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大竹野正典「夜、ナク、鳥」(瀬戸山美咲演出版) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日最後の記事は演劇の話題です。

それがこちら。
夜、ナク鳥.jpg
2002年の所謂「黒い看護婦」事件を、
大竹野正典さんが2012年に大阪に舞台を移して書いた戯曲を、
オフィス・コット-ーネの企画で瀬戸川美咲さんが演出し、
松永玲子さん、高橋由美子さん、松本紀保さん、安藤玉恵さんという、
小劇場的にはこれ以上はないくらいの、
豪華絢爛な実力派女優陣が出演した期待の舞台に足を運びました。

これはちょっと微妙な舞台で、
4人の名女優の共演は、
文句なく素晴らしくて楽しむことが出来たのですが、
戯曲は悪くはないものの、
山場に乏しく人間の造形にも疑問があって、
瀬戸山さんの演出も、
良いところも沢山あるのですが、
男優陣の戯画化されたような扱いなど、
賛同しかねるような部分も多くありました。

内容は4人の看護師が保険金を掛けて、
付き合っている男性を殺害するというもので、
3人が結託して1人の男性を殺害した後の時点から物語りは始まり、
もう1人の看護師を巻き込んで、
その夫を殺害使用とするところで終わります。

キャストは4人の看護師と、
彼女達と関わりのある4人の男性で、
最初に殺された男性も、
幻覚か幽霊のように登場するという趣向です。

実際の事件は主犯格の女性に、
半ば支配され操られるようにして、
3人の共犯が犯行に及んだ、
ということのようですが、
この作品ではそうした支配被支配の関係はあまりなく、
心の奥底にある情念や渇望のようなものへの共感が、
4人の女性を結びつけた、
というような描かれ方をしています。

ただ、個人的には支配被支配の関係が明確にあった方が、
こうした物語は成立しやすく、
より説得力を持ったのではないかと思います。
実際の事件にあったレズビアン的関係の部分も、
この戯曲では省かれていて、
あくまで人間同士の共感的部分で、
関係が成立しているように描かれているので、
余計観念的で理解が難しかったように思いました。

勿論意図的にそうした作劇となっているのは分かるのですが、
観客の共感を得るのは、
かなり難しい挑戦ではなかったかと思います。

演出は鋭角なセットを組み、
巧みに舞台の奥行きを利用するところなど、
瀬戸山さんの手腕の見事さが感じられました。
抽象的なセットであるのに、
リアルに感じられると言う点の計算もさすがです。

ただ、いつものことですが、
脇役的な人物は極端に戯画化され、
非常に軽くしか扱われないので、
その点のバランスの悪さは強く感じました。

今回では女優さんに比較して、
男優さんの扱いは非常に軽く、
リアルな芝居も排除されています。

しかし、本来の戯曲のニュアンスは、
もっと両者を同じに扱っていると思うので、
この軽さは違和感がありました。

女優さんの芝居自体は見応えがありました。
僕の大好きな松永さんは、
さすがの風格でとらえどころのない悪を演じきり、
凜々しさが最近増して来た、
松本さんの迫力も良い感じです。
お話の軸となる4人目に巻き込まれる女性を演じた、
高橋さんの土に塗れたような芝居も凄みがあり、
安藤さんは今回はちょっとひいた感じでしたが、
独特の存在感でアンサンブルを高めていました。

そんな訳で素敵な芝居ではありましたが、
戯曲の世界には個人的にやや抵抗があり、
演出もややバランスに問題を感じました。

微妙です。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

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「密やかな結晶」(鄭義信脚本・演出版) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日2本目の記事は演劇の話題です。

それがこちら。
密やかな結晶.jpg
小川洋子さんの1994年作のファンタジーを、
鄭義信さんが台本化して演出し、
石原さとみさんが主演を勤めた舞台が、
本日まで池袋で上演されています。
その後地方公演もあるようです。

これは一言で言えば、とても珍妙な舞台でした。

宣伝のチラシを見ると、
何かスタイリッシュで繊細な舞台を、
想像してしまいます。

原作を読むと、
一筋縄ではいかない、
非常に繊細で微妙な作品で、
小川さんらしい際どくてエロチックで、
危険な感じも潜んでいます。
それでいて表面的には純然たるファンタジーなので、
こんなものはとても演劇には向かなそうだな、
というように感じます。

こうした裏のあるファンタジーの舞台化としては、
蜷川幸雄さんの「海辺のカフカ」の演出が、
さすが蜷川という1つの超絶技巧を見せてくれました。
オープニングの光り輝くボックスが、
宝物を入れてシガー・ロスの曲に乗り、
無数に乱舞する情景の素晴らしさは、
今も脳裏に焼き付いています。
また、ケラさんは意外にこうした世界を、
オリジナルで巧みに見せるという藝を持っている演劇人です。

鄭さんはもっと泥臭いスタイルの、
アングラ志向の人間ドラマが持ち味ですから、
誰がキャスティングしたのかは分かりませんが、
およそ小川さん作のファンタジーの舞台化には、
向いていないように思えます。

果たしてその結果は如何に…
と持って劇場に足を運ぶと、
前半は何と「子供向けミュージカル」となっているので、
脱力してしまいました。

ある架空の島で、
1つずつ「物」が消滅してゆき、
心の中ではその消滅を記憶している人を、
秘密警察が探し出して捕らえてしまう、
という話なのですが、
秘密警察の連中が歌って踊り、
物語を説明するのです。

