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「スパイの妻」(黒沢清監督) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前午後とも石原が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
スパイの妻.jpg
黒沢清監督の新作が今ロードショー公開されています。

厳密に言えばNHKのドラマの映画仕様、
ということのようですが、
黒沢監督は大好きなのでこれはもう見逃せないと、
映画館に向かいました。

黒沢監督は以前から、
テレビドラマとして先行して、
その後劇場公開、というような作品が、
比較的多いですね。
それがいずれも評価が高い、
というところも特徴です。

1940年を舞台として、
高橋一生さん演じる謎めいた貿易商と、
蒼井優さん演じるその妻が、
ある軍の機密を巡って心理戦を演じるという物語。

黒沢監督としては異質な感じもする素材ですが、
監督自身の言葉などを読むと、
これまではあまり扱わなかったテーマに、
敢えて取り組んでみたかった、
ということのようです。

この素材をこうした映画にすることには、
ちょっと疑問に思うところもあるのですが、
映像としては凝りに凝っていて、
黒沢監督の技巧的な世界を、
存分に味わうことが出来ます。

今回はフリッツ・ラングのような、
第二次大戦前後のスパイ映画の様式を、
なぞっているような感じがあります。
台詞は今の映画としては時代色を上手く出していて、
擬古典というようなスタイルです。
ちょっと森田芳光監督の「それから」を思い浮かべました。

高橋一生さん、蒼井優さん、いずれも、
かなり充実した熱演で見応えがあります。
2人の幼馴染の憲兵役の東出昌大さんを含めて、
いずれも底の知れない、
得体の知れない役者が3人揃ったという感じです。

そんな訳で素材の扱いを除けば、
黒沢監督の映画技巧が堪能出来る作品で、
その陰影豊かな映像美を含めて、
大きなスクリーンで体感する意義のある映画だと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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新型コロナウイルス感染症の液性免疫(アイスランドの疫学データ) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療や産業医活動には廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
アイスランドの抗体測定.jpg
the New England Journal of Medicine誌に2020年9月1日ウェブ掲載された、
新型コロナウイルス感染症罹患後の抗体価の推移を検証した、
アイスランドの疫学データをまとめた論文です。

ウイルス感染症の回復期には、
通常IgG分画に属する抗体価が上昇し、
ウイルスの抗原に結合してそれを中和する性質を持っているので、
その抗体が一定レベル以上に保たれている間は、
同じウイルスの感染が発症することはありません。

ただ、そのウイルスによって、
感染防御抗体が維持される期間は様々です。

新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の場合、
当初は抗体価が上昇すれば、
それは1年くらいは維持されて、
再感染は予防されると考えられていました。

しかし、その後の検証では、
抗体は一旦上昇しても、
2ヶ月程度で陰性化することが、
決して稀ではないということが報告されるなどして、
その意義も含めて抗体についての議論は、
混沌とした状況になっています。

今回の検証はアイスランドにおいて、
30576名の住民の血液中の新型コロナウイルス感染に対する抗体価を、
ウイルス抗原に反応する全てのIgG抗体の測定系2種を含めて、
6種類の測定法で測定し、
その経過を検証しています。
このうち1237名の2102検体は、
遺伝子検査にて新型コロナウイルス感染症と診断されてから、
4ヶ月までに測定され、
感染の濃厚接触者4222名と、
感染者との接触歴のない23452名が含まれています。

その結果、
新型コロナウイルス感染症から回復した1215名のうち、
91.1%に当たる1107名で複数の測定法において抗体価は陽性化していて、
その抗体価は少なくとも4ヶ月はそのまま維持されていました。
濃厚接触者での測定では、
全体の2.3%で抗体価は陽性化していて、
接触歴のない集団での陽性率は0.3%でした。
ここからの推計として、
アイスランドにおいては全人口の0.9%が、
新型コロナウイルスに感染しており、
致死率は0.3%と算出されました。
アイスランドにおいては、
新型コロナウイルス感染者の56%が遺伝子検査で診断されていて、
14%は濃厚接触者で診断には至らず、
30%は接触歴がなく検査も未実施の感染者と推測されました。

