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プロトンポンプ阻害剤と抗血小板剤併用の脳卒中リスクについて [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
PPIと抗血小板剤との併用のリスク.jpg
2018年のStroke誌に掲載された、
抗血小板剤という血液をサラサラにする薬と、
プロトンポンプ阻害剤という胃薬を併用することによる、
脳卒中などの発症リスクへの影響を検証した論文です。

プロトンポンプ阻害剤は、
強力な胃酸分泌の抑制剤で、
従来その目的に使用されていた、
H2ブロッカ-というタイプの薬よりも、
胃酸を抑える力はより強力でかつ安定している、
という特徴があります。

このタイプの薬は、
胃潰瘍や十二指腸潰瘍の治療のために短期使用されると共に、
一部の機能性胃腸症や、
難治性の逆流性食道炎、
抗血小板剤や抗凝固剤を使用している患者さんの、
消化管出血の予防などに対しては、
長期の継続的な処方も広く行われています。

商品名ではオメプラゾンやタケプロン、
パリエットやタケキャブなどがそれに当たります。

このプロトンポンプ阻害剤は、
H2ブロッカーと比較しても、
副作用や有害事象の少ない薬と考えられて来ました。

ただ、その使用開始の当初から、
強力に胃酸を抑えるという性質上、
胃の低酸状態から消化管の感染症を増加させたり、
ミネラルなどの吸収を阻害したりする健康上の影響を、
危惧するような意見もありました。

そして、概ね2010年以降のデータの蓄積により、
幾つかの有害事象がプロトンポンプ阻害剤の使用により生じることが、
明らかになって来ました。

現時点でその関連が明確であるものとしては、
プロトンポンプ阻害剤の長期使用により、
急性と慢性を含めた腎機能障害と、
低マグネシウム血症、
クロストリジウム・デフィシル菌による腸炎、
そして骨粗鬆症のリスクの増加が確認されています。

その一方でそのリスクは否定は出来ないものの、
確実とも言い切れない有害事象もあります。

プロトンポンプ阻害剤は抗血小板剤と併用されることが多く、
心筋梗塞などの後に頻用されている、
クロピドグレル(商品名プラビックス)との併用が、
同じ肝臓の薬物代謝酵素を利用して代謝されるため、
活性体であるクロピドグレルの代謝産物の血液濃度を低下させ、
心血管疾患のリスクを増加させるのでは、
という危惧が指摘されました。

ただ、2015年に発表されたメタ解析によると、
31の観察研究をまとめて解析した結果としては、
プロトンポンプ阻害剤の使用により、
心血管疾患のリスクは1.3倍増加していましたが、
4種類の介入研究という、
より精度の高い研究のみを解析すると、
そして心血管疾患リスクの増加は認められませんでした。
従って、現時点でクロピドグレルとプロトンポンプ阻害剤の併用が、
心血管疾患のリスクであるかどうかは、
明確ではありません。

クロピドグレル以外に、
チクロピジン(商品名パナルジンなど)と、
プラスグレル(商品名エフィエント)も、
チエノピリジン骨格という同様の構造を持ち、
プロトンポンプ阻害剤との併用において、
同様のリスクが想定されています。

今回の研究はこれまでの臨床研究などのデータを、
まとめて解析するメタ解析の手法で、
これまであまり検証されていなかった、
脳卒中のリスクへの、
チエノピリジン骨格を有する抗血小板剤と、
プロトンポンプ阻害剤との併用の影響を検証したものです。

これまでの22の臨床研究に含まれた、
トータルで131714名の患者さんのデータを、
まとめて解析した結果では、
抗血小板剤を単独で使用した場合と比較して、
プロトンポンプ阻害剤を併用すると、
関連する因子を補正した結果として、
脳卒中のリスクが1.30倍(95%CI: 1.04から1.61)、
脳卒中と心筋梗塞と心血管疾患による死亡を合わせたリスクが
1.23倍(95%CI: 1.03から1.47)、
それぞれ有意に増加していました。
総死亡や、出血系の有害事象、心筋梗塞単独のリスクについては、
有意な差は認められませんでした。

今回のデータも、
矢張りそれほどクリアなものとは言えませんが、
プロトンポンプ阻害剤を、
チエノピリジン骨格を持つ抗血小板剤と、
その影響を考慮することなく併用することは、
あまり賢明なことではなく、
プロトンポンプ阻害剤の使用は必要最小限の期間とすることが、
現状は最善の選択であるようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「テロ」(2018年森新太郎演出版) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
tero.jpg
ドイツの刑事弁護士で作家のシーラッハの戯曲を、
森新太郎さんが演出し、
橋爪功さんや今井朋彦さんなど、
実力派の役者さんが顔を揃えた舞台が、
今紀伊國屋サザンシアターで上演されています。

