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甲状腺ホルモン補充療法の適正用量と脳機能について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は別件の仕事で都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
チラヂンの量と脳機能.jpg
2018年のthe Journal of Clinical Endocrinology and Metabolism誌に掲載された、
甲状腺機能低下症における、
甲状腺ホルモンの補充量と脳機能との関連についての論文です。

甲状腺ホルモンが不足すると、
脳の機能に影響があることは、
実験的にも臨床的にも間違いのない事実ですが、
軽症や潜在性の甲状腺機能低下症と、
臨床的に判断されるような状態であっても、
そうした影響があるかどうかについては、
まだ議論のあるところです。

甲状腺に原因のある甲状腺機能低下症の場合、
その重症度は通常血液のTSH(甲状腺刺激ホルモン)濃度で判断されます。

機能低下が強いほど、
TSH濃度は上昇しますから、
その数値が高いほど、
甲状腺機能低下の程度も重い、
ということになる訳です。

通常このTSHの基準値というのは、
0.5から4.0mU/Lくらいで設定されています。

甲状腺以外には病気がないという前提で考えると、
0.5未満であれば機能亢進に傾いている、
という判断になりますし、
4を超えていれば機能低下に傾いている、
という判断になります。

明確な機能亢進であれば甲状腺ホルモン自体の数値も上がりますし、
明確な機能低下であれば下がりますが、
軽度の機能亢進や機能低下では、
TSHは変動しても甲状腺ホルモンの変動は、
まだないか軽微なものにとどまります。
この状態を潜在性甲状腺機能異常、
というような言い方をすることもあります。

通常1つの目安として、
TSHが10を超えていれば、
ホルモンの補充療法が開始されることが一般的です。

ただ、それより軽症の機能低下症であっても、
患者さんがだるさなどの症状を訴え、
それが甲状腺の機能低下から起こっている可能性が、
高いと判断されるような場合には、
治療が開始されることもあります。

ここは医者によっても意見の分かれるところで、
検査至上主義の先生は、
TSHが一定の基準値内にあれば、
「甲状腺が原因の症状ではありえない」
という判断をして患者さんが体調不良を訴えても、
決して甲状腺ホルモン剤の使用はしません。
その一方で症状を重視するタイプの先生は、
軽度の異常であっても、
まずはホルモン剤をリスクのない範囲で使用してみて、
症状の改善の有無をみて継続するかどうかを判断する、
というような方法を取っています。

このどちらが良いのかと言うのは、
今の時点で断定的に言えることではありません。
TSHが基準値内であれば、
多くの場合に甲状腺機能は治療を要さない、
ということは事実ですが、
検査数値は短期間で変動することもありますし、
組織によって甲状腺ホルモンの感受性が異なり、
見かけ上数値は正常であっても、
組織によってはホルモン欠乏の状態にある、
ということもないとは言えないからです。

それでは、軽症の機能低下症でだるさなどの症状があり、
それがホルモン剤の治療により改善したとすれば、
治療は有効であると考えて良いのでしょうか?

必ずしもそうとは言えません。

軽度の甲状腺機能低下症の患者さんは、
少し過剰なホルモンを使用することを、
好む傾向がある、という報告が複数あるからです。
この場合患者さんにとっての甲状腺ホルモンの効果は、
多分に心理的な影響も加味されている可能性が高いと考えられます。

そこで今回の研究では、
アメリカの複数のクリニックで甲状腺機能低下症に対し、
甲状腺ホルモン(T4)製剤による治療を受け、
甲状腺機能が正常を維持している、
138名の患者さんを、
患者さんにも主治医にも分からないように、
くじ引きで3つの群に分け、
第1群はTSHの目標値を0.34から2.50、
第2群は2.51から5.60、
第3群は5.61から12.0mU/Lとして、
それを達成するように6週間毎にT4製剤を調整し、
登録時と半年後にQOLや認知機能、感情障害の有無などを、
同じように計測してその比較を行っています。

これは第1群がやや機能亢進傾向、
第2群が全くの正常で、
第3群はやや機能低下傾向を示しています。

その結果、
3群間の比較では、
認知機能、QOL、感情障害の有無などについて、
有意な差は認められませんでした。
ただ、患者さんは実際に投薬量が増加したか減少したかを、
正確には判断出来なかったのにも関わらず、
それが増加していると感じているときに、
その処方量を好ましいと感じていました。

これはつまり実際にはT4の使用量が、
甲状腺機能の基準値の周辺で上下しても、
生理的には特に変化があるという根拠はなく、
認知機能や感情にも変化があるという根拠はないのですが、
患者さんは薬の量が増えてということに対して、
良くなっているという印象を持つことが多い、
ということを示しています。

今回のデータは大変興味深いものですが、
これをもって甲状腺ホルモンの微調整には意味がない、
という意見には個人的には疑義があります。
甲状腺ホルモンの生理作用は、
今回検証されたような認知機能などのみでは、
検証困難な性質のものも、
含んでいるように思うからです。

ただ、甲状腺の分野では、
今回のような無作為の介入試験のようなデザインの試験は、
非常に数少ないので、
今回の検証は意義のあるものであることは、
間違いがないようには思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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