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卵円孔閉鎖術とその脳梗塞予防効果(2017年の臨床データ) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日で診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談で都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
卵円孔閉鎖の効果.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
若年性脳梗塞の原因として多いとされる、
卵円孔開存の心臓カテーテル手術の有効性を検証した論文です。

今回の紙面にはこれを含めて3編の、
ほぼ同じ内容の臨床研究が、
別個の研究グループから報告されています。

3つの研究ともこのカテーテル治療の有効性を明確に示したもので、
今後のこの問題についてのトレンドが変わる、
きっかけとなる知見であると思います。

若年性脳梗塞の原因の1つとして、
卵円孔開存症による奇異性脳塞栓症が、
近年注目されています。

脳梗塞には脳血栓と脳塞栓とがあり、
脳塞栓というのは、
別の場所から飛んで来た血の塊などが、
脳の血管に詰まることにより起こります。

脳に詰まる血栓は、
通常は心臓から飛んで来ます。

心房細動という不整脈があると、
心臓の中の左房という場所に、
血の塊が出来易くなり、
それが動脈の血流に乗って、
脳に至るのです。

その一方で足などの静脈に静脈瘤と呼ばれるこぶが出来、
そこに炎症などが起こると、
そうした場所にも血の塊が出来易くなります。

この静脈に出来た血の塊が、
血流によって運ばれると、
心臓の右房から右室を介して、
肺の動脈に詰まることがあります。
これを肺血栓塞栓症と呼んでいます。

動脈と静脈の血液は混ざらないように出来ていますから、
通常は静脈の血栓が、
脳塞栓を起こすことはありません。

ただし…

脳塞栓の原因が、
足などの静脈にある血栓であるとしか、
考えられない事例が稀にあり、
それを奇異性脳塞栓と呼んでいます。

この奇異性脳塞栓症の原因は、
主に卵円孔開存症であると考えられています。

卵円孔というのは、
胎児期に心臓の左房と呼ばれる部分と、
右房と呼ばれる部分の間に開いている小さな穴で、
生まれてからすぐに塞がるのですが、
完全に塞がらずに一種の弁のようになり、
一定の交通が残ってしまう場合があります。

これが卵円孔開存症です。

卵円孔開存症は、
心房中隔欠損症の一種ですが、
交通する血流の量はごく僅かで、
それも咳込んだりいきんだりして、
腹圧が掛かるような時のみに、
血液の漏れが起こるだけなので、
通常は病気とは見做されません。

その頻度も解剖の所見などでは、
人口の25~30%に見付かるとされていますから、
実際には多くの人が知らずに持っているのです。

心房中隔欠損症の診断は、
通常は心臓の超音波検査で可能ですが、
卵円孔開存症の場合、
孔を通る血流が少なければ、
通常の超音波検査では診断は困難で、
胃カメラを太くしたような管を、
口から入れてそこから超音波検査を行なう、
経食道超音波検査を行わないと、
診断は出来ません。

従って、
実際には多くの卵円孔開存症は、
診断はされてはいないのです。

問題になるのは、
若年性脳梗塞を起こした患者さんで、
その原因がはっきりしない場合です。

海外の統計によると、
若年性脳卒中の3割は原因が分からず、
そうした患者さんの半数で、
卵円孔開存症が見付かる、
とされています。

人口の3割近くで、
卵円孔開存症が見付かる可能性のあることから考えると、
この頻度は非常に微妙です。

ただ、当然のごとく、
こうした知見があれば、
卵円孔を塞ぐ治療を行なうことにより、
若年性脳卒中の再発が予防出来るのでは、
という考え方が生まれます。

そうした臨床試験が複数行われ、
まずその結果が発表されたのが、
2012年3月のNew England…誌においてでした。

この試験はCLOSURE1と名付けられ、
アメリカとカナダにおいて、
18歳から60歳までの患者さん909名を対象に、
行なわれました。

一過性の脳虚血発作か脳卒中を来し、
その原因がはっきりしない患者さんで、
経食道超音波検査により、
卵円孔の開存が、
確認されている患者さんを、
2つの群にくじ引きで分け、
一方にはSTARFlexと呼ばれる器具を用いた、
卵円孔の閉鎖術を行ない、
もう一方では抗血小板剤や抗凝固剤による、
抗凝固療法のみを行なって、
その後の2年間の経過を観察しています。

しかし、
当初の期待とは裏腹に、
この研究においては、
卵円孔の閉鎖を行なっても、
その後の脳卒中の再発率には、
統計的に有意な差は付きませんでした。

ただし、
この研究に使われた器具はあまり良い出来のものではなく、
施行により心房細動という不整脈が、
未施行の10倍も多く発症する、
という問題がありました。

現在最も多くこの目的で使用されているのは、
アンプラッツアー閉塞栓と呼ばれる、
特殊な金属を用いたメッシュ状の閉塞栓で、
この用具を用いれば、
より良い結果が得られると期待がされました。

そして2013年の同じNew England…誌に、
今度は2編の論文が同時に掲載されました。

いずれもそのアンプラッツアー閉塞栓を用いて、
同様の検討を行なったものです。

こちらをご覧ください。
卵円孔閉鎖デバイス.jpg
これが新しいタイプの卵円孔を塞ぐ器具で、
2つのパラボラアンテナのような部分が開いて、
両側から穴を塞いで固定するように出来ています。
これ以降複数の器具が発売され使用されていますが、
基本的な構造は大きくは変わっていません。

2013年に発表された論文の1編では、
患者さんはヨーロッパ、カナダ、ブラジル、オーストラリアの、
29の施設の患者さん414例を2群に分けて、
一方では閉塞栓を用いた閉鎖術を行ない、
もう一方では抗血小板剤もしくは抗凝固剤による、
薬物のみの治療を行なって、
平均4年というより長期の経過観察を行なっています。