これはちょっと特殊な舞台で、
テロリストに乗っ取られた航空機を、
乗客もろとも撃墜した空軍パイロットの行為の是非を、
最終的に陪審員に見立てられた観客全員が、
投票してその票数で有罪か無罪かを判決する、
という趣向になっています。

ラストは有罪と無罪の両方の判決文が用意されていて、
そのどちらかが読み上げられて終わります。

投票をどうやるのかなあ、
と思っていたのですが、
10分くらいの休憩があって、
舞台下とロビーに有罪と無罪の2つの箱を持ったスタッフが並び、
どちらかの箱に入場時に渡された赤いカードを、
入れるようなやり方になっていました。

投票の対象となる裁判の内容は、
要するに「トロッコ問題」で、
テロリストに乗っ取られた航空機が、
そのまま放っておけば7万人がいるサッカースタジアムに突っ込む、
というギリギリの場面で、
空軍機の少佐は本人の判断で、
航空機を撃墜し、
164人の乗客をテロリストもろとも全員殺すことで、
7万人の観客を助けるという判断をしたのですが、
その、人数の大小で人間の生命の価値を天秤に掛けた行為を、
罪とするべきかどうか、
という問題です。

欧米の方はこの問題が好きですよね。

ただ、これは要するに答えのない問題ですし、
どちらを選んだかでその背後にある個人の考え方を、
引きだそうという辺りに嫌らしさも感じます。

今回は非常に意欲的な上演であったと思うのですが、
戯曲としては問題の設定の仕方とその詰め方に、
あまり賛同が出来なかったことと、
演出は僕の大好きな森新太郎さんだったのですが、
今回はちょっと納得のいかない点が多くありました。

以下少し内容に踏み込みますので、
観劇予定の方は観劇後にお読み下さい。

舞台は黒一色の素舞台で、
背後には歪曲したスクリーンが全面に配置されていますが、
題名や「評決」などの文字が投影されるだけで、
特に映像などが流されることはありません。

最初に登場するのは裁判官役の今井朋彦さんで、
狂言回しを兼ねていて、
観客に投票を促したりする役回りも、
同時に担う感じとなっています。

そこに被告の空軍少佐役の松下洸平さん、
弁護人役の橋爪功さんと検察官役の神野三鈴さんが入って来て、
裁判が始まることになります。
キャストはそれ以外に証人として、
堀部圭亮さんと前田亜季さんが登場します。

シンプルで地味な舞台ですが、
前半空軍少佐の上司の軍人役の堀部さんが登場して、
軍事用語や法律用語が飛び交いながら、
事件の緊迫したやり取りが再現される辺りは、
なかなか迫力があって引き込まれました
「シン・ゴジラ」に近いような味わいです。

ただ、それ以降は特別新しい情報が提示されるということもないので、
やや単調に物語は展開します。

単純に164人の乗客と7万人の観客の命のどちらを選ぶか、
という話になれば、
現実には7万人を選んでもやむなしという気持ちになるのですが、
そこにちょっと補足的な情報があって、
テロが分かってから50分以上の時間があったのに、
サッカースタジアムの観客に逃げるように指示をしなかったのは何故なのか、
という話と、
乗客がテロリストに立ち向かって、
それに成功しつつ合ったのではないか、
という話です。

乗客とテロリストの対決という、
アメリカのアクション映画のような話は、
ただの推測で根拠はないのですが、
スタジアムの観客に退避が指示されなかったことは問題で、
ただ、その経緯は実際には全く明らかにされないので、
最後まで裁判の論点にはなりません。
ただ、観客へのイメージとしては、
スタジアムと旅客機の、
両方の命を救う手立てもあったのではないか、
という先入観を植え付けることには成功しているように思います。

そもそもテロリストが、
予めスタジアムがターゲットであることを、
1時間近く前に明かしてしまう、
ということが既に間抜けであり得ない、
という気がしますし、
もし観客が墜落前に全員退避してしまったとしたら、
ターゲットを変えてしまったのではないか、
というようにも思います。

こうした点が全く作中では議論をされていないのに、
人間の命を数で天秤に掛ける、
という論点だけが強調されて、
最後の評決に至るという展開が、
作品としてどうにも納得出来ません。

僕が観劇した当日の採決は、
20票くらいの差で有罪が上回ったのですが、
観客が逃げられたのではないか、
という情報が意味ありげに投入されていることと、
「憲法の精神を守るべき」というような検事の弁論が、
影響した可能性が大きいように思います。
それが原作の意図でもあるのか、
日本版の演出の影響であるのかはよく分かりません。

