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「寝ても覚めても」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前午後とも石原が外来を担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。
今日はこちら。
寝ても覚めても.jpg
芥川賞作家の柴崎友香さんの長編小説を、
新鋭の濱口竜介監督が脚色演出し、
東出昌大さんと唐田えりかさんが主演した、
ちょっと不思議な雰囲気の恋愛映画を観て来ました。

これは唐田えりかさん演じる、
ちょっと捉えどころのない感じのする女性が、
東出昌大さん演じる、
同じ顔を持ち性格は対象的な2人の男性の間を、
揺れ動くというドラマです。

これは原作も読みました。
原作はなかなか独特の感性で面白いんですよね。
全編女性の主人公の視点で展開されるのですが、
詩的な短文を連ねたような、
短いエピソードの集積のような作りになっていて、
世界を全て断片に分析して俯瞰するような表現で、
そうしたうつろで無機的な感じが、
そのまま主人公の内面でもあるのですね。

ただ、ラストの展開のみかなり唐突で、
それが全体のバランスを乱しているような感じがあります。
シンプルに考えれば、
主人公が過去の突然いなくなった恋人の呪縛から、
ゆっくりと解けてゆく、
というような感じでも良かったように思うのですが、
それだけだと凡庸という気もしますし、
その辺りが難しいところです。

映画はそのバタバタしたラストだけをフィーチャーした感じのもので、
原作の持つ独特の雰囲気とは無縁で、
主人公の人格設定も全く異なり、
基本的に原作をリスペクトした感じのものではありません。

そんな訳で個人的には納得のゆく映画ではありませんでした。
原作の良いところは全てなくしていて、
それに代わる映画的な魅力が、
そう多くあるとは思えないからです。

以下ネタバレを含む感想になります。

ただ、謎めいた設定にも思えますが、
実際には特に謎はなく、
物語の展開にも意外性やひねりのあるようなタイプの、
作品ではありません。

これは映画を観ると、
全く同じ顔を持つ男が2人いて、
何故かその2人に出会ってしまい恋に落ちるという、
因縁話的な物語に思えるのですが、
実は原作は全くそうしたものではなくて、
最初は過去の恋人そっくりと思った男が、
その過去の執着から逃れてみると、
大して似ているとも思えない程度だった、
というような記憶の不確かさを扱った作品なのです。

佐藤正午さんの「永遠の2分の1」という小説があって、
それと同じパターンですよね。
あれも自分そっくりの悪い男がいて、
間違われて酷い目にあうのですが、
実際に会ってみると、
それほど似ているとは思えなかった、
というような話です。

ただ、こうした話は記憶の曖昧さや改変を扱ったものなので、
映像化はしにくいですよね。
ほぼ不可能と言っても良いかも知れません。
それで今回の映画では、
2人の男を同じ東出昌大さんが演じているのですが、
それだと原作とは全く違う話になってしまうのですよね。

これはもう確信犯的な改変だと思うのですが、
それなら同じ顔を持つ2人の男と恋をする話として、
成立していないといけないのですが、
実際にはそうなってはいないように思います。

元々原作の筋立ても、
記憶は主人公の頭の中で改変されてしまうので、
その意味でご都合主義になっているのですが、
映画は更に唐突感とご都合主義感が増し、
原作とは設定が変わっているので、
よりその不自然さが増している、
という結果になっています。

たとえば過去に姿を消した恋人が、
俳優でスターになっているのですが、
もし全く同じ顔であれば、
主人公ばかりでなく、
周囲が皆それに気が付く筈でしょ。
それなのに誰も気が付かないというのが極めて不自然に感じます。
これは原作も同じ設定なのですが、
実際には「ちょっと似ているという程度」が現実であったので、
それでも良いのです。
この辺は設定を変えたことで、
物語がかなり破綻していると思います。

主人公が昔の友人の女性と再会する場面で、
友人が整形していると告白するところがあります。
これは原作ではポイントの1つで、
一瞬見ただけでは分からないほど、
顔が変わっていて、
それが2人の恋人の顔が同じ、
ということの対比として使われているのです。
映画にはその場面自体はあるのに、
演じている役者さんの顔は全く変わっていないので、
何が言いたいのか不明の、
奇怪な感じになっています。

映画版は主人公の職業などの設定も変わっていますし、
原作には全くない友達が難病のALSになるという設定や、
東日本大震災が男女を結び付けるという設定などを入れていますが、
それが効果的に物語に結び付いているのとは思えず、
ただ映画の作り手の趣味が出ただけ、
という感じになっています。
小劇場演劇やチェーホフとイプセン、
演技論を戦わせるところなどもありますが、
これも全く映画の創作です。
小劇場は大好きなので、
ああいうものもくだらなくて稚拙でガッカリします。
やるならちゃんとやってよね、と思います。

せっかく、面白い小説を映画にするのだから、
もう少し原作の良いところや雰囲気、
その本質的な部分に対して、
リスペクトするような映画にはならなかったのでしょうか?

