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シベリア少女鉄道「メモリーXメモリー」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
メモリー×メモリー.jpg
先日までシベリア少女鉄道の新作公演が、
青山の草月ホールで上演されました。

ちょっと寺山修司の天井桟敷を思わせるような、
演劇の枠組みを超えて大胆な仕掛けのある作品作りと、
徹底したオタク趣味で異色の存在でしたが、
初期はかなり「演劇」の部分が稚拙で、
後半の仕掛けが始まるまでが、
もたない、という感じもありました。

休止期間を経て復活してからは、
主宰の土屋さんがアイドルの舞台を手がけるなど、
メジャーな仕事もするようになっって、
作品にプロの視点が加わり、
客演した俳優さんが定着するようになると、
「演劇」としてのレベルが格段に高くなり、
仕掛け前の部分も立派に演劇として鑑賞可能になって、
作品のトータルな質も格段に高くなりました。

ただ、最近の作品はほぼ全てが、
「演劇を成立させようとする力と壊そうとする力との戦い」
というテーマの繰り返しになり、
その枠組み自体を否定したり、
根底から改変するような部分は、
殆どなくなるようになりました。

再演もされた代表作の1つ、
「遙か遠く同じ空の下で君に送る声援」の、
恋愛物語がレースになる部分の衝撃、
「残酷な神が支配する」でのアントニオ猪木の登場の異常さ、
舞台が高速回転して世界が終わってしまうという虚無感、
「永遠かも知れない」での永遠という哲学的テーゼを、
終わらない漫才で成立させようという力技、
こうしたかつての世界が崩壊するときの衝撃のようなものは、
今の「シベリア少女鉄道」にはありません。

それが昔からのファンにとっては、
物足りない部分ではあります。

今回の作品に関しては、
演劇を支配しようとする役者同士の戦いの中、
後半で「観客」という存在が乱入し、
それを超えた存在として、
最後に「アイドル」が降臨する、
という部分に土屋イズムの真価を見た、
という感じはありました。

ただ、若干残念なのは、
最後に降臨するアイドルに、
有無を言わさぬ説得力がなかったことで、
ここは演出も全力を集中させて、
もっと力技を成立させて欲しかったと感じました。

そんな訳で僕の希望とは、
少しずれた進化をしている「シベ少」ですが、
それでも大好きな劇団であることには変わりなく、
今後も上演が続く限り足を運びたいと思っています。

頑張って下さい!

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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