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マクドナー「ハングマン」(長塚圭史演出版) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
ハングマン.jpg
今年脚本と監督に当たった映画「スリービルボード」が日本公開され、
高い評価を得たマーティン・マクドナーの、
今のところ劇作としての最新作で、
2015年にイギリスで初演された「ハングマン」が、
今世田谷のパブリックシアターで上演されています。

これはイギリスで死刑制度が廃止された、
1960年代が舞台となっていて、
当時有名な絞首刑執行人で引退後にパブを経営している、
ハリーという男が主人公です。
彼は廃止された死刑に関わる自分の仕事に、
それなりにプライドを持っていたのですが、
死刑制度廃止の日に意地悪な新聞記者に取材を受け、
冤罪の男の死刑を執行したのではないかと
疑いを掛けられたことで心穏やかではありません。
その同じ日にロンドンから来たという、
謎めいた男が初めてパブを訪れ、
自分がかつての冤罪が疑われている事件の、
真犯人であるかのような話を始めるので、
パブには不穏が空気が流れます。
翌日ハリーの1人娘が謎の男を話をした後で、
忽然と姿を消します。
男が連れ去ったのでしょうか?
翌日のパブの夜に再び男が現れた時、
疑惑は沸点に達して暴力の連鎖が始まります。

如何にもマクドナーという作劇で、
「スリービルボード」を観られた方なら、
同じ構造と匂いとをお感じになると思います。
中段はやや散漫な印象もして、
物語がどう転がるのか予測の付かないところがあるのですが、
ラストになってみると、
見事にシンメトリックな構造が浮上して、
マクドナーらしいブラックなひねりもあり、
観終わって時間が経つ毎に、
じわじわと味わいの広がる辺りがさすがです。

以下ネタバレを含む感想です。

これはオープニングでまず1963年の、
ヘネシーという男の絞首刑の様子が描かれます
ヘネシーは無罪を訴えるのですが、
主人公のハリーはそんなことには聞く耳を持ちません。
時は死刑が廃止された1965年に移り、
パブに現れた謎の男は、
自分が冤罪の真犯人であるかの如くほのめかし、
ハリーの娘を連れ去ります。
娘が男にさらわれたことを確信したハリーは、
翌日パブを訪れた男を、
リンチに掛けて首を吊し、
勢いで殺してしまうのですが、
そこにさらわれた筈のハリーの娘が元気に現れます。
謎の男の悪事というのは、ただのはったりだったのです。
一気に醒めたパブの客達は、
ハリーに協力してリンチに荷担したにも関わらず、
ハリー1人に責任を押しつけて姿を消します。
残ったのは変わり者の以前からのハリーの絞首人時代の手下の男で、
2人で男の死体の処理の算段を、
何か懐かしそうにするところで物語は終わります。

要するに最初に国家権力による、
冤罪の絞首刑が描かれ、
次に全く同じ冤罪の絞首刑が、
今度は民衆の自由意志により行われる様が描かれます。
国家権力による絞首刑は、
段取り良く10分くらいで終わり、
その一方で民衆による絞首刑は2時間が費やされます。
殆どの民衆はその責任を取らず、
全てがハリーとその部下1人に押しつけられるのは、
死刑が廃止されても変わることはなかったのです。

マクドナーらしい皮肉で深い死刑論だと思います。

このように構造的にはとても高いレベルで完成されているのに、
悪ふざけとも思えるような脇筋と、
緊張を巧みに崩すブラックな笑いや、
規格外れのろくでなし揃いの登場人物の造形などで、
そのバランスが常に脅かされるのが、
これもマクドナーの作品の魅力です。

この芝居はイギリスのパブの雰囲気が重要で、
英語のだじゃれのような台詞が多いので、
日本での翻訳上演は、
かなりハードルが高いのが実際です。

長塚圭史さんの演出は、
いつもながら感度の高い繊細で完成度の高いもので、
マクドナーの脱力的な部分は上手く残しながら、
観客に芝居の構造とテーマを、
伝えることに尽力した、
見応えのあるものでした。

セットの造形と美術は特に素晴らしいものだったと思います。
その一方でドタバタや暴力の部分は、
やや抑制的で破天荒さには欠けていたように思います。

今回はおそらくこの作品の日本初演ということもあって、
長塚さんとしては楷書での演出を心がけたのだと思うのですが、
次回は是非もっと羽目を外した感じの上演も、
試みて欲しいなと思いました。

この作品の魅力は単一ではないからです。

キャストは脇まで実力派が揃っていて、
ちょっと贅沢すぎるくらいのメンバーです。
主役のハリーを演じたのは田中哲司さんは、
すっかり最近は座長役者の風格がありますし、
その妻に秋山菜津子さん、娘に富田望生さん、
子分に宮崎吐夢さんとセンスの光る座組です。
要の謎の男を演じた大東駿介さんは、
なかなかの熱演ではあったのですが、
この役にはもっと初見での異様さが、
欲しかったと感じました。

正直マクドナー作品として、
代表作とは言えないと思いますし、
細部の処理には不満もあるのですが、
この面白い作品の日本初演としては、
その真価を充分に感じさせる優れた上演だと思います。

ご興味のある方は是非。
時間があればもう一回観たいのですが、
どうも無理なようです。
皆さんが代わりに観て頂ければと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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