こうして別物にするのであれば、
オリジナルのストーリーを紡ぐべきではないでしょうか?

どうにも納得はゆきませんでした。

蓮実重彦さんが褒めていて、
ああ、矢鱈に水が象徴的に使われているし、
変な構図が多いので、
こういうのをあの方はお褒めになるのね、
とは思ったのですが、
やたらと人物を横に並べたリして、
風変りな映像ではあるのですが、
それほど個性的な作家性を感じる絵作りではありません。

ただ、前半の謎めいた青春映画的なムードは、
悪くはありませんでした。

そんな訳で、
結構良いかも知れない、
と期待をしていた作品であったので、
鑑賞直後の落胆は大きかったのですが、
少し時間が経ってみると、
まあ映画というのは、
概ねこうしたものなのかも知れない、
と思うようになりました。

後は作り手の感性がこちらとフィットするかどうかの問題で、
この映画は正直僕とはとても合いませんでした。

後から思ったのですが、
物語も語り口も構図も、
是枝監督の「幻の光」に似ていて、
テーマはほぼ同じですから、
影響をされている部分はあるのかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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糖尿病の患者さんにおけるアスピリンの一次予防効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
アスピリンの一次予防効果.jpg
2018年のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
アスピリンの心血管疾患の一次予防効果を、
糖尿病の患者さんで検証した論文です。

1日80から100mg程度のアスピリンを継続的に飲むことに、
心血管疾患や腺癌というタイプの癌の、
予防効果のあることは、
多くの疫学データや精度の高い臨床試験においても、
実証されている事実です。

ただ、その一方でアスピリンには出血系の合併症があり、
使用を継続することで、
消化管出血や脳出血などのリスクは増加します。

従って、アスピリンを服用することが、
その人にとって有益であるかどうかは、
その作用と有害事象とのバランスに掛かっています。

その有効性は一度そうした病気になった人の、
再発予防効果としては確立されていますが、
まだ病気にはなっていない場合の、
一次予防効果については、
どのような対象者を選ぶかによっても、
その結果は様々で統一した見解とはなっていません。

今回の検証はイギリスにおいて、
年齢が40歳以上で糖尿病に罹患していて、
これまでに心血管疾患を発症していない、
トータルで15480名を登録し、
患者さんにも主治医にも分からないように、
くじ引きで2つの群に分けると、
一方はアスピリンを1日100mg継続使用し、
もう一方は偽薬を使用して、
平均で7.4年の経過観察を行い、
心血管疾患と消化管の癌、および出血系の合併症の頻度を、
比較検証しています。

その結果、
観察期間中の心筋梗塞、脳卒中、一過性脳虚血発作、
心血管疾患による死亡を併せた頻度は、
偽薬群が9.6%に対してアスピリン群が8.5%で、
アスピリンにより心血管疾患のリスクは、
12%(95%CI: 0.79から0.97)有意に低下していました。

一方で経過中に、
脳内出血、眼底出血、消化管出血などの重篤な出血を発症するリスクは、
偽薬群で3.2%に対してアスピリン群では4.1%で、
アスピリンの使用により、
出血系の合併症は1.29倍(95%CI: 1.09から1.52)有意に増加していました。
その主体は消化管出血です。

消化管の癌の発症リスクについては、
アスピリン群と偽薬群とで有意な差はありませんでした。
これは全癌で見ても同じでした。

要するにアスピリンを使用することにより、
心血管疾患は12%減少し、
その一方で出血系の合併症は29%増加しています。

この両者の重みを、
単純に比較することは出来ませんが、
糖尿病の患者さん全員に、
一次予防のためにアスピリンを使用することは、
現時点で必ずしも有益であると、
言えるものではないようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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夜間食事制限の肥満予防効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
夜に食べると太るは本当か?.jpg
2018年のCell Metabolism誌に掲載された、
「夜食べると太る」という現象のメカニズムを、
ネズミの実験で検証した論文です。