このように、
大規模な住民レベルの検証において、
抗体の陽性率は0.9%と低く、
一旦陽性となった抗体は、
少なくとも4ヶ月は維持されることが、
複数の測定系を用いた検証により確認されました。

こうした検証は世界の各地域で行われていますが、
必ずしも一致した傾向を示しているとは言い難く、
今後知見が積み重ねられることにより、
より普遍的な知見が得られることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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認知機能低下と睡眠時間 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
認知機能低下と睡眠時間.jpg
JAMA Network Open誌に、
2020年9月21日ウェブ掲載された、
認知機能低下と睡眠時間についての論文です。

睡眠と認知症との関連についてはこれまでにも多くの報告があります。

昼間の眠気や居眠りについては、
認知症のリスクや認知機能低下のリスクと、
関連があるという報告が複数あり、
これは脳の覚醒機能の低下によるものと考えられています。

睡眠時間と認知機能との関連についても複数の報告がありますが、
睡眠時間が長い方が認知機能の低下と関連がある、
と言う報告がある一方で、
睡眠時間と認知機能との間には関連はない、
という報告もあってその見解は割れています。

2017年のNeuroapidemiology誌に掲載されたメタ解析では、
20の疫学研究における、
トータルで53942名(平均年齢66.9歳)のデータをまとめて解析した結果、
7から8時間未満という平均の睡眠時間と比較して、
8時間から10時間以上という長時間の睡眠は、
認知機能低下のリスクを1.42倍(95%CI:1.27から1.59)、
軽度認知機能障害のリスクを1.38倍(95%CI;1.23から1.56)、
認知症のリスクを1.42倍(95%CI:1.15から1.77)、
それぞれ有意に増加させていました。

これは睡眠時間が長い方が、
認知症のその後の発症リスクは高い、
という結果です。

日本の代表的な疫学データの1つである、
九州の久山町研究のデータの解析では、
登録の時点で60歳以上で認知症のない、
トータル1517名の一般住民を対象として、
中央値で8.8年間の経過観察を行い、
睡眠時間と認知症の発症、および生命予後との関連を検証。
その結果、睡眠時間が5時間未満と少なくても、
10時間以上と多くても、
いずれも認知症のリスクも総死亡のリスクも、
有意に増加していました。

今回の研究はイギリスと中国の2つの大規模疫学データを、
まとめて解析したもので、
トータルで20065名を長期間経過観察した結果、
1日7時間の睡眠時間を基準とした時、
4時間以下と短くても、10時間以上と長くても、
いずれも認知機能低下のリスクは高くなっていました。

これは久山町研究と一致する結果です。

ただ、これはそうした睡眠の習慣自体がリスクであるのか、
それとも睡眠時間を短くしたり長くしたりするような、
病気や薬などの影響がそうした結果をもたらしているのか、
そうした点は分からない、ということには注意が必要です。

また今回の睡眠時間のデータは、
あくまで本人の申告によるものですが、
眠れない、と主張する人に限って、
実際には意外に多く寝ている、
というようなことも経験しているので、
それをそのまま鵜呑みにしてデータ化することにも、
問題はあるように思います。

いずれにしても、
レビー小体型認知症における、
レム睡眠行動異常(夜に夢を見て実際に暴れたりする)は、
認知症に先行にしてかなり早い時期から出現している、
という知見もありますし、
認知症と睡眠というものは、
かなり関連の深いものであることは確かなようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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新型コロナウイルス感染症の集団免疫 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後はインフルエンザワクチン接種などで都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
コロナウイルスの集団免疫.jpg
JAMA誌に2020年10月19日ウェブ掲載された、
新型コロナウイルス感染症の集団免疫についての解説記事です。

新型コロナウイルスに限らず、
全ての感染症はある集団において、
一定の比率以上の人が免疫を獲得している状態では、
少なくともクラスターと呼ばれるような、
大規模な感染を起こすことはありません。

これを極端な言い方で言えば、
「感染症を集束させるには、みんなで罹ってしまえばいいのだ」
ということになります。

確かにそれが殆どの人で軽く終わる病気であり、
感染力もそれほど強くないと仮定すれば、
それも一理ある考え方であるということは言えます。

ワクチンというのは主にその目的のために接種するものです。
病原体を弱めたり、その一部分のみを使用したりすることにより、
その感染症の症状を強く発現することなく、
免疫を獲得することを目的とした予防法です。
これは端的に言えば、
「その病気に軽く罹る」ということを、
科学的に達成しようとしたものです。

