SSブログ

「帰還不能点」(劇団チョコレートケーキ第33回公演) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
帰還不能点.jpg
劇団チョコレートケーキの新作公演が、
今池袋のシアターイーストで上演されています。

最近は太平洋戦争を素材に扱うことが多いチョコレートケーキですが、
今回は日中戦争の泥沼から日米開戦に至る、
日本の指導層の政治判断の誤りを、
当時模擬内閣で政策研究に従事した、
当時のエリートの若者のその後を描いて、
「負けることの分かっている戦争を何故止められなかったのか」
という苦悩に収斂される物語です。

総力戦研究所や模擬内閣という、
あまり知られていない挿話から、
過去の失敗を実証的に突き詰めようとする辺り、
いつもながら作者の切り口は鮮やかです。

近衛文麿や東条英機、松岡洋右の行動を検証するのに、
当時の若手官僚が敗戦5年後の1950年に居酒屋に集まり、
そこで過去を回想して、
劇中劇として演じるという凝った構成です。
複数の俳優が同じ人物を演じたりもするので、
普通ゴタゴタとして観づらくなるところですが、
若手官僚としてもキャラが立っていて、
役者さんの芝居も非常にくっきりとしているので、
すんなりとその世界を咀嚼出来る点がさすがです。

この辺り、作者と演出、
演者のチームプレイの勝利という感じがします。

後半は戦争拡大を止められなかった責任を悔いて、
静かに死んで行った1人の官僚の死に収斂し、
ラストはもう一度模擬裁判が行われて、
模擬内閣として対米戦を止めるところで終わります。

戦後史の勉強にもなりますし、
工夫されていて面白く観られるお芝居です。

ただ、こうした作品ではいつものことですが、
今の感覚で当時を断罪しているようところがあり、
「戦争自体がより身近なものとして存在していた」
当時の現実をやや無視しているような感じはあります。
1950年を「現在」としている作品なのですから、
登場人物たちにもっと1950年に出来ることを、
模索して欲しかったように個人的には思いました。
確かに1人の官僚の死が描かれますが、
随分と象徴的な描かれ方で、
扱いもやや唐突でこなれていない印象はありました。

また、敗戦が悪ということになると、
勝てば善ということになり、
戦争自体の否定には繋がらないのではないか、
というような疑問も感じました。
また、ラストには世論操作をして、
世間の戦争熱を冷まそう、
というような趣旨の台詞があり、
作者の考える「正義」の一貫性に、
ちょっと揺らぎを感じるような部分もありました。

昭和16年の南部仏印侵攻が仮に中止されたとして、
その時点でドイツと縁を切り、
中華民国と講和交渉をしていたらどうなったのか、
本当に米国との関係は改善した可能性があるのか、
仮想世界としてはその後がどうなったのか、
その後も描いて欲しかったというようにも感じました。

そんな訳で如何にも劇団チョコレートケーキらしい、
力感あふれる知的なお芝居でした。
ただ、最近の作品は以前と比べて、
内容の振り幅は小さく、
観客を選ぶ芝居になっているという点は、
ちょっと残念にも思いました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(5)  コメント(0) 

「マーメイド・イン・パリ」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前午後とも須田医師が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
マーメイド・イン・パリ.jpg
2020年本国公開のフランスのファンタジー映画ですが、
これもハリウッド製の映画が殆ど公開されないので、
急遽引っ張り出されたような感じの地味な1本です。
フランスでも限定的な公開に留まっていたようです。

パリのセーヌ川に稽留された遊覧船を利用した、
バーレスクを上演するバーのオーナーの息子のしがない音楽家が、
バーが経営難で身売りするという時に、
傷ついた世界で最後に残った美しい人魚を助け、
やがて恋に落ちます。

色々な先行作に似ていますが、
一番はアカデミー賞を受賞した「シェイプ・オブ・ウォーター」
に良く似ている映画です。

男女を入れ替えればほぼ同じ話で、
ミュージカル的になる点も似ています。

ただ、ちょっとやり過ぎ感のある「シェイプ・オブ・ウォーター」と比べると、
勿論お金がないという点が大きいと思うのですが、
あまりCGや特殊効果を使用していないので、
レトロな感じでのんびり観ることが出来ます。

