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健康な高齢者へのアスピリン使用の生命予後への影響 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
アスピリンの高齢者へのリスク.jpg
2018年のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
70歳以上の高齢者に低用量のアスピリンを使用した場合の、
生命予後への影響を検証した論文です。

低用量(1日80から100mg)のアスピリンには、
抗血小板作用があり。
心血管疾患の再発予防や、
消化器系の癌(腺癌)の進行予防効果が確認されています。
その一方で出血系の合併症のリスクは高めるので、
まだ心血管疾患や癌を発症していない、
健康な高齢者に使用を継続した時に、
果たして健康面にトータルでメリットがあるのか、
というのは未だ解決されていない問題です。

そこで2010年から2014年に掛けて、
オーストラリアとアメリカの70歳以上
(アメリカの黒人とヒスパニックは65歳以上)
の一般住民で、
心血管疾患や認知症などがなく生活上の問題のない、
トータル19114名を登録してくじ引きで2群に分け、
本人にも実施者にも分からないように、
一方はアスピリンを毎日100mgを使用し、
もう一方は偽薬を使用して、
中央値で4.7年の経過観察を行っています。

その結果、
アスピリンの使用は健康寿命の延長に、
有意な効果は認められず、
総死亡のリスクはむしろアスピリン群で増加する、
という意外な結果が得られました。

その結果は別個に論文として発表されていますが、
今回の論文では、
アスピリンによる総死亡リスクの増加について、
個々の死因を分析するなど、
より詳細な解析を行っています。

その結果、
アスピリン群では年間1000人当り、
12.7件の死亡が発症していたのに対して、
偽薬群では11.1件で、
アスピリンは総死亡のリスクを、
1.14倍(95%CI:1.01から1.29)有意に増加させていました。
この原因を死因毎に検索したところ、
この差の原因は、主に癌死亡の差によっていました。
ただ、特定の癌死亡が増えているということはなく、
出血系の合併症が、
癌の患者さんの予後を変えている、
という証拠も得られませんでした。

癌が進行したケースでは、
実際には多くの対象者が登録から外れてしまっているので、
アスピリンが癌の進行を早めた、
というメカニズムは考えにくそうです。

この結果はこれまでの同種の疫学データとは、
一致しないものであるのですが、
比較的健康な高齢者が、
一次予防や健康寿命の延長目的でアスピリンを使用することには、
より慎重である必要があるようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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前糖尿病での糖尿病進行予防治療の有効性 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので外来は午前中で終わり、
午後は産業医面談などで都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
前糖尿病の治療介入.jpg
2018年のLancet Diabetes & Endocrinology誌に掲載された、
前糖尿病への治療介入の効果についての論文です。

前糖尿病(prediabetes)というのは、
主にアメリカで重視されている考え方で、
日本で言う「境界型糖尿病」とほぼ同じものです。

つまり、
血糖が正常パターンと糖尿病と診断されるパターンとの、
間の数値を取ることを意味しています。

具体的には、
食前血糖が100mg/dL未満で、
75グラムのブドウ糖負荷試験をした時に、
2時間値が140mg/dL未満を正常パターンとしていて、
食前血糖が126mg/dL以上もしくは、
糖負荷試験の2時間値が200mg/dL以上が、
糖尿病パターンです。
この間にあるのが前糖尿病ということになります。
食前血糖の正常パターンを100未満としているのは、
アメリカのみで、
日本では110未満が正常、
ただし100から109は正常だた高め、
というあちこちに配慮した、
玉虫色のものになっています。

5から7年くらいの経過観察により、
前糖尿病の人の3分の1は糖尿病と診断される状態に進行する、
と報告されています。

ただ、それでは前糖尿病の人だけが、
糖尿病になるのかと言うとそうでもなく、
5年後に糖尿病と診断された人の4割は、
5年前には正常の血糖パターンだった、
という報告もあります。

そこでアメリカで近年提唱されているのが、
糖負荷試験の1時間値が、
155mg/dL(8.6mmol/L)を超えた場合も、
前糖尿病と同じように考えよう、
とい主張です。
この数値を入れると、
糖尿病に将来なるリスクの高い人を、
かなり絞り込むことが可能となるのです。

