過したことによる、
有効率の低下が考えられました。

そのため2021年7月12日より、
感染のリスクの高い対象者に、
3回目の追加接種(ブースター接種)が開始され、
その後60歳以上の高齢者に接種対象は拡大されました。

今回のデータは2021年7月30日から8月31日までの間に、
60歳以上で2回目のワクチン接種から5ヶ月以上経過後に、
3回目接種を施行した1137804名データを解析し、
ブースター接種後の感染率を、
未接種と比較検証しています。

その結果、
ブースター接種後12日以降の、
有症状新型コロナウイルス感染症の罹患リスクは、
未接種と比較して、
11.3倍(95%CI:10.4から12.3)有意に低下していました。
重症感染の発症リスクも、
19.5倍(95%CI:12.9から29.5)有意に低下していました。

デルタ株流行後に、
有症状感染の予防効果が、
95%から50%に低下したと想定すると、
それがブースター接種で10倍のリスク低下することで、
計算上は50%のリスクが5%になり、
結果として以前の95%の有効率に戻った、
ということになる訳です。
(上記文献の考察にある説明です)

今後の問題はこの効果がどれだけ持続するものなのか、
ということで、
数年有効ということであれば非常に意義のあるデータですが、
これがまた半年で失速するということであれば、
半年ごとに追加接種を繰り返すというのは、
コスト的にもあまり現実的でないという気がします。

今後の検証を注視したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(2)  コメント(0) 

2種類の新型コロナmRNAワクチンの抗体価比較 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
モデルナとファイザーの比較.jpg
JAMA誌に2021年8月30日ウェブ掲載されたレターですが、
ファイザー・ビオンテック社とモデルナ社によるmRNAワクチンの、
接種後抗体価を直接比較したレターです。

ファイザー・ビオンテック社とモデルナ社にょる、
2種類のmRNAワクチンの高い有効性は、
多くの臨床データにより確認されていますが、
どちらがより高い抗体価を誘導するのか、
というような点については、
あまり直接比較的なデータは発表されていませんでした。

今回のデータはドイツにおいて、
モデルナワクチンを2回接種後の688名と、
ファイザー・ビオンテック社ワクチン2回接種後の959名の、
血液中のスパイク蛋白に対する抗体価を、
GMT(幾何平均抗体価)という指標で比較しているものです。

その結果、
トータルにおいても、
年齢層を分けた解析においても、
抗体価はモデルナ社ワクチンが、
ファイザー・ビオンテック社ワクチンより有意に高くなっていました。
ワクチン接種前に抗体が陽性であった既感染者では、
いずれもワクチンでも未感染より高い抗体価が検出され、
未感染と期感染の抗体上昇の差は、
2種類のワクチンによる抗体上昇の差よりも、
有意に大きなものとなっていました。

モデルナ社ワクチンはファイザー・ビオンテック社ワクチンより、
現行の通常用量ではmRNA含有量は多く、
その接種間隔も4週間と長いことが、
この結果に繋がっているのではないか、
と上記レターの著者らは推測しています。

現行使用されている2種類のmRNAワクチンは、
ほぼ同等の性質を有していると考えて良いのですが、
モデルナワクチンの方がその免疫刺激においても、
副反応の強さにおいても、
若干強い可能性が高いと、
そうしたデータが最近は多く報告されているようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(4)  コメント(0) 

認知症治療薬と転倒骨折リスクとの関係 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は産業医面談で都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
認知症治療薬と骨折リスク.jpg
British Medical Journal誌に、
2021年9 月9日ウェブ掲載された、
認知症に使用する薬の使用と、
転倒骨折リスクとの関連についての論文です。

認知症の高齢者は不穏などのため、
転倒骨折を起こしやすいことが知られています。

認知症の進行抑制のためには、
コリンエステラーゼ阻害剤という、
脳内の神経伝達物質、
アセチルコリンを増やす薬が使用されます。

従って、この薬の使用により認知症の症状が改善すれば、
患者さんの転倒骨折が減少する可能性があります。
その一方でコリンエステラーゼ阻害剤の有害事象に、
副交感神経が緊張することによるふらつきや意識消失があり、
そうした症状は転倒骨折のリスクを高める可能性があります。