その結果…

観察期間中の死亡や血栓症や脳卒中の再発は、
閉鎖術群で3.4%、薬剤治療群で5.2%に認められました。

この比率だけを見ると、
閉鎖術群の効果が認められたように思えますが、
実際には統計的な有意差は認められていません。

もう1つの試験はRESPECTと呼ばれる臨床試験で、
同じ雑誌のもう1篇の論文になっています。

こちらはアメリカの69の施設において、
980名の患者さんが対象になっています。
この研究ではその観察期間中に、
閉鎖術群では9名、薬物療法群では16例が、
脳卒中の再発を来し、
相対リスクは51%の低下となりましたが、
統計的に有意な差は矢張り認められませんでした。

要するに、
これまでの3つの臨床試験の結果として、
卵円孔の閉鎖術の効果は、
その後の脳卒中の予防効果としては、
いずれも再発を抑制した、
という傾向は認められるものの、
統計的に有意な差は見られていません。

ただ、
古いタイプの器具と比較して、
アンプラッツアー閉塞栓を用いた手技では、
術後の心房細動の発症率が、
高く見積もっても未施行の2~3倍程度に留まっていて、
その点は明確に優位性が示されています。

いずれの試験においても、
抗凝固療法は複数の方法で行なわれていて、
比較としては問題がありますし、
脱落の事例が非常に多く、
その点が有意差の出ない、
1つの大きな理由になっています。

それから4年が経ち、
今回またNew England…の紙面の巻頭を飾った上記の論文では、
卵円孔開存のある全ての患者さんを治療対象とするのではなく、
卵円孔を通る血流量が多いか、
心房中隔瘤という、
より塞栓症のリスクが高いと想定される所見のある患者さんに限って、
治療を行なうという患者さんの絞り込みを行なっています。

対象となっているのは他に原因の明確ではない脳梗塞を起こした、
年齢は16から60歳までで、
検査により上記の所見のある卵円孔開存症が診断された663名で、
クジ引きで3つの群に分け、
第1群は抗血小板療法に加えてカテーテルによる卵円孔閉鎖術を施行し、
第2群は抗血小板療法のみを、
第3群は抗血小板療法より予防効果が高い抗凝固療法を、
それぞれ継続して脳梗塞の予防効果を比較しています。

平均の観察期間は5.3年です。

その結果、
観察期間中の脳梗塞の発症は、
カテーテル治療群ではなかったのに対して、
抗血小板療法群では14例発症していて、
抗血小板療法の単独と比較して、
カテーテル治療は脳梗塞の発症を、
97%有意に低下させていました。
ちょっと出来すぎの感じもありますが、
これまでにない画期的な結果です。

ただ、カテーテル治療後の心房細動の発症率については、
カテーテル治療群では4.6%に認められたのに対して、
抗血小板剤治療のみの群では0.9%しか認められていませんから、
合併症としての心房細動は、
矢張りカテーテル治療により増加することは間違いがありません。

これ以外に抗凝固療法と抗血小板療法との比較が行われていますが、
こちらは抗凝固療法の方が脳梗塞の発症は少ない傾向はあるものの、
有意な差は認められませんでした。

同じ紙面に載っている他の2編の論文においても、
解析法や対象とする患者さんの絞り込みの方法には、
それぞれ違いはあるのですが、
両者とも卵円孔閉鎖術によって、
抗血小板療法単独との比較べ、
その予防効果は有意に高いものとなっていました。
そのうちの1つは2013年の時点では差が見られなかったデータの、
より長期の解析結果となっています。

このようにカテーテル治療の手技や使用する器具の進歩、
また確実に卵円孔開存が関連していることが疑われる患者さんの絞り込みと、
以前の臨床研究とは別個の要素が加わることにより、
今回発表された3つの臨床研究においては、
いずれも一定の有効性がカテーテル治療により認められています。

今後どのような患者さんに対して、
最もこの治療の有効性が高く、
合併症などのリスクが少ないのか、
その検証を元に的確なガイドラインが、
作成されることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。



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原発性アルドステロン症の術後評価の国際基準(2017年作成) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
原発性アルドステロン症の予後判定.jpg
今年のthe Lancet Diabetes Endocrinology誌に掲載された、
片側副腎切除を施行された原発性アルドステロン症の患者さんの、
予後判定を国際的に行った結果をまとめた論文です。

原発性アルドステロン症は、
アルドステロンという水と塩分を保持する役割をするホルモンが、
過剰に分泌されることによって、
高血圧や低カリウム血症を生じる病気で、
治療抵抗性の高血圧の患者さんの2割はこの病気である、
という報告があるほど、
高血圧の原因としては多い病気です。

この原発性アルドステロン症は、
片側の副腎に腺腫というしこりがあって、
そこからアルドステロンが分泌される場合と、
両側の副腎に複数の過形成というしこりがあって、
そこからホルモンが分泌される場合とがあります。

両側性の場合には通常薬による治療が選択され、
片側のみにしこりがある場合には、
その切除の手術が検討されることが一般的です。

それでは、片側の副腎切除術を施行した場合の、
治療の成功率はどのくらいでしょうか?