新型コロナウイルス感染症が、
欧米で急激な感染拡大を示した時期に、
感染拡大を防ぐのではなく、
健常な人はむしろ積極的に接触を繰り返して、
集団の抗体保有率を高めれば、
結果として集団免疫が成立して感染は集束する、
という考え方が一部で広がり、
スウェーデンではそれに似た試みが、
国家レベルで行われましたが、
現状では通常に近い感染対策に変更されているようです。

集団免疫が成立するかどうかは、
その病気の感染の広がりの強さで決まります。
その指標として通常使用されるのが、
それは基礎再生産数(R0)という指標です。

R0というのは、
その時点で1人の患者が何人に感染を広げるのかを、
示す数値です。

新型コロナウイルス感染症のR0は、
これまでのところ2から3と推測されています。

この数値が1を上回っている限り感染は拡大します。

従って、感染を封じ込めるためには、
感染者を隔離するなどして、
この数値を1に近づけ、それより低下させる、
という必要がある訳です。

ここで集団免疫により感染を集束させるためには、
人口の50から67%が感染して免疫を獲得しないといけない、
と計算されます。

これをアメリカの例で考えると、
現状の抗体保有率はまだ10%に満たないため、
それを約60%にするためには、
今後数十万人以上の追加死亡を発生させないと、
達成は出来ないということになります。
これはどう考えても現実的な対策とは言えません。

当面集団免疫という考え方は、
現実的な感染集束法とは言えませんが、
今後ワクチンが使用可能となった場合には、
その有効性の1つの指標として、
議論されるようになるかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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ウコン抽出物の膝関節症への効果(2020年介入試験) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
ウコンの関節炎への効果.jpg
Annals of Internal Medicine誌に2020年9月15日ウェブ掲載された、
ウコン抽出物による膝の痛みの緩和効果についての論文です。

ウコン(ターメリック)はショウガの仲間の多年草で、
その根が香辛料として、
カレーなどに広く使用されています。
その黄色い色素の成分であるポリフェノールのクルクミンは、
抗炎症作用や抗酸化作用などが報告されています。

このウコンの持つ抗炎症作用が、
変形性関節症に伴う膝の痛みに有効であるとする報告が、
これまでに幾つかあります。

2014年にJournal of Orthopaedic Science誌に掲載された、
日本の研究グループの報告では、
ウコンの成分であるクルクミンの吸収を高めた製剤を用いて、
変形性膝関節症の患者に8週間用いたところ、
膝の痛みは偽薬と比較して有意に改善していました。

今回の研究はオーストラリアの単独施設のもので、
滑膜炎を伴う変形性膝関節炎の患者70名を、
患者にも主治医にも分からないようにくじ引きで2つの群に分けると、
一方はウコンの抽出物を使用し、
もう一方は偽薬を使用して、
12週間の経過観察を行っています。

その結果、膝の痛みには有意な改善が認められましたが、
MRIで確認された滑膜炎の所見には、
明確な差は認められませんでした。

このように今回のほぼ初めてのアジア以外の検証において、
ウコンには膝関節の痛みに対する有効性が認められました。

通常使用される消炎鎮痛剤には、
連用で腎障害や消化管障害などのリスクがありますから、
そうした副作用のほぼないウコンの使用は、
今後有用な選択肢となるかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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新型コロナウイルス防御におけるマスクの効果(実際のウイルスとマネキンを用いた実験) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
マスクの有効性マネキン.jpg
mSphere誌に2020年10月21日ウェブ掲載された、
新型コロナウイルス感染症の予防としての、
マスクの有効性を検証した論文です。

同種の論文は他にも多くあり、
ブログでも何度かご紹介しています。

今回の論文のポイントは、
本物の新型コロナウイルス自体を使用し、
マネキンにマスクを装着して、
人口呼吸器から放出されるウイルス粒子を、
どれだけマスクでブロック出来るのかを検証している、
という点にあります。
実際のウイルス粒子を用いたこうした実験は、
上記文献の著者らによれば今回が初めてです。

