SSブログ

尿路感染症に対する消炎鎮痛剤の効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
尿路感染症に対する消炎鎮痛剤の効果.jpg
今年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
合併症のない尿路感染症に対する、
抗生物質の使用の可否についての論文です。

近年抗生物質の害が強く指摘されるようになり、
日本でも抗生物質の使用を抑制しよう、
という動きがあります。

抗生物質は細菌感染症の治療薬で、
医療の歴史において、
非常に画期的なブレイクスルーをもたらしたものですが、
その一方で万能薬的なイメージが付き過ぎたために、
あまり意味のない予防的な使用や、
ウイルス感染症の可能性の高い風邪症候群への、
適応を考慮しない使用などが行われるようになり、
抗生物質の効かない耐性菌の問題などが、
生じる結果となっているのは、
皆さんもご存じの通りです。

そのため抗生物質の使用の適正化の試みが、
色々な面で行われるようになりました。

今回はその流れの中で、
抗生物質の使用頻度が多く、
その適応と考えられている、
膀胱炎などの合併症のない尿路感染症に対する、
抗生物質の使用が、
本当に必要なものであるのかを検証しているものです。

スイスの17のプライマリケアの医療機関において、
203名の合併症のない尿路感染症の患者さんを登録し、
患者さんにも主治医いにも分からないように、
一方は消炎鎮痛剤であるジクロフェナクナトリウム(商品名ボルタレンなど)を、
1日75mgで3日間使用し、
もう一方は同じ見た目のカプセルで、
抗生物質のノルフロキサシン(商品名バクシダールなど)を、
1日400mgでおなじく3日間使用して、
3日後の症状や合併症の有無を比較検証しています。

その結果、
3日後に症状が改善したのは、
消炎鎮痛剤群の54%に対して、
抗生物質群では80%で、
有意に抗生物質が有効という結果になっています。
更には腎盂腎炎への悪化は、
消炎鎮痛剤群では5%に当たる6名で認められたのに対して、
抗生物質群では1例も認められませんでした。

このように女性の合併症のない尿路感染症に対しては、
対処療法より抗生物質の使用の方が、
その使用が適正であれば明らかに有用性が高く、
その使用は必要と考えられますが、
その一方で抗生物質を使用している患者さんでは、
濫用に繋がり易いこともまた事実で、
濫用にならないようにどのように歯止めを作ってゆくのかが、
今後は重要であるように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(7)  コメント(0) 

コレステロールが低いと死亡リスクが高いのは何故か? [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
コレステロールと寿命.jpg
今年のthe Journal of Gerontology誌に掲載された、
高齢者における血液のコレステロール値と死亡リスクとの関連についての論文です。

血液のコレステロール、
特にLDLコレステロールの高値が、
動脈硬化性疾患のリスクとなり、
そうした病気のリスクの高い方においては、
スタチンというコレステロール降下剤を使用することが、
そのリスクの軽減や生命予後の改善に繋がることは、
主にスタチンを使用した多くの精度の高い臨床試験において、
長期的にもほぼ確立された事実です。

ただ、その一方で一般住民を対象としたような、
疫学データの解析においては、
コレステロールが高齢者で低値であると、
総死亡のリスクが高くなるという結果が、
複数報告されています。

コレステロールが低い方が動脈硬化の病気のリスクは低下する筈なのに、
何故コレステロールの低い高齢者は、
むしろ生命予後が悪いのでしょうか?

このことの1つの説明は、
低栄養状態ではコレステロールは低下するので、
別にコレステロールが低いことそれ自体が、
生命予後を悪くしているのではなく、
栄養状態を悪くするような状態があるので、
その結果としてコレステロールが低いのではないか、
という考え方です。

このことを検証する目的で今回の研究では、
イギリスのプライマリケアの医療データを活用して、
年齢が80から105歳の高齢者を登録し、
年齢性別などの因子を補正した上で、
生命予後と血液中の総コレステロールとの関連を検証しています。

その結果、
総コレステロールが4.5から5.4mmol/L(174から209mg/dL)と比較して、
3.0mmol/L(116mg/dL)未満では、
その後の総死亡のリスクは、
スタチンで治療をされている患者さんで1.53倍
(95%CI;1.43から1.64)、
スタチン未使用の方で1.41倍
(95%CI; 1.29から1.54)、
それぞれ有意に増加していました。