これはどのような基準で治療が成功したと判断するのかによって、
異なって来る事項です。

手術前には高かったアルドステロンが正常化し、
低かったカリウムが正常化するという検査値で考えると、
成功した手術であればほぼ100%検査値は改善します。
これを生化学的寛解(biochemical remission)と呼んでいます。
これまでの報告では、
専門施設の手術後の生化学的寛解率は、
96から100%と報告されています。

しかし、原発性アルドステロン症の主症状である高血圧が、
手術後に治る患者さんはそこまで多くはありません。

手術の治療後に高血圧の症状が改善することを、
臨床的寛解(clinical remission)と呼んでいますが、
この臨床的な寛解率は報告された施設や地域によって、
非常にばらつきがあり、
報告では16から72%とされています。
要するにてんでバラバラです。

何故こうした違いが生じるのかと言うと、
それは1つには臨床的寛解についての明確な国際基準のようなものがなく、
報告する個々の施設や研究者の独自の基準によって、
臨床的寛解が決められている、と言う点が大きいと考えられます。

このように基準がバラバラであれば、
施設や地域の違いを比較検証することは出来ません。

そこで今回世界中の研究者が協力をして、
一定の手術後の寛解の基準を定め、
それに基づく寛解率をそれぞれの施設の患者さんで適応して、
その世界的な比較を初めて試みました。

今回参加しているのは世界12か所の専門施設です。
具体的には、オーストラリア、フランス、ドイツ、イタリア、アメリカ、
ポーランド、スロベニア、ニュージーランド、日本が協力し、
日本では横浜労災病院、東北大学医学部附属病院、
国立病院機構京都医療センターが協力しています。
まず片側副腎切除後の改善の評価を、
次の6段階で行うことを取り決めています。

①臨床的完全寛解(Complete clinical success);これは術後に降圧剤なしで外来血圧が140/90mmHg未満が維持されることです。
②臨床的部分寛解(Partial clinical success);これは降圧剤の減量が可能になるか、術前と同じ治療で血圧は術前より低下している状態です。
③臨床的改善なし(Absent clinical success);これは術前と同じ治療で血圧が同等であるか、むしろ悪化する場合です。
④生化学的完全寛解(Complete biochemical success);これはカリウム値とアルドステロン濃度、アルドステロン・レニン比が正常となることです。
⑤生化学的部分寛解(Partial biochemical success);これは一定の数値の改善があるものの、術後も異常値が続いている状態です。
⑥生化学的改善なし(Absent biochemical success);これは術後もカリウム値やアルドステロン分泌の異常が術前と変わりなく継続するものです。
以上の6段階の判定は術後3か月後に最初に行い、
術後半年から1年後に最終判定を行うとされていて、
最終判定後も1年毎に判定は継続するとされています。
(以上の文面の訳語は個人訳で正式ではありません)

この判定基準で個々の専門機関の患者さんを判定したところ、
全体で705名の患者中、
臨床的完全寛解率は37%、
施設間での差は17から62%と幅の広いものになっていました。
ちなみに最も臨床的完全寛解率が高かったのはオーストラリアで、
日本の3施設の臨床的完全緩解率は、
東北大学附属病院が63例中28.6%、
横浜労災病院が76例中46.0%、
京都医療センターが40例中42.5%となっていました。

臨床的部分寛解率は47%、
そして生化学完全寛解率は94%でした。

臨床的完全寛解率は、
男性より女性が高く、
術前の高血圧の程度が軽く、
年齢も若いほど高い傾向が認められました。

世界中の一流の専門機関において、
このような統一基準での比較がされたことは非常に有意義なことで、
今後はこの基準をより広く活用することにより、
本当の意味での原発性アルドステロン症の予後が、
明確になることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

(付記)
数字に誤りと不充分な点がありましたので、
その部分の修正を行ないました。
(2019年9月20日午前8時22分修正)
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アガリスクエンターテインメント「そして怒涛の伏線回収」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日2本目の話題は演劇です。

それがこちら。
アガリスクエンターテインメント.jpg
緻密なシチュエーションコメディに勢いのある、
アガリスクエンターテインメントの新作が、
今新宿のシアター・ミラクルで上演されています。

今回はこの劇団得意の「会議もの」で、
以前は学校で学生の会議などが描かれましたが、
劇団員も年齢を重ねて来たので、
商店街の活性化のための会議、
という内容になっています。

それに加えて今回は、
作品作りを企画の段階から、
募集した観客との相談の上公開で行うという、
特殊な試みを同時に行っています。

役者さんは今回は非常に充実していて、
特にまとめ役の伊藤圭太さんが、
抜群の熱演で感心させられました。
アンサンブルはいつもながら抜群です。

内容についてはシャッター通りの商店街を、
活性化するために、
地元出身のコンサルタントが、
商店街のアーケードを撤去するというプランを出し、
それで商店街の面々が2つに割れてドタバタを繰り広げる、
という物語で、
この劇団の作品を見慣れていると、
定番で何となく展開が読めてしまう、
という感じはあるのですが、
お馴染みの面々がお馴染みのドラマを、
楽しそうに演じているので、
こちらも肩の力を抜いて、
楽しみながら見ることが出来ます。
小空間の劇場の中央に机と椅子を並べて会議室を作り、
それを取り巻くように客席を配置した構造も、
舞台の臨場感と親近感を高めるのに効果を上げています。

皆が最後に一致団結して、
1つの結論に達したところで、
物語に登場したディテールのうち、
まだその結論と関連がないものがある、
という指摘があり、
それを無理矢理に関連付けようという、
やや意味不明の段取り作りが始まります。
これが「怒涛の伏線回収」ということのようです。

別に悪くはないのですが、
「伏線回収」という言葉を台詞で出した時点で、
商店街の活性化の会議というリアルは後退して、
一種のメタフィクションの物語になってしまうのが、
ちょっと引っかかる感じがありました。
商店街の個人事業主にとって、
「伏線回収」という言葉は異次元のものだと思うからです。

伏線回収というと、
シベリア少女鉄道に無理矢理の伏線回収をテーマにした作品があって、
そこでは前半に謎めいた設定や謎のキーワードなどが、
次々と登場し、
その度に舞台横に数字が加算されて表示され、
それが後半伏線が回収される度に、
今度は減少してゆきます。
しかし、そもそも無理な伏線が多いので、
伏線を全身にくっつけた、
謎の怪獣が登場するなど、
出鱈目の極致のような回収作業になる、
というような怪作でした。