東京大学医科学研究所の研究者らによるもので、
メディアでも報道がされました。
詳細については東京医科学研究所のサイトもご覧下さい。
こちらです。
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/about/press/page_00042.html

マスクが「新しい日常」においては、
必須の感染対策の柱であることは、
今では世界中で認識されています。

ただ、その感染防御効果は実験法によっても違いがあり、
必ずしも一致した結論が得られているという訳ではありません。

これまでの実験では、
主に生理食塩水を噴霧するような検証でしたが、
今回は感染対策の取られた施設において、
実際の新型コロナウイルス(SARS-CoV)を飛沫にして、
実際の呼気と同じようにマネキンの口から噴霧し、
それがマネキンに装着した各種のマスクによって、
どれだけ予防可能かを比較検証しています。

その結果、
エアロゾル中のウイルス粒子は、
距離が1メートル離れていても、
マネキンに付着が認められていて、
距離は1メートル離れていても、
感染者のウイルス排出量が多ければ、
感染リスクはあることが確認されました。

感染していない側がマスクを装着した場合、
コットンの布マスクではウイルスの取り込みを、
20から40%抑制していました。
N95マスクではウイルスの取り込みは、
80から90%抑制されていました。
ただ、N95マスクをテープで固定して使用しても、
完全にウイルスの取り込みを阻止することは出来ませんでした。

一方で感染者の側がマスクを装着した場合、
コットンのマスクやサージカルマスクで50%の、
ウイルス排出抑制効果が認められ、
N95マスクではより高い効果が確認されました。

こうした知見はほぼ、
これまでの同種の試験と一致しているもので、
マスクの性能は布マスク、サージカルマスク、N95マスク、
という順で高まりますが、
より感染者がマスクをした場合に、
その有効性は高くなっていました。
ただ、お互いにマスクをしていても、
ウイルスの侵入を完全に阻止することは出来ず、
感染リスクを完全にゼロにすることは出来ませんでした。

今回の実験は本物のウイルスを使用している、
という点では実際の感染に近い条件を再現していますが、
ウイルスがマスクから侵入することが、
そのまま感染が成立することではありませんから、
この結果が実際の感染予防効果と、
常に一致するとは限らないことは、
注意の上結果を考える必要があります。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「星の子」(2020年映画版) [映画]

こんにちは。
北品川クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
星の子.jpg
2017年に刊行された今村夏子さんの同題の小説が、
大森立嗣監督の脚本、演出、
芦田愛菜さんの主演で映画化されました。

本年10月9日の公開ですが、
「鬼滅の刃」と重なるという不運もあり、
多くの映画館では10月29日には終了となるようです。

僕の行った時も客席は閑散としていました。

ただ、打ち切りは「鬼滅」のせいではないですね。
「ミッドナイトスワン」は頑張ってますもんね。
正直僕も観て、これは大失敗、と感じました。

原作は評判になっただけあって、
なかなかいいんですよね。
西加奈子さんにも似たスタイル。
新興宗教にのめり込んでどんどん貧しくなってゆく家族を、
その娘の視点から描くという発想が冴えていますね。
周囲の世界はその娘を被害者と考えていて、
家族から娘を引き離そうとするのですが、
本人は自分のことを不幸とは感じていないし、
両親のことも好きなんですね。
新興宗教が登場して、
それを善悪どちらとして位置づけてもいないので、
読者によって読み取り方が異なるのですが、
作者の言葉などを読むと、
明確に「虐待」の話だと話しているので、
「何故明らかに虐待されている子供が、
自分の意思で家族にとどまっているのか」
という問題に切り込んだ作品なのです。

映画は原作を比較的忠実に映像化しています。
ただ、意図的なのかどうか、
原作にはあって映画で曖昧にされている部分が幾つかあって、
それが結構大事な設定なので、
お話が分かりにくくなっています。

主人公の少女は、
小学生の時に「ターミネーター2」を見て、
ジョン・コナー役の俳優が好きになるんですね。
でも、映画ではエドワード・ファーロングという名前は出て来るのに、
映画の名前は出てこないので、
分かりにくくなってしまっています。
多分権利の関係で名前が出せなかったのだと思いますが、
それじゃ、意図が伝わらないですよね。