最初はちょっとこのセンス駄目かなあ、
と思って観ていたのですが、
途中からバーレスクに取り憑かれた家族の、
その歴史が綴られる辺りがなかなか魅力的で、
レトロなショーも素敵な気分で観ることが出来ました。

非常に人工的でおとぎ話的絵作りなのですが、
それでいてラストの部分では、
入水の場面をとてもリアルな映像で描いていて、
その辺りには演出のセンスを感じます。

ラストもなかなか気が利いていますよね。
稽留された船が海へと向かう辺りは、
さすがフランスのエスプリという感じです。

そんな訳でまあ二線級の映画ではあるのですが、
ほろ苦い大人向けのファンタジーとして、
意外に拾い物の1本です。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(4)  コメント(0) 

南アフリカ変異ウイルスに対するファイザー/ビオンテック社ワクチンの有効性 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
B.1.351変異のワクチン有効性.jpg
the New England Journal of Medicine誌に、
2021年2月17日ウェブ掲載された、
南アの変異株「B.1.351」に対する、
ファイザー/ビオンテック社の新型コロナウイルスワクチンの、
有効性を検証した短報です。

日本でも当該のファイザーetcワクチンの、
先行接種が開始されていますが、
そこで危惧される事項の1つは、
このワクチンが南アの変異株「B.1.351」に対して、
どのくらい有効なのかということです。

先日ご紹介したように、
この南アで流行し、
日本でも既に散発の事例としては報告されている変異ウイルスは、
人間に感染しても中和抗体の産生が弱く、
場合によっては中和抗体が産生されずに何度も感染を繰り返す、
というかなり深刻な性質を持っています。

南アフリカではアストラゼネカ/オックスフォード大による、
アデノウイルスベクターワクチンの接種が行われましたが、
少なくとも軽症から中等症の若年感染事例について、
このワクチンの有効性が全く認められない、
という衝撃的な結果が報告されています。

冷静に考えて、
この変異ウイルスは人間の中和抗体を充分に誘導しない、
つまり人間の免疫が充分な効果を発揮しないのですから、
最終的には人間の免疫により効果を現すワクチンが、
有効に働かないのもまた理の当然です。

ただ、ファイザーetcやモデルナ社のmRNAワクチンについては、
より強力に免疫を誘導する作用がありますから、
一定の有効性はあるのではないか、
という推測もまた成り立つところです。

今回の短報は実験レベルのものですが、
臨床試験で2回のファイザーetcワクチンの接種を受け、
接種後2から4週間で採取された血清における、
南ア型変異ウイルスを含む複数のウイルス抗原に対する、
中和抗体活性を比較しています。

その結果、
通常のウイルス株と比較して、
南ア型変異ウイルス株は中和抗体の活性が、
3分の2程度に減少していました。

それを図示したものがこちらになります。
B.1.351変異のワクチン有効性の図.jpg

モデルナ社のワクチンについても同様の検証が行われていて、
矢張り通常のウイルス株と比較して、
南ア型変異ウイルスでは、
ワクチンで誘導される、
中和抗体活性の低下が認められています。

これは臨床的な有効性を見たものではないので、
何とも言えない部分がありますが、
アストロゼネカ社etcのワクチンほどではないにしても、
先行する2種類のmRNAワクチンの有効性も、
通常のウイルス株と比較すると、
南ア型変異ウイルス株ではかなり劣る可能性が高く、
今後その対策が急務であるように思われます。

今回の新型コロナウイルス感染症の征圧は、
そう簡単なものではないようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(6)  コメント(0) 

マクロライド系抗菌薬の妊娠中使用のリスクについて(2021年デンマーク) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
マクロライドの妊娠中使用リスク2021.jpg
British Medical Journal誌に2021年2月10日ウェブ掲載された、
抗菌剤の妊娠中使用のリスクについての論文です。

妊娠中の抗菌剤の使用にはリスクがありますが、
それでも感染症の時には、
使用が必要となるケースがあります。

そうした時に安全性が比較的確認されている抗菌剤は、
ペニシリン系の抗生物質であることは、
世界的にほぼ一致している事実です。

ただ、ペニシリンには特有の薬疹やアレルギーがあり、
その使用が困難なケースで、
現状多く使用されているのがマクロライド系の抗菌剤です。
エリスロマイシン、クラリスロマイシン、アジスロマイシンが、
その代表になります。

それでは、マクロライド系抗菌剤の、
妊娠中の安全性については、
どのくらいのことが分かっているのでしょうか?