この場合は前半の謎の伏線だらけの物語と、
後半の怒涛の伏線回収の物語を、
明確に別物として作品世界が変貌するのが見どころになっていました。

また伏線回収のプロと言えば、
芝居としては三谷幸喜さんが天才的な手腕ですが、
必ずきちんと観客の印象に残る形で伏線やキーワードが提示され、
それが必ず巧妙にラストに再度提示されて、
大団円のパズルのピースとして嵌り込みます。

それと比較すると今回の作品は、
最後までリアルな会議としての枠組みが維持されていながら、
後半にやや唐突に「伏線回収」という用語が登場して、
後はその議論がキャストによって行われる、
という経過になります。

個人的にはどうもその辺りに違和感があり、
後半の伏線回収にはちょっと乗れませんでした。
また、回収するべき伏線が、
再度台詞として言わないと分からないものが多い、
という点にも物足りないものを感じました。
三谷幸喜さんの作品では、
別にわざわざそんな台詞はなくても、
観客の方が、
「あの話はどうなったんだっけ?」
と伏線を覚えているからです。

作品内容的にも、これまでの、
ある種守られた世界である学校での会議と比較すると、
商店街の活性化というのはかなりシビアな議論であり、
作品中での解決策は、
実際にはあまり解決にはなっていないように、
個人的には思いました。

私も商店街の個人事業主なので、
その立場から考えると、
現実のシビアさを物語が上手く捉えていないように、
どうしても考えてしまったのです。
生活に直結する経営の問題は、
笑い事ではそもそもないので、
それを「笑い」に変換するには、
もっと超絶技巧が必要となるように思うからです。

この辺りは脚本のもう一段の深化を、
今後に期待したいと思います。

そんな訳で今回はキャストの演技などはとても見応えがありましたが、
内容は特に後半の伏線回収を、
あまり楽しむことが出来ませんでした。

ただ、新しい取り組みが、
最初から大成功ということもないと思いますし、
今後もアイデア満載の常に勝負している舞台を、
楽しみに待ちたいと思います。

これからも頑張って下さい。
応援しています。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「ダンケルク」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診です。
何もなければ今日は1日家で過ごすつもりです。

休みの日は趣味の話題です。
今日は映画の話題が1本と演劇の話題が1本です。

まずこちらから。
ダンケルク.jpg
クリストファー・ノーランの新作「ダンケルク」が、
今ロードショー公開されています。

品川のIMAXで観て来ました。

これはサイレント映画の時代の戦争映画をお手本に、
それを現代の技術で精緻に映像化した、
かなりマニアックな作品で、
ストーリーは殆どなく、
台詞も極端に少なく切り詰められていて、
昔の戦意高揚映画にお決まりの、
「勝つまで闘いを止めないぞ!」というような、
アジテーションが最後に付く形式になっているので、
純粋の映像表現のみを楽しむ、
という感覚で観ないと、
おそらく落胆は必至の作品です。

ただ、映像はともかく凄まじくも素晴らしくて、
全編がIMAXフィルムで撮影されているので、
IMAXで観ないと全く面白くはないと思うのですが、
こんなものはテレビで観ても、
何1つ面白くはないと思いますから、
IMAXで体験してみる価値は、
充分にあると思います。

まさしく現場を体感しているという感じで、
最初に若者の目の前に、
グワっと浜辺の情景が広がるところも凄いですし、
戦闘機の空中戦の極めてリアルな迫力や、
沈んだ船に閉じ込められる感じ、
船倉に潜んでそこに銃弾が撃ち込まれて、
ボコボコ穴の開く恐怖感など、
物凄く手が掛かっていることは間違いのない映像の数々が、
これでもかと連続して大画面に現れるのですから、
映像としての映画を愛する人には、
たまらない魅力に満ちています。

ただ、その一方でストーリー重視で映画を観るという方には、
この映画はあまり向いていないと思います。
実際、一緒に行った妻は、
何ひとつ見る物がない、
ただ最初から最後までドンパチしているだけ、
と怒っていました。

僕はノーランの初期作の「メメント」が大好きで、
今回も3つの物語を時制を変えて並立的に描く、
というようなことが書かれていたので、
これは超絶技巧がまた観られるのかしら、
とそれはちょっと期待をしたのですが、
実際には後から言われれば、なるほどね、
という感じもあるのですが、
語り口の1つとしての技巧であって、
特にそれが前面に立っている、
と言う感じの映画ではありませんでした。

ラストに飛行機の不時着を、
長く長く引き伸ばすのだけは、
ちょっと面白いと思いました。

そんな訳で宣伝は極めて仰々しいのですが、
万人向けの映画でないことは確実なので、
凄い映像を観たいという方だけ、
必ずIMAXの劇場で「体感」して頂きたいと思います。

僕は結構好きです。
凄いですよ。
でも、ラストは何か、
モヤモヤします。

それでは次の記事に続きます。
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「追想」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
追想.jpg
1975年のフランス映画でカルト的な人気のある「追想」が、
今新宿のシネマカリテでリバイバル公開されています。

スクリーンで観る機会は滅多にないと、
結構無理をして足を運びました。

監督のロベール・アンリコは、
アラン・ドロンとリノ・バンチェラの「冒険者たち」が、
日本では非常に有名で、
僕も確か高校生の時に名画座で観て、
とても感銘を受けました。

サスペンスなのですが切ない青春映画の趣きがあり、
ラストには胸の詰まるような情感と、
説明不能の感動がありました。
青い空と青い海の鮮やかな色彩も心に残ります。

テレビシリーズの「ルパン三世」の幾つかの作品には、
この「冒険者たち」の影響が色濃く投影されています。

この「冒険者たち」に次いで、
アンリコ作品で日本で人気の高いのがこの「追想」です。

時は1944年の南フランスで、
ノルマンディ上陸作戦が敢行され、
一気にフランスの戦局はドイツにとっては不利となったのですが、
まだ敗走するドイツ軍による残虐行為や、
ドイツ軍に協力する民兵の暗躍などもあって、
まだ情勢は混沌としています。