それから、主人公家族の一番の知り合いが、
教団幹部の落合さんで、
その息子がひきこもりのひろみち君なのですが、
映画では落合さんもひろみち君も、
設定自体はあって、ちらりと出て来るのですが、
原作のようには物語に絡みません。
これね、落合さんは裕福なままなのに、
主人公家族は信仰のためにどんどん貧乏になってゆくでしょ。
物語の根幹の部分なのに、
それをおざなりにしたらまずいですよね。
何らか理由があって省略したのだと思いますが、
それなら設定を変えるべきだったのじゃないかしら。
とても疑問です。

主人公の友達の信者の子がいて、
集会にボーイフレンドを連れて来るんですよね。
そのボーイフレンドが選ばれて発言をするところがあって、
小説にはそれが書かれているのですが、
映画ではカットされているんですね。
これも撮影はされている感じなので、
何故なのか分かりません。
大事な場面だと思うのですけどね。

ラストの処理も微妙ですね。
雪山で主人公は両親に囲まれて横になって、
それでいつまでも空を見ているでしょ。
主人公の少女は「もう帰りたい」と言うのですが、
両親は離さないのですね。
客観的に見て「心中」にしか見えないのですね。
そこまでは言い過ぎでも、
「死ぬまで少女はこの家族から離れることが出来ない」
という意味なんですね。
怖いでしょ。
でもその怖さが、映画では全くなかったですよね。
これはもう、明らかな失敗だと思います。

補足するとその前に、
両親と主人公がしばらく離ればなれになるんですね。
これは明らかに意図的なもので、
その間に教団から両親は何かを言われて、
ある決断をして娘を迎えに来たんですね。
それが何なのかは明かされないまま終わるのですが、
この家族はおそらく、
翌日も同じ状態では存在していないのです。

この映画の一番の失敗は、
申し訳ないのですが主役を芦田愛菜さんにやってもらったことですよね。
不幸な少女が不幸に見えないでしょ。
これはもう演技の上手い下手でカヴァー出来る問題ではなく、
芦田愛菜さんのまとったイメージの問題ですよね。
「利発で環境にも恵まれた聡明な少女」
というイメージを、
ある意味意図的にメディアで拡散しているのですから、
それで「虐待されていても家族を離れられない少女」を演じても、
とてもとても実感がわかないですね。

大森監督の演出がまたね、
個人的にはあまり好きではないのですね。
古い日本映画のあまり出来の良くないリメイク、
というような感じでしょ。
古い映画が悪いということではないのですが、
今の映画なのですから、
もっと今ならでは、という表現が欲しいですよね。

そんな訳で失敗作だと思うのですが、
もう上演も長くはありませんし、
ご興味のある方は映画館に足をお運び下さい。
映画を観てちんぷんかんぷんと思われた方は、
原作を是非お読み下さい。
ラスト以外はとても分かり易いです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「朝が来る」(河瀬直美監督映画版) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前午後とも須田医師が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
朝が来る.jpg
独特の絵作りで、
唯一無二の世界を表現し続けている河瀬直美監督が、
ドラマ化もされた辻村深月さんの小説を、
題材とした新作を作り、
今ロードショー公開されています。

不妊治療や特別養子縁組を扱い、
ミステリー色もある原作ですが、
今回の映画版は14歳の少女の転落の道筋を、
極めて鮮烈かつ丁寧に描いて、
奈良、広島、東京の日本を駆け巡る、
如何にも河瀬監督らしい感動作に仕上がっています。

これは河瀬監督としては「あん」以来の、
素直に共感出来る傑作で、
個人的にも「あん」に次いで好きな1本です。

河瀬監督はオリジナルより、
原作ものがいいですね。
河瀬監督の演出スタイルは極めて独特で、
編集も通常とは異なっているので、
オリジナルではその意図を掴むことが、
かなり困難であることが多いのですが、
こうした原作ものでは、
基本的にシンプルな物語が描かれていて、
それが1つの核となっているので、
比較的その世界を理解しやすいのです。