これを死亡前の2年間に限って解析すると、
同様の総コレステロール116mg/dL未満の死亡リスクは、
スタチンを使用中の患者さんで1.88倍
(95%CI; 1.68から2.11)、
スタチン未使用の方で3.33倍
(95%CI; 2.84から3.91)、
それぞれ有意に増加していいました。

このように、
確かに高齢者において、
総コレステロールが低いことはその後の死亡リスクを増加させますが、
そのリスクは死亡前の2年で急激に上昇し、
その時点ではスタチンを使用している患者さんより、
使用していない人の方がリスクは高くなっています。

この解釈は単一ではありませんが、
1つの考え方として、
コレステロールを下げること自体が生命予後へのリスクになるのではなく、
死亡に結び付くような体調変化の結果として、
おそらくは栄養状態を反映して、
コレステロールは低くなっているのではないか、
という流れが想定されます。

スタチンの臨床試験ではそうした傾向はないのに、
疫学データではコレステロールが低値であると生命予後が悪いという点、
死ぬ前のリスクが高い時点では、
むしろスタチンを使用している方が予後が良い点などから考えて、
一応筋の通った考えのように思います。

この問題はこれで解決が付いたということではないのですが、
コレステロールを下げることの生命予後への影響は、
以前指摘されていたような単純なものでは、
ないと考えた方が良いようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(7)  コメント(0) 

第26回健康教室のお知らせ [告知]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日で外来は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に都内を廻る予定です。

今日はいつもの告知です。
こちらをご覧下さい。
第26回健康教室.jpg
次回の健康教室は、
11月18日(土)の午前10時から11時まで(時間は目安)、
いつも通りにクリニック2階の健康スクエアにて開催します。

先月は第2土曜日の開催となりましたが、
今回はまたいつも通り第3土曜日の開催となります。

今回のテーマは「老化の原因とその予防」です。

年を取りたくない、というのは、
人間誰でも同じように思うことですが、
問題は健康で長生きが出来るかどうか、
つまり老化による不具合を、
なるべく最小限にしたい、
ということにありそうです。

老化とは一体何でしょうか?

老化に伴う動脈硬化や骨粗鬆症、白内障や皮膚の萎縮などが、
非常に早く進行する早老症という病気があり、
それを動物実験で再現しようという研究から、
老化を防ぐ遺伝子が発見され、
リンの蓄積とどうやら関連がありそうだ、
という知見が最近話題になっています。

またこれも骨の代謝に関連の深いオステオポンチンという物質と、
長寿との関連が注目されるような知見もありました。

骨の代謝と老化というのは、
どうやら思った以上に関連の深いものであるようです。

こうした知見などを中心に、
今回は老化のメカニズムとその予防について、
取り上げたいと思います。

今回もいつものように、
分かっていることと分かっていないこととを、
なるべく最新の知見を元に、
整理してお話したいと思っています。
ご参加は無料です。

参加希望の方は、
11月16日(木)18時までに、
メールか電話でお申し込み下さい。
ただ、電話は通常の診療時間のみの対応とさせて頂きます。

皆さんのご参加をお待ちしています。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(9)  コメント(0) 

ビタミンD濃度と癌リスクとの関連について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
ビタミンDとがん.jpg
今年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
血液のビタミンD濃度と癌のリスクとの関連についての論文です。

基礎実験や動物実験のレベルでは、
ビタミンDは細胞の成長や分化を調節し、
癌の発症を抑制するような効果があると報告されています。

ただ、実際にビタミンD濃度が高いことが、
癌の発症を抑制するかどうかは、
まだ明確ではありません。

観察研究のメタ解析のデータによると、
25(OH)D濃度が高いと大腸癌のリスクが低い、
という結果が報告されています。
乳癌と前立腺癌についても、
それを示唆するデータが報告されています。
ただ、癌になって消耗した状態では。
血液のビタミンD濃度も低くはなることが想定されるので、
これが本当にビタミンDが高いことの影響であるとは、
これだけでは言えません。

そこで今回の研究では、
ビタミンD濃度の低下に結びつく遺伝子変異を解析して、
その癌リスクとの関連を多数例で検証しています。
遺伝子の変異自体は無作為に生じるという性質を利用した、
メンデル無作為化解析という手法による解析です。