これまでの複数の介入試験やシステマティックレビューの結果として、
マクロライド系抗菌剤の使用が、
妊娠の有無に関わらず、
不整脈のリスクを増加させ、
心疾患に伴う死亡のリスクを増加させる、
という知見が得られています。
このため、アメリカとイギリスにおいて、
心血管疾患のリスクが高い患者さんに、
マクロライドを使用することは警告の扱いとなっています。

妊娠中のマクロライドの使用についての、
最近のシステマティックレビューによると、
その使用により流産のリスクが増加することは、
ほぼ間違いのない事項とされていますが、
それ以外の先天奇形などについては、
明確な結論が得られていません。

2020年の同じBritish Medical Journal誌に掲載された臨床研究では、
イギリスの医療データベースを活用して、
マクロライドもしくはペニシリンの処方を、
妊娠4週から出産までの間に受けた104605名の、
妊娠中の女性とその子供と、
母親が妊娠前にマクロライドもしくはペニシリンを処方された、
82314名の子供、
そしてその兄弟を比較して、
この問題の検証を行っています。

その結果、
お子さんの主な身体奇形のリスクは、
母親が妊娠初期にペニシリンを使用した場合、
新生児1000人当たり17.65件に対して、
母親が妊娠初期にマクロライドを使用した場合には、
新生児1000人当たり27.65件で、
妊娠中のマクロライド使用の、
ペニシリンと比較した新生児の身体奇形発症リスクは、
1.55倍(95%CI:1.19から2.03)有意に増加していました。

マクロライドの妊娠中の使用は、
その全期間において、
新生児の性器奇形のリスクを、
1.58倍(95%CI:1.14から2.19)有意に増加させ、
その多くは尿道下裂の増加でした。

エリスロマイシンの妊娠初期における使用は、
赤ちゃんの主要な身体奇形のリスクを、
ペニシリンと比較して1.50倍(95%CI: 1.13から1.99)、
こちらも有意に増加させていました。

このようにマクロライド系の抗菌剤の妊娠中の使用は、
その時期にかかわらず胎児の発達に一定の影響を与え、
複数の身体奇形のリスクを上昇させるということが、
イギリスのデータからは示されたということになります。

ただ、これはまだ単独の地域におけるデータであり、
マクロライド系抗菌薬が、
実際には世界中で妊娠中の女性にも使用されている実態がある以上、
他の地域の疫学データにおいても、
同様の結論が得られるかどうかはまた別の問題です。

今回の研究は国民総背番号制の取られたデンマークのもので、
1997年から2016年の1192539件の妊娠事例のうち、
妊娠中にマクロライド系抗菌薬が使用された13019例を、
ペニシリンの使用事例と1対1で、
マクロライドの妊娠前の使用事例とも1対1で、
更には抗菌剤が未使用の妊娠事例とは1対4で、
他の条件をマッチングして比較検証しています。

その結果、
マクロライド使用群は、
未使用群、ペニシリン使用群、妊娠前マクロライド使用群の、
いずれとの比較においても、
主な臓器の先天性奇形の発症リスクに、
有意な影響を与えていませんでした。

今回のデンマークでの大規模な検証では、
2020年のイギリスの疫学データとは相反する結果が得られました。

この問題はまだ検証が継続される必要がありそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(5)  コメント(0) 

新型コロナウイルス感染症濃厚接触者の隔離期間と予後 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は別件の仕事で都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
covid-19学校での隔離期間と予後.jpg
JAMA誌に2021年2月19日ウェブ掲載された、
濃厚接触者の隔離期間についてのレターです。

アメリカにおいては、
新型コロナウイルス感染症の患者の濃厚接触者は、
14日間の隔離にて経過をみることが、
現行のCDCの基準においては推奨されています。

一方でこれまでの臨床データからは、
接触から症状出現までの所謂潜伏期は、
成人では4から5日、子供では6から7日となることが多いとされていて、
この知見から接触から9日の時点までには、
多くの感染では遺伝子検査が陽性化することが想定されます。

ここで1つの考えとして、
接触から9日目に一度RT-PCR検査を施行し、
それが陰性であれば10日目からは隔離を解除する、
という方針が成立します。

これは実際に妥当な方法でしょうか?