この映画もまあ、
離ればなれになった母子の再開という、
極めてベタなストーリーなのですが、
神話的と言って良いような河瀬流演出によって、
ある種普遍的な人間ドラマとしての輝きを放っています。
もともと扇情的で極私的でドロドロした世界で、
実際深夜ドラマではそんな感じになっていたと思うのですが、
それが何か崇高な輝きを放つのが、
河瀬マジックの面白さです。

音のみの流れるオープニングから、
海の水面と風の表現が続くと、
「ああ、河瀬監督の世界だな」という感じです。
通常の編集とは異なるリズムで、
羽目絵細工のように自然の風景と人間のアップ、
幻想的な都会の情景などが重ね合わされ、
逆光から溶け出した光は、
キスをする2人のアップを、
光の中で融合させます。
役者の台詞はあたかもノンフィクションドラマを思わせますが、
却ってリアリティがないという、
奇妙な感覚を醸成しています。

その個性が往々にして観客の生理を、
置き去りにしてしまうことも多いのですが、
今回はストーリーが明確であるので、
時間のパズルが後半になって、
別の顔を見せ始めるのがとても効果的で、
最後まで観ると、
すぐにもう一度観たいという思いに繋がりました。

キャストは少女役の女優さんが抜群で、
浅田美代子さんの雰囲気もとても素敵です。
かつて大根と呼ばれていたのが、
信じられないような深みのある芝居でした。
永作博美さんは結果的に少し損な役回りですが、
その実力を発揮していたと思います。

そんな訳で河瀬監督としては「あん」以来の、
「通俗的な傑作」で、
監督の特質も良く表れた会心作ではないかと思います。

とてもお勧めですが、
河瀬監督作品が初めてという方は、
その独特の様式に戸惑って、
物語に入り込めないかも知れません。
何作か観ている方であれば、
これはもう文句なくお勧めですし、
「あん」がお好きな方であれば、
絶対の贈り物と言っていいと思います。

いい映画ですよ。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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急性虫垂炎の抗菌剤治療の有効性(2020年アメリカの臨床データ) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
盲腸の治療法と予後.jpg
the New England Journal of Medicine誌に、
2020年10月5日ウェブ掲載された、
急性虫垂炎の初期治療についての論文です。

急性虫垂炎(盲腸)の初期治療は、
以前は手術治療が第一選択でしたが、
抗菌剤の進歩と高解像度のCT検査などによる診断の進歩により、
抗菌剤による治療も第一選択として検討されるようになりました。

近年発表された幾つかの臨床試験において、
抗菌剤治療を第一選択とする治療も、
虫垂を切除する手術治療に遜色のない有効性と安全性とが、
確認されたこともその方針の後押しをしています。

現状ヨーロッパにおいては、
急性虫垂炎の初期治療として、
手術と抗菌剤の治療はほぼ同等の扱いとなっていますが、
アメリカではまだ手術による治療が、
スタンダードである点は変わりがないようです。

今回の研究はアメリカの複数施設で行われたもので、
腹膜炎などの合併症のない急性虫垂炎に対して、
抗菌剤による治療と虫垂切除術の予後を比較検証しています。
これまで除外されていた虫垂結石症も、
対象としている点が特徴で、
ヨーロッパの同種の試験と同じように、
治療後1年までの経過を観察する予定でしたが、
新型コロナウイルス感染症の拡大のため、
90日という短期の結果を確認した時点で終了となっています。

アメリカでは急性虫垂炎の治療は手術が主体ですが、
新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、
手術の実施は困難なケースが増え、
結果として抗菌剤治療の持つ意義が、
大きくなったという側面もあるのです。

対象は穿孔などの合併症のない急性虫垂炎の患者、
トータル1552名で、
アメリカの複数施設で登録され、
その中の414名が虫垂結石症を合併していました。
対象者はくじ引きで2つの群に分けられ、
一方は抗菌剤治療を優先し、
もう一方は手術を優先して、
その後90日までの経過を比較検証しています。

抗菌剤はまず注射として、
エルタペネム(カルバペネム系)かセフォキシチン(第2世代セフェム系)を、
1回のみ使用し、
その後10日間、
メトトニダゾール(フラジール)に加えて、
シプロフロキサチン(ニューキノロン系)もしくは、
セフジニル(第3世代セフェム系)を経口で使用する、
というのがスタンダードで、
それ以外にも幾つかのオプションがあり。
適宜薬剤は状況により変更がされています。