この前糖尿病の段階から糖尿病への進行を阻止することが、
糖尿病の患者さんの増加を食い止めるために、
非常に重要であることは間違いがありません。

これまでに糖尿病治療薬であるメトホルミンなどを、
前糖尿病の段階から使用することにより、
糖尿病への進行が予防された、
というような報告が散見されますが、
実際の臨床で行われたような研究は少なく、
その例数も充分とは言えないものなので、
その有効性についてはまだ結論が出ていません。

そこで今回の研究では、
アメリカにおいて、
実地のプライマリケアや内分泌代謝科の医療機関を登録し、
糖負荷試験で前糖尿病と診断され、
糖尿病に進行するリスクが高いと判断された対象者に対して、
そのリスクの高さにより、
中等度のリスクの場合には、
生活改善と共にメトホルミンとピオグリタゾンを使用し、
高度のリスクがある場合には、
生活改善と共にメトホルミンとピオグリタゾンに加えて、
GLP1アナログを使用、
薬物治療を望まなかった対象者は、
生活改善のみを行って、
その3群の予後の比較を行っています。

この場合の中等度リスクというのは、
血糖パターンは正常で、
糖負荷後1時間の血糖が155を超えている場合か、
糖負荷のパターンは前糖尿病であるけれど、
1時間値は155未満である場合のどちらかです。
高度のリスクというのは、
血糖パターンが前糖尿病で、
負荷後の1時間値も155を超えている場合です。

予防目的の薬物治療は、
メトホルミンは1日850mg、
ピオグリタゾンは1日15mg、
リラグルチドで1日1.2mgなどが使用されています。
これはアメリカの使用量としては、
下限くらいの量が設定されています。
日本においてはリラグルチドの1.2mgは認められていません。

トータルな振り分けられた人数は747名で、
最終的に解析されたのは422名です。

その結果、
平均の平均の観察期間32ヶ月において、
中等度もしくは高度リスクで生活改善のみの場合には、
糖尿病への移行が11%に認められたのに対して、
中等度リスクでメトホルミンとピオグリタゾン使用群では、
糖尿病への移行は5%に抑えられ、
高度リスクでGLP1アナログを含む3剤使用群では、
糖尿病への移行は1名も認められませんでした。

生活改善のみと比較して、
メトホルミンとピオグリタゾンの使用は、
糖尿病へ移行するリスクを71%(95%CI: 0.11から0.78)、
GLP1アナログを含む3剤の使用は、
88%(95%CI: 0.02から0.94)、
それぞれ有意に低下させた、
という結果になっています。

これはあまり厳密なデザインの試験ではなく、
例数も結果的にはかなり減ってしまっているので、
常にこれだけの効果があるとは、
言い切れない結果なのですが、
前糖尿病状態からの積極的な介入に、
無視できない効果のあることは事実で、
今後その安全性や対象者の絞り込み、
医療経済的な側面も含めて、
充分な検証が必要ではないかと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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ジクロフェナク(ボルタレン)の心血管疾患リスク [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
ボルタレンの心血管疾患リスク.jpg
2018年のBritish Medical Journalに掲載された、
広く世界的に使用されている、
ジクロフェナク(商品名ボルタレンなど)という消炎鎮痛剤の、
心血管疾患リスクとの関連についての論文です。

非ステロイド系消炎鎮痛剤は、
商品名ではボルタレンやブルフェン、
ロキソニンなどがそれに当たり、
一般に幅広く使用されている解熱鎮痛剤です。

しかし、この薬には多くの有害事象や副作用があり、
心血管疾患(特に急性心筋梗塞)の発症リスクの増加は、
ほぼ確認されている有害事象の1つです。

しかし、個別の薬剤間でどの程度のリスクの差があるのか、
と言う点や、
薬剤の量や期間とリスクとの関連などの事項については、
論文によっても結論が異なる部分があり、
まだ確実と言えるような知見は得られていません。

今回の研究はデンマークの、
国民レベルの大規模疫学データを活用したもので、
ジクロフェナク(ボルタレン)を使用開始した1370832名と、
イブプロフェン(ブルフェン)を使用開始した3878454名、
ナプロキセンを使用開始した291490名、
アセトアミノフェン(カロナール)を使用開始した764781名、
以上の消炎鎮痛剤の使用群を、
年齢などの背景を一致させた、
消炎鎮痛剤未使用者1303209名と、
その使用30日以内の心血管疾患の発症リスクを、
比較検証しています。