抗精神病薬も認知症患者の不穏に対して、
使用されることが多い薬剤です。
その使用により不穏や興奮が落ち着けば、
転倒骨折のリスクを減らせる可能性がありますが、
こちらもその一方で、
鎮静が強くかかるとふらつきなどが起こり、
転倒骨折のリスクをより高めるという可能性もあります。

このように、どちらの薬も諸刃の刃という側面がありますが、
それでは実際に未治療の時期と比較して、
そうした薬がどれだけ骨折リスクを増加させるのか、
という点については、
それほど実証的なデータがあるという訳ではありません。

今回の検証は台湾において、
65歳以上で抗精神病薬もしくはコリンエステラーゼ阻害剤を使用し、
転倒もしくは骨折を来した15278名を解析し、
転倒もしくは骨折を起こした時期と、
薬の使用開始時期との関連を検証しているものです。

その結果、
どちらの治療薬も使用していない期間の、
転倒もしくは骨折の発症率は、
年間患者100人当たり8.30件(95%CI:8.14から8.46)であったのに対して、
治療開始前2週間においては、
年間患者100人当たり52.35件(95%CI:48.46から56.47)と非常に高く、
抗精神病薬のみの使用期間では10.34件(95%CI:9.80から10.89)、
コリンエステラーゼ阻害剤のみの使用期間では9.41件(95%CI:8.98から9.86)、
2者の併用の使用期間では10.55件(95%CI:9.98から11.14)と、
こちらも未治療と比較すると有意に増加していました。

確かに認知症の患者に抗精神病薬やコリンエステラーゼ阻害剤を使用すると、
転倒や骨折のリスクは増加していますが、
実際にはその使用直前に、
最もそのリスクは増加しています。
これは薬そのものが転倒骨折のリスクになったと言うより、
そうした薬を使わざるを得なかった、
病状悪化がその要因であった可能性を示唆しているように思われます。

この結果をもって、
直ちに抗精神病薬やコリンエステラーゼ阻害剤の使用が、
転倒骨折リスクを増加させないとは言えませんし、
一定のリスクにはなっている可能性が高いと思いますが、
こうした薬の使用後の骨折が、
全て薬の影響とは言えないことも確かで、
薬剤の使用と想定される有害事象との因果関係の検証は、
それほど単純なものではないようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(2)  コメント(0) 

甲状腺機能異常と認知機能低下との関連 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
甲状腺機能と認知機能.jpg
JAMA Internal Medicine誌に、
2021年9月7日ウェブ掲載された、
甲状腺機能と認知機能の関連についての論文です。

甲状腺機能低下症は認知機能に影響を与え、
高度の甲状腺機能低下症では、
認知症と間違われるような症状が見られることが知られています。

ただ、それでは軽度を含めた甲状腺機能低下症が、
認知症や認知機能低下のリスクであるかどうか、
と言う点については、
それほど明確なことが分かっている訳ではありません。

未治療の先天性甲状腺機能低下症は、
知能発達の低下が起こることが分かっているので、
そうした知見からは、
如何にも甲状腺機能低下と認知機能低下は、
関連がありそうに思えますが、
それは推測の部分がかなり大きいのです。

今回の欧米の複数の疫学データをまとめて解析したもので、
トータルで74565名を登録した大規模なものです。
甲状腺機能を潜在性と顕性のものに分け、
認知症の発症リスクや認知機能の経時的変化と、
甲状腺機能との関連を検証しています。

その結果、この大規模な検証においては、
潜在性と顕在性を含めて、
甲状腺機能低下症や甲状腺機能亢進症と、
認知症のリスクや認知機能低下との間に、
有意な関連は認められませんでした。
ただ、顕性の甲状腺機能低下症と認知機能低下との間には、
有意ではないものの一定の関連のある可能性は示唆されました。

従って、
少なくとも潜在性の甲状腺機能異常と認知症との間には、
明確な関連はないと考えて良く、
甲状腺機能のスクリーニングを、
認知症予防のために行なうことに、
あまり医学的根拠はないと、
そう考えて大きな間違いはないようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(4)  コメント(0) 

脳梗塞専用救急車活用の有効性 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
脳卒中の救急治療.jpg
the New England Journal of Medicine誌の、
2021年9月9日号に掲載された、
脳梗塞の治療迅速化の試みの効果についての論文です。