ベンガルさんが秘密警察のボスの山内圭哉さんに対して、
「関西弁を話すと、架空の島という設定に合わないよ」
みたいな「糞セリフ」を発するところなど、
あまりのひどさと詰まらなさに、
頭を抱えて下を向くしかありませんでした。

酷い芝居でした。

ただ、後半はかなり鄭さん得意のアングラ芝居に、
強引に内容を寄せていて、
それなりに見応えが出て来ました。

従って後半は、
ほぼ原作とは無関係な世界になります。

主人公の石原さとみさん演じる島の小説家は、
記憶を失わない体質の、
鈴木浩介さん演じる編集者を、
自分の家の隠し部屋に匿うのですが、
その編集者と山内圭哉さんが兄弟という設定になっていて、
2人の愛憎が表現されるのは、
いつも鄭さんのドラマに共通する、
兄弟の愛憎に物語りを寄せていますし、
ラストで鈴木さんが抱きしめる中、
石原さんが消滅してゆくのは、
唐先生の「少女都市」で、
ガラスになった少女を田口が抱きしめる、
という場面に明らかに寄せています。
こうした設定はいずれも原作にはないのです。
また原作では病死する「おじいさん」を、
島の老女達のリンチで殺害するのも、
如何にも鄭さんの世界です。

ラストでは最初に消滅した「薔薇」が、
舞台奥の暗闇で乱舞し、
そこに向かってセットが後退するのは、
要するにテント芝居のラストをやっているのです。
「愛してる」という言葉が消滅し、
それが最後に帰って来るという、
気恥ずかしくて死にそうになる展開も、
勿論原作にはない鄭さんのオリジナルです。

キャストでは石原さとみさんは、
なかなかの熱演を見せていましたが、
声が悪く、ラストなどは耳障りな金属音のように、
なってしまっていました。
彼女にアングラ芝居は似合わないと思いましたし、
もっと声を大切に使ってくれるような、
スタッフと仕事をして欲しいと思いました。
彼女の持ち味はこんなところにはない筈です。

ベンガルさんは好きなのですが、
今回はほぼアンサンブル的扱いで、
最近お元気のない感じではありますが、
この扱いは酷いな、と感じました。

そんな訳で、
どうしてこの企画が鄭さんだったのだろう、
という疑問ばかりが残る珍妙な舞台で、
小川さんの繊細な原作とは、
全くの別物ですし、
今年の観劇の中でも落胆度の高い芝居となってしまいました。

とても残念ですが、
企画をされる方は是非、
もっと適材適所ということを、
お考え頂きたいと思います。

それでは最後の記事に移ります。

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「犬猿」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日は映画の記事が1本と、
演劇の記事が2本の3本立てです。

まずはこちらから。
犬猿.jpg
シンプルに2組の家族の愛憎を描いた、
吉田恵輔監督の「犬猿」を観て来ました。

窪田正孝さんのやや卑屈で真面目な会社員の弟と、
新井浩文さんの刑務所帰りで家族でも鼻つまみのの兄、
江上敬子さんの印刷会社の社長で、
容姿にコンプレックスを持っている姉と、
筧美知子さんの頭は弱いけれど美人で、
姉の会社に勤めながら芸能活動もしている妹、
という兄弟、姉妹の2つのペアが、
窪田さんの会社が江上さんの会社に印刷を依頼する、
という仕事の関係から、
複雑な愛憎入り交じるドラマを展開します。

4人の役者さんのコンビネーションが絶妙で、
演技は素人のニッチェ江上敬子さんは、
演技賞なみのあっぱれ芝居ですし、
窪田さんはいつもの屈折ぶりが役柄にフィットしています。
新井さんの凶悪さには磨きが掛かり、
本気で殺されそうな凄みがありますし、
筧さんも顔と身体だけが取り柄の女性を、
如何にもそれらしく好演しています。

オープニングが洒落ていて、
ネタバレになるので書きませんが、
意表を突いていて楽しいのです。
その後でタイトルが出るのですが、
とても小さくしか出ないのも面白いと思います。

その後4人の関係をテンポ良く説明する辺りも、
軽快で面白いと思いました。
ただ、クライマックスの4人の喧嘩を、
途中で音効を入れて最後までやらないのは、
あまり好みではありませんでした。
その後一旦兄弟と姉妹が和解して、
ラストにまた喧嘩が始まるというのも、
何かすっきりとしないラストで、
少しモヤモヤしてしまいました。

窪田さんの役にある秘密があるのですが、
それをもっと効果的に使う方法があったようにも思います。
秘密の暴露も無造作で、
ただ、窪田さんが悪く見えるだけ、というのも、
構成上如何なものかと思いました。

総じてオリジナルの台本は、
少し詰めが甘いように感じました。
役柄の設定や肉付けは悪くないと思うのですが、
展開が如何にも凡庸で、
意外な展開や盛り上がり、
クライマックスに向けての集束感に乏しいのです。

そんな訳でキャストの演技など、
見所も多い作品でしたが、
個人的には1本の映画としては物足りなさを感じました。

それでは2本目の記事に移ります。
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