その結果、
未使用のコントロールと比較して、
ジクロフェナク使用30日以内の心血管疾患発症リスクは、
50%(95%CI: 1.4から1.7)有意に増加していました。
同様にアセトアミノフェンによるリスクの増加は20%、
イブプロフェンによるリスクの増加は20%、
ナプロキセンによるリスクの増加は30%、
それぞれ有意に増加していました。

このように、
多くの消炎鎮痛剤が心血管疾患のリスクを、
その使用後30日以内という短期間で増加させますが、
中でもジクロフェナクはそのリスクが高く、
痛み止めとしては有効性の高い薬剤ではありますが、
その使用は特に心血管疾患のリスクの高い使用者においては、
より慎重である必要があるようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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ヴェルディ「椿姫」(2018年ローマ歌劇場来日公演) [オペラ]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ローマの椿姫.jpg
ローマ歌劇場の日本公演として上演された、
ヴェルディ「椿姫」の舞台に足を運びました。

「椿姫」はおそらく最も多く生で聴いているオペラで、
50回以上はこれまでに聴いていると思います。
一時期は毎年藤原歌劇団が、
豪華なゲストを招聘して毎年上演していましたし、
新国立劇場でも定期的な上演があり、
海外のオペラハウスの引っ越し公演でも、
3回に1回くらいは演目に選ばれるという感じです。

このオペラは作品としての完成度は高いですし、
3幕4場の構成ですが、
その場毎に雰囲気が異なり、
主要な登場人物は3人のみというのも特徴です。
1幕は主人公のソプラノの技量で、
全てを押し切るというプリマドンナオペラのスタイルですが、
2幕1場では繊細な感情の変化を、
主にバリトンとソプラノの二重唱で紡ぐというスタイルが面白く、
2幕2場はまた華やかな仮面舞踏会を、
バレエや大規模な合唱を入れて、
グランドオペラに近いスタイルで表現。
3幕は死の床に就く主人公を、
アリアとテノールとの二重唱で情感深く描きます。

上演によってさほど印象の変わらないのは1幕のみで、
他の場面は音楽作りや演出により、
その印象は大きく変わります。

最もポイントになるのは、
音楽的には最も優れていて、
ヴェルディの天才が発揮された2幕1場ですが、
この場面を上手く上演することは非常に難しく、
下手をすれば最も退屈な場面となる一方、
伝統的に上演されているバージョンでは、
この部分がオリジナルからズタズタにカットされていて、
オリジナルの音楽の良さが、
まるで感じられないものになっている、
というのが大きな問題点です。
ただ、最近は原点回帰でカットの少ない上演が増え、
僕が聴いた中でも、
エヴァ・メイの歌ったチューリヒ歌劇場の舞台と、
デセイ様の歌ったトリノ歌劇場の舞台は、
かなり全長版に近く、
この場面の真価を感じさせる優れた上演だったと思います。

次に難しいのがグランドオペラ形式の2幕2場で、
1場とはガラリと印象が変わりますが、
バレエや合唱が入り、
ラストは合唱付8重唱という大規模なものですが、
ゴタゴタとして散漫な場面になってしまうことが通常です。

それでは今回の上演はどうだったのでしょうか?

今回の上演はヴァレンティノの豪華な衣装と、
ソフィア・コッポラの映像的な演出も勿論良いのですが、
演劇的に非常に優れた舞台で、
特に2幕2場の仮面舞踏会の場面と、
3幕のヴィオレッタの死の場面が、
優れた成果を挙げていました。

2幕2場は豪華な衣装と装飾で盛り上げると共に、
あくまでヴィオレッタを主役にして、
ラストの大合唱も、
さながら合唱付のヴィオレッタの大アリアのように、
聴くことが出来たのが、
これまでにない創意であったと思います。
ここは途中でポーズなく時間のみが経過するのですが、
その処理も上手く出来ていたと思います。

構成として、幕毎に幕間を置き、
2幕の1場と2場は転換を挟んでそのまま上演されるのが通例で、
最近では1幕と2幕1場をそのまま繋げ、
2幕2場と3幕もそのまま繋げて、
1回の幕間で上演するパターンも多いのですが、
今回の上演は場毎に3回の幕間をとっていて、
上演時間が延びてしまう弊害はあるものの、
この方が演劇的オペラとしては、
理に適っているように感じました。
こうした方が、2幕1場の独立性が活きる、
というように感じるのです。