人間の身体にはほぼ24時間のリズムで周期的に時を刻む、
体内時計があることが知られています。

個々の細胞には時計遺伝子と言われる複数の遺伝子があって、
それが日内リズムに同期して時を刻んでいます。

その一方で細胞が集合した組織により構成された人体にも、
体内時計の司令塔があり、
脳の視交叉上核という部分にあることが分かっています。
この脳の時計は太陽などの光刺激に反応して、
身体が光を感知した時間で時計を合わせ、
朝と認識して1日を開始するのです。

要するに身体全体としても時計があり、
それを構成する個々の細胞も、
それぞれの体内時計を持っている、
ということになります。

この体内時計によって、
人間の身体の代謝がコントロールされています。
昼と夜とでは主に肝臓において、
活性化される酵素に違いがあり、
それによって代謝の違いが生じているのです。

夜食事をすると太るのは、
体内時計によって夜は眠るための時間と認識されているので、
食事をしてもそれをエネルギーとして活用する力が弱く、
結果として脂肪の蓄積が起こりやすい、
というのが大きな理由となっています。

これまでの研究により、
時計遺伝子が働かないようにしたネズミを作り、
体内時計を壊してしまうと、
そのネズミは肥満になり、
脂質異常症や糖尿病などの代謝性疾患を、
高率に発症することが分かっています。

それでは、
代謝を正常に維持するには、
体内時計は必須のものなのでしょうか?

これはまだ結論が出ていません。

時計遺伝子により誘導される肝臓の代謝酵素の多くは、
別の刺激によっても誘導されることが分かっているからです。

それは空腹による刺激です。

今回のネズミの研究では、
まず体内時計が正常に働いているネズミを、
総カロリーの60%が脂質という高脂肪食で飼育し、
自由な時間に食べさせた場合と、
夜の9から10時間は一切食事を与えない場合とを、
比較しています。

その結果、
自由な時間に食べさせたネズミは、
高率に肥満になり糖尿病や脂質異常症を発症しましたが、
夜の食事を制限したネズミは、
健康で肥満にもなりませんでした。

次に時計遺伝子が働かないようにして、
体内時計のないネズミを作って同じ実験をすると、
矢張り夜の食事を制限した場合には、
ネズミは健康で肥満にもなりませんでした。

もし体内時計が代謝をコントロールしていて、
それは変えられないとすると、
食事制限をしても結果は変わらない筈ですが、
実際には体内時計がない状態であっても、
夜間に食事を摂らない時間を充分に取ることによって、
肥満や代謝障害は起こらなかったのです。

これはまだネズミの実験ですから、
人間でもこの通りの現象があるかどうかは、
まだ明らかではありませんが、
仮に人間でも成り立つとすると、
肥満や代謝疾患の予防のために重要なことは、
夜の時間帯に充分な絶食の時間を取ることで、
それが正常な代謝状態を保つために、
必要にして充分な習慣であるようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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n-3脂肪酸サプリメントの糖尿病に対する効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は別件の仕事で都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
EPAと糖尿病の予後.jpg
2018年のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
糖尿病の患者さんに対して、
n-3脂肪酸と呼ばれる青身魚の脂の成分を、
サプリメントとして使用することの、
心血管疾患予防効果についての論文です。

青い魚の油が健康にいい、
という話は、
皆さんもよくお聞きになることだと思います。

魚、特にサバやイワシなどの青身魚には、
EPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)、
などの多価不飽和脂肪酸と呼ばれる脂質が多く含まれていて、
疫学研究などから、
魚を多く摂る人の方が、
心臓病や脳卒中の発症率が低い、
などの報告があり、
このEPAやDHAが、
動脈硬化の病気の予防や予後改善に、
効果があるのではないか、
という推測があります。
EPAやDHAのことを、
色々な呼び方がありますが、
上記論文ではn-3脂肪酸と呼んでいます。

EPAには中性脂肪を下げ、
血管の内皮障害や炎症の抑制など、
動脈硬化の進展抑制に結び付くような、
多くの作用が実験的には報告されています。

しかし、このEPAやDHAを、
薬やサプリメントとして使用することにより、
他の有効性を確認された薬剤と同じような、
臨床的な効果があるかどうかについては、
まだ意見が割れています。

