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腹部大動脈瘤スクリーニングの効果(2018年スウェーデンのコホート研究) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は別件の仕事で都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
AAAのスクリーニングの効果.jpg
2018年のLancet誌に掲載された、
腹部大動脈瘤のスクリーニングの効果を検証した論文です。

腹部大動脈瘤は主に動脈硬化と高血圧に伴う、
お腹の太い動脈の「腫れ」で、
血管が破裂すればお腹の中に大出血を起こし、
命にかかわるような事態となります。

この大動脈瘤のチェックは、
お腹の超音波検査によって、
比較的簡単に発見することが出来るので、
リスクの高い高齢男性に、
腹部大動脈瘤の検診を行うことにより、
大出血が未然に防がれて、
生命予後の改善に結び付くのでは、
という想定が可能です。

その立証のために、
これまで幾つかの介入試験が行われています。

このうち2009年に発表されたイギリスの臨床試験では、
65歳から74歳の男性に対して、
腹部大動脈瘤のスクリーニングを行い、
その効果を13年に渡って観察したところ、
死亡リスクが42%(95%CI; 31から51%)有意に低下しました。

また、同様に施行されたデンマークの臨床試験では、
65歳から73歳の男性を対象として、
14年間の観察期間において、
腹部大動脈瘤のスクリーニングにより、
死亡リスクが66%(95%CI; 43から80%)有意に低下していました。

一方でオーストラリアにおいて、
65歳から83歳というより広い年齢層の男性に対して行われた、
腹部大動脈瘤のスクリーニングの長期効果を検証結果では、
明確な生命予後の改善は確認されませんでした。

今回のデータは今度はスウェーデンのもので、
65歳以上の男性で、
腹部大動脈瘤のスクリーニングの対象となった25265名を、
年齢をマッチさせたコントロールと比較して、
スクリーニングの効果を検証しています。

スクリーニングは1回のみの腹部超音波検査を行なうもので、
その径が30ミリ以上を動脈瘤と診断しています。
診断された事例は専門施設で経過観察を行い、
概ね径が55ミリ以上で予防的手術の対象とされています。

6年の経過観察の結果、
スクリーニングによる死亡リスクの低下は24%と算出されましたが、
有意ではなく(95%CI: 0.38から1.51)、
これはスクリーニングを受けた1万人当たり、
2名の死亡を予防する効果と算出されます。
一方で過剰診断は同じ1万人当たり49人に認められ、
そのうちの19名はスクリーニングをしなければ、
有害な手術を回避出来たと推測されました。
スクリーニングによる死亡リスクの低下は、
スクリーニング未施行群との比較で検証したところ、
喫煙の有無の影響による可能性が高いと想定されました。

このように今回の結果では、
腹部大動脈瘤のスクリーニングは、
過剰診断を増やすだけで明確はメリットに乏しい、
という厳しい結論となっています。

まだこの問題は結論が出ていませんが、
少なくとも集団で施行するのに有用な健診ではない、
という判断はほぼ動かないように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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喘息治療における長時間作用性β2刺激剤の安全性について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
LABAのステロイド併用の安全性.jpg
2018年のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
現在広く使用されている喘息治療薬の安全性を検証した論文です。

気管支喘息の治療の柱は、
吸入ステロイド剤です。

吸入ステロイド剤は喘息に伴う気管支壁の炎症を抑え、
呼吸状態を改善して、
喘息発作やその急性増悪を予防します。

これは多くの精度の高い臨床試験において、
実証された事実です。

吸入ステロイドと並んで、
長く喘息の長期管理に使用されていたのが、
長時間作用性β2刺激剤です。
これを略してLABAと呼んでいます。

LABAは吸入により持続的に気管支を広げ、
喘息の症状を改善する効果があります。
その一方で交感神経の刺激作用が持続することにより、
短時間作用性の薬と比較すれば軽微であるとは言え、
心臓に負担を掛け不整脈などを誘発することも想定されます。