フィリップ・ノワレ演じる主人公は裕福な外科医で、
前妻との間に娘が1人いて、
うら若いロミー・シュナイダー演じる美女と再婚しているのですが、
レジスタンスに協力していたため、
ナチスや民兵には目を付けられています。

危険を察知して妻と娘を、
自分が持っている田舎の古城に逃すのですが、
その古城に敗走中のドイツ軍の部隊が侵入し、
村人共々妻と娘は無残に殺されてしまいます。

それを知った主人公は、
隠してあったショットガンを手に取り、
城で敗走の時をうかがうドイツ軍の部隊に、
たった1人で復讐を試みるのです。

「冒険者たち」ほどではありませんが、
この作品も不思議な抒情と陶酔に満ちていて、
とても魅力的な作品です。

舞台はフランスの古城で、
隠し部屋や隠し通路、地下室や深い井戸などがあり、
主人公はそこに身を潜めながら、
1人ずつナチの兵士に復讐を果たしてゆきます。
1960年代に盛んに作られた、
これはゴシックホラー映画のパターンで、
古城に身を潜める怪物の役回りを、
主人公が演じていて、
怪物に襲われる人々の役回りを、
ナチの兵士が演じるという、
不可思議な入れ替わりが設定されているのです。

ホラー映画の道具立てで戦争の復讐劇を演じるという、
なかなかユニークな趣向です。

抜けるような青空と田園の風景、
日差しを浴びるの古城の土壁のシルエット、
そしてこの映画の象徴とも言うべき、
火炎放射器から吹き上げられる紅蓮の炎。
「冒険者たち」と同じようにこの映画も色彩が美しく、
それ自体が感情を揺さぶるように心に残ります。

特にロミー・シュナイダーが無残に炎に焼かれる場面と、
ナチの将校の目の前の鏡が見る間に歪み、
それを突き破って炎が噴出し復讐が貫徹される瞬間は、
極めつけの名シーンです。

この映画のロミー・シュナイダーは、
殆ど回想で登場するだけなのですが、
その年増の艶っぽい姿は極めて魅惑的で美しく、
改めて昔の銀幕の女優さんの素晴らしさを感じました。
また、CGなどない時代で、
スクリーンプロセスや合成なども、
殆ど使っていないと思うのですが、
ロミー・シュナイダーが丸焼けになる場面や、
城が炎に包まれる場面などは、
極めてリアルで、
どうやって撮ったのか不思議に感じるほどです。

これはまあ昔観たらとても感銘を受けて、
トラウマ的に心に残った映画だと思いました。

ただ、どうも徹底的に年を取ってしまったので、
作品のアラの方が何となく目について、
作品世界に没入する、
という感じの鑑賞にはなりませんでした。

年を取るのは嫌だなあ、とちょっと切なく思いました。

この時代の映画は、
編集はかなり荒いですよね。
編集権が監督にはなかったせいもあるのだと思いますが、
場面の繋がりがあまり上手くはなく、
現実の復讐劇とかつての妻との愛の日々の回想が、
頻繁に交錯して現れるのですが、
回想のエピソードにはあまり魅力がなく、
つぎはぎの感じであまり復讐劇のサスペンスが盛り上がりません。

またデジタルで修復された映像は、
ぶれ方がフィルムのそれとは明らかに異なっているので、
フィルムの映画に親しんできた世代としては、
家でブルーレイを観ているようで何か違和感がありました。

同時期にペキンパーの「戦争のはらわた」も観たのですが、
矢張りデジタル修復された映像の質感とぶれ方には違和感があり、
あの映画も編集は無茶苦茶で粗雑なので、
昔の映画は確かにこんなものだったなあ、
とは一方では思いながらも、
落胆する気持ちが大きくなってしまいました。

デジタル映像というのは、
今の映画を観るには良いのですが、
過去のフィルムの映画を再生するには矢張り根本的な問題があって、
過去の映画はもう、
映画館では観ない方が良いのかも知れない、
と今回はとても強く感じることになったのです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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歌舞伎座八月納涼歌舞伎(2017年第二部) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前中は石田医師が外来を担当し、
午後は石原が担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
8 月歌舞伎座.jpg
今年の8 月の歌舞伎座納涼歌舞伎に足を運びました。

歌舞伎座の8月というのは、
幹部は夏休みという習わしで、
若手中心のキャストとなり、
通常は1日2部構成なのが3部構成となって、
入場料も割安になる、
というのが通常でした。
そのために他の月は「大歌舞伎」となるのですが、
今月は「納涼歌舞伎」となっているのです。

ただ、現在は1等席が通常の18000円が15000円、
と言う程度のディスカウントですから、
あまりお得感はありませんし、
キャストも猿之助も染五郎も勘九郎も出ているのですから、
他の月とそれほど変わっている印象もありません。
勿論吉右衛門や玉三郎、菊五郎などは8月には絶対に出演しませんから、
それは違うと言えば違うのですが、
一般の観客にとっては、
殆ど違いはなくなっている、と思います。

どれを観るかは迷ったのですが、
久しぶりに團子がお父さんと一緒に出るので、
第2部を選択することにしました。

最初の「修善寺物語」は岡本綺堂の新歌舞伎で、
なかなか味わい深い小品ですが、
彌十郎の夜叉王というのは、
鬼の気迫には乏しく、
やや迫力不足で物足りなくは感じました。