脳梗塞の治療に大きな進歩となったのは、
日本では2005年から保険適応された、
組織プラスミノーゲンアクチベーター(t-PA)の使用です。

この注射の血栓溶解剤は、
脳梗塞(虚血性梗塞)の発症早期に使用することにより、
詰まった血栓を溶解して、
血流を再開する効果があります。

ただ、それは同時に出血のリスクを増すことでもあり、
また脳梗塞による阻血から一定時間が過ぎると、
その有効性より出血などのリスクの方が、
より高くなってしまうことから、
発売当初は病気の発症から3時間以内、
現時点でも4時間半以内にその使用が行なわれる必要があります。

しかし、いつ何処で起こるか分からない脳梗塞です。

たとえば自宅で急に言葉が出ない、手足が動かない、
などの症状が出現したとして、
それから救急車を呼び、
救急車が来て、t-PA治療が可能な病院に搬送、
病院に着いてから、
迅速に頭部CT検査や血液検査などを施行し、
t-PA治療の適応であることを確認して、
治療に至るまでの時間が4時間半以内というのは、
かなり難易度の高いハードルであることは、
容易に想像が付きます。

それでは、より迅速に脳梗塞の患者さんのt-PA治療を可能とするには、
どうすれば良いのでしょうか?

その方法の1つとして期待されているのが、
脳梗塞専用の救急車を作って、
そこにCT検査や血液検査など、
t-PA治療の適応判定に必要な検査機器を附属させ、
専門の医療スタッフが乗り込んで、
患者さんを搬送しながら、
同時に検査と治療を開始しよう、
というような試みです。

既に欧米で複数の臨床研究が行なわれていて、
今回の報告はアメリカの多施設での試験結果をまとめたものです。

全体で脳梗塞発症早期の1515名が登録され、
そのうちの1047名がt-PA治療を施行されました。
このうち617名は脳梗塞専用救急車が活用され、
430名は通常の救急車で病院に運ばれて治療を受けました。

その結果、
脳梗塞症状が出現してから治療開始までの中間値は、
通常の救急車による搬送では108分であったのに対して、
脳梗塞専用救急車を活用した場合には72分に短縮しました。
通常の救急車の搬送では治療可能であったのは79.5%であったのに対して、
脳梗塞専用救急車では97.1%の患者さんが治療を施行されました。
発症後3ヶ月の時点で後遺症がなかった患者さんの比率は、
通常搬送が44.4%に対して脳梗塞専用救急車では55.0%で、
脳梗塞専用救急車の活用により、
24%の患者さんが後遺症なく治癒される、
という結果が得られました。

このように、
1分でも早く治療を開始することにより、
間違いなく脳梗塞の予後の改善が得られていて、
今後はその場で診断と治療が可能な救急車両の活用が、
最近話題のドラマではありませんが、
救急医療の目玉として、
議論されるようになるかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(4)  コメント(0) 

「サマーフィルムにのって」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
サマーフィルムにのって.jpg
新鋭松本壮史監督の長編青春映画で、
テレビの情報番組で、
「カメラを止めるな」の再来、
のような宣伝がされていたので、
ちょっと興味を持って観て来ました。

内容も「時をかける少女」をモチーフにした、
青春映画とSFと時代劇の融合ということなので、
これは僕の大好物ではないかしら、
という期待を持って、
他の映画の予定を差し替えての鑑賞になりました。

うーん。

悪くはなかったのですが、
ちょっと騙されました。

「カメラを止めるな」の再来というのは、
ミニシアターで予想を超えるロングラン、
という意味で、
同じような意外性のある、
技巧的な映画ということではないのですね。

小劇場っぽい、というところは似ていなくはないのです。
「カメラを止めるな」は、
小劇場のお芝居が1つのモチーフというか、
元ネタとなっていますし、
この「サマーフィルムにのって」は、
台本にロロの三浦直之さんが参加していますでしょ。
そういうところはちょっと似ているのです。
ただ、「カメラを止めるな」は、
普通演劇でやるようなことを、
わざわざ映画でやったという意外性が、
良い方向に作用していたと思うのですが、
この作品では小劇場っぽさが、
ラストの処理にあるのですが、
それがあまり上手く機能していない、
という感じがあるのですね。

最後一番映像の見せ場になる筈のところで、
いきなり小劇場演劇をやってどうするの!
というのが小劇場も映画も大好きな人間としての、
観終わっての実感でした。

これじゃ駄目だよ。

ただ、勿論良いところもあるのですね。

映画のクオリティとしては、
「カメラを止めるな」より格段に良く出来ているのですね。
比較するのも恥ずかしいくらい。
こちらは堂々たるプロの映画です。
一方で「カメラを止めるな」はアイデア一発で、
映画としてのクオリティは、
もろ素人レベルでしたよね。
そこはまるで違います。

