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新型コロナウイルスの感染とワクチンによる抗体産生の差 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
ワクチンと感染の抗体の差.jpg
JAMA誌に2021年3月19日ウェブ掲載されたレターですが、
モデルナ社のワクチン接種後の中和抗体の上昇を、
実際のウイルスによる感染と比較し、
また通常の感染と変異株による感染とで比較したものです。

変異株のウイルスによる感染が、
日本にも拡大していると報じられています。

ただ、昨日のモーニングショーのニュースを見ていたら、
英国型、南ア型、ブラジル型以外に、
日本独自のE484K変異という新しい変異ウイルスがあって、
その拡大が危惧されている、
というような奇怪な表現がされていました。

そんな訳はないですよね。

E484Kというのは、
484番目のアミノ酸が変わっているという、
点変異の意味で、
別にそれが「変異ウイルス」ということではないのです。

こうした遺伝子変異というのは、
それこそウイルスが増殖する度に、
幾つかは出現しておかしくはないものなのですが、
それが非常にそのウイルスの性質を、
大きく変えるようなものである時に、
そのウイルスが流行の主体になって、
増えてしまう、という現象が問題なのですね。

最初に問題になった英国型とされる変異ウイルスでは、
複数の変異が同時に見られていて、
その中で最も重要と思われるのが、
N501Yという変異なのですね。
この変異があると感染が起こりやすくなるのではないか、
と推測されているからです。

南ア型とブラジル型の変異株は、
このN501Yと同時にE484Kという変異を、
併せて持っているという特徴があります。
このE484K変異というのが、
中和抗体からの逃避変異と呼ばれていて、
この変異のあるウイルスは、
中和抗体の効きが非常に悪くなる、
つまり抗体が出来ても、
それが有効ではなくなる、
と想定される変異です。

たった1つの変異でも、
その変異を持つウイルスが増えていれば、
それは変異株ではある訳ですが、
今問題となっているのは、
従来型とは性質の違うウイルスが、
それ自体で流行しているという状況にある訳で、
そうした流行が見られた時に初めて、
WHOが「注目すべき変異株」や「懸念される変異株」、
という認定をしているのですね。
それを変異ウイルスと呼んでいる訳です。

ただ、このE484K変異というのは、
それ単独で流行しているという証拠は、
今のところはないのですね。
だから、現時点ではそれが変異株、
という認識にはならないのです。

経緯としては多分こうしたことだと思うのですが、
英国型の変異株が日本でも流行する懸念が高まったので、
それを簡便に識別する方法として、
N501Yによるスクリーニングを始めたのですね。
そのプローブを感染研が全国の施設に配布した訳です。
この変異は今のところ分かっている多くの変異ウイルスで、
共通して持っている変異だからです。

それが昭和大学病院で、
独自にE484K変異のスクリーニングを、
入院患者さんでやってみたところ、
N501Yのスクリーニングで引っかからなかったのに、
半数の患者さんでE484Kが陽性になったので、
これは新しい変異株が、
日本で流行しているのではないか、
ということで注目されたのです。

それを頭が雲丹状態になっている報道の方が誤解して、
「E484K」という新たな変異株が発見された、
というニュースにしたのではないでしょうか?

今朝ネットでザッピングしてみると、
かなり説明はまともなものになっていましたが、
昨日の朝くらいのニュースやワイドショーは、
本当にデタラメで酷いものでした。

現時点でこの日本患者さんに見られる、
N501Y変異のないE484K変異が、
特定の意味を持つものであるのかは分からないのですが、
今後その遺伝子配列を詳細に解析し、
その分布や性質を確認することにより、
より明確な知見が得られるのではないかと思います。
現状日本においてはこの変異株を、
日本独自に「注目すべき変異株」として扱う、
という方針であるようです。

さて、前置きが長くなりました。

変異ウイルスで問題となるのは、
従来型のウイルスでの抗体が、
変異ウイルスに対しても有効なのか、
と言う点と、
ワクチンによる抗体が、
変異ウイルスに対しても有効なのか、
という2点にあると思います。

今回の研究では、
従来型の新型コロナウイルスにアメリカで感染した20名と、
モデルナ社のワクチンの臨床試験に参加して、
ワクチンの接種を行なった14名(もちろん既感染はなし)の血清を採取し、
その各種変異ウイルスに対する中和抗体の活性を、
比較しています。

その結果はこちらをご覧下さい。
ワクチンと感染の抗体の差の図.jpg
まず左の図ですが、
A.1系統、B.1系統、B1.1.7系統、N501Y変異株、
と4つのウイルスが示されています。

縦軸はFRNT50という指標で示された、
中和抗体の抗体価で、
より高い方がそのウイルスに対して有効である、
ということを示しています。

A.1系統というのは、武漢で流行したウイルス株に、
非常に近いタイプの変異株です。
モデルナのワクチンに使用さているスパイク蛋白のRNAは、
このA.1系統の遺伝子配列が使用されているようです。
B.1系統というのは、
スパイク部にD614Gという変異が見られるもので、
これは上記研究施行時における主な流行ウイルスです。
B.1.1.7というのは、
言わずと知れた英国型と呼ばれる変異株、
そして一番右のN501Yというのは、
問題のある変異株において共通して認められる変異のみを持つ、
実験的に作られたクローンウイルスです。

左の図は従来型(おそらくB1系統主体)の感染後、
1から3か月後の血清を用いたもので、
4種類全ての変異株で中和抗体活性は認められ、
有意な差は認められていません。

一方で右の図はモデルナ社のワクチンを接種後、
同様に中和抗体活性を見たものです。
全体に通常の感染より、
高い抗体活性が誘導されている、ということが分かります。
単純に力価として見ると、
10倍近い差が認められます。
ただ、ワクチンと同一のA.1系統と比較すると、
変異株は活性が有意に低くなっていることが分かります。

これまでのデータから見て、
ファイザー社とモデルナ社のmRNAワクチンに関しては、
少なくとも英国型の変異株に対しての有効性は、
低下はするものの保たれていることが分かります。

ただ、E484K変異を併せ持つウイルスに対する有効性は、
おそらくはかなり落ちることが推測され、
単純に変異株とまとめて考えるのではなく、
個別の対策が必要であることは間違いがなさそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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