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脳内ヒスタミン上昇による記憶呼び戻し効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには行く予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
メリスロンの記憶への効果.jpg
2019年のBiological Psychiatry誌に掲載された、
脳内のヒスタミン濃度を上昇させることにより、
一旦覚えて忘れてしまった物の記憶を、
呼び戻すことに成功したという、
非常に興味深い研究結果をまとめた論文です。

北海道大学や京都大学、東京大学の研究チームによるもので、
医療ニュースなどで最近最も話題になっている知見です。

ふとしたきっかけで、
それまですっかり忘れていたような記憶を、
思い出すことがあるのは、
皆さんが誰でも経験していることだと思います。

人間のそれまでの生涯において、
蓄積された大量の記憶という情報には、
損傷を受けたものや、
完全に消去や削除されたものも勿論あると思いますが、
その一方で一旦は完全に忘れてしまい、
思い出そうとしても自力では不可能であるのに、
実はしっかりと保存はされていて、
きっかけさえあれば、
思い出すことが出来るものも多いのです。

それでは、この記憶を呼び戻すきっかけとは、
一体どのようなものなのでしょうか?

これまでにグアンファシンなど一部の薬剤や電気刺激、
経鼻インスリンやオキシトシンなどに、
記憶の再生を促すような効果が報告されています。

今回上記文献の筆者らが注目したのは、
脳内の神経伝達物質であるヒスタミンです。

ヒスタミンには複数の受容体があって、
それぞれ別個の働きをもっています。
H1受容体は蕁麻疹や鼻炎などの反応を促進し、
H2受容体は胃酸分泌を促進する作用があります。
このため蕁麻疹や鼻炎に対しては、
H1受容体の拮抗薬が治療薬として使用され、
胃潰瘍や胃炎では、
H2受容体の拮抗薬が治療薬として使用されています。

一方で脳内のヒスタミンは覚醒アミンとも呼ばれ、
人間が目を覚まして意識を集中させる際に、
大きな役割を果たしています。
そのためH1受容体の拮抗薬は眠気の原因となり、
H2受容体の拮抗薬は高齢者などでは不穏などの原因となります。

脳内のヒスタミンはH1受容体とH3受容体とで主に調整されていて、
H3受容体が刺激されると、
神経末端からのヒスタミンの遊離が阻害されるので、
この受容体についてはむしろ阻害されることにより、
脳のヒスタミン濃度は上昇するのです。

それでは、H3受容体の拮抗薬により、
記憶の再生は促進されるのでしょうか?

今回の研究においては、
主にネズミの実験によって、
H3受容体拮抗薬の投与により、
一旦 忘却した記憶が再生されることと、
その時に脳内ヒスタミン濃度が上昇することを確認しています。

脳内ヒスタミンの上昇はともかくとして、
どうやって記憶の呼び戻し効果をネズミで検証したのか、
興味深いところですが、
これはネズミが最初に出会ったものに対しては、
近づいてその臭いを嗅ぐという習性があり、
その記憶は概ね3日で失われることを活用して、
物を入れ替えてその反応を見た上で、
今度はH3受容体の拮抗薬を投与し、
その直後に同じ試験を繰り返して反応の違いを見ているのです。

その結果、
前回の記憶から3日以上過ぎて、
通常では新しい物としての反応を示していても、
H3受容体拮抗薬の使用後には、
その反応が前に接したもののそれに変化する、
ということを確認しています。

最後に人間のボランティアで同様の試験が行われています。

38名のボランティアに複数の写真を見せ、
1週間後に覚えている写真を確認する試験をします。
2つの群に分け、
一方ではH3 受容体拮抗薬であるベタヒスチンメシル酸塩を使用し、
もう一方では偽薬を使用して、
その30分後に確認の試験を行って、
記憶の呼び戻し能に差があるかどうかを検証しています。

結果、
薬剤使用群において、
ネズミの実験ほど明確ではないものの、
一定の記憶呼び覚まし促進効果が確認されました。

使用された薬剤はめまいなどの治療薬として使用されているもので、
商品名はメリスロンなどです。
非常に一般的な薬ですが、
使用量は通常1回量が12ミリグラムであるところ、
その9倍の108ミリグラムが1回で使用されています。

こうした論文においては、
人間のデータは一種のおまけのようなもので、
検証の主体は動物実験です。
人間のデータは動物実験で実証された現象が、
人間でも成り立つ可能性がある、
ということのために行われているもので、
人間においてその有効性を確認して、
臨床応用に繋げるような研究とは違う点に注意が必要です。

一過性に記憶の機能を促進する方法は、
経鼻インスリンなどこれまでにも複数報告はあり、
今回の現象もその1つとして、
認識するべきもののように思います。

こうした現象があること自体はほぼ間違いがなく、
今後は認知症を含めて、
この現象をどのように臨床応用するのか、
今後の課題であるように思います。

一時的な記憶再生の促進は、
どうやら薬剤でも可能であるようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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