次に良かったのが3幕で、
通常よりヴィオレッタとアルフレードの二重唱が長く、
2人の恋が成就したことを、
明確に伝える構成になっていました。
多分死に際に長く歌うのが不自然だと誰かが考えて、
ここを短くしたのだと思いますが、
これは絶対オリジナルの方がいいですよね。
「過ぎ去った日々」も2番までカットなく歌っていて、
ここは作品のテーマを最も明確に表現している部分なので、
絶対にこの方が良いのです。

その一方で2幕1場はかなりのカット版で、
この部分の難しさから、
ここは敢えて軽く扱った、という感じがしました。
レオ・ヌッチの降板も大きかったのかも知れません。

ヴィオレッタを歌ったフランチェスカ・ドットは、
生で聴くのは初めてですが、
はつらつとして美しく、
陰影には乏しい感じはありましたが、
イメージ通りのヴィオレッタで素敵でしたし、
実力の120%くらいは出している熱演でした。
コロラトゥーラも綺麗で上手いですよね。
まだ若い声です。
相手役のポーリは、
当代ではアルフレードを最も沢山歌っている1人で、
何度も聴いていますが、
さすがの安定感で舞台を牽引していました。
バリトンの恰幅の良いアンブロージェ・マエストリは、
この役には声が若すぎるという気はしますが、
声量抜群で新鮮さのあるジェルモンでした。
2幕1場はまだ荷が重かった感じです。

僕はどちらかと言えば、
演劇としてオペラを聴いているので、
今回の上演はとても好ましく感じましたし、
演劇としての上演としては、
これまでのベストに近い「椿姫」であったと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「累 かさね」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
かさね.jpg
松浦だるまさんの人気コミックスを、
職人タイプの佐藤祐市さんが監督し、
人気者の土屋太鳳さんと芳根京子さんが主演した、
ホラースリラー映画を観て来ました。

楳図かずおの「洗礼」みたいな話ですが、
「デスノート」的テイストが取り入れられ、
もっとスタイリッシュで今風です。

これはちょっと拾いもの、といった感じの映画でした。

長大なコミックスの、
第3巻の途中までのほんの入り口の部分だけを、
それも人物関係などをより整理して、
ニナと累という「魔法の口紅(笑)」で顔が入れ替わる2人の女性の、
因縁と対立のみに絞って、
シンプルに映像化したことが成功しています。

ただ、ラストは舞台の終演で、
無理矢理終わり感を出しているのですが、
あらゆることが決着しないままですから、
ちょっと苦しいな、という感じはしました。

フジテレビ印の映画で、
スタッフもその多くはテレビドラマ出身ですから、
クオリティもテレビドラマの水準を、
大きく出るものではありません。
ただ、テレビドラマと映画の違いも良く心得ているので、
テレビの連続ドラマのように、
スピード感と密度と先延ばしで乗り切るのではなく、
より物語の構造をシンプルにして、
少数の登場人物を掘り下げることにより、
また別の世界を成立させています。

美と醜の相克を、
「ガラスの仮面」的な演劇成り上がりストーリーと、
絡ませた辺りがアイデアの面白さで、
原作より演劇の場面が多く、
前半はチェホフの「かもめ」、
後半はワイルドの「サロメ」が、
比較的忠実に上演されてストーリーに絡まります。
顔の瞬時に入れ替わる映像表現も、
そう目新しいことをしているという訳ではないのですが、
なかなか自然に出来ていました。

主役2人はなかなかの熱演で、
テレビドラマではあまり見せない顔を、
見せているという点も良いと思います。
累の母親役の檀れいさんが、
怪物的で不気味な伝説の大女優を、
それらしく演じていて凄みがありました。
檀さんはこうしたものが良いと思います。

総じてもう少しグロテスクで先鋭的にして欲しかったと思いますが、
一般向けの映画としては、
かなり無難な着地をしていて、
退屈なく観ることが出来る映画です。

もしお時間があればどうぞ。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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tsumazuki no ishi × 鵺的「死旗」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前午後とも石原が外来を担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。
今日はこちら。
死旗.jpg
鵺的の高木登さんが台本を書き、
tsumazuki no ishiの寺十吾(じつなしさとる)さんが演出して、
両者の劇団を中心として、
多彩なキャストが顔を揃えた舞台が、
今下北沢のザ・スズナリで上演されています。

これはかなり悪趣味なので、
全ての方にお勧め出来る舞台ではありませんが、
かつての東京グランギニョールを思わせるような、
圧倒的な熱量で繰り広げられるアングラ芝居で、
よくぞ今の時代にここまでやったと、
とてもとても感銘を受けました。