眼目の染五郎と猿之助コンビによる東海道中膝栗毛は、
昨年に引き続いた新作歌舞伎で、
若手オールスター総出演の感のある豪華な座組です。

昨年のものはお伊勢参りという骨格は残しながら、
途中でラスベガスに飛ばされるなどのぶっ飛んだ話で、
意外に歌舞伎味もありました。

今回は続編として何をするのかと思っていると、
シンプルに歌舞伎座で起こる殺人事件で、
それをいつもの面々が推理する、
と言う内容になっています。

殺人事件が起こるのが義経千本桜の四の切りの舞台裏、
という設定になっているので、
実際の歌舞伎座の舞台で、
その実際の舞台裏が見られるという趣向になっているのです。

そんな訳で凝った設定の舞台ではあったのですが、
残念ながら昨年のような盛り上がりは希薄で、
やや欲求不満気味の作品になってしまいました。

一番の原因は捕り物帳仕立ての
推理劇のスタイルであったことで、
ドタバタもあるのですが、
基本的には殺人現場の舞台での推理の遣り取りとなって、
せっかくの賑やかな舞台が、
何となく停滞する結果になってしまいました。

染五郎と猿之助のコンビも、
ボソボソとしゃべり、
ダラダラと動くと言う感じで、
僕が観た日だけのことなのかも知れませんが、
まるで覇気がなくガッカリしました。

これはもう企画の失敗であったように思います。

それでも、團子と金太郎のコンビは楽しく、
中車の昆虫談義や、
児太郎の堂に入った悪婆ぶりなどもなかなかで、
それなりに楽しんで歌舞伎座を後にしました。

歌舞伎はこの10年くらいでその変質が甚だしく、
「何が歌舞伎か?」という境界も極めて曖昧模糊として来ました。
薄味の舞台も多くその流れには賛同はしかねますが、
しぶとく時代に順応し、
生き残りを図って行くという辺りが、
歌舞伎の現在の特徴と言えるのかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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ニューヨークにおける認知症発症率の低下について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
認知症は減少している.jpg
今年のJAMA Neurology誌に掲載された、
アメリカにおいて認知症の発症率(incidence)は減っている、
というデータを詳細に解析した論文です。

認知症は人口の高齢化に従って、
その有病率(人口の中で認知症の人の割合)は増加していますが、
実際に新規に認知症と診断される数は、
1980年代以降アメリカにおいては減少している、
という複数の疫学データが存在しています。

今回の研究は、
アメリカのニューヨーク州ブロンクス郡で行われた、
アインシュタイン加齢研究という疫学調査のデータを活用して、
出生年齢毎に診断される認知症の頻度が、
どのように異なっているのかを検証したものです。

対象者は70歳以上の1348名で、
平均で4.4年の経過観察が行われています。
観察期間中に150例の認知症が診断されています。
この認知症の発症率を出生年毎に見てみると、
1920年以前に生まれた人では、
年間100人当たり5.09人が認知症を発症したのに対して、
1920年から24年に生まれた人では、
年間100人当たり3.11人、
1925年から29年の出生者では1.73人、
1929年以降の出生者では0.23人と、
認知症とその後診断されるリスクは、
出生年度が下るほど明らかに低下していました。
診断を受けた年齢毎に検討してみても、
矢張りその年齢層毎の発症率も出生年が下るほど低下していて、
この傾向は間違いのない事実であるようです。

この間糖尿病の発症率は上昇している一方で、
脳卒中や心筋梗塞の発症率は低下していて、
心血管疾患はアルツハイマー病のリスクでもありますから、
心血管疾患のリスクの低下が、
認知症の発症率の低下に結び付いたという可能性はありますが、
一方で糖尿病のリスクは増加していて、
その解釈は難しいところです。

従って、その原因は不明ではあるのですが、
認知症の発症率がニューヨークでこの20年に低下していることは、
間違いのない事実で、
それは1920年以降の出生年齢と強い関連が認められます。
つまり、1920年以前と比較して、
それ以降に生まれた人は、
認知症になるリスクが年ごとに低下しているのです。

そうは言っても、
高齢化は先進国では世界的に進行するので、
認知症の患者さんが増えることは間違いがなく、
ただ今後の対策においては、
認知症発症率の低下傾向についても、
同時に織り込むということが必要になるのだと思います。

日本でもおそらく、
同様の傾向は存在しているのだと推察されますが、
それを裏付ける精度の高いデータが、
発表されることを待ちたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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よろしくお願いします。

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チオトロピウムの早期COPD進行予防効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
チオトロピウムのCOPD進行予防効果.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
チオトロピウムというCOPDに対する治療薬の、
比較的軽症の患者さんに使用した場合の、
比較的長期の有効性を検証した論文です。

チオトロピウム(商品名スピリーバ)は、
副交感神経の気道での働きを弱めることにより、
気道の平滑筋の収縮を抑え、
そのことによって気道を拡張する作用を持つ、
所謂気管支拡張剤です。
平滑筋のムスカリン受容体という、
アセチルコリンの結合部位に替りにくっつき、
それによってアセチルコリンの作用を弱めます。
この結合が長期間続くため、
1回の吸入により、
ほぼ1日を通して気管支の拡張作用が持続するのです。

こうした薬剤を総称して、
抗コリン剤と呼んでいます。

気管支喘息の時に用いる気管支拡張剤としては、
β2刺激剤と呼ばれる交感神経の刺激剤が有名ですが、
それよりもリバウンドが少なく、
安定して安全に使用出来る薬剤として、
その評価は近年高いものになっています。

この吸入タイプの抗コリン剤は、
喘息よりも肺気腫や慢性気管支炎などの、
高齢者の肺の病気である、
慢性閉塞性肺疾患(COPD)の治療薬として、
その有効性が注目されています。

そしてこのチオトロピウムは、
もう症状としての呼吸困難が生じているような、
比較的重症な患者さんに対しては、
その予後の改善や急性増悪の予防に対して、
一定の有効性が確認されています。

