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抗菌剤による大動脈瘤リスク(台湾の疫学データ) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
フルオロキノロンの大動脈瘤リスク.jpg
JAMA Internal Medicine誌に2020年9月8日ウェブ掲載された、
ニューキノロン系と呼ばれる抗菌薬による、
大動脈瘤やその解離のリスクについての論文です。

ニューキノロン系の抗菌剤というのは、
レボフロキサシン(クラビット)、シプロフロキサシン(シプロキサン)、
オフロキサシン(タリビット)、ガレノキサシン(ジェニナック)、
シタフロキサシン(ジェニナック)などがあります。

このタイプの抗菌剤は経口剤が主体で使用が簡便で、
その効果は強力なので、
国内外を問わず広く使用されています。

ただ、このタイプの抗菌剤は、
ペニシリン系の抗生物質と比較すると、
人間の細胞に対する毒性が強く、
神経細胞に対する毒性から痙攣を誘発するなど、
他の抗菌剤にはあまり見られない、
有害事象や副作用の原因となります。

そうしたニューキノロンに特徴的な副作用の1つが、
アキレス腱の炎症やその断裂です。
これは、ニューキノロンの抗菌作用以外の作用に、
その原因があると考えられています。

報告によると、
マトリックス・メタロプロテアーゼという、
コラーゲンなどの膠原繊維を分解する酵素があり、
その酵素を刺激することにより、
腱組織などの炎症に結び付きやすいと想定されています。

一方で大動脈瘤の発生やその解離にも、
このマトリックス・メタプロテアーゼの活性化が、
影響しているという仮説があります。
動脈壁の膠原繊維などの組織が障害されることにより、
動脈壁が脆弱となって、
瘤形成や解離の誘因になると言うのです。

これがもし事実であるとすると、
ニューキノロン系抗菌剤の使用により、
大動脈瘤のリスクが増加したり、
大動脈瘤の解離が進行するという可能性が示唆されます。

実際これまでに幾つかの観察研究で、
大動脈瘤やその解離と、
ニューキノロン系抗菌剤の使用との関連を、
示唆する結果が報告されています。
ただ、あまり精度の高い研究ではなく、
更なる検証の必要性が指摘をされていました。

以前ブログでご紹介したことのある、
2018年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
スウェーデンの大規模疫学データでは、
ニューキノロン系抗菌剤(78%はシプロフロキサシン)の処方と、
その後60日間に起こった大動脈瘤もしくはその解離の、
最初の診断との関連を検証しています。

トータルで360088件のニューキノロン系抗菌剤の処方が、
360088件のペニシリン系抗生物質である、
アモキシシリンの処方事例と比較されています。

その結果…

ニューキノロン系抗菌剤の使用後60日以内の、
大動脈瘤とその解離の診断率は、
年間1000人当たり1.2件であったのに対して、
アモキシシリン使用後では0.7件で、
アモキシシリンと比較してニューキノロン系薬剤では、
大動脈瘤と解離のリスクが1.66倍(95%CI: 1.12から2.46)
有意に高くなっていました。
これは絶対リスクとしては、
100万人に治療をした場合に、
それにより82件の大動脈瘤もしくは解離が発生する、
という頻度と計算されます。
これを大動脈瘤の診断と解離の診断とに分けて解析すると、
大動脈瘤の診断のリスクが1.90倍(95%CI: 1.22から2.96)、
大動脈瘤解離のリスクが0.93倍(95%CI: 0.38から2.29)となり、
ニューキノロンと関連が深いのは、
解離よりも大動脈瘤自体の診断であると考えられました。

ただ、抗菌剤は感染症の治療に用いるものですから、
特定の抗菌薬が使われることの多い感染症というものが、
当然存在している筈です。
従って、フルオロキノロンとペニシリンの差は、
その使われやすい感染症の違いによっている、
という可能性も考えられるのです。

今回の研究は台湾のものですが、
健康保険の大規模データを活用して、
大動脈瘤やその解離を発症した28948名を、
年齢性別などをマッチさせた289480名のコントロールと比較して、
そのリスクと感染症や抗菌剤の使用との関連を検証しています。
その結果、
感染症自体は大動脈瘤とその解離のリスクを有意に増加させていて、
敗血症と腹部感染症が最もそのリスクは高くなっていました。

一方で特定の感染症の影響を除外すると、
フルオロキノロンはペニシリンなど他の抗菌剤と比較して、
大動脈瘤やその解離のリスクに、
有意な影響を与えていませんでした。

今回の結果のみをもって、
フルオロキノロンが安全とは言い切れませんが、
フルオロキノロンの使用と大動脈瘤との関連は、
そう単純なものではないようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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