70563名の癌の患者さんの検体と、
84418名のコントロールの検体とで、
遺伝子の解析を行った、
これまでで最も大規模なデータです。

その結果、
前立腺癌、乳癌、肺癌、大腸癌、卵巣癌、膵臓癌、神経芽細胞腫の、
7種類の癌での検証において、
ビタミンDが低下する遺伝子変異と、
癌のリスクとの間には明確な関連は認められませんでした。
弱い関連のある可能性は残るものの、
現時点でビタミンD濃度を測定して癌のリスクを判断したり、
ビタミンDの補充を癌予防のために行うという治療の妥当性は、
現時点では低いものと考えた方が良さそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。

誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方: ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ

誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方: ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ

  • 作者: 石原藤樹
  • 出版社/メーカー: 総合医学社
  • 発売日: 2016/10/28
  • メディア: 単行本


nice!(9)  コメント(0) 

慢性腎臓病に伴ううつ病に対するセルトラリンの効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
セルトラリンの慢性腎臓病に対する効果.jpg
今年のJAMA誌に掲載された、
慢性腎臓病の患者さんの抑うつに対する、
セルトラリンというポピュラーな抗うつ剤の効果についての論文です。

慢性腎臓病(CKD)と呼ばれる腎機能の低下は、
透析に至ることがなくても、
動脈硬化を進行させるなど、
全身の血管や神経、筋肉や骨にも影響を与え、
生命予後を悪化させる代表的な内臓の病気です。

その原因の1つはリンを排泄することが困難となって、
身体にリンが蓄積することで、
最近の考えではリンの蓄積が、
老化の主な原因の1つと考えられています。

さて、このように多くの病気を合併する慢性腎臓病ですが、
上記文献に引用されているアメリカの統計によると、
慢性腎臓病の患者さんの25%がうつ病を合併していて、
その有病率は一般人口の4倍になると推計されています。

そして、うつ病を合併した慢性腎臓病の患者さんは、
当然そうでない患者さんより病気も進行しやすく、
生命予後にも悪影響を与えているのです。

抗うつ剤、特に最近主流となっているSSRIという薬剤による治療は、
一般のうつ病に対しては一定の有効性が確認されています。
しかし、そうした薬の臨床試験においては、
腎機能が一定以上低下している患者さんは除外されているので、
慢性腎臓病の患者さんにおいても、
こうした薬が有効であるという根拠は、
あまり明確なものはありません。

慢性腎臓病でうつ病を合併した患者さんに対しても、
SSRIによる治療は有効なのでしょうか?

それを確認する目的で今回の研究では、
アメリカの複数の専門施設において、
ステージ3から5で維持透析は導入されていない慢性腎臓病の患者さん、
トータル201名をくじ引きで2つの群に分け、
一方はSSRIであるセルトラリン(商品名ジェイゾロフトなど)を、
1日50mgから開始して段階的に200mgを目標に増量し、
もう一方は偽薬を同じように使用して、
12週間の経過観察を行っています。

対象となった患者さんの腎機能は、
推計糸球体濾過量で60ml/min/1.73㎡未満が条件になっています。

セルトラリンは肝臓で代謝され、
活性のない代謝物として尿中に排泄されるため、
透析の患者さんを含めて、
腎機能低下に関わらず通常の用量で使用可能な薬で、
そのために今回抗うつ剤として使用されています。

その結果…

セルトラリンの使用は偽薬と比較して、
12週間の使用においては有意なうつの指標の改善を認めませんでした。
実際には偽薬もうつの指標を改善させていて、
その改善の程度には実薬と差がなかったのです。
一方で吐き気などの消化器症状はセルトラリン群で有意に高く、
急性の薬剤性肝障害の事例も1例認められました。

要するに腎機能低下の患者さんにおけるうつ症状に対しては、
セルトラリンは有効とは言えない結果です。

抗うつ剤の有効性は患者さんの身体状況によっても、
異なる可能性があり、
今後もっとそうした病態毎の有効性の検証が、
必要なのではないかと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。

誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方: ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ

誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方: ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ

  • 作者: 石原藤樹
  • 出版社/メーカー: 総合医学社
  • 発売日: 2016/10/28
  • メディア: 単行本


nice!(8)  コメント(0) 

唐十郎「動物園が消える日」(唐組・第60回公演) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日ですが、
医師会の休日健診の当番となっているので、
今クリニックで受診される方を待っているところです。

日曜日は趣味の話題です。

今日はこちら。
動物園が消える日.jpg
唐組の第60回公演に足を運びました。
今回は唐組の第12回公演で若手主体の舞台として初演され、
今から思うとその後の唐組の舞台を決定づけた1本、
「動物園が消える日」の再演です。