アングラ芝居のお好きな方には、
絶対の贈り物です。

是非劇場に急ぐのじゃ。
見逃しては後悔しますぞ。

以下少しネタバレを含む感想です。

お話は場所も時代も特定しない、
山奥の血の濃い村の話で、
超能力を持つ盲目の長老に支配された、
略奪と強姦とカニバリズムを生業とする地獄のような部落に、
強姦され殺され食べられた女が、
忍びの村の一族であったことから、
復讐に燃える女忍びに率いられた集団と、
血で血を洗う抗争劇が繰り広げられます。

物語は死体を継ぎ合わせて作られた、
残美という人造美女が誕生する辺りから、
伝奇小説的色合いを強め、
山田風太郎的淫乱と暴力の奇想から、
ラストは町田康を思わせる血の精液の雨の中、
世界崩壊と再生の神話に着地します。

鵺的の高木登さんの世界は、
アングラ愛の集大成的な、
悪趣味上等、引用パクリ上等の、
清々しいほどに露悪的で悪趣味で過剰な世界で、
白土三平の「忍者武芸帳」から、
ハマーフィルムの「フランケンシュタイン死美人の復讐」、
山田風太郎の一連の奇想忍法帳、
町田康のパンク侍まで召喚しつつ、
ラストまで1時間40分をまとめ上げた手腕に感心します。

何より素晴らしいのは寺十吾さんの演出で、
寺十さんはアングラ演出では当代最高と思いますが、
今回はその手腕が極限まで発揮された素晴らしいもので、
凡百の演出家であれば扱い兼ねて空中分解するような素材を、
一点の緩みもなく緻密に組み上げ、
最初から醜悪な残虐場面が度肝を抜きますし、
音響やダイナミックな照明、本水などの効果で盛り上げ、
残美の場面では人外の悲しみのようなものまで、
巧みに表現しています。
こうした作品は尻つぼみになるのが通常ですが、
隠し球の夕沈さんを最後に登場させることで、
ラストの再生に繋がる葬列まで、
緩むことなく締め括った力技には、
まことに感銘を受けました。

寺十さんのこれまでのアングラ演出の、
集大成にして最高傑作と言って、
決して言い過ぎではないものだと思います。

キャストは女優陣が素晴らしく、
体当たり演技で賞賛に値する、
熟んだ果実のような川添美和さんが良いですし、
女忍びのとみやまあゆみさんの、
凜としたたたずまい、
残美という人造人間を、
アングラテイストの身体演技で演じきった、
福永マリさんと粒揃いです。

ちょっと残念だったのは、
かつて演劇実験室天井桟敷の一時期の看板であり、
アングラそのものを体現する、
跳躍する異形の肉体であった、
長老役の若松武さんが、
勿論かつての天井桟敷時代の身体演技を、
再現したくはないのでしょうが、
裏声のおとなしめのお芝居に終始していたのが、
かつての若松さんの肉体の大ファンとしては、
少し残念には感じました。
もう少し年齢無視の大暴れを、
しては頂けなかったのでしょうか?
もっと大人げない時代を召喚するような奇態を、
今のかつてを知らない若い観客達に、
見せつけては頂けなかったのでしょうか?
(失礼な表現と不遜な言葉をお許し下さい)
あと鵺的の奥野さんには、
もう少し体当たり演技が欲しかったな、
というようには感じました。
川添さんがあれだけやっているのですから、
もう少し踏ん張っては頂けなかったのでしょうか?
(これも失礼をお許し下さい)

いずれにしても、
「よくぞやったり」の素晴らしいアングラ芝居で、
よもやこれだけの物が今の時代に観られるとは、
想像もしなかった嬉しい誤算でした。

こうしたものがお好きな方には、
絶対のお薦めです。

アングラ万歳!

