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新型コロナウイルスの抗体陽性率(スイスにおける検証) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
スイスにおけるコロナウイルス抗体価.jpg
Lancet誌に2020年6月11日ウェブ掲載された、
スイスのジュネーブにおける、
住民の新型コロナウイルス抗体検査の結果をまとめた論文です。

こうした報告は他にも多くありますが、
住民の分布に合わせた抽出を行ない、
1週間毎に5回の測定を繰り返している、
という点が特徴です。

新型コロナウイルス(SARS-CoV2)感染症に、
現在罹っているかどうかの診断には、
通常鼻腔や咽頭からのRT-PCR検査が、
スタンダードな方法として行われています。

ただ、実際には症状のない感染の事例も多く、
検査の手技上、全ての感染を疑う人に、
RT-PCR検査を行なうことは困難です。
つまり、RT-PCR検査だけでは、
この新規の感染症が一般住民の間で、
どのくらい広がっているのか、
という状況の把握は困難である、
ということになります。

その場合に役立つ可能性があるのが、
血液の抗体検査です。

抗体はウイルスが身体に侵入したことに対して、
身体の免疫反応の結果として産生されます。

そのために血液の抗体を測定することにより、
そのウイルスの感染を受けたことがあるかどうかを、
明らかにすることが出来るのです。

ただ、人間の身体はウイルスの感染に対して、
複数の抗体を産生しているため、
検出された抗体が感染防御的に働くかどうかは、
現時点では何とも言えません。

現状の抗体検査で分かることは、
あくまで感染歴のみである、という点には、
注意が必要だと思います。

さて、今回のデータはスイスのジュネーブのものですが、
別個の疫学研究で登録された住民データを活用して、
対象者とその同居家族の血液抗体価を測定しています。
特徴はジュネーブで新型コロナウイルスの感染が、
ピークに達した時からほど近い時期より、
5週間に渡って、1週間に1回の検査を継続していることです。

1339家族の2766名が対象となっていて、
対象の分布は、ほぼジュネーブの人口分布と一致しています。
つまり、このデータの抗体陽性率は、
ほぼ同時期のジュネーブ全体のそれと、
ほぼ一致していると想定される訳です。

希望者のみの抗体測定や、
ソフトバンクグループの関係者のみの抗体測定などとは、
その意味合いが異なります。

抗体はドイツで販売されている、
一般的なELISA法によるIgG抗体測定キットが使用されています。
これは新型コロナウイルスのスパイクプロテインの、
S1ドメインに結合する抗体の測定系です。

その結果は、
感染のピークからほど近い第1週では、
抗体陽性率は4.8%で、
第2週は8.5%、第3週は10.9%と上昇し、
第4週は何故か6.6%と低下して、
第5週は10.8%と再度上昇しています。

年齢が20から49歳と比較して、
年齢が5から9歳では抗体陽性のリスクは68%低く、
65歳以上では抗体陽性のリスクは50%低くなっていました。
20から49歳での抗体陽性率がトータルで9.9%に対して、
5から9歳のそれは0.8%、
65歳以上は4.2%でした。

同居家族に抗体陽性者が1人いると、
高率で家族も抗体陽性となりますが、
同居家族に陽性者がいても、
5から9歳の陽性率は低くなっていました。

スイスのジュネーブはヨーロッパの中でも、
短期間にかなり感染が拡大した地域ですが、
それでも人口の1割程度しか新型コロナウイルスには感染しておらず、
抗体保有率は高くはありません。

同じ家族であっても、
小児と高齢者は感染しにくい性質があり、
特に小児においてそれは顕著です。
単純に濃厚接触すれば感染が成立するのではなく、
人間の身体の側の感染し易さ、しにくさを決める、
別個の因子が存在しているようです。
そして、それは血液の抗体のみでは判断は困難です。

よく「みんなで感染すればそれで解決」というような意見を、
軽率に述べる科学者という肩書の方がいますが、
おそらく実際に患者を診療している医療者で、
そうした意見に賛同する人はいないと思います。

実際の患者さんを診ることにより、
その個々の深刻さを理解しているからです。

クルーズ船や介護施設、病院など、
かなり閉鎖的な空間で集団が長期間生活すると、
半数を超えるような人数に感染が広がる事例がありますが、
通常の社会生活の範囲では、
そこまでの感染の拡大が一気に起こることはなく、
おそらく数年間を掛けてじわじわと、
抗体陽性率は上昇していくように思われます。

それが多分、
ウイルスと人間とが共生してゆく、
ということなのです。

それを無理に早回しして、
抗体陽性率を一気に上げようとするような試みは、
これまでの感染症対策の歴史の中で、
成功したことはないと思いますし、
今回もスウェーデンは似通った試みをして、
結果として責任者が失策を認めたことは、
皆さんもご存じの通りです。

唯一抗体陽性率を無理なく上げる方法として、
人類の歴史の中で一定の成功を収めたのは、
言うまでもなくワクチンという考え方で、
色々問題はあっても、
最小限のリスクで感染に似た効果を挙げることにより、
抗体陽性率を上昇させることに成功し、
それが天然痘などの撲滅に繋がったのです。

ただ、ワクチンにも多くの問題があることは、
間違いのない事実であるので、
ワクチンに取って変わるような画期的な予防法を、
その方が提唱するのであれば、
「みんなで罹ればそれで解決」
という意見にも一定の意味がありますが、
それがないのであれば、
その言葉はただの憶測であり、
無責任以上の意味はないと思います。

今回のデータをみても、
抗体陽性率の推移もおかしいのです。
何故上がったり下がったりするのでしょうか?
1つにはこれは現状の抗体測定が、
中和抗体のみを測定している訳ではないということであり、
もう1つには感染の可否を決めている、
まだ分かっていないような因子があるということではないかと思います。

この問題は今後、
新型コロナウイルス感染に伴う、
免疫の反応や抗体の役割などが、
明確になることによって進展が見られると想定されるので、
その知見を待ちつつ、
不明の点が多い段階でも、
妙に断定的な発言をされる方の言葉には、
くれぐれも騙されないようにしたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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