LABAの安全性についてアメリカのFDAは2010年に、
LABAを気管支喘息の第一選択薬として使用するべきではない、
という見解を公表しました。

これはLABA単独の治療についてですが、
現状気管支喘息の吸入薬の多くは、
吸入ステロイドとの合剤となっています。
専門家の間でも、
この合剤の安全性には問題がないとする見解があったのですが、
FDAはステロイドとの合剤についても、
LABA単剤と同様の警告を表示するように指示していました。

2010年にFDAは、
ステロイドの単独の吸入剤と比較した場合の、
ステロイドとLABAの合剤の安全性についての臨床試験を、
各メーカーに施行するように指示をしました。

そして、その結果がほぼ確認されたとして、
2017年の12月に、
ステロイドとLABAの合剤の、
安全性についての警告を取り消す決定をしたのです。

今回の論文はその決定の根拠となった、
4つの臨床試験の結果をまとめて解析したものです。
主な対象となっている合剤は、
日本でも発売されている、
アドエアとシムビコート、
そして日本未発売のデュレアです。

その結果36010名の対象者をまとめて解析した結果として、
6ヶ月の治療期間における患者さんの予後には、
有意な差はないことが確認されました。
また、ステロイド単独の治療と比較して、
ステロイドとLABAの合剤による治療は、
喘息の急性増悪のリスクを、
17%(95%CI: 0.78から0.89)有意に低下させていました。

このように、
少なくとも半年程度の治療期間においては、
吸入ステロイドとLABAの合剤は、
吸入ステロイド単独の治療と比較して、
その予後を悪くすることはなく、
むしろ急性増悪のリスクについては、
より低下させるという可能性が示唆されました。

LABAの安全性は、
吸入ステロイドとの併用に限っては、
ほぼ実証されたと言って良いようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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メトホルミンの妊娠中の安全性 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
メトホルミンの妊娠中の安全性.jpg
2018年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
最も世界的に評価の高い糖尿病治療薬の、
妊娠中の安全性についての論文です。

メトホルミン(商品名メトグルコなど)は、
インスリン感受性を改善して血糖値を低下させる薬で、
2型糖尿病の第一選択の治療薬として、
その評価は世界的に確立しています。

ただ、妊娠されている女性の使用については、
まだ議論のあるところです。

メトホルミンは胎盤を移行する性質があり、
大量の薬剤を使用した動物実験においては、
催奇形性が認められています。
ただ、常用量の使用による催奇形性については、
人間、動物問わずに実証はされていません。
妊娠中の女性はメトホルミンの副作用である乳酸アシドーシスを、
起こしやすいのではないか、という報告もあります。

このため、現行の日本の添付文書においては、
妊娠および授乳中のメトホルミンの使用は、
禁忌の扱いとなっています。
つまり、どんな理由があっても使用は出来ません。

しかし、上記文献の記載によれば、
イギリスにおいては、
2008年以降妊娠糖尿病の患者さんや、
2型糖尿病の患者さんで、
そのメリットがリスクを上回る場合には、
その使用が認められています。

メトホルミンはまた多囊胞性卵胞という病気においては、
そのインスリン感受性改善作用を期待して、
妊娠を希望する女性にも使用されています。

実際問題として、
メトホルミンを使用している患者さんが、
妊娠する可能性は非常に高い訳ですから、
妊娠中はいかなる理由があろうと、
その使用を中止するという考え方には無理があります。

メトホルミンの妊娠中の使用についての、
これまでに報告された3つのメタ解析の論文では、
いずれも未使用と比較して、
明確な胎児奇形の増加は認められなかった、
という結果になっています。