今回のデータはアメリカ、フロリダ州のアラチュア郡において、
義務教育の学生の感染事例と、
その濃厚接触者のRT-PCR検査を行った事例を解析し、
検査を施行するタイミングと、
適切な隔離期間についての検証を行っています。

この州の規定では、
濃厚接触者は、
同時に感染した可能性のある場合には、
接触後3日の時点で遺伝子検査を施行し、
それ以外は9日目の時点で検査を行い、
9日目の検査が陰性であれば翌日からの登校が許可されています。
ただ、実際には検査の日時は、
10から14日目に遅れることもあるようです。
検査が施行されない場合には、
隔離期間は14日で設定され、
無症状であればその翌日からは登校可能となっています。

2020年8月1日から11月30日の期間において、
257名の学生がRT-PCR検査で陽性と判定されています。
この257名の感染者の濃厚接触者として、
2189名が隔離対象となり、
そのうち134名は接触後3日に、
839名は接触後9から14日後に遺伝子検査を受けています。
3日目に検査を受けた134名のうち、
陽性となったのは10.4%に当たる14名で、
9から14日の間に検査を受けた839名のうち、
陽性となったのは4.8%に当たる40名でした。
9から14日の間に検査を受けて陰性であった799例のうち、
14日を超えて症状が出現して感染が確認されたのは1例のみで、
遺伝子の解析では、
接触した感染事例とは別のウイルス株が同定されました。

要するに、
接触の後9日から14日の間で遺伝子検査を施行し、
その結果が陰性であれば、
その翌日から登校してもほぼ問題はないと判断されます。
例外の1事例も、
別のウイルスの感染が隔離期間中に起こった、
と考えられるからです。
一方で全く検査をせずに9日以降14日未満で隔離を終了すると、
最大で8.2%の学生は感染したまま登校する可能性がある、
ということになります。

このデータを元にして、
接触後9日の時点で遺伝子検査を施行して、
それが陰性で無症状であれば登校を10日目から許可する、
という考え方と、
検査はせず無症状で14日経過すれば翌日から登校を許可する、
という考え方を比較すると、
9日目に検査をして振り分ける方法の方が、
学習期間の損失を少なく出来る、と試算されました。

現状日本においては、
明確に接触からの検査の期日は規定されておらず、
概ね接触5日目以降の検査が保健所では推奨されていて、
検査が陰性であっても、
無症状で14日の隔離期間が設定されています。

この方針が現時点で誤りとは言い切れませんが、
検査の日時や回数を規定することにより、
より短期間での隔離解除を可能にすることは、
濃厚接触者の負担を軽減する点でも有意義なことは間違いなく、
今後の科学的議論を期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(5)  コメント(1) 

井上ひさし「薮原検校」(2021杉原邦生演出版) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
薮原検校.jpg
井上ひさしさんの「薮原検校」が、
新生パルコ劇場のオープニングシリーズの一環として、
木ノ下歌舞伎の杉原邦生さんの演出と、
歌舞伎の市川猿之助丈の出演で上演されています。

この作品は非常に思い入れの強い芝居で、
唐先生の「吸血姫」、佐藤信の「阿部定の犬」、
などと並んで、僕にとっては特別な意味を持つ戯曲です。
なので、もう何度も観ていますし、
戯曲も読んで台詞も殆どは覚えているくらいですが、
それでも上演機会があると、
大したことはないだろうな、
どうせ過去の思い出を汚されるだけだろうな、
などとは思いながらも、
ついつい観に行ってしまいます。

井上ひさしさんの、
これは比較的初期の芝居で、
初演は1973年の西武劇場です。
要するに旧パルコ劇場ですね。
当時はアングラの全盛期で新劇は肩身の狭い感じであったのですが、
アングラ芝居のエッセンスや歌舞伎のエッセンスを取り込んで、
新劇ながらアングラに負けない面白さを持つお芝居、
を目指して作られたものです。