ただ、より軽症の患者さんに対しての有効性については、
これまであまり検証されていませんでした。

そこで今回の研究では中国において、
GOLDというCOPDの国際的分類の、
Ⅰ度もしくはⅡ度という、
比較的軽症のCOPDの患者さん、
トータル841名をクジ引きで2つに分け、
一方はチオトロピウムをハンディヘラで18μg、
1日1回吸入し、
もう一方は偽の吸入薬を同じように施行して、
2年間の経過観察を行っています。

その結果、
2年間の治療継続時で、
チオトロピウム吸入群は偽吸入群と比較して、
1秒量という呼吸機能の指標が有意に高く、
その低下率も有意に抑制されていました。

具体的には気管支拡張剤の使用前には、
年間の1秒量の低下率には有意差はありませんでしたが、
気管支拡張剤の使用後には、
偽吸入では年間51±6ミリリットルの低下であったのに対して、
チオトロピウム吸入では年間29±5ミリリットルの低下で、
その差は22(95%CI;6から37)ミリリットルと有意な違いになっていました。

つまり、比較的軽症のCOPDにおいても、
チオトロピウムを継続して使用することにより、
COPDの進行が予防される可能性が示唆される結果です。

これはハンディヘラ型の吸入用具によるものであることには、
注意が必要ですが、
今後チオトロピウムの使用開始のタイミングについては、
再検証がされるような流れになるかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

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マグネシウムとカリウム含有塩の脳卒中予後改善効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日で診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談などに廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
マグネシウムとカリウムの脳卒中後の補充効果.jpg
今年のAmerican Journal of Clinical Nutrition誌に掲載された、
脳卒中で退院後の患者さんに、
マグネシウムとカリウムの補充を行なった効果を検証した論文です。

脳卒中はその後の患者さんの人生に、
深刻な影響を残す病気ですが、
発症直後の症状が、
その後の3か月から6か月程度の期間の中で、
どれだけ改善するかが、
その予後判定の1つの指標となります。

ただ、急性期を過ぎて患者さんが退院した後の期間において、
その予後を改善し神経機能を改善するための、
決め手となるような治療が存在しているという訳ではありません。

その中で比較的報告が多いのが、
脳卒中受傷後の期間にマグネシウムを補充する、
という方法です。

マグネシウムは自然に存在するミネラルで、
身体のエネルギー産生や糖代謝、
遺伝子の合成などに不可欠の微量元素です。
また、これも身体に必須の電解質であるカルシウムやカリウムは、
細胞膜を移動する際にマグネシウムが必要で、
神経の伝達においてもカリウムとマグネシウムは必須のイオンです。
また、血圧上昇は脳卒中再発のリスクになりますが、
カリウムやカルシウムの摂取は、
ナトリウムの排泄を促して、
血圧の上昇を抑えます。

このようにマグネシウムの不足がないことは、
神経の再生にも必要不可欠なことと想定されますが、
急性期にマグネシウム塩を注射するような臨床試験では、
あまり明確な改善効果は確認をされていません。

今回の研究はマグネシウムやカリウムの不足が、
比較的多い地域である臺灣において、
脳卒中で入院された患者さんを退院後に、
本人にも主治医にも分からないように3つの群に分け、
第1群は通常の食塩を、
第2群はカリウムを多く含む食塩を、
第3群はカリウムとマグネシウムを多く含む食塩を、
それぞれ1か月に使用を想定される分量を渡して、
食塩の代わりに使用をしてもらい、
6か月の経過観察を行っています。

患者さんは退院時に、
modefied Rankin Scaleという脳卒中の指標において、
4以下という持続的な介護は必要としないレベルが対象で、
寝たきりのような重症度の方は含まれていません。
また、一か月以内の入院で、
年齢は45歳以上というのが要件になっています。

基本的な判断は、
退院の時点と治療開始後半年の時点での、
脳卒中の後遺症と生活自立度の指標が、
どの程度であったかで行われます。

具体的には3つの指標があり、
まずmodified Rankin Scaleで1以下、
NIHSS(NIH脳卒中スケール)が0、
Barthel Index(バーセル・インデックス)が100、
の全てを満たす患者さんの比率が、
どう変動したかを見ています。

このうち、modified Rankin Scaleの1以下というのは、
症状や症候はあっても明らかな障害はない状態で、
NIHSSの0というのは、
意識は清明で麻痺や言葉の障害もない状態、
バーセル・インデックスが100というのは、
日常生活が通常に出来るという意味合いです。

この3つの指標を満たす患者さんの比率は、
普通の食塩群では登録時が19.2%で半年後が25.3%、
カリウム強化塩群では登録時が17.5%で半年後が30.9%、
カリウムとマグネシウムの強化塩群では、
登録時が25.3%で半年後が40.0%でした。

元々の比率にもかなり違いがあるので、
その判断は微妙ですが、
統計上はカリウム強化塩群では、
普通の食塩群と有意な差はなく、
カリウムとマグネシウム強化塩群では、
3か月後と半年後の結果をミックスした場合に、
普通の食塩群より2.25倍(95%CI; 1.09から4.67)、
有意に増加していました。

このように、結果としてはちょっと微妙で、
解析によっては差が出たり出なかったりもしているのですが、
全体の傾向としては、
確かにカリウムとマグネシウムの摂取量を、
ナトリウムと相対的に増加させると、
脳卒中の予後が改善する傾向を示していることは、
間違いはなさそうです。

ただ、これは摂取した正確な量は不明で、
渡された食塩以外に、
自宅で摂取しているという可能性もありますから、
今後薬としてのマグネシウムを、
長期服用したような試験も、
再度行う必要があるように思います。

