「ノマドランド」 [映画]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は土曜日で午前午後とも石原が外来を担当します。
土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
中国系のクロエ・ジャオ監督がメガホンを撮り、
フランシス・マクドーマンドが主役を演じて製作にも名を連ねた、
詩情溢れる2020年製作のアメリカ映画を観て来ました。
これはとても良かったですよ。
静かで淡々とした映画なので、
体調によっては寝てしまうリスクはあるのですが、
僕に関して言えば全然眠くはならなかったですよ。
画面が美しいし力があるんですね。
言葉もシンプルで深いので、
「ああ、いいなあ」と思いながら名残惜しく観終わった、
という感じでした。
暗い話ではあるのですが、
不思議と鑑賞後の気分は清々しく穏やかです。
こういう映画は今、
意外に少ないですね。
ここで言う「ノマド」というのは、
アメリカの車上生活者のことなんですね。
それも主に経済的理由で家を失ったり、
家族を失うなどとてもつらい出来事があって、
そこから立ち直ることが出来なかったりした高齢者が、
「もう死ぬまで定住はしない」と決めて、
そうして旅をしている、という話です。
1984年に鈴木清順さんと加藤治子さんが夫婦を演じた、
「みちしるべ」というNHKのドラマがあって、
あれは病気の妻と一緒に、
2人でバンで旅をする話でしたが、
感覚的にはあれにとても近い感じですね。
あのドラマを観て、
大分の熊野摩崖仏に行きたくなって、
数年後に行きましたが、
多分そうした人も多かったですよね。
あれもとても心に残るドラマでした。
車上生活なんですが、
ロジックがあるんですね。
主人公が「お前はホームレスか?」と言われるところがあるんですが、
「ホームレスじゃない、ハウスレスなだけだ」と言い返すんです。
全身に好きな歌詞の入れ墨を彫っているノマドがいるのですが、
「故郷(ホーム)は心の中にしかない」と言うんですね。
ノマドの長老みたいな人は、
「自分達はもうさよならと言うのが嫌だから、
それをしないために旅をしているんだ。
旅には終わりはないから」みたいなことを、
うろ覚えなので正確ではないと思いますが、
言うんですね。
シンプルで分かりやすく、
そして深いですよね。
アメリカでは日本より、
「家」というものの重みが大きいのだと思いますし、
かつては日本の家を「ウサギ小屋」と馬鹿にしたでしょ。
そのアメリカ人すら、
「家」に幻滅して、それを捨てている、
ということなんですね。
家族の絆も否定し、伝統も否定し、過去を否定し、
権威も否定し、
遂には家まで否定して、
これが進歩と言えるのかしら。
ただ単に滅んでいるだけなのではないかしら。
そう考えると怖くなりますが、
どうやら人間はゆきつくところまで行ってしまって、
もう滅ぶしか道はないのかも知れません。
主人公は60代の女性で、
夫を病気で失うのですが、
同時に暮らしていた町が、
経済の落ち込みによって消滅してしまうんですね。
昔炭鉱町が消えてしまったように、
自分の拠り所である故郷そのものが消えてしまうんですね。
それで、おそらくは夫の匂いの浸みついたバンで、
ノマドとして旅を始めるのです。
面白いのは主人公はノマドの初心者で、
あまりアウトドアに詳しいという訳でもないんですね。
途中車がパンクすると、
何も出来ずにお手上げ、というレベルなんですね。
そこが個人的には親近感が湧きました。
演出はなかなか面白いんですね。
主人公と男女関係になりかけるノマドの男性だけは、
プロの俳優さんなのですが、
他のノマド役を演じているのは、
その本人なんですね。
だからその撮り方もね、
ちょっと斜め目線のアップで、
これまでの人生について語るという長回しの場面が、
非常に多く使われています。
主人公は結局インタビューアー役を兼ねているのですが、
そう感じさせないように、
巧妙に演出されているんですね。
後から考えると、
「なるほど、これはドキュメンタリーの作りなのだ」
と気づくのですが、
観ている間は結構没入して、
「物語」として観ることが出来るんですね。
さりげなく見えて、
その辺りはかなり技巧的で斬新だな、
というように感じました。
河瀬直美監督の映画に近いかも知れません。
あちらもドキュメンタリーの方法論を持ち込んだ劇映画ですよね、
ただ、あちらはかなり前衛的な構図や演出ですが、
この映画はとてもオーソドックスな劇映画の手法をとっているので、
構図も安定感がありますし、
観やすいのが特徴です。
すんなり観れてしまうのですが、
実際にはかなり技巧的なことをしているのです。
それからこの映画の成功は、
何と言っても主役がフランシス・マクドーマンドさんだ、
ということですよね。
普通実際のノマドがぞろぞろ登場するので、
絵的に負けてしまうでしょ。
負けないですし、
同じようにリアルな存在感がありますよね。
彼女だからこそ成功した企画で、
何処かの昔アイドル、
今ちょっと演技派、みたいな女優さんがやれば、
大失敗になったことは想像が付きます。
そんな訳で奥行のある詩的で美しい堂々たる傑作で、
皆さんに是非にとお勧めしたいと思います。
今1本だけいい映画を観たいという人がいれば、
間違いなくこれをお勧めします。
敢えて不満を言えばラストですかね。
物語的には終わっていないのに、
強引に「終わり的な絵」を連ねて終わりにした、