井上ひさしさんのお芝居としては、
暗黒時代劇として完成度の高いもので、
木村光一さんの演出がまた、
アングラへの憧憬に満ちた力の入ったものでした。

僕が最初に観たのは1979年の紀伊國屋ホールで、
高橋長英さんがタイトルロールを演じ、
財津一郎さんや金内喜久夫さんも初演と同じキャストでした。

これは最初から最後まで興奮の連続で、
最後に巨大にデフォルメされた薮原検校の人形が、
舞台上に高々と吊り上げられ、
それが切断される場面の衝撃は、
今でも鮮烈に記憶しています。
これは実際にはアングラのパロディ的なもので、
その物真似的なものでもあったのですが、
僕にとってはこれがアングラ初体験と言って良いものだったので、
素直にその演出や手法の全てに感動し興奮したのです。

その後この作品は木村光一演出の傑作として、
再演を繰り返しましたが、
次第に経年劣化といって良い状態となりました。
1990年代に一度再演を観ましたが、
これは酷くて本当にガッカリしました。

それから蜷川幸雄さんがシアターコクーンで、
蜷川流の「薮原検校」を上演しました。
主役は古田新太さんでした。
この上演は確かに新鮮なところはあったのですが、
古典の語り物をパロディで語る場面などは、
古田さんの藝質には合っていませんでした。

その後2012年に野村萬斎さんが主役を演じた上演があり、
これは木村演出を意識した上で、
その上を狙った意欲的な上演で、
「薮原検校復活」を強く感じた素敵な舞台でした。
語り手の盲太夫には浅野和之さんで、
塙保己一役には小日向文世さんというキャストも強力で、
初演のトリオに匹敵するものでした。
この演出は再演もされましたが、
浅野和之さんが出たのは初演のみだったので、
再演はかなりボルテージは低いものになりました。

そして今回の上演は、
歌舞伎に造詣の深い杉原邦生さんの演出で、
歌舞伎の市川猿之助丈が主役を演じるというもので、
何を今更、という感じもあったのですが、
どんなものだろうと思って出掛けました。

これね、ニューヨークの裏町みたいなセットが外枠にあるので、
何か嫌だなあ、という気分になったのですが、
始まってみると意外にオーソドックスな演出でした。

最初に「緑内障」を「あおそこひ」と言う台詞があるのですが、
これを「りょくないしょう」と読んでいました。
「こんなことしちゃ駄目じゃん」と思ったのですが、
語り手は川平慈英で、
どうやら語り手は現代人で、
過去の物語を語るという趣向にしているようなのですね。
それでも如何なものかな、という気はしましたが、
意図はまあ分かりました。

この芝居は多くの役を6人の役者が、
代わる代わる演じるという趣向で、
どの役は誰、という指定は何もないのですね。
原作にはキャストは6人と書いてありますが、
今回の上演では6人以上出演しているので、
まあ何でもありなのです。
上演によってその割り振りが違うのですが、
今回は三宅健さんが出演するので、
通常より多くの役柄を、
三宅さんに割り振っています。
頑張っていましたが、
塙保己一役を三宅さんがやるのは、
猿之助丈より明らかに若く見えるので、
失敗であったように思います。
松雪泰子さんは抜群に良かったですね。
とてもとても良い舞台役者になったと思います。

演出は…うーん。
もっと工夫が欲しかったようには感じました。
ラストは木村演出のように人形を吊して切断するのですが、
リアルな大きさのマネキンみたいな人形なので、
あまりショッキングではなく詰まらないのですね。
これは原作には「人形を使う」なんて何処にも書いてはいないので、
もっと別の演出を、
せっかくだから見せて欲しかったと思いました。
また、誰がどの役をやってもいいのですから、
猿之助丈が早変わりで数役を演じてもいいと思いますし、
もっと盛り上げる部分は盛り上げて欲しかったですね。
せっかくだからもっと歌舞伎に振り切ったバージョンを、
見せて欲しかったと思いました。
出自の全く違う役者のぶつかり合いを見せたかったんだと思いますが、
結果的には猿之助丈が力押しに押しきって、
松雪泰子さん以外は一歩引いた感じになってしまいましたよね。
これではバランス的に詰まらないなと感じました。