これも勿論初演の中野駅を観ているのですが、
当時はあまり良い印象がありませんでした。
テント芝居としてはとても地味で、
舞台は安ホテルのロビーから動きませんし、
中央に意味ありげにエレベーターがあり、
天井の穴のビニールから水が溜まっているのですが、
最後にビニールが破けて水が流れ落ちるだけで、
これと言ったダイナミックな仕掛けもなく、
エレベーターも異世界との扉になることもなく、
そこの後ろだけ開いておしまい、
という感じだったので、
かつての状況劇場の血湧き肉躍る感じを期待していた当時の僕は、
その落差にとてもガッカリしたことを覚えています。

ただ、今こうして久保井研さんの、
初演より間違いなく緻密な演出での舞台を再見すると、
これは状況劇場時代の唐芝居が終わり、
唐組の新しい唐芝居が誕生した瞬間であったのだと、
改めて確認する思いがありました。

安ホテルのロビーに、
閉園したばかりの動物園の関係者が集まり、
行方知れずのカバと閉園を拒絶するさすらいの飼育係を巡って、
複雑で滑稽な愛憎のドラマを繰り広げます。

人物の絡ませ方が複雑で上手いですし、
ゴリラやミニーマウス、水になるカバやイヌワシなど、
実物自体は登場しない動物と人間との絡ませ方も上手く、
初演では唐先生本人が演じた灰牙という人物が、
愛すべき部分もありながら、
完全な厄介者で悪党でもあるという辺りに、
善悪は基本的に明確であったそれまでの唐芝居とは、
一線を画するような世界を展開させています。

ラストは矢張り不満は残ります。
かつての陶酔感のあるものではなく、
数人の人物が語り継ぐようにして、
事件の「それから」を語るというものなので、
テネシー・ウィリアムス的な古めかしさがありますし、
その後にエレベーターの向こうで、
ヒロインの1人が香水をまいているというのも、
それだけでは終われないような気がするからです。

キャストは皆頑張っていて、
初演の当時もかなり苦しいメンバーでしたから、
遜色は決してないという気がしますし、
セットはラストを含めて初演より出来が良く、
何より久保井さんの演出が緻密で見事です。

このような形でかつての唐組の芝居が、
その全き姿を見せてくれたことはとても嬉しく、
これからも楽しみにテントに向かいたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
nice!(5)  コメント(0) 

髑髏城の七人(Season風) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前午後とも石原が外来を担当します。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
どくろ城の7人風.jpg
客席全体が360度回転するという、
新機構の劇場のこけら落としとして、
劇団☆新感線の代表作の1つ「髑髏城の七人」が、
幾つかのバージョンでキャストを変え、
演出も少しずつ変えて連続上演されています。

前回は最初の「花」を観ましたが、
今回は3番目の「風」に足を運びました。

場所は例の豊洲市場の隣で、
広大な更地にポツンとプレハブ的な劇場が建っています。
劇団四季の劇場とほぼ同じような外観で、
まあコストをそれなりに下げるには、
仕方のないことなのでしょうが、
殺風景でこれから芝居を見るぞ、
というワクワク感はあまりありません。

1フロアに1300席余りの客席があり、
その客席全体が、回転する巨大な盆の上に乗っていて、
その周囲360度に舞台装置が作られています。
通常の大劇場では、客席は固定されていて、
舞台転換では左右もしくは前後に、
舞台装置の方が動くのですが、
この客席回転式の劇場では、
客席の方が回転して移動することにより、
舞台の転換が行われるという仕組みです。

広角の270度くらいに緞帳の役目も果たすスクリーンがあって、
そこに風景などの映像が映し出され、
それを見ながら客席が回転します。

360度の舞台装置とは言っても、
4方向に出入り口の通路があるので、
比較的奥行のある装置の組める部分と、
ほぼ通路のようなスペースで、
奥行のないセットしか組めない部分があります。
従って、奥行のないセットの部分は、
物足りなさが残るのですが、
120度以上の広角に広がった舞台については、
ちょっとこれまでの舞台装置にはないスケール感があります。

ただ、意外に奥行のない場面はしょぼい感じもあり、
全てが豪華、という訳ではありません。
客席の回転には意外に時間が掛かるので、
それほどスピーディに場面転換が行われている、
というようにも思えません。
休憩を入れると4時間近いという上演時間は、
これまでのこの作品の上演歴の中でも、
最も長いものだと思いますが、
長くしている原因の1つは、
その転換の時間にあるように思います。