一方で2018年に392名の妊娠女性への調査結果では、
糖尿病におけるメトホルミンの使用においてのみ、
有意な胎児奇形の増加が認められています。

このように、
メトホルミンの妊娠中の影響については、
まだ確実と言える根拠が存在していません。

今回の研究はヨーロッパ11カ国の胎児先天異常のデータを活用して、
50167件の先天異常発症事例と、
妊娠初期のメトホルミンの使用との関連を検証しています。

その結果、
先天異常をトータルで見ると、
妊娠初期のメトホルミンの使用と、
胎児の先天異常の発症率との間には、
明確な関連は認められませんでした。

個別の先天異常について見ると、
肺動脈弁閉鎖症のみに弱い相関が認められました。

このようにメトホルミンの妊娠中の使用については、
先天異常の関連ではそれほどのリスクはない、
というのが現状の認識と考えて良いようで、
まだ確定的なものではありませんが、
日本の現状の「禁忌」という扱いも、
今後は見直される必要があるように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「イル・トロヴァトーレ」(2018年イタリア・バーリ歌劇場来日公演) [オペラ]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。
休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
イル・トロヴァトーレ.jpg
久しぶりのオペラという感じでしたが、
イタリア・バーリ歌劇場の来日公演として上演された、
ヴェルディの「イル・トロヴァトーレ」を聴きに行きました。

「イル・トロヴァトーレ」はヴェルディ初期の傑作で、
物語はゴシックロマンの気分漂う荒唐無稽なものですが、
テノール、バリトン、ソプラノ、メゾソプラノにそれぞれ名曲があり、
それぞれに聴かせどころがあって、
個人技と見事なアンサンブルの歌唱が魅力です。

この作品はヴェルディとしても古典的なオペラで、
ヘンテコな読み替えの演出はまず成功しません。
ゴシック的な美術と衣装で問題ないのですが、
最近は舞台美術などにはお金を掛けられない公演が殆どなので、
国籍も年代も地域も不明なような、
ただ何となく古めかしい感じがするだけ、
という得体の知れない演出になることが多いように思います。

また、幕の終わり際に唐突に戦ったりする場面があるのですが、
急にバタバタととってつけたように剣を振り回したりする演出が、
これも極めて多いので、
作品世界に浸ることが難しいという欠点があります。

僕はこの作品の全幕上演を聴いたことは比較的少なくて、
思い出す範囲では新国立劇場で最初に上演した時と、
ボローニャ歌劇場が来日した時の2回は確実ですが、
もう1回くらい聴いたかしら、という程度です。
ただ、ソプラノのアリアはコロラトゥーラを駆使した華麗な名曲が2つあり、
これはリサイタルなどで何度も聴いています。

今回の上演は予定ではレオノーラにバルバラ・フリットリ、
マンリーコにフランチェスコ・メーリ、
ルーナ伯爵にアルベルト・カザーレ、
アズチェーナにミリヤーナ・ニコリッチという、
なかなかの豪華版で期待が高まりました。
ベテランのフリットリにカザーレ、
今勢いのあるメーリとニコリッチと、
バランスもとても良い感じです。

ところが、何となく予想の通りと言えなくもありませんが、
肝心のフリットリは急性気管支炎の診断書と共にドタキャンとなり、
急遽スヴェトラ・ヴァシレヴァがレオノーラを歌いました。

ヴァシレヴァもそれなりのレベルのソプラノで、
僕は2001年にフィレンチェ歌劇場の「椿姫」を歌った時から聴いていますが、
それなりに歌えるものの、
ちょっと胸に来る感じはない、
というところが当時からあり、
今もそうした感じは変わっていませんでした。
それなりに頑張っているのでしょうが、
ソツのない感じだけがして、
熱のようなものが伝わって来ないのが残念です。

ただ、何となくですが、
ヴァシレヴァをすぐ呼べるという辺りに、
フリットリの降板というかドタキャンは、
想定内であったのかな、という気もします。

さて、今回はそれでもなかなかのキャストが揃い、
声の競演としてはまずまず聞き応えのある上演でした。
特にカザーレの頑張りと、
ニコリッチの勢いのある感じが良かったですね。
メーリは、良いのですが、
もう少し高音がバシッと出ると良いのになあ、
と感じました。
3幕ラストはちょっと脱力でしたね。

オケもそれほどミスタッチはなかったし、
今の日本の環境では、
望みうる最良に近いレベルの「イル・トロヴァトーレ」だったと思います。

ただ、装置はただの平面書き割りのみで、
それはそれで良いのですが、
戦いの場面などは、
歌手がただジタバタしているだけといった風情で、
どちらかと言えばお芝居としてオペラに接している立場なので、
演出はとても及第点とは言えませんでした。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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