トータルに、
これまでのこの作品の演出を、
特に木村演出を変えたかったのか変えたくなかったのか、
よく分からないという感じの上演で、
やや中途半端に終わった、という感じがありました。

「薮原検校」は僕の最愛の戯曲の1つには間違いがないのですが、
今回改めて見なおして、
さすがに古くなったな、とも感じました。
初演当時はとても衝撃的で斬新であった作品のテーマが、
今は矢張り色あせて感じます。
現代のように過去の考えや文化を全否定しても平気、
という世の中では、
時代を超えて残る作品というのは、
不可能に近いものなのかも知れません。

切ないですね。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
nice!(5)  コメント(0) 

高齢者の糖尿病予備群の予後について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
前糖尿病と糖尿病への進展.jpg
JAMA Internal Medicine誌に、
2021年2月8日ウェブ掲載された、
高齢者の糖尿病予備群の予後についての論文です。

糖尿病の診断基準は、
空腹時血糖が126mg/dL以上かHbA1cが6.5%以上が、
複数回認められることとされていますが、
これはある意味人間が勝手に作った線引きで、
正常と糖尿病との間に、
グレーゾーンとも言える領域があります。
これは血糖を正常に保つ身体の仕組みには異常があるものの、
糖尿病の基準は満たしていない、
という領域のことを示しています。

このグレーゾーンを境界型糖尿病とか糖尿病予備群、
前糖尿病などと呼んでいます。
このグレーゾーンの定義については複数の基準があり、
必ずしも1つに定まっていませんが、
上記文献においては、
空腹時血糖値が100から125mg/dL、
HbA1cが5.7から6.4%をその指標としています。

糖尿病予備群は糖尿病の危険因子と考えられています。
そのため糖尿病予備群と健診などで診断されれば、
その後は定期的な検査を行うとともに、
生活改善などの指導が必要だと考えられています。

しかし、これは全ての年齢で成立することでしょうか?

年齢と共に、特に病気のない人でも血糖値は上昇します。

上記文献の記載によると、
アメリカでは65才以上の25%が糖尿病で、
50%以上が予備群であるという推計もあるようです。

この50%の全てが糖尿病になる訳ではありません。
しかし、経過の中でそのうちのどのくらいの人数が、
治療を要する糖尿病に進行するのかは、
これまでに精度の高いデータが存在していませんでした。

そこで今回の研究ではアメリカにおいて、
動脈硬化の進行についての疫学研究のデータを活用し、
登録の時点で糖尿病のない一般住民、
3412名を71歳以上の時点から、
6.5年に渡る経過観察を行っています。

その結果、
観察期間中にそのうちの156名が、
新規に糖尿病を診断されています。
HbA1cが5.7から6.4%という基準を用いると、
糖尿病予備群は1490名(44%)認められていて、
そのうちの9%に当たる97名が糖尿病を発症し、
13%に当たる148名は正常レベルに低下し、
19%に当たる207名は死亡していました。

一方で空腹時血糖が100から125mg/dLという基準を用いると、
糖尿病予備群は1996名(59%)に認められていて、
そのうちの8%に当たる112名が糖尿病を発症し、
44%に当たる647名は正常レベルに低下し、
16%に当たる236名が死亡していました。

このように基準を何にするかによっても、
糖尿病予備群の比率には違いが生じ、
いずれの指標を用いるにしても、
糖尿病に経過の中で進行する事例はそれほど多くはなく、
むしろ耐糖能は正常化する可能性の方が高い、
ということが分かりました。
また、少なからずの人数が、
観察期間中に死亡していることも併せて考えると、
少なくとも70歳以上の高齢者の糖尿病予備群を、
糖尿病のリスクが高いとして診断し観察する必要性は、
あまり高いものではない、
とそう考えることが適切であるようです。

この結果は肥満の多いアメリカのもので、
そのまま日本に適応可能とは言えませんが、
日本においてもこうした調査が行われることによって、
高齢者の耐糖能異常の位置づけが、
より科学的に明確になることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(5)  コメント(0) 