バージョン毎にどの程度内容が変わるのかは、
興味のあるところですが、
今回2つのバージョンを観た感想としては、
台詞を含めて台本は細部が結構変わっているのですが、
予算の関係もあるのでしょうが、
舞台装置に関してはほぼ同一のものが使われていました。

さて、作品の「髑髏城の七人」は、
1990年に初演が行われ、
その後1997年、2004年、2011年と上演を重ねています。
僕は1997年のサンシャイン劇場、
2004年の東京厚生年金ホールのアカドクロ版、
2011年の青山劇場のワカドクロ版の3回には足を運びました。

戦国時代、織田信長の影武者が、
信長の死後に関東で日本支配を目論む、という話で、
設定はなかなか面白くワクワクする部分があります。
古田新太さんが善悪の影武者を1人2役で演じる、
というのがそもそもの眼目だったのですが、
最後の対決が1人2役では盛り上がりに欠ける、
と言う欠点がありました。

それで2011年版からは、
2人を別々の役者さんがするようになり。
古田新太さんは出演せず、
小栗旬さんと森山未來さんが、
それぞれ演じるという趣向になりました。
その後はこの別々に演じる趣向が継続されていたのですが、
今回は久しぶりに松山ケンイチさんが、
善悪2人を1人で演じるという、
1人2役の趣向が復活しています。

それ以外は向井理さん、田中麗奈さん、生瀬勝久さんがメインを演じ、
新感線組では橋本じゅんさんが、
雁鉄斉で大暴れをしています。

感想としては1人2役は元々の設定からすれば、
悪くはないのですが、
ラストの対決はやや中途半端な感じがありました。
内容的にも天魔王がイギリス艦隊が来ないと知った時点で、
部下を全て見捨てて逃走してしまうので、
どうも盛り上がりに欠けるのです。
魅力的な作品であることは認めた上で、
もっと活劇としては血湧き肉躍る作品が、
他に沢山あるのに、という疑問は感じます。

今回は「花」と比較すると殺陣が明らかに少なく、
その点は物足りなさを感じました。

またほとんど最後列での観劇であったので、
「遠くで何かやってるな」という印象しか持つことが出来ず、
このキャパの会場であの規模の舞台というのは、
その点にも物足りなさは感じました。
殺陣の人数にしても、
今の倍くらいはいないと、
大空間が埋まるという感じにはならないからです。

それでもウィークデイにも関わらずほぼ満席の盛況で、
イベントとしては凄いなあ、という印象はあります。

行くのも不便ですし、
帰るのも大変なので、
もうさすがに余程のことがなければ、
また来ることはないだろうなあ、とは思いましたが、
この回転舞台の意外で斬新な使い方を、
誰かが編み出すことがあれば、
その時はまた足を運びたいと思います。
予想としてはそれほど遠くない将来、
取り壊しになるのだろうなあ、とは思いました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(8)  コメント(0) 

イキウメ「散歩する侵略者」(2017年上演版) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診です。

今日は祝日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
散歩する侵略者イキウメ.jpg
今回3回目の再演となるイキウメの代表作の1つ、
「散歩する侵略者」が、
今三軒茶屋のシアタートラムで上演されています。

特に集客が高いスターが出演している、
という訳ではないのに、
早々に完売で追加公演も行われる盛況です。
今年はこの作品を原作とする映画も公開されていて、
黒沢清監督の意欲作でしたが、
集客は芳しくはなかったですから、
これはもうイキウメの人気によるものだと思います。

この作品の初演は2005年で、
2007年と2011年に再演されています。
僕が実際に観たのは2011年版だけですが、
今回の上演はほぼ2011年版と同じ台本に、
なっていたと思います。

最近再演ごとに旧作に大幅に手を入れ、
それが明らかに改悪になっていることが多いと、
常々感じていたので、
今回もそうした危惧を持っていたのですが、
まずはそれほどの改変がなくて何よりと感じました。

以下少しネタバレを含む感想です。
これから観劇予定の方はご注意下さい。

今年公開された映画版は、
はっきり宇宙人の侵略ということになっていましたが、
原作のこの芝居の方は、
確かに宇宙人であり侵略であると、
登場人物の何人かが主張はするのですが、
本当に真面目にそう言っているのか疑問の感じもあり、
それが証明されることもありません。