森新太郎さんは翻訳劇の演出家としては、
僕が今最も信頼している演出家ですが、
今回はあまりに地味でモノトーンの演出で、
ちょっとガッカリしました。
勿論、セリフ劇としてシンプルさを選択していることは分かるのですが、
後半は単調でありすぎたように思います。
せっかく背後にスクリーンを配しているのですから、
事件の経過などを映像化するなど、
もっとビジュアルに変化があった方が、
良かったように思いました。

また、評決の方法としても、
周りの人にどちらに入れているのかが、
分かってしまうような方法をしているので、
再考を要するように思いました。

このように大変面白く意欲的な上演であったのですが、
娯楽作として質の高い上演であったとは言えず、
翻訳劇の難しさを再認識するような思いがありました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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別冊「根本宗子」第6号「バー公演じゃないです。」(第5号の再演) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が外来を担当し、
午後2時以降は石原が担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
バー公演じゃないです.jpg
自分の名前を冠した劇団、月刊「根本宗子」などで、
非常なハイペースで精力的な公演を続けている根本宗子さんの、
今年初めての公演に足を運びました。
今回は2年前の同題で「第5号」と題された公演の再演で、
初演は本公演とは別個の位置づけの、
番外公演的な別冊「根本宗子」として、
中野の地下の小劇場で行われました。

今回は4人のキャストはそのままで、
演出やセットもほぼそのままという、
正統的な再演の舞台で、
劇場だけが前回より舞台の横幅がかなり広い、
下北沢の駅前劇場に変わっています。

これは根本宗子さんと、
長井短さん、青山美郷さん、石澤希代子さんという、
4人の女優さんによる1時間10分くらいの小品ですが、
一種の語りによる演劇を、
4人の個性的な女優さんによるテンションの高い芝居で、
一気に駆け抜けるという趣向で、
初演でもその面白さとセンスの良さに、
感心した覚えがあります。

舞台はポップな装飾が施され、
オープニングやエンディングでは、
皆で時間差で同じ動作を繰り返したりするような、
様式的な演出も一部に取り入れられています。

基本的には根本宗子さんの1人語りで、
子供時代のトラウマに悩む少女が、
3人の同級生との交流を繰り広げるうち、
ラストでひょんなところからそのトラウマから解放されます。
4人の女優さんが特徴的な4人のキャラを演じ、
丁々発止の渡り台詞で、
長大かつテンションマックスな掛け合いを演じる部分が見所です。

バレエのくるみ割り人形が、
モチーフとして使用されています。

こういう「私を見て!私だけを見て!」というような、
自意識の塊のような芝居が、
根本宗子さんの魅力で、
過去の人間関係のトラウマからの解放、
というのは根本さんの戯曲の一貫したテーマです。
最近はもっと幅広い傾向のお芝居もあるのですが、
矢張り根本さんの芝居の特徴というのは、
今回のようなところにあるのだと思います。

再演の今回も、
小気味の良いタッチで、
これぞ根本宗子、というところを見せてくれました。

初演の時には、
最近の根本さんのお芝居には欠かせない感じのある
(でも次回作はどうやら出ないようです)
長井短(ながいみじか)さんが、
極めて暴力的でハイテンションの怪演で、
小劇場を代表する女優さんの1人になったことを、
認識させる演技だったと思います。

彼女は身体をたえずくねらせ、
身体の軸をぶらし続けながら、
静止させることなく台詞を発していて、
その規格外のところが、
小劇場的でとても良かったのです。

それが今回の再演では、
基本的には全く同じことを演じているのですが、
ややお上品な、上手く演じようという色気が、
そこここに感じられるような芝居になっていて、
「ええっ! もっと破れかぶれのテンションで良いのに…」
とちょっと残念に思えるような部分もありました。

ただ、役者さんはいつまでも同じテンションで、
大暴れが出来るような生き物ではないので、
次第にフォルムの整ったお芝居になることは、
むしろ長井さんの芸の成長として、
評価するべき性質の物なのかも知れません。

しかし、今回の再演に限って言えば、
初演と比べてそのテンションの違いは、
少し物足りなさを感じさせたことは事実です。

いずれにしても、
今回は小休止的な再演でしたが、
これからも根本さんのエネルギッシュな演劇活動からは、
目が離せません。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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急性蕁麻疹に対するステロイドの上乗せ効果について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
じんましんのステロイドの効果.jpg
2018年のAnnals of Emergency Medicine誌に掲載された、
急性の蕁麻疹症状に対する飲み薬のステロイド(糖質コルチコイド)の、
治療効果についての論文です。

急性のアレルギー症状として、
皮膚の一部もしくは広範囲が、
赤く腫れて膨らみ、
猛烈にかゆみを感じる急性蕁麻疹は、
通常命に関わるような病気ではありませんが、
大変不快でつらい症状です。
蕁麻疹は一定の時間が過ぎれば自然に改善しますが、
繰り返すこともしばしばありますし、
自然に治るからと言って、
何も薬も使わずに症状に耐えることは、
かなり苦痛であることは確かです。