その結果、
30日の時点での臨床的予後には、
抗菌剤使用群と手術群との間で、
明確な差は認められませんでした。

抗菌剤使用群では90日までに、
29%が結果的には手術を施行されていて、
そのうちの41%は虫垂結石症を合併していました。
虫垂炎に伴う合併症は抗菌剤治療群で頻度が高くなっていましたが、
その多くは虫垂結石症に伴うもので、
虫垂結石症の認められないケースでは、
その頻度は手術群と差は見られませんでした。

このようにこれまでで最も大規模で、
かつより重症の事例も含まれた検証において、
抗菌剤による初期治療は、
虫垂切除術と比較して、
短期間の予後に明かな差を認めませんでした。

ただ、病状の悪化や再発などのリスクは、
手術より抗菌剤治療の方が高いことは間違いなく、
特に虫垂結石症のある場合には、
抗菌剤のリスクはより高くなることが想定されました。

この問題はまだ解決されたとは言えませんが、
今後どのような事例に抗菌剤治療を優先させるべきなのか、
より詳細な議論が必要となるようです。

ちなみに日本で虫垂結石の合併は比較的稀とされていて、
アメリカの状況とは異なっている部分があるようです。
おそらくは食生活の影響と思われますが、
詳細は不明です。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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新型コロナウイルス感染症の無症候感染の割合 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
2020-10-19.png
これは査読前の論文を公開している、
medRxivというサイトに2020年10月14日掲載された、
新型コロナウイルス感染症の無症候感染の比率を解析した、
メタ解析の論文です。

内容は読んだ範囲ではしっかりしていると思いますが、
査読は受けていないという点は注意が必要です。

新型コロナウイルス感染症(Covid-19)に、
無症状の感染が多いというのは、
今では広く知られている知見です。

ただ、ウイルスの構造の似通った、
SARSと比較すると、
無症状の感染が多く、
無症状の時期に周囲に感染を広げるリスクが高い、
ということについては間違いがありませんが、
インフルエンザの感染症と比べるとどうか、
というような点については色々な考え方があって、
専門家の間でもその見解は一致はしていません。

ここで問題となるのは、
無症状感染の定義についてです。

たとえば、学生の寮などで集団感染が起こると、
何十人もの寮生の感染が見つかり、
そのほとんどが無症状であった、
というような言い方がされます。

しかし、これは敢くまで、
RT-PCR検査をした時点で無症状であった、
という意味に過ぎません。
症状のある感染者でも、
症状の出る前には無症状で、
検査をすれば陽性になる、
というタイミングが存在しているからです。

本当に意味での無症状感染というのは、
経過をみても全く症状は見られず、
検査のみ陽性になるという事例のみのことなのです。

今回の研究は、
これまでの市中感染の事例をまとめたメタ解析ですが、
経過の中で症状の出現したような事例は排除して、
真の無症状感染の割合を推計しているところが特徴です。

これまでに発表された21の臨床データをまとめて解析した結果、
新型コロナウイルスの感染が無症状のまま経過する頻度は、
23%(95%CI: 16から30)と算出されました。
これを感染の状況毎に分けて検討すると、
家族内感染においては6%(95%CI:0から17)と最も低く、
一方でクラスターではない集団でのスクリーニング検査では、
47%(95%CI:21から75)と最も高率になっていました。
症状のある感染と無症状の感染を比較した時、
そのウイルス量とウイルス検出期間には、
明確な差は認められませんでした。

このように、
トータルに見ると新型コロナウイルスの無症状感染は、
4分の1程度と想定され、
特に濃厚接触が想定されるような集団では、
無症状での感染は少なく、
逆にそれほど感染リスクの高くない集団においては、
その比率は高まる傾向にあるようです。

この問題はまだ不明の部分が多く、
信頼のおけるデータも多くはないので、
これは現状での1つの観測に過ぎないものですが、
今後もこうした検証が積み重ねられることにより、
この感染症の実体が明確になり、
実体の明確でないが故の不安や恐怖が、
低減されることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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