日本ではEPAやEPAとDHAの合剤が、
薬として使用されていますが、
これは世界的にはかなり特殊で、
通常はサプリメント的な扱いです。

2007年にLancet誌に発表された、
JELISと呼ばれる日本人のみを対象とした、
大規模臨床試験があり、
これは商品名エパデールという、
高純度のEPA製剤を、
コレステロールの高い患者さんに、
通常のコレステロール降下剤に上乗せして使用したところ、
心筋梗塞などの発症が有意に抑えられ、
特に脳卒中の発症は、
相対リスクで20%程度低下した、
という結果でした。

ただ、海外でサプリメントを使用した試験では、
このような明確な心血管疾患予防効果は再現されていません。

以前ブログでも紹介しました。
2018年のJAMA Cardiology誌に掲載されたメタ解析では、
JELISを含むこれまでに施行されたn-3脂肪酸の臨床試験のうち、
対象者が500名以上で1年以上の観察を行なった、
心血管疾患予防についての10の介入試験をまとめて解析した結果として、
観察期間の中央値が4.4年において、
EPAに換算して1日226から1800mgのn-3脂肪酸のサプリメントは、
虚血性心疾患の発症リスクや死亡のリスク、
心血管疾患の発症リスクや死亡のリスクに対して、
有意な影響を与えていませんでした。

問題は個別の病気の患者さんに対するn-3脂肪酸の効果です。

動脈硬化が進行する病気の代表は糖尿病ですが、
これまでの観察研究のデータでは、
これもあまりはっきりした結果が得られていません。

今回の研究はイギリスにおいて、
年齢が40歳以上で顕性の心血管疾患のない糖尿病患者、
トータル15480名を対象者にも分からないようにくじ引きで2つに分け、
一方はn-3脂肪酸を840mg含むカプセルを使用し、
もう一方は偽のサプリメントとしてオリーブオイルのカプセルを使用して、
平均で7.4年間の経過観察を行っています。

その結果、
観察期間中の心血管疾患
(非致死性心筋梗塞と脳卒中、一過性脳虚血発作、
心血管疾患による死亡、脳内出血は除く)は、
n-3脂肪酸群では689名(8.9%)、
偽カプセル群では712名(9.2%)に発生していて、
両群に有意差はありませんでした。
同様に総死亡のリスクにも有意な差はありませんでした。

このように今回の糖尿病の患者さんを対象とした検証においても、
n-3脂肪酸の心血管疾患の予防効果や、生命予後には、
明らかな差は認められませんでした。

いつも問題となることですが、
日本で薬として使用されている純度の高いEPA製剤の効果が、
精度の高い臨床試験として再検証されることが、
実際に動脈硬化の進行予防のために、
臨床で広く使用されている日本においては、
必要不可欠ではないかと思われるのですが、
色々な事情(主にはお金)もあって、
それは実際には難しいことであるようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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2型糖尿病の予後に与える生活改善の影響(2018スウェーデンの大規模データ解析) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。
本日は石原が不在のため、
石田医師が午前午後とも外来を担当する予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
生活改善と糖尿病の予後.jpg
2018年のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
生活改善や臨床データの数値と、
2型糖尿病の予後との関連についての論文です。

これは非常に臨床的には重要な知見です。
現状まだ詳細をかみ砕くほど読み込んでいないのですが、
今後の糖尿病の診療自体が、
大きく変化するきっかけとなるような、
問題をはらんでいるという気がします。

2型糖尿病の現状の問題点は、
多くの画期的な作用を持つ、
糖尿病治療薬が次々と開発されているにもかかわらず、
糖尿病の患者さんの生命予後や、
心血管疾患のリスクは、
未だ糖尿病のない人よりは、
かなり高い水準にあるという事実です。

糖尿病の病因による議論も、
インスリン抵抗性や分泌不足を本質とするものから、
そうではなくてグルカゴンの過剰分泌こそが本質だ、
というもの、
更には糖質を過剰に摂っている生活習慣が、
全ての元凶だ、というものまで、
議論はまだ尽きないのが実状です。

2型糖尿病というのは、
単純に血糖が高いという病気ではなく、
全身の血管の老化を進行させるような代謝病で、
その予後に最も大きな影響を与えるのは、
心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患です。

ただ、血糖コントロールのみをターゲットにして、
糖尿病の治療を行なっても、
動脈硬化の進行によって起こる心血管疾患の予後の改善には、
充分ではないことがこれまでの臨床試験などの結果から、
判明しています。