上記の論文は救急医学領域のものですが、
救急を受診する皮膚に病気のある患者さんのうち、
7から35%は急性蕁麻疹であった、
という統計が紹介されています。

つまり、多くの一般の人にとって、
急性蕁麻疹は一刻を争うつらい症状なのです。

この急性蕁麻疹の治療には、
通常抗ヒスタミン剤という薬が使用されます。
これは風邪薬や花粉症の薬の鼻水止めの成分と同じで、
蕁麻疹の症状の原因である、
ヒスタミンという物質の働きをブロックする薬です。
ヒスタミンが血管のヒスタミン 受容体にヒスタミンがくっつくと、
細い血管が広がり、水が血管の外に染み出して、
むくみを作ります。
ヒスタミンを人間の皮膚に注射すると、
皮膚はたちまちむくんで赤く腫れ、
猛烈な痒みを感じます。
これが要するに、「蕁麻疹」と言われる現象なのです。

2013年の国際的な蕁麻疹のガイドラインによると、
抗ヒスタミン剤の使用以外に、
ステロイド剤(糖質コルチコイド)の服用が、
症状の持続期間と強さの改善に、
有効な可能性がある、という記載があります。

ただ、この記載の根拠となっているのは、
たった2つの臨床研究だけで、
抗ヒスタミン剤にステロイドを上乗せすることにより、
症状はより迅速に改善し、より完全に軽快した、
というように書かれていますが、
厳密な方法である介入試験は1つだけで、
例数も43例と少なく、
使用されている抗ヒスタミン剤は、
今では副作用が強いためあまり使用がされていない、
第一世代の薬が使われています。

従って、今の治療に近い形で、
より例数も増やした検証が、
是非必要であると考えられます。

そこで今回の臨床研究では、
フランスの2か所の救命救急部門を持つ総合病院において、
18歳以上で24時間以内に発症し、
救急外来を受診した急性蕁麻疹の患者さん、
トータル100名を、
患者さんにも主治医にも分からないように、
くじ引きで2つの群に分けると、
一方は日本でも良く使用されている、
新しいタイプの抗ヒスタミン剤レボセチリジン(商品名ザイザル)を、
1日5ミリグラムで5日間使用し、
もう一方はそれに加えて、
ステロイドのプレドニンを1日40ミリグラムを、
1日1回で4日間使用して、
その後の改善の差を比較しています。
偽薬を使用して、
どちらか分からないように条件を同じにした、
かなり厳密な方法の臨床研究です。

その結果、
治療開始後2日の時点で、
ザイザルのみの群の76%と、
ステロイドを上乗せした群の62%が、
かゆみ症状がなくなっていました。
これはどちらにも明らかな優劣は付いていません。

再燃が見られたのは、
ザイザルのみ群の24%に対して、
ステロイド上乗せ群で30%で、
これも明らかな優劣は付いていません。

両群で特に問題となるような有害事象は報告されませんでした。

このように今回の検証においては、
急性蕁麻疹の初期治療として、
抗ヒスタミン剤のみを使用しても、
ステロイドをそれに追加しても、
短期的な症状の改善には特に違いは認められませんでした。

これは勿論単純な蕁麻疹のみの症状の場合で、
呼吸困難な喘鳴を伴うような重症の事例においては、
ステロイドの使用が否定された訳ではない、
という点に注意が必要ですが、
単純な蕁麻疹のかゆみや湿疹のみの症状であれば、
それが少し強くても、
ステロイドを最初から使用することの意義は、
あまりないと考えた方が良さそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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COPDにおける気管支拡張剤の使用と心血管疾患リスク [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
COPDにおける気管支拡張剤と心血管疾患リスク.jpg
2018年1月のJAMA Internal Medicine誌にウェブ掲載された、
COPDに使用される気管支拡張剤の、
心血管疾患リスクについての論文です。

COPDは慢性閉塞性肺疾患のことで、
主には喫煙の継続によってもたらされる、
肺の慢性の変化を総称した用語です。
その中には肺気腫や慢性気管支炎などが含まれ、
炎症などによる悪化を繰り返しながら、
徐々に呼吸機能が低下して行くのが特徴です。

このCOPDと良く似ているのが気管支喘息で、
こちらはアレルギー性の炎症が気道に起こり、
治療により呼吸機能自体は、
正常な状態に改善することが特徴です。

しかし、実際には気道の感染を繰り返して、
呼吸機能も低下することはありますし、
COPDが喘息と似通った病態を、
同時に呈することも稀ではありません。

ほんの10年くらい前には、
気管支拡張剤も吸入のステロイド剤も、
どちらも気管支喘息の薬で、
COPDへの使用は推奨されてはいませんでした。

しかし、近年になりCOPDにも、
まず抗コリン剤と呼ばれる吸入剤が有用だ、
という話になり、
それから長時間作用型のβ2刺激剤という薬が、
有用だという話になりました。