という感じがありました。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は土曜日で午前午後とも石原が外来を担当します。
土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
中国系のクロエ・ジャオ監督がメガホンを撮り、
フランシス・マクドーマンドが主役を演じて製作にも名を連ねた、
詩情溢れる2020年製作のアメリカ映画を観て来ました。
これはとても良かったですよ。
静かで淡々とした映画なので、
体調によっては寝てしまうリスクはあるのですが、
僕に関して言えば全然眠くはならなかったですよ。
画面が美しいし力があるんですね。
言葉もシンプルで深いので、
「ああ、いいなあ」と思いながら名残惜しく観終わった、
という感じでした。
暗い話ではあるのですが、
不思議と鑑賞後の気分は清々しく穏やかです。
こういう映画は今、
意外に少ないですね。
ここで言う「ノマド」というのは、
アメリカの車上生活者のことなんですね。
それも主に経済的理由で家を失ったり、
家族を失うなどとてもつらい出来事があって、
そこから立ち直ることが出来なかったりした高齢者が、
「もう死ぬまで定住はしない」と決めて、
そうして旅をしている、という話です。
1984年に鈴木清順さんと加藤治子さんが夫婦を演じた、
「みちしるべ」というNHKのドラマがあって、
あれは病気の妻と一緒に、
2人でバンで旅をする話でしたが、
感覚的にはあれにとても近い感じですね。
あのドラマを観て、
大分の熊野摩崖仏に行きたくなって、
数年後に行きましたが、
多分そうした人も多かったですよね。
あれもとても心に残るドラマでした。
車上生活なんですが、
ロジックがあるんですね。
主人公が「お前はホームレスか?」と言われるところがあるんですが、
「ホームレスじゃない、ハウスレスなだけだ」と言い返すんです。
全身に好きな歌詞の入れ墨を彫っているノマドがいるのですが、
「故郷(ホーム)は心の中にしかない」と言うんですね。
ノマドの長老みたいな人は、
「自分達はもうさよならと言うのが嫌だから、
それをしないために旅をしているんだ。
旅には終わりはないから」みたいなことを、
うろ覚えなので正確ではないと思いますが、
言うんですね。
シンプルで分かりやすく、
そして深いですよね。
アメリカでは日本より、
「家」というものの重みが大きいのだと思いますし、
かつては日本の家を「ウサギ小屋」と馬鹿にしたでしょ。
そのアメリカ人すら、
「家」に幻滅して、それを捨てている、
ということなんですね。
家族の絆も否定し、伝統も否定し、過去を否定し、
権威も否定し、
遂には家まで否定して、
これが進歩と言えるのかしら。
ただ単に滅んでいるだけなのではないかしら。
そう考えると怖くなりますが、
どうやら人間はゆきつくところまで行ってしまって、
もう滅ぶしか道はないのかも知れません。
主人公は60代の女性で、
夫を病気で失うのですが、
同時に暮らしていた町が、
経済の落ち込みによって消滅してしまうんですね。
昔炭鉱町が消えてしまったように、
自分の拠り所である故郷そのものが消えてしまうんですね。
それで、おそらくは夫の匂いの浸みついたバンで、
ノマドとして旅を始めるのです。
面白いのは主人公はノマドの初心者で、
あまりアウトドアに詳しいという訳でもないんですね。
途中車がパンクすると、
何も出来ずにお手上げ、というレベルなんですね。
そこが個人的には親近感が湧きました。
演出はなかなか面白いんですね。
主人公と男女関係になりかけるノマドの男性だけは、
プロの俳優さんなのですが、
他のノマド役を演じているのは、
その本人なんですね。
だからその撮り方もね、
ちょっと斜め目線のアップで、
これまでの人生について語るという長回しの場面が、
非常に多く使われています。
主人公は結局インタビューアー役を兼ねているのですが、
そう感じさせないように、
巧妙に演出されているんですね。
後から考えると、
「なるほど、これはドキュメンタリーの作りなのだ」
と気づくのですが、
観ている間は結構没入して、
「物語」として観ることが出来るんですね。
さりげなく見えて、
その辺りはかなり技巧的で斬新だな、
というように感じました。
河瀬直美監督の映画に近いかも知れません。
あちらもドキュメンタリーの方法論を持ち込んだ劇映画ですよね、
ただ、あちらはかなり前衛的な構図や演出ですが、
この映画はとてもオーソドックスな劇映画の手法をとっているので、
構図も安定感がありますし、
観やすいのが特徴です。
すんなり観れてしまうのですが、
実際にはかなり技巧的なことをしているのです。
それからこの映画の成功は、
何と言っても主役がフランシス・マクドーマンドさんだ、
ということですよね。
普通実際のノマドがぞろぞろ登場するので、
絵的に負けてしまうでしょ。
負けないですし、
同じようにリアルな存在感がありますよね。
彼女だからこそ成功した企画で、
何処かの昔アイドル、
今ちょっと演技派、みたいな女優さんがやれば、
大失敗になったことは想像が付きます。
そんな訳で奥行のある詩的で美しい堂々たる傑作で、
皆さんに是非にとお勧めしたいと思います。
今1本だけいい映画を観たいという人がいれば、
間違いなくこれをお勧めします。
敢えて不満を言えばラストですかね。
物語的には終わっていないのに、
強引に「終わり的な絵」を連ねて終わりにした、
という感じがありました。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。