その原因のうち大きいと考えられているのが、
血糖を強力に下げるような治療による、
副作用としての重症の低血糖の増加です。

低血糖は急性心筋梗塞や重症不整脈の、
誘因となることが指摘されています。

そのために現行のガイドラインにおいては、
2型糖尿病の治療の目標は、
数か月の血糖の指標であるHbA1cが、
7.0%程度に設定されていて、
これは確かに低血糖の予防のためには仕方のない基準ですが、
一方でこのレベルでは、
心血管疾患の予後の改善には、
不充分であることもほぼ明らかです。

それでは、どうすれば良いのでしょうか?

問題は2型糖尿病のある患者さんのうち、
どのような条件の患者さんの生命予後が、
最も良く、
逆にどのような患者さんの予後が、
最も悪いのか、
と言う点にあります。

治療効果ではなく、
患者さんの予後がどのような時に、
病気のない人と変わらないのか、
と言う点を検証するという、
ちょっと逆転の発想です。

これまでは単純に血糖コントロール(実際にはほぼHbA1c値)
の一択でした。
HbA1cをともかく正常に近づければ、
それで患者さんの予後は正常に近づくだろう、
という考えであったのですが、
それが誤りであることは明らかになったのです。

それではどのような条件を組み合わせれば良いのでしょうか?

今回の研究は国民総背番号制で、
こうしたデータを大規模に解析しやすいスウェーデンのものですが、
2型糖尿病の患者さん271174名を対象として、
年齢などをマッチした、
糖尿病のないコントロール1355870名と比較し、
生活習慣に関わる臨床データと、
糖尿病の予後との関連を検証しています。
観察期間の中央値は5.7年です。

糖尿病の予後に関わるリスク因子は、
HbA1cは7.0%以上、
収縮期血圧が140mmHg以上もしくは拡張期血圧が80mmHg以上、
尿の微小アルブミン尿、
喫煙歴、
LDLコレステロールが97mg/dL以上、
の5つが採用されています。

これは要するに喫煙歴がなく、
LDLコレステロールが90mg/dLであれば、
この2つのリスク因子は陰性、
ということになる訳です。
この選択はこれまでの多くの疫学データからの推定です。

その結果、2型糖尿病の患者さんにおいて、
以上の5つのリスク因子が全て陰性であると、
総死亡のリスクは健常者と比較して1.06倍(95%CI: 1.00から1.12)、
と糖尿病でも有意な増加はなく、
急性心筋梗塞の発症リスクは0.84倍(95%CI: 0.75から0.93)、
とコントロールより有意に低くなっていました。
脳卒中の発症リスクも0.95倍(95%CI: 0.84から1.07)、
と有意な増加はありませんでした。
一方で心不全による入院のリスクのみは1.45倍(95%CI: 1.34から1.57)、
と5つのリスクが陰性であっても、
糖尿病で有意に増加していました。
2型糖尿病の患者群では、
脳卒中や急性心筋梗塞の発症リスクに最も関連しているのは、
HbA1cの7%を超える上昇で、
総死亡のリスクと最も関連が強いのは喫煙でした。

個々の病態のリスク毎に、
やや異なった傾向があり、
急性心筋梗塞のリスクは、
HbA1cの上昇に伴いほぼ直線的に増加しますが、
総死亡のリスクは脳卒中のリスクは、
7%くらいがそのリスクは最も低く、
それを下回ってもリスクは増加する傾向を示していました。

これは治療により達成された結果ではなく、
治療の有無に関わらずその時の状態を示しているので、
治療の目標値と同じとは考えるべきではないのですが、
血糖自体は下げ過ぎることなく、
他のリスク因子を調節することが、
2型糖尿病の患者さんの予後を、
最も最適化するという今回の知見は、
非常に興味深く、
今後のこうした知見の臨床への応用への議論を、
まずは期待をしたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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禁煙による体重増加と糖尿病発症リスクについて [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
禁煙後の体重増加と糖尿病リスク.jpg
2018年のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
禁煙に伴う体重増加のリスクについての論文です。

喫煙者が禁煙をすることが、
その後の心血管疾患リスクや癌のリスクを低下させ、
生命予後にも良い影響を与えることは、
これはもう間違いのない事実です。

ただ、禁煙はその後一時的に食欲を増加させ、
体重増加を高率に来すという現象があります。

肥満は内臓脂肪の増加に繋がり、
糖尿病のリスクも増加させます。

それでは、禁煙後に体重が増加することで、
禁煙の健康上のメリットも、
相殺されてしまうのでしょうか?