3人の不気味な人間が登場して、
他人の「概念」を奪い取るという、
特異な能力を持っている、
ということだけが物語上の事実です。

それと同時に西日本の海沿いの田舎町が、
戦争直前の不穏な空気に包まれている、
という不気味な描写が描かれていて、
その部分は今上演するからこそのリアリティを、
強く持っている点が面白いと思いました。

ただ、以前にも書いたのですが、
ラストで愛という概念を奪った「宇宙人」が、
混乱して放心してしまうというような部分が、
映画ではもうはっきり「愛は地球を救う」的な感じになっていて、
舞台版はそれほどではないのですが、それでも、
「それはちょっと恥ずかし過ぎないだろうか」
と何かモヤモヤした感じに今回もなってしまいました。

特に舞台版では、
あまり主人公の妻が夫に向ける愛というものが、
説得力を持って描かれてはおらず、
奇妙な言動をする夫に当惑する妻、
という感じしかないので、
最後の「愛」の件が非常に唐突に感じるのです。

「聖地X」とリライトされた「プランクトンの踊り場」という作品があり、
主人公2人の関係性と、
ラストの妻の夫への奇妙な愛の表現、
そしてそれを成立させる前川さんならではの、
哲学的な超常現象という部分では、
ほぼ「散歩する侵略者」と同じ話なのですが、
個人的には「聖地X」の方が、
ラストの展開には説得力がありましたし、
夫婦間の浮気などの問題も、
わかりやすく描かれていたと思いました。

「散歩する侵略者」は、
戦争の予感めいた不気味さや、
概念を奪われた人間の奇矯な行動が、
意外に今いる人物のパロディになっている、
というような秀逸な部分はあるのですが、
ストーリーの着地には、
あまり成功していないという印象を持ちました。

劇作の冴えと比べて、
前川さんの無機的な演出は、
個人的にはあまり評価出来ないのですが、
今回は断層めいたセットに椅子などを並べる最小限の工夫で、
まずは劇作のイメージは乱さないものになっていたので、
この点もホッとしました。
ただ、この作品はもっと部屋のセットなどはリアルに用意した方が、
より見やすく説得力のある作品になったように感じました。

キャストは最近メインを演じることの多い浜田信也さんが、
今回もなかなか成熟した芝居を見せてくれました。
それから異様な高校生のエイリアン(?)を演じた大窪人衛さんが、
前回も凄かったのですが今回は輪を掛けた怪演で、
森下創さんのいつもながらの秀逸なろくでなしぶりと含めて、
イキウメの芝居ならではの魅力を放っていました。

なかなかのお薦めです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
nice!(6)  コメント(0) 

インフルエンザ感染防御における女性ホルモンの役割 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
インフルエンザと女性ホルモン.jpg
2015年12月のAmerican Journal of Physiology誌にウェブ掲載された、
インフルエンザ感染の性差についての論文です。

ウイルス感染に対する免疫の働きには性差があり、
それが患者さんの予後に大きな影響を与えていることは、
様々なワクチンで良く知られている事実ですが、
そのメカニズムはまだあまり分かっていません。

動物実験の多くは性差を無視して行われているからです。

インフルエンザに関しては、
特に鳥インフルエンザなど重症化に多いウイルスの感染において、
若い成人女性は、同年齢の男性と比較して、
2から6倍死亡率が高いと報告されています。

そこで上記文献においては、
副鼻腔の手術に伴って採取された鼻の粘膜の細胞を使用して、
女性ホルモンであるエストラジオール(E2)を加えて培養したり、
特定の女性ホルモン受容体の刺激剤を加えて培養し、
そこにインフルエンザウイルスを感染させて、
ウイルス感染に対する免疫の性差について検証しています。

その結果、
2型のエストロゲン受容体刺激剤とエストラジオールの刺激により、
感染したインフルエンザウイルスの粘膜細胞での増殖は抑制されましたが、
その反応は女性の粘膜でのみ認められ、
男性では認められませんでした。
また、1型エストロゲン受容体を刺激しても、
同様の反応は得られませんでした。

要するに鼻の粘膜でのインフルエンザウイルスに対する防御機能には、
明確な性差が存在していて、
女性の場合にはそれが女性ホルモンにより大きく変化しています。
そして、おそらくは女性ホルモンの変動の影響により、
女性でインフルエンザの重症化が起こりやすいと想定されるのです。