そして、まだ議論はありますが、
吸入のステロイド剤も、
COPDに使用されるようになりました。

つまり、喘息治療薬の多くが、
COPDにもその有用性を認められるようになったのです。

この抗コリン剤とβ2刺激剤はいずれも気管支拡張剤で、
吸入ステロイドは気道の炎症を抑える薬です。
持続性のβ2刺激剤の吸入薬をLABAと呼び、
持続性の抗コリン剤の吸入薬をLAMAと呼んでいます。

いずれの薬剤もその使用により、
COPDの患者さんの息切れなどの症状を改善し、
急性増悪と呼ばれる一時的な状態の悪化を、
抑制する作用があるとされています。

しかし、患者さんの生命予後を改善したり、
呼吸機能の悪化を抑制したりする効果があるのかについては、
最近肯定的なデータが少しずつ得られてはいるものの、
まだ明確な結論が出ているとは言えません。

問題はこうした喘息の治療薬はCOPDに対して使用した場合、
良い点ばかりではなく、悪い点も考えられることにあります。

吸入ステロイドは免疫を抑えて、
肺炎などの感染症を増加させるというリスクがありますし、
LABAやLAMAのような気管支拡張剤は、
以前使用されていた同種の短期作用型の薬と比較すれば、
遥かに軽度ではあるのですが、
心臓を刺激して脈拍を上昇させるような働きがあり、
このため心臓に負担を掛け、
心血管疾患のリスクを増加させる可能性が否定出来ません。

LABAやLAMAと心血管疾患との関連については、
先行研究は多くありますが、
その結果は全く問題はなかった、
というものから、
使用により1.1から4.5倍の心血管疾患のリスク増加があった、
というものまであって、
その結果は一定していません。

これまでの研究の多くは、
登録の時点で何らかの気管支拡張剤を使用していて、
直近では心血管疾患を発症していない患者さんを、
主な対象としていました。

ただ、こうした方法では、
新しく気管支拡張剤を開始した患者さんに、
比較的早期に起こった病気が除外されてしまいます。

そこで今回の臺灣の研究では、
臺灣の大規模な医療保険データを活用して、
年齢が40歳以上でCOPDという診断を受け、
まだLABAもLAMAも使用していない284220名の患者さんを抽出し、
平均観察期間2.0年において、
その後のLABAもしくはLAMAの使用と、
心血管疾患の発症との関連を検証しています。
処方を継続している期間と、
病気の発症との関連が検証されているという点が、
今回の研究の特徴です。

その結果、
観察期間中に37719名の患者さんが心血管疾患を発症していて、
LABAを開始して30日以内の発症リスクは、
未使用の1.50倍(95%CI; 1.35から1.67)、
LAMAを開始して30日以内の発症リスクは、
未使用の1.52倍(95%CI; 1.28から1.80)、
それぞれ有意に増加していました。

この場合の心血管疾患というのは、
心筋梗塞などの虚血性心疾患、心不全、
虚血性脳梗塞、不整脈のいずれかを発症して、
救急受診もしくは入院した事例をカウントしています。

ただ、このLABAやLAMAによる心血管疾患のリスクの増加は、
薬剤開始後30日以内に限って認められ、
それ以降の使用においては、
未使用と有意な差はありませんでした。
個々の薬剤の種別やその使用量、
薬の組み合わせや心血管疾患の既往などは、
このリスク増加との関連を認めませんでした。

今回のデータは実臨床のものであるので意義のあるもので、
これまでの研究結果とも矛盾はしていません。
LAMAもLABAも、
いずれもCOPDの患者さんに使用する際には、
使用開始後1か月間は、
心臓病や脳卒中などの発症リスクが1.5倍程度上昇するので、
その点を慎重に観察する必要があります。
これは元に病気を持っていたかどうかで差が出ていないので、
それまでに病気のなかった患者さんでも、
安心は出来ないのです。

最後に念のための補足ですが、
これはCOPDの患者さんにLABAやLAMAを使用することが、
良くないという意味ではありません。
患者さんの症状の改善や、
COPDの急性の悪化の予防などについては、
その有効性は確立しているので、
必要性が高ければその使用には問題はないのです。
ただ、心臓に若干の負担を掛ける薬であることは、
おそらくは事実であるので、
その点の説明は事前に必要であると思いますし、
患者さんも使用開始後1か月間は、
動悸や胸の圧迫感、息切れなどの症状に、
注意をする必要があります。
こうした症状はCOPD自体でも勿論出るものなので、
どちらの原因と自己判断することなく、
主治医の先生にその都度ご相談をして頂くことが良いと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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人は何故白髪になるのか? [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
白髪の遺伝子.jpg
2017年のGenes & Development誌に掲載された、
白髪に関連する遺伝子の働きについての論文です。