この点については2013年のJAMA誌にそれについての研究があり、
それによると、
禁煙によりその後の脳卒中や心筋梗塞のリスクを、
半分程度に減らす効果が期待出来るが、
体重が禁煙後に5キロ以上増加すると、
その効果はほぼ相殺されてしまう、
という結果になっていました。

今回の研究は別個の目的で施行された、
アメリカの3つの疫学データを活用することで、
これまでのデータより大規模かつ長期の経過観察期間における、
禁煙とその後の体重増加、
そして糖尿病や生命予後との関連を検証しています。

対象となっているのは、
糖尿病の発症リスクの解析においては162807名、
生命予後の解析においては170723名で、
喫煙の状態をグループ分けすると共に、
禁煙した対象者においては、
禁煙の期間と、
禁煙後の体重の変化を、
5キロ刻みで比較検証しています。
観察期間は平均で19.6年です。

その結果、
喫煙群と比較して禁煙群では、
その後の2型糖尿病の発症リスクは、
1.22倍(95%CI: 1.12から1.32)有意に増加していました。

これを時間経過から見てみると、
禁煙後5から7年で糖尿病の発症リスクはピークとなり、
その後は低下に転じています。
禁煙後の体重増加の大きさで見てみると、
禁煙後に体重が増加していない群では、
糖尿病のリスクの増加はなく、
体重増加が5キロを超えると顕在化していました。
この点は2013年のデータとほぼ同一の傾向です。

ただ、総死亡のリスクで見ると、
禁煙後の体重増加の程度に関わらず、
喫煙群と比較して禁煙群では総死亡のリスクは有意に低下していて、
心血管疾患による死亡のリスクについても、
同様の傾向が認められました。

このように今回の結果においては、
禁煙後の体重増加は、
禁煙後数年の糖尿病の発症リスクと関連がありましたが、
それは禁煙による生命予後の改善に大きな影響を与えるものではなく、
勿論禁煙後に体重が増加しないように、
生活改善の努力を行うことは重要ですが、
仮に体重増加が認められたとしても、
それで禁煙の生命予後への効果が、
相殺されるということはないと、
そう考えて大きな間違いはないようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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港.ロッ区.「ロックの女」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
みなとのロック.jpg
鈴木砂羽さんが「自分の見たい芝居を作る」
と旗揚げしたプロデュースユニットの、
第一回公演が今赤坂レッドシアターで上演されています。
その初日に足を運びました。

今回は女子刑務所の話で、
怪人福田転球さんの作・演出、
主演は椿鬼奴さんで、
新垣里沙さん、平田敦子さん、関谷春子さん、
佐藤真弓さんなど、
小劇場の曲者や歌のしっかり歌えるキャストが、
バランス良く配置されている、
小劇場的にはなかなか豪華な布陣です。

これは要するに「監獄ロック」で、
仲の悪かった女囚仲間が、
アカペラでバンドを組んでゲリラ的に演奏する、
というようなお話です。

音楽畑のキャストが随所に配置されていて、
鬼奴さんをボーカルにして、
アカペラのロックバンドが演奏します。

ストーリーはほぼあってなきがごとしで、
音楽のパートと、
女囚同士のギャグを交えたやり取りが、
全編を支配する軽いタッチのお芝居です。

転球さんの台本は、
役者それぞれの個性を活かして、
それでいて主張はし過ぎない抑制の利いたもので、
下手に楽屋落ちやずるずるのアドリブに流れない、
お芝居のフォルムを守っているのが、
とても好印象で、
もっと奇天烈な芝居を想像していたので、
少し意外な感じもしますが、
破天荒に見えて、
実はきまじめな方なのかも知れません。

主役の鬼奴さんが芝居の間合いから外れるので、
その点が座組としてはリスキーなのですが、
転球さんは何度も同じ舞台に立っているので、
その点も心得ていて、
テンポを乱さずに進行させている点も、
演出の力量を感じました。

正直もう少しキャストの個人技的な部分や、
個人の遊びの部分もあって良いかな、
というようには感じました。
個人の見せ場がこのくらいであれば、
もう少し物語りに起伏があっても良かったと思います。