まだ不明の点も多いのですが、
インフルエンザ感染にこのように明確な性差が存在する、
という指摘は非常に興味深く、
今後のデータの蓄積を期待したいと思います。

なお、この論文を紹介した医師向けのサイトがあるのですが、
男性はインフルエンザが重症化する、
という真逆の説明が平然と書かれていて、
今回唖然と思ったことを追記して置きます。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。

誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方: ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ

誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方: ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ

  • 作者: 石原藤樹
  • 出版社/メーカー: 総合医学社
  • 発売日: 2016/10/28
  • メディア: 単行本


nice!(10)  コメント(0) 

副腎疲労は実在しない(BMCのレビュー) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日で診療は午前中で終わり、
午後は別件の仕事で都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
副腎疲労は存在しない.jpg
2016年のBMC Endocrine Disorders誌に掲載された、
「副腎疲労」についてのレビューです。
題名はずばり、「副腎疲労は存在しない」となっています。

副腎疲労(adrenal fatigue)という言葉は、
1998年にジェイムズ・ウィルソンというカイロプラクティックの治療者によって、
提唱された概念です。

その後複数の医師や医療者の団体が、
この概念を引き継いで広めて行きました。

副腎疲労とは何でしょうか?

副腎から分泌されるステロイドホルモンは、
別名ストレスホルモンと言われるように、
身体がストレスに曝された時に分泌されます。

ところが、慢性的に身体がストレスに曝され続けると、
副腎は常に刺激を受け続けることによって疲労し、
萎縮してホルモンを産生する働きが弱くなってしまいます。

これが副腎疲労だと提唱者達は主張しています。

副腎不全(adrenal insufficiency)という病気があります。

こちらは正式な病名なのですが、
何らかの原因により副腎からのステロイドホルモンの分泌が、
低下した状態のことを意味しています。

その診断は血液のコルチゾールとACTHの測定、
尿中のコルチゾールの測定、
そしてACTH負荷試験などの結果から総合的に判断されます。
きちんとした診断基準も設定されています。

こうした説明を見ると、
副腎疲労と副腎不全は同じもののように思えます。

副腎疲労と副腎不全は何が違うのでしょうか?

必ずしもその違いは明確ではないのですが、
通常副腎疲労は副腎不全の診断基準には当て嵌まりません。
つまり、通常の診断基準では病気とは診断されないレベルの数値なのですが、
正常よりもその分泌が低下し、
その1日の変動も正常なパターンを逸脱しているので、
それにより身体のだるさや原因不明の痛みなどの、
不定愁訴と判断されがちな症状が出るのだ、
という説明になっているのです。

症状のある潜在的な副腎皮質機能低下症が副腎疲労である、
というような言い方が出来るかも知れません。

こうしたものがあると仮定して、
果たしてその診断はどのようにすれば良いのでしょうか?

それをこれまでの文献を総ざらいして分析したのが、
最初にご紹介した論文になります。

診断には沢山の方法が提唱されていて、
確立されたものがあるという訳ではないようです。

日本などでは唾液中のコルチゾールの日内変動が、
副腎疲労の指標として使用されることが多いようです。
それについての文献も複数分析されています。

ただ、実際には正常なパターンと異常なパターンが、
クリアに分かれると証明されたようなものはなく、
データもバラバラで信頼性の低いものがほとんどである、
という評価になっています。

そうした発表されたデータの分析を介して、
副腎疲労という概念は、
独立した疾患としては認めがたい、
というのがご紹介した文献の結論になっています。

個人的な見解としては、
潜在性の副腎皮質機能低下症という病態は、
あって然るべきなのではないか、
もしそれで症状のある患者さんが存在するのであれば、
その治療を考えるのも医療者の努めなのではないか、
というようには思います。
ただ、現行の副腎疲労という概念が、
おおざっぱで不確かなものであることも確かで、
特に唾液のコルチゾールに血液と違う意味合いがあり、
それで診断が可能だという考えには、
あまり根拠がないように思います。

これだけ副腎疲労という考え方が広まった背景には、
診断の付かない症状で苦しんでいる人が多いことがあるのも事実で、
潜在性の副腎皮質機能低下症については、
今後もっと緻密で実証的なデータの蓄積が、
是非必要なのではないかと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。

誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方: ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ

誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方: ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ

  • 作者: 石原藤樹
  • 出版社/メーカー: 総合医学社
  • 発売日: 2016/10/28
  • メディア: 単行本


nice!(9)  コメント(0)