これは昨年結構話題になり、
医療ニュースなどでも取り上げられた知見です。

髪の毛の悩みというのは命に関わることはない反面、
男女を問わずその個人にとっては、
結構深刻なものではあることは、
大して効くとも思えない育毛剤が莫大な売り上げを上げていたり、
白髪染めが多くの人にとって手放せない物になっていることからも分かります。

脱毛の仕組みも白髪になる仕組みも、
研究は進んでいますがまだ不明の点を多く残しています。
そして、ちょっと意外な気もしますが、
より分かっていないのが白髪の原因です。

髪の毛に色が付いているのは何故でしょうか?

これは髪の毛の根元にメラニン色素を産生する、
色素細胞があって、
そこで作られたメラニンが、
毛の元になる毛母細胞に伝達されてゆくからです。

毛母の色素細胞がメラニンを産生するには、
造血機能の初期段階で働く造血細胞成長因子である、
幹細胞因子(SCF)というタンパク質が働くことが分かっています。
しかし、それがそのようにして働くのかについては、
あまり明確なことが分かっていませんでした。

今回の研究はネズミを利用した動物実験において、
その体毛が白くなる条件や仕組みを検証しています。

上記論文の研究者がSCFと共に注目したのは、
毛包の上皮細胞で発現している転写因子の1つである、
KROX20というタンパク質です。

このKROX20という転写因子の遺伝子が欠損したネズミは、
毛母細胞が増殖せず、毛幹の成長自体が起こりません。

一方でKROX20は発現している状態で、
SCFの遺伝子が欠損したネズミでは、
毛は成長しますが色素のない、
人間であれば白髪の状態となります。

それを図示したものがこちらになります。
白髪のメカニズムの画像.jpg
毛包の上皮細胞のうち、
KROX20という転写因子を発現している細胞が、
SCFを分泌して色素細胞を刺激し、
メラニンを賛成しつつ毛母細胞を分化し増殖して、
毛が成長するのです。

ポイントは毛の成長と毛に色素が導入されることとは、
かなり密接にリンクしているということです。

ただ、毛に色素が入るかどうかは、
SCFによって決定されているので、
毛髪の周期に合わせてその遺伝子の調節が可能となれば、
白髪を元に戻すことも、
可能ではないかと考えられるのです。

今後の知見の積み重ねに期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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卵と健康との関係について(NIPPON DATA90の解析) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
卵の摂取量と健康日本.jpg
2017年のEuropean Journal of Clinical Nutrition誌にウェブ掲載された、
日本人における卵の摂取量と生命予後についての論文です。

NIPPON DATA 80という、
日本人を対象とした大規模疫学データが発表されていますが、
その追跡調査をしたNIPPON DATA 90の再解析を活用した研究です。

卵と健康との関連については、
色々な見方があります。

卵黄には1個に200ミリグラムを超えるコレステロールが含まれています。

血液のコレステロールが高いと、
動脈硬化が進行しやすいという知見が得られてから、
食事のコレステロールを制限しようという動きが、
世界的に高まり、
そこで提唱された基準が、
食事のコレステロールを1日300ミリグラム以下にする、
というものです。

これを達成するためには、
卵をなるべく食べないことが、
必要不可欠ですから、
卵の制限が、
健康のためには必要であると考えられたのです。

ところが

2016年に公表されたアメリカのガイドラインにおいては、
食事のコレステロールを制限しても、
血液のコレステロールを減らせるという根拠は乏しいとして、
その目標値は削除されました。

これは、
「コレステロールの食事制限は不要」として、
一般にも報道されました。
その報道には誤解を招く点があり、
実際には数値目標が外れただけで、
コレステロールの制限自体は推奨されていたのですが、
コレステロールに制限は要らない、
という誤ったメッセージに受け取られたことは、
残念でした。

卵の摂取量と健康との関連については、
NIPPON DATA 80の解析結果が、
2004年に発表されています。

それによると、
女性においては、
週に1から2個の摂取と比較して、
毎日1個卵を食べる習慣のある人は、
血液のコレステロールが高く、
総死亡のリスクも有意に増加していました。
一方で男性にはそうした関連はありませんでした。

今回の研究は、
アメリカでの報告も受け、
以前得られた女性における卵とコレステロールとの関連を、
追跡調査を含めたデータを活用して、
再検証してみたものです。

対象は登録時に30歳以上の4686名の女性で、
15年の経過観察を行い、
アンケートによる卵の摂取量と、
血液のコレステロール、
そして心血管疾患や死亡リスクとの関連を検証しています。