演出の転球さんと主宰の鈴木砂羽さんは、
それぞれ少し出演しますが、
慰問歌手として豪華なドレスで登場した鈴木砂羽さんは、
その存在感とオーラが圧巻で、
とてもとても素敵でした。
彼女は以前のホリケンの舞台に出た時にも思いましたが、
映像で見るより舞台では遙かにオーラと押し出しがあり、
とても魅力的でビックリします。

正直こんな感じで毎回出てくれるのなら、
それだけで観に行く値打ちはあるな、
というように思いました。

総じて物足りない部分もありましたが、
こうした企画物の小劇場音楽劇というのは、
数はあっても殆ど成功しませんから、
今回はまずまず満足の行く、
楽しい上演だと思います。

客席はやや寂しい感じでしたから、
内輪向けと思って手控えている方には、
「なかなか良いですよ」とお勧めしたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「ペンギン・ハイウェイ」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は代診の医師が、
午後2時以降は院長の石原が担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。
今日はこちら。
ペンギン・ハイウェイ.jpg
森見登美彦さんの傑作ジュブナイルSF「ペンギン・ハイウェイ」が、
スタジオコロリドの初めての長編アニメーションとして映画化され、
今ロードショー公開されています。

本好きの方は勿論ご承知だと思いますが、
森見登美彦さんの「ペンギン・ハイウェイ」は、
ちょっと奇跡的な大傑作です。

森見さんの小説は「夜は短し歩けよ乙女」のような、
擬古典と言った雰囲気の大学生青春小説が多いのですが、
古典のパロディを、
パロディと言えないほどの完成度で、
仕上げられるという異能の人でもあります。

「ペンギン・ハイウェイ」は、
言ってみれば昔日本SFの黎明期に量産された、
「時をかける少女」や「なぞの転校生」などの、
ジュブナイルSFの世界を復活させたものですが、
極めて見事に現代的にブラッシュアップされていて、
完成度が高く惚れ惚れするような素晴らしい作品に仕上がっています。

話はまあ「マックウィーンの絶対の危機(ブロブ)」みたいなものですから、
今更なあ、という感じのするものなのですが、
生意気でこまっしゃくれた小学4年生を主人公にして、
徹頭徹尾子供視点で物語を完結させることで、
ある種の新鮮みを付加している点が上手いのです。

普通、ジュブナイルSFというと、
後半になって大人の科学者や宇宙人や未来人が出て来て、
そうした大人が解説したり説明するような展開が定番でしょ。
この作品はそうではないんですよね。
主人公が自分の価値感と思考とで事件を解決し、
大人や人間ならざるものは、
真実を知ることもそれを語ることも出来ないのです。
このことによって、
ある意味月並みな真相が、
魔法のように新鮮さをまとうのです。
とても感心しました。

今回のアニメ映画化は、
ヨーロッパ企画の上田誠さんが脚色に当たっています。
上田さんもこうした仕掛けのおある話の、
辻褄を合わせることが得意なので、
なかなか完成度の高い台本になっていたと思います。
ほぼ原作に忠実ですが、
少し変えたりはしょったりした部分があり、
それが整合性を持って合理的に構成されているのです。
これは悪くありませんでした。

ただ、映像のクオリティは、
ジブリ作品や新海誠作品、
細田守作品と比較すると、
正直かなり落ちるもので、
完成度が今ひとつであることと共に、
作家性が弱いように感じました。
ラストは原作とは異なり、
時空の裂け目の向こう側が、
人間社会の破滅した未来であるようですが、
そういうことなら何でもありの想像力全開の世界ですから、
もっとアニメならではの、
スケールの大きな表現が欲しかったと思います。

こんな言い方は失礼かとは思いますが、
今公開中の凡作「未来のミライ」と、
映像とストーリーを入れ替えたら、
素晴らしい作品になったのにな、
とそんなことを考えてしまいました。

ペンギンの集団などもの凄く安っぽいですし、
怪物の描写も酷いですよね。
主人公の恋するお姉さんと、
母親のビジュアルが殆ど違わないのもガッカリでした。

このようにかなり落胆する映画でしたが、
それでも原作をリスペクトする姿勢は随所にあり、
ラストは結構うるっとは来てしまいました。

この原作はもう一度、
ベストの態勢でリメイクして欲しいですね。
あの傑作がこれでは…
ちょっと残念過ぎるのです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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