役者もいいですよね。
ヒロインの伊藤万理華さんの個性が、
とてもとても面白いですし、
周りのキャラも魅力的ですよね。
観ているだけで元気が出るような、
ウキウキするような感じがあります。
リアルではなくて、
主に20代前半くらいの役者さんが高校生を演じています。

内容的にも大林信彦監督の初期の青春映画みたいな感じが、
ちょっとあるんですね。
ただ、そこまで遊んでいる感じではなくて、
もっと弾けてくれるだろう、と期待して観ていると、
何か真面目に映画を作っているだけで終わってしまう、
というのが物足りなく感じるところです。
これだけのお話なら、
どうして未来人なんて登場させたの?
とはどうしても思ってしまいます。
むしろラストに登場人物の10年後を見せる、
というようなド定番の趣向の方が、
作品のテーマは活かせたのではないかしら、
というように感じました。

一番の不満はラストで、
個人的にはこりゃないよね、と思いましたが、
映画畑のファンの方は、
こうした処理にむしろ意外性を感じるのかもしれません。
僕の感想としては、
小劇場の悪いところが出たな、という気がして、
脱力してしまいました。

テーマ曲の「異星人と熱帯夜」はとても良くて、
最近はエンドレスで聴いています。
あの曲がベストフィットするような、
変な演劇臭のないSF青春映画だったら良かったのに、
というのが個人的な思いです。

ちょっと騙されました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
nice!(3)  コメント(0) 

「先生、私の隣に座っていただけませんか?」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前中は石田医師が、
午後2時以降は石原が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
先生、私の隣に.jpg
これは新鋭の堀江貴大監督が、
コンテストに持ち込んだ企画の映画化で、
黒木華さん演じる漫画家が、
今は自分に寄生するような生活をしている、
柄本佑さん演じる夫の不倫と、
自分の不倫をモチーフにした漫画を描く中で、
その虚実が不確かになってゆく、
という物語です。

如何にも漫画が原作のように感じますが、
そうではなくて映画のオリジナルなのです。

これ確かにあらすじだけを読めば、
面白そうな話なんですよね。
企画コンテストで受賞したのも頷けます。

ただ、映像化されてみると、
正直あまり面白くはありません。

何より地味ですよね。
虚実の肝となる漫画も、
実際の連載ではなくて、
ただの下書きを夫が読んだ、
という話になっているんですね。
要するに柄本佑さんの頭の中だけで展開する話で、
映像的な動きが殆どないんですね。
登場人物もメインは数人ですし、
その関係性も基本的には、
最初から最後までほぼ変わりません。
舞台も限られた場所だけで、
とてもとても省エネに作られています。

もう純粋な心理劇、という感じですよね。
それを2時間の劇場公開映画にするというのは、
かなり難易度が高いように思いますが、
実際には特別込み入ったことをする訳ではなく、
その心理劇が淡々と進むだけです。

劇場用映画としてこれでいいのかしらと、
最後までその疑問が消えませんでした。

主役の2人は想像し得る限り理想的なキャストですよね。
監督のイメージ通りです。
ヒロインの母親に風吹ジュンさんというのも、
まあ、どれだけこうした役をやったのかしら、
と思うくらいのド定番ですよね。
そこまでイメージ通りだと、
逆に新鮮味はほぼゼロ、という感じになるのですね。
物語にもう少し厚みがあり、
「これからどうなるのかしら?」
というドキドキ感や、
映像的に凄みや新鮮味のある表現がないと、
とても観客を2時間惹きつけられないと思うのですが、
そのどれもがない、というのがこの映画です。

巻頭10分でちょっと頭を抱えるような感じがあって、
それでも意外などんでん返しのようなものも、
ちょっと期待して観続けたのですが、
最後まであまりそうしたことはなく、
とても淡々と終わってしましました。

決して悪い素材ではないと思いますし、
配信サイトなどで制作した単発ドラマとしては、
良いのではないかと思うのですが、
劇場公開して足を運ぶようなものではない、
というのが正直な実感でした。

予告編は結構巧みに出来ていたので、
つい騙されてしまいました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(4)  コメント(0)