その結果、
卵の摂取量と血液のコレステロール値、
また心血管疾患のリスクとの間には、
有意な関連は認められませんでした。

ただ、
1日1個摂取した場合と比較して、
毎日2個以上卵を食べる習慣のある人は、
総死亡のリスクが2.05倍(95%CI: 1.20から3.52)、
癌による死亡のリスクが3.20倍(95%CI: 1.51から6.76)、
それぞれ有意に増加していました。

癌による死亡のリスクについては、
1日1個摂取した場合と比較して、
週に1から2個食べる習慣のある人は、
32%(95%CI: 0.47から0.97)有意に低下していました。

つまり、アメリカのデータと同じように、
卵の摂取量とコレステロール値や心血管疾患リスクとの間には、
今回の追跡調査ては関連は認められなかったのですが、
総死亡と癌による死亡のリスクについては、
卵を多く食べると生命予後が悪いという、
一定の関連が認められたのです。

論文の著者らの見解としては、
登録の時点と比較して、
コレステロールが高いことと病気との関係が、
広く知られるようになり、
そのため全体に皆がコレステロールを含む食品を控えるようになったので、
差がなくなったのではないか、
と考察しています。

そもそも登録時のアンケートで、
15年間の食生活を評価することに、
かなりの無理があるのです。

癌の死亡リスクと卵の摂取量との関係については、
卵に多く含まれるコリンや、
胆嚢の収縮による大腸の胆汁濃度の上昇が、
消化器癌の増加に結び付いた可能性を指摘しています。
これは、そうした報告が過去にあるので、
一応の根拠はあるのですが、
大腸癌や直腸癌に限った話で、
今回のデータからそうした癌のみが増えている、
という結果は得られていませんし、
そもそも毎日2個以上卵を食べる習慣のある人は、
トータルでも40名しかいないので、
その40名の結果が主なリスク増加要因というのは、
如何にも弱いという気がします。

従って、現状卵を毎日1個くらいまで食べる生活については、
明確なリスクは現時点では証明はされていない、
それをより制限したからと言って、
明確なメリットがあるとは言い切れない、
というくらいが現時点で言えることと考えて、
そう間違いはないのではないかと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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第28回健康教室のお知らせ [告知]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はいつもの告知です。
それがこちら。
28回健康教室.jpg
次回の健康教室は、
1月20日(土)の午前10時から11時まで(時間は目安)、
いつも通りにクリニック2階の健康スクエアにて開催します。

今回のテーマは「2018年版脳卒中の基礎知識」です。

脳卒中は動脈硬化を原因とする病気の中でも、
後遺症を残すことが多く、
寝たきりの原因にもなることが多いなど、
非常に人生において深刻なダメージとなる病気ですが、
その治療も予防も、
同じ動脈硬化性疾患の代表である心筋梗塞と比較すると、
まだまだ確立はされていないのが現状です。

欧米では脳卒中より心筋梗塞の方が遙かに頻度が高いことが、
その1つの要因であるのですが、
日本人では欧米と比較して脳出血のリスクが高いのでは、
という見解が以前より根強くあり、
日本人に合った抗血小板剤として、
シロスタゾールが欧米より広く使用されるなど、
その治療方針や薬剤選択についても、
かなり欧米の指針と日本のガイドラインとは、
異なる側面があります。

これは本当に理に適ったものなのでしょうか?

そう思える反面、
同じアジアの中国や台湾のデータなどでは、
欧米とそう違わない結論が報告されていることが多いので、
にわかに日本のみのデータで、
そうした結論は出せないのではないか、
というようにも思えます。

今回もいつものように、
分かっていることと分かっていないこととを、
なるべく最新の知見を元に、
整理してお話したいと思っています。
ご参加は無料です。

参加希望の方は、
1月18日(木)18時までに、
メールか電話でお申し込み下さい。
ただ、電話は通常の診療時間のみの対応とさせて頂きます。

皆さんのご参加をお待ちしています。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「西瓜とマヨネーズ」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
南瓜とマヨネーズ.jpg
同題の漫画を魅力的なキャストで映画化した、
「西瓜とマヨネーズ」を観て来ました。

バンド内のゴタゴタで音楽から遠ざかった、
太雅さん演じるせいいちというプライドの高い若者が、
その才能に惚れ込んでいた臼田あさ美さん演じるツチダという女性と、
同棲生活をしているのですが、
せいいちは現実逃避をして何をするでもなく、
アパートで無為な生活を続けています。
せいいちが音楽で成功することを何よりの希望としているツチダは、
生活のためにせいいちには内緒でレオタードパブで働くようになります。
ツチダの期待がせいいちには重圧になり、
次第に2人の間には距離が生まれてしまいます。