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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乳製品による心血管疾患予防効果(2018年5大陸の大規模データ) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
ミルクと健康.jpg
2018年のLancet誌に掲載された、
乳製品の摂取習慣と健康影響についての論文です。

乳製品の健康への影響という問題については、
これまでに相反するデータがあり、
まだ結論に至ってはいません。

乳製品は吸収の良いカルシウムが豊富で、
リンやビタミンDも含んでいるため、
骨粗鬆症の予防に良いとかつては言われていましたが、
最近の疫学データにおいては、
乳製品の摂取で骨粗鬆症のリスクが、
明確に低下するというような結果は得られていません。

一方で乳製品は動物性脂肪を主体とする食品ですから、
脂質代謝に悪影響を与える可能性があり、
その摂取によりコレステロールが増加した、
というようなデータもあります。
このため心血管疾患の予防という観点からは、
現行のガイドラインにおいて、
その摂取の一定の制限が推奨されています。

一方でチーズやヨーグルトなどの乳製品由来の発酵食品は、
生乳とは異なって動脈硬化に悪影響を与えず、
認知症予防にも良い効果が期待できるのでは、
というような報告もあります。

これまでのデータの1つの問題は、
その臨床データの多くがアメリカかヨーロッパにおいてのもので、
乳製品の摂取量の元々少ない、
アジアやアフリカなどの地域が対象となっていない、
という点にありました。

そこで今回の検証では、
世界5大陸から21の国の35から70歳の一般住民、
トータル136384名を対象として、
乳製品の摂取量と心血管疾患リスクや生命予後との関連を検証しています。
観察期間の中間値は9.1年です。

その結果、
乳製品の摂取量が多い群では未摂取と比較して、
心血管疾患による死亡と心筋梗塞、脳卒中、心不全を併せたリスクが、
16%(95%CI: 0.75から0.94)有意に低下していました。
総死亡のリスクも17%(95%CI: 0.72から0.96)と有意に低下し、
心血管疾患による死亡のリスクは14%(95%CI:0.58から1.01)、
有意ではないものの低下する傾向を示しました。

牛乳とヨーグルトの摂取量が多いほど、
心血管疾患による死亡と心筋梗塞、脳卒中、
心不全を併せたリスクは低下していましたが、
チーズの摂取ではそうした有意な低下は認められませんでした。

この乳製品の摂取による心血管疾患予防効果は、
主に欧米以外の発展途上国において強く認められました。
つまり、栄養状態が悪く、乳製品の摂取量が少ない地域で、
そうした傾向が強く認められていて、
こうした地域においては、
高率良くカロリーと脂質、蛋白質を摂取出来る乳製品が、
健康の維持に有用であったという可能性を示唆しています。

今回の研究結果は、
これまでのデータと食い違う面もあり、
乳製品の健康影響については、
まだ結論が出ているとは言えませんが、
牛乳1日200ミリリットル程度までの乳製品の摂取は、
健康にも良い影響のある可能性が高い、
とそう考えて大きな間違いはなさそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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前立腺癌のPSA検診の効果(2018年のメタ解析) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
PSA健診の効果.jpg
今日本では市町村単位で行われていることの多い、
前立腺癌のPSA検診の有効性を検証した論文です。

前立腺癌は高齢の男性に多い癌で、
以前には骨や肺に転移したり、
周辺に浸潤したりしないと、
滅多には見つからないタイプの癌でした。

それが1980年代後半に、
PSAという血液の一種の腫瘍マーカーの測定が、
導入されることにより、
早期の癌の診断が可能となるようになりました。

アメリカでは1992年に、
アメリカ泌尿器科学会とアメリカ癌学会が、
50歳以上のPSAによる癌検診を推奨する声明を出します。
それにより格段に癌検診は広まり、
それまでには見付からなかった、
早期の前立腺癌が多く発見され、
治療されるようになります。

この効果はかなり劇的なものです。
こちらをご覧ください。
癌検診と転移の発見率の図.jpg
早期の前立腺癌が多く見付かるようになり、
それに伴って転移して見付かる進行した前立腺癌が、
劇的に減少している、
というのがこの図の所見です。

ただ、癌検診の元締め的な立場にある、
アメリカ予防医療専門委員会は、
この時点でPSA検診を推奨する、
という判断をしませんでした。

それは何故かと言うと、
前立腺癌の多くは、
それほど進行して命に関わるものではないので、
PSAによる前立腺癌検診が、
受診者の生命予後を改善する、
という明確なデータが得られなかったからです。

前立腺癌は早期に発見出来れば、
その後に命に関わるようなことは、
極めて少ない癌であることは間違いがありません。
つまり、検診をすることにより、
確実に進行癌は減少するのです。
その意味では癌検診として理想的です。