「ファーストラヴ」(堤幸彦監督映画版) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ファーストラヴ.jpg
島本理生さんのベストセラーで直木賞受賞作を、
堤幸彦監督が映画化しました。
2020年にはNHKでドラマ化もされています。
ヒロインの臨床心理士に北川景子さん、
かつての恋人の弁護士に中村倫也さん、
父親殺しの容疑者の少女に芳根京子さん、
ヒロインの夫に窪塚洋介さんという、
イメージ通りと言って良い豪華なキャストです。

島本さんの原作は読んでいます。
語り口の心地よさが独特で、
会話も読んでいる分にはとても自然でリズミカルなのですが、
いざ映像化すると、
何か不自然で人工的できれい事の感じに思えるのが不思議で、
これまでに「ナラタージュ」と「RED」の映画版を観ましたが、
どちらも原作の魅力を十全に伝えているとは、
言い難いような作品でした。

出来不出来が激しいのが難点ですが、
技巧派で職人肌でもある堤監督が、
この島本ワールドをどのように映像化するのかに興味がありました。

結果としてはとてもシンプルでオーソドックス、
物語をそのまま伝えることに力点を置いた、
とても穏当な仕上がりでした。
ほぼほぼ趣味的な遊びもありません。

内容もほぼ原作通りですが、
原作では子供のいるヒロインに子供がいない設定になっていて、
これはNHKのドラマでもそうでしたから、
原作者の希望だったのかな、とも思いました。
また、ヒロインの母親との断絶が、
1つの大きなテーマでもあったのですが、
その点はあまり映画では踏み込んで描かれていません。

これね、映画を観てから原作を読み返してみると、
相当怖い話なんですよね。
これまであった、なあなあの人間関係や家族関係を、
全て否定しているんですね。
ヒロインは母親にも父親にも一点の愛情すら持っていなくて、
自分の夫との信頼だけで生きているんですね。
でもそういうあり方の方が、
共感されるのが今の世の中なんですね。
だから、他人のちょっとした過ちにも、
徹底して糾弾するんですね。
特に古い価値観に基づいた行動や言動を、
絶対に許さないんですね。
でももしそうだと、
上下の世代の交流というのは、
基本的はもうなくなりますよね。
価値観の違うものを強引に結びつけるのが、
それこそ家族でそれが集合したものが社会でしょ。
それはもう存在しなくなる、ということですよね。

怖いですね。

それともう1つ、この作品は性的虐待の問題を扱っているんですが、
2人のお互いの考えと意識とが、
深い部分で完全に一致した時のみが許される状態で、
1人が「いいよ」と言っていても、
実際には「嫌だな」と思っていれば、
それはもう全て虐待だ、という考え方なんですね。
要するにこの基準だと性交渉は殆どが虐待なんですね。
これも怖いですよね。
島本さんは人間同士の交流と言えるものを、
徹底して追求して、
その殆どは「虐待」だと断罪しているんですね。

そこには寛容とか「大目に見る」という感覚が一切なくて、
全てが後戻りは出来ないものなのです。

怖いなあ、と思うのですが、
でも今の若い人の感覚は多分そうしたものなのだと思いますし、
社会ももうそうした方向に向かっているのですね。
それはそうしたものとして、
どうにかこうにか必死で生きていかないと、
いけないのだと思います。

さて、そうした問題作のこの作品ですが、
体裁はミステリーの雰囲気があり、
法廷で父親殺しの真相が明らかになる、という展開になります。
ただ、その真相は結構脱力しますね。
ミステリー畑の作者ではないので仕方がないのだと思いますが、
もう少しミステリー的仕掛けが、
若干でもあると良かった、というようには感じました。

キャストは概ね熱演で、
特に中村倫也さんは良かったと思います。
北川景子さんは前半は徹底した「棒読み」の芝居で、
それが徐々に変貌して、
感情を爆発させる部分では、
あまりこれまで見たことのなかった表情を見せます。
これはもう監督の演出であり狙いだと感じました。
ただ、正直もう少し上手い人の方が、
この役には良かったかな、と思うのと、
大学生の場面はかなり厳しい感じがありました。