そんな時にツチダの前に、
オダギリジョー演じる、かつて好きだった、
風来坊のような遊び人のハギオが現れます。

3人の関係は微妙に揺れ動き、
最後にはそれぞれの人生の転機が訪れるのです。

如何にもの展開の青春のほろ苦いドラマですが、
青春ドラマを得意とする職人肌の富永昌敬監督は、
最後にせいいちがオリジナル曲をツチダに歌うクライマックスに向け、
比較的淡々と誠実に物語りを紡いでゆきます。

非常に端正な映画で、
胸に静かに響くようなところはあるのですが、
正直おじさんにはもうこうした世界はきついかな、
というような印象で、
あまり乗れませんでした。

漫画の雰囲気を大切にしていて、
映像化しようという気持ちは分かるのですが、
キャバクラみたいなものを出してしまうと、
原作通りではあっても、
実写では生々しくなりすぎて、
集客へのサービスのようにしか見えなくなってしまいます。
またせいいちがかつてのバンド仲間と、
再び交流が生まれる辺りの段取りも、
もう少し映画的なリアルさが欲しかったという気がしました。

漫画のリアルと映画のリアルは、
また別物なのではないでしょうか?

抜群に良かったのはオダギリジョーさんで、
いつも通りに徹底しただらしなさの駄目男を、
それでいて魅力的に表現してしまう空気感は、
オダギリさんならではの至芸と言う気がします。
それと比較すると臼田さんも太雅さんも、
原作に寄せようとする感じが、
やや中途半端な造形になっていて、
特にツチダが惚れ込むせいいちの魅力が、
太賀さんからはあまり感じられない気がしたのが、
少し残念でした。
映画としてもせいいちの音楽的才能が、
もう少し見えるような部分があっても良かったのではないでしょうか。

そんな訳でこの映画はちょっと駄目でした。

ただ、それはおそらく年齢のせいもあって、
こうした映画は楽しめなくなってしまったのね、
とちょっと寂しく感じる思いもあったのです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

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「プラハのモーツァルト 誘惑のマスカレード」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
プラハのモーツァルト.jpg
チェコとイギリスの合作で、
全編チェコのプラハを舞台に、
モーツァルトを主人公にした映画です。

もう終わりかけの時期に、
滑り込みで鑑賞しました。

軽い感じの映画に思えましたが、
難しい映画が大好きな評論家の白井佳夫さんが、
割と褒めていたので、
どんなものかな、と思って観たのです。

結果的には、
詰まらなくはなかったのですが、
わざわざ映画館で観るほどとも思えませんでした。

「フィガロの結婚」が大人気のプラハから呼ばれたモーツァルトが、
そこで新作オペラの「ドン・ジョバンニ」を完成させ、
プラハで初演したのは、歴史的事実です。

そこでモーツァルトが魅力的な若い歌手と恋に落ち、
プラハの男爵で悪魔的な人物との三角関係から、
悲劇的な結末を迎える、
というフィクションを加えて、
その女性への思いを込めた作品として、
「ドン・ジョバンニ」が完成する、
という締め括りになっています。

モーツァルトのオペラの設定が、
映画のストーリーの随所に織り込まれていて、
「フィガロの結婚」と「ドン・ジョバンニ」については、
音楽もふんだんに使われています。
実際の事件を元にして、
「ドン・ジョバンニ」が創作された、
という設定になっているので、
特に「ドン・ジョバンニ」の筋は知らないと、
物語が少し分かり難いと思います。

それでは、
オペラに詳しいとより楽しめるのかと言うと、
必ずしもそうではありません。
映画では、好色な権力者の男爵が、
ドン・ジョバンニのモデルとなっているのですが、
実際のオペラはそうではなく、
悪党である反面、
全ての女性を虜にしてしまうような、
男性的魅力に満ちた人物としても描いているのです。
そうした点に矛盾がありますし、
実際にはオペラには台本があって、
モーツァルトの創作という訳でもないのです。

オペラ好きとしては、
モーツァルトの生きていた時代の上演の実際を、
再現して見せて欲しい、
という希望があるのですが、
映画はその点も物足りません。
音は明らかに今の楽器のもので、
古楽ではありませんし、
観客のブラボーの拍手やスタンディングオベーションも、
あまりに今の劇場の雰囲気のままで、
絶対にこの時代にはなかった、という気がします。

現地のオケを使い全編がプラハでロケされているなど、
趣のある映画ではあるのですが、
悲恋のロマンスとしてもややパンチ不足で、
オペラの使い方にも少し不満があって、
トータルには納得のゆく映画ではありませんでした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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