マグネシウムは高齢者では蓄積による中毒もありますから、
単純に多く摂った方が良いとも言えないのですが、
脳卒中後の患者さんで腎機能が正常であれば、
一定量の補充を考えても良いようには思います。

それでは今日はこのくらいで。

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食事のバランスと健康との関連について(2017年大規模疫学データ) [医療のトピック]

こんにちは
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
糖質と脂質のバランスと健康.jpg
今年のLancet誌に掲載された、
世界的な大規模な疫学データを元に、
食事の栄養素のバランスと、
生命予後を含む健康との関連を検証した論文です。

人間が摂取するカロリーは、
大きく分けて炭水化物、脂肪、蛋白質の、
いずれかから得られています。

世界の地理的にも、また時代によっても、
その摂取量のバランスは様々です。
ある地域や時代においては、
極端に高蛋白で、脂質や炭水化物が少ない食習慣もありますし、
極端に炭水化物が多く、
脂質や炭水化物の少ないという食習慣もあります。

この20年余を考えてみても、
一時は脂肪をともかく減らすことが、
健康への早道のようなことが言われていましたが、
その後炭水化物の制限ということが、
今度は強く主張されるようになり、
悪者は脂肪から炭水化物に、
変わってしまったような感もあります。

WHOのガイドラインにおいては、
脂肪を摂取カロリーの30%未満とする、
低脂質の食事が心血管疾患の予防のためには推奨されていて、
特に飽和脂肪酸を摂取カロリーの10%未満にすることが求められています。
ただ、この根拠となるデータは世界の地域毎の、
食生活習慣と病気のリスクとの関連を見たものしかなく、
かつ調査地域もヨーロッパと北アメリカに大きく偏っています。

また、飽和脂肪酸の摂取による心血管疾患リスクの算出は、
飽和脂肪酸により血液のLDLコレステロールが増加する、
という点のみに着目したもので、
飽和脂肪酸が増加するとLDLコレステロールが直線的に増加する、
という仮定を元にしています。
しかし、この推測はHDLコレステロールや血圧など、
他の心血管疾患のリスク因子を無視したもので、
それほど精度の高い推測とは言えません。

また、最近のメタ解析の論文では、
ヨーロッパと北アメリカで施行された、
臨床研究や疫学データをまとめて解析した結果として、
総死亡のリスクや心血管疾患のリスクと、
飽和脂肪酸の摂取量との間には、
統計的に意味のある相関は見られなかった、
という結論になっています。

つまり、ヨーロッパや北アメリカに地域を限定しても、
飽和脂肪酸の摂取量と心血管疾患や死亡リスクとの間には、
明確は関連があるとは言えず、
それ以外の地域におけるデータは殆どないのが実状です。

そこで今回の研究においては、
世界18の国や地域の、
35歳から70歳のトータル135335名の食事調査を行い、
中間値で7.4年の経過観察期間において、
心血管疾患の発症リスクと、
総死亡のリスクと、
特定の栄養素の摂取量との関連を検証しています。

対象となっている地域は、
カナダ、スウェーデン、アラブ首長国連邦、
アルゼンチン、ブラジル、チリ、中国、コロンビア、
イラン、マレーシア、パレスチナ自治区、ポーランド、
南アフリカ、トルコ、バングラデシュ、
インド、パキスタン、ジンバブエです。

経過観察の期間中に、
5796名が死亡し、4784名が心血管疾患を発症しています。
炭水化物のカロリーに占める割合が最も多い群(平均で77.2%)は、
最も少ない群(総カロリーの平均で46.4%)と比較して、
総死亡のリスクが1.28倍(95%CI;1.12から1.46)有意に増加していました。
炭水化物の摂取量が多いほど、
死亡リスクも高いという傾向も認められることから、
この関連には一定の信頼性があると言えそうです。
一方で心血管疾患のリスクや心血管疾患による死亡のリスクについては、
炭水化物の摂取カロリーとの間に関連はありませんでした。
関連が明確にあったのは、
心血管疾患とは関連のない死亡についてのみです。
要するにメインは癌や感染症による死亡と想定されます。

一方で脂質については、
脂質のカロリーをトータルで見た場合、
脂質の総カロリーに占める割合が最も高い群(平均で35.3%)は、
最も低い群(平均で総カロリーの10.6%)と比較して、
総死亡のリスクは23%(95%CI; 0.67から0.87)有意に低下していました。
このリスクの低下も脂質の量とほぼ相関していて、
心血管疾患のリスクや心血管疾患による死亡のリスクとは、
関連を示していませんでした。
つまり、脂質に関しても、
関連があったのは心血管疾患以外での死亡についてののみです。

ここで脂質の中身を見てみると、
飽和脂肪酸単独でも単価不飽和脂肪酸単独でも、
多価不飽和脂肪酸単独でも、
ほぼ同様に摂取量が多いほど、
心血管疾患以外の死亡リスクは低下していました。
ただ、その中においては、
多価不飽和脂肪酸が最もそのリスクを低下させていました。

最後に蛋白質について見ると、
総カロリーに占める蛋白の比率が、
平均で16.9%(95%CI; 16.4から17.4)の群が、
最も総死亡のリスクは低下していました。
この場合も心血管疾患以外の死亡リスクのみが、
蛋白質の比率と関連していました。

ここで仮に総カロリーの5%を置き換える効果を算出すると、
炭水化物のカロリーを、
そのまま同カロリーの多価不飽和脂肪酸に置き換えた場合、
総死亡のリスクは11%(95%CI; 0.82から0.97)有意に低下する、
というように計算されました。
一方でこのカロリー分を、
飽和脂肪酸や単価不飽和脂肪酸、蛋白質にそれぞれ置き換えても、
死亡リスクの低下は認められませんでした。

今回のデータは大変興味深いもので、
これまでの常識とは異なる部分を多く