しかし、その自然経過は非常に長く、
比率的に言うと進行癌は稀なので、
不特定多数の人口にPSA検診を行なうと、
「わざわざ見付けなくてもその人の寿命に何ら影響しない」
多数の悪性度の低い前立腺癌を発見して治療してしまう、
という過剰診断と過剰治療の問題に直面するのです。

その予後の良さから、
トータルに目に見えるような寿命の延長というような結果には、
なかなか結び付き難いのだと思います。

1996年にアメリカ予防医療専門委員会は、
PSAを用いた不特定の住民検診は推奨しない、
という声明を出しました。
それが2002年には判定するデータに乏しい、
という適応に含みを残す表現になり、
2008年には75歳以上の男性には推奨せず、
75歳以下の男性では判定するデータに乏しい、
という表現になります。

2012年にPLCO研究という、
アメリカで癌検診の効果を検証した、
大規模な臨床研究の結果が発表されました。
これは38000人余りを約11年間観察したものですが、
PSA検診による前立腺癌死亡リスクの低下は、
確認されませんでした。

同年にアメリカ予防医療専門委員会は、
全ての年齢層において、
PSA検診を推奨しない、という声明を発表します。

これはアメリカ国内のみならず、
世界的にかなりの影響を与えました。

同年には今度はヨーロッパにおいて、
ERSPCと言われる大規模なPSA検診の有効性についてのデータが、
発表されました。
16万人という規模で11年間の観察を行ない、
PSA検診による、相対リスクで29%、
検診者1000人当たり1.07人の前立腺癌による死亡を有意に減らした、
という結果になっています。
(2012年時点の発表データ)

アメリカとヨーロッパで、
それぞれ別個の結果になっているのですが、
その理由はアメリカのデータでは、
PSA検診をしていないコントロール群でも、
実際には74%の対象者が1回はPSAを測定していた、
というバイアスにあったようです。

ただ、ヨーロッパのデータにおいて、
1000人当たり1.07人の死亡を減らした、
というPSA検診の効果を、
大きいとみるのか小さいとみるのかは難しいところです。

2018年のアメリカ予防医療専門委員会の最新の勧告では、
年齢が55から69歳においては、
個別に判断して施行の是非は決定するべきとしていて(推奨ランクC)、
70歳以上では明確に推奨しない、としています(推奨ランクD)。
つまり、50代から60代においては、
事例を選べば一定の有効性はある、
という見解にまた修正をしているのです。

この問題は今のところまだ、
はっきりとした結論に至ってはいないようです。

今回の研究はこれまで報告されたメタ解析には、
含まれていない、
最新の臨床データを含む、
PSA検診の再解析で、
これまでの臨床データをまとめて解析した、
メタ解析の最新版です。
データの年齢は研究によって違いがあり、
50代から60代が主体ですが、
それより高齢や若年のデータも混ざっています。

それによると、
PSA検診によるスクリーニングは、
トータルで見ると総死亡のリスクを低下させず、
前立腺癌による死亡のリスクについては、
21%(95%CI: 0.69から0.91)有意に低下させる、
という結果が得られました。

これは10年を超えるスクリーニングにより、
検診施行者1000人当たり、1人の前立腺癌による死亡を予防する、
というくらいの効果と推測されます。
その一方で診断目的の生検及び診断後の治療の影響により、
これも検診施行者1000人当たり、
おおよそ1人が敗血症により入院し、
3人が排尿障害のため尿漏れパッドが必要となり、
25人が勃起不全になると試算されます。

このように前立腺癌のPSAを用いたスクリーニングにより、
前立腺癌による死亡のリスクは、
若干低下させる効果がありますが、
総死亡には影響を与えるものではなく、
診断のための検査や治療における合併症は、
少なからず患者さんの予後に影響するので、
PSA検診自体は継続するとしても、
その後の対応や対象者の絞り込みなど、
今後より有用な検診となるように、
その国際的な基準の整備が、
急務であるように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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第35回健康教室のお知らせ [告知]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は別件の仕事で都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はいつもの告知です。

こちらをご覧下さい。
35回健康教室.jpg
次回の健康教室は、
9月22日(土)の午前10時から11時まで(時間は目安)、
いつも通りにクリニック2階の健康スクエアにて開催します。