総じて問題作を無難に仕上げた、
という感じの映画版で、
映画を観られて興味の沸いた方には、
是非原作も一読をお勧めします。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
nice!(5)  コメント(0) 

「哀愁しんでれら」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が、
午後2時以降は石原が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
哀愁しんでれら.jpg
2016年のクリエーター発掘コンテストのグランプリ企画を、
映像化したオリジナルのサスペンスです。

土屋太鳳さん演じる児童相談所に勤める女性が、
ひょんなことからバツイチで子持ちの開業医の男性に巡り会い、
とんとん拍子で結婚するのですが、
男性も子供も大きな闇を抱えていて、
ラストにはとんでもない惨劇が待っています。

湊かなえさん原作の「告白」の映画みたいな感じですね。
原色の色彩を活かした様式的な演出もそうですし、
徹底して人間の嫌な部分をクローズアップして、
非現実的な犯罪に強引に落とし込む感じも一緒です。
シンデレラと青髯の物語を絡めて、
ラストは嫌ミスの世界に着地する、という趣向です。

ただ「告白」と比較しても、
ラストへの段取りがかなり唐突で、
悪趣味度が強いようには感じます。
自分達だけの幸せを追求するという家族3人の思いが、
最終的に3人だけの世界を作る、
という共通のハッピーエンドに至るというロジックだと思いますが、
その最後の決断の部分に、
説得力がないのが一番の問題のように思います。

キャストでは闇を抱えた娘を演じたCOCOさんが、
抜群の怪演で素晴らしく、
土屋太鳳さんも振り切れた芝居で、
そのちょっと苛つく感じが、
役柄に説得力を持たせていました。
田中圭さんはやや意外性を狙ったキャスティングと思いますが、
冬彦さんキャラはちょっと違和感があり、
その演技も基本的には今まで通りなので、
その闇を感じにくいというきらいはあったと思います。

総じて悪くはないのですが、
モンスター的家族と、
人間の負の部分をこれでもかと描くような作風は、
今の世の中にはちょっと周回遅れの感じがあって、
ラストは衝撃的というより、
不快なだけに感じる方も多そうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(2)  コメント(0) 

新型コロナウイルス感染症に対する抗凝固療法の有効性 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
COVID-19と抗凝固療法.jpg
British Medical Journal誌に2021年2月11日ウェブ掲載された、
新型コロナウイルス感染症の入院事例に対する、
積極的な抗凝固療法の効果についての論文です。

新型コロナウイルス感染症の重症事例では、
肺炎以外にも多くの全身の合併症があり、
中でも注目されているものの1つが、
全身の凝固系の異常による血栓症の発症です。
たとえば静脈血栓症については、
集中治療を要した新型コロナウイルス感染症の入院事例のうち、
約3割に認められたという報告もあります。
血栓症が生命予後に影響を与える事例も多いことより、
臨床においてはヘパリンなどによる、
抗凝固療法が施行されることも多くなっています。

この抗凝固療法の有効性は、
小規模の臨床データでは認められていますが、
精度の高い大規模データは存在していません。

そこで今回の研究では、
アメリカの退役軍人省の健康保険データを活用して、
新型コロナウイルス感染症の入院事例における、
抗凝固療法の予後に与える影響を検証しています。

対象は4297名の新型コロナウイルス感染症の入院事例で、
このうち84.4%に当たる3627名は、
入院から24時間以内に抗凝固療法が開始されていました。
使用されていた薬剤はヘパリンとエノキサバンが殆どでした。
治療開始後30日の時点での死亡率は、
抗凝固療法群が14.3%に対して、
未使用群は18.7%で、
抗凝固療法の使用により、
30日後の時点の死亡リスクは、
27%(95%CI: 0.66から0.81)有意に低下していました。
抗凝固療法の合併症については、
その施行により輸血を要するような出血系合併症の、
有意な増加は認められませんでした。

これは症例を登録して経過をみるような試験ではないので、
精度的にはそれほど高いものではありませんが、
かなり大規模な検証が行われており、
抗凝固療法が患者さんの生命予後改善に、
一定の効果があったという報告は意義のあるもので、
今後のより精度の高い検証に期待をしたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(4)  コメント(0)