今回のテーマは「最新版ウイルス感染症の基礎知識」です。

風疹が今流行をしているという話があります。

風疹は代表的なウイルス感染症ですが、
麻疹と比べれば比較的軽症の経過を取る一方で、
妊娠中の女性に感染すると、
胎児に悪影響を与えるなどの問題があります。

特にウイルスそのものに対する治療はなく、
ワクチンは有効性は高いのですが、
どのような優先順位で接種するべきか、
など接種に関する問題も多く残っています。
本来希望者にはもれなく無料で接種が行われることが、
一番の解決策ではあるのですが、
財源の問題などは解決する見込みはありません。

インフルエンザなど少数の例外を除いて、
ウイルス感染症の多くは、
未だに特異的な治療法はなく、
診断も健康保険の範囲では限られていて、
予防法も一部を除いては有効なものがありません。

ただ、一方でこの分野は多くの先進的な研究が行われていて、
以前と比べれば有効な対処法が出来つつあるものもあります。

今回もいつものように、
分かっていることと分かっていないこととを、
なるべく最新の知見を元に、
整理してお話したいと思っています。

ご参加は無料です。

参加希望の方は、
9月20日(木)18時までに、
メールか電話でお申し込み下さい。
ただ、電話は通常の診療時間のみの対応とさせて頂きます。

皆さんのご参加をお待ちしています。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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スタチンが心血管疾患の予防に有効なのは何歳までなのか?(2018年スペインの疫学データ) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

ちょっとレセプトがギリギリで、
2日更新が間に合いませんでした。

レセプトも無事出せたので、
今日から通常運転に戻りたいと思います。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
スタチンの高齢者一次.jpg
2018年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
スタチンの高齢者における心血管疾患予防効果についての論文です。

「65歳以上ではこの薬は飲んではいけない」
というような扇情的な記事が、
複数のメディアや一般向けの雑誌などを賑わしています。

そうした番組や記事の、
不安を煽るような大袈裟な表現は感心しませんが、
心血管疾患の予防薬とされるような薬の有効性が、
高齢者ではあまり検証をされていない、
ということ自体は事実で、
高齢化社会においては、
高齢者においても有効な治療薬や、
病気の予防法の研究が、
急務であることは間違いがありません。

スタチンはコレステロール合成酵素の阻害剤で、
広く使用されている動脈硬化性疾患の予防薬です。

心血管疾患(主に心筋梗塞)を一旦起こした場合の、
再発予防(二次予防)としての効果は、
75歳以上の年齢においてもほぼ確認されていますが、
まだ心血管疾患を起こしていない場合の、
起こさないための予防(一次予防)効果は、
75歳以上ではトータルには明確には確認されていません。

2型糖尿病は心血管疾患の大きなリスク要因ですが、
糖尿病のあるなしが、
高齢者のスタチン使用による予防効果に、
どのような影響を与えるのかも、
それを検証するデータはまだ限られています。

今回の研究はスペインにおいて、
75歳以上で心血管疾患の既往のない、
トータル46864名を登録し、
スタチンの新規の使用が中間値で5.6年の経過観察期間中に、
新規の心血管疾患をどの程度予防したのかを、
糖尿病のあるなしや年齢によって検証しています。

その結果、
糖尿病を合併していない場合、
75から84歳の年齢層においては、
スタチンの新規使用はその後の心血管疾患のリスクを、
有意に低下させることはなく、
総死亡のリスクも有意には低下させていませんでした。
それは85歳以上の年齢層でも同じでした。

一方で2型糖尿病を合併している場合には、
75から84歳の年齢層において、
スタチンの新規使用はその後の心血管疾患のリスクを、
24%(95%CI: 0.65から0.89)有意に低下させ、
総死亡のリスクも、
16%(95%CI: 0.75 から0.94)有意に低下していました。
しかし、糖尿病を合併している場合にも、
年齢が85歳以上では有意なリスクの低下は認められませんでした。

このように75歳以上で開始されたスタチンの、
一次予防としての心血管疾患予防効果と生命予後の改善効果は、
糖尿病が合併していない場合には、
トータルでは明確には認められず、
糖尿病を合併している場合でも、
85歳以上では認められませんでした。

これは個人の持つリスク因子によっても、
変わりうるものなので、
週刊誌的に「スタチンを75歳以上で飲むのは無効」
と言うことは誤りですが、
少なくとも85歳以上から開始されるスタチンの有効性には、
あまり科学的な根拠はない、
とそう言っても誤りではないように思います。
そして、75歳以上の年齢で開始されるスタチンの適応についても、
糖尿病の合併の可否を含めて、
より慎重かつ個別な検証が必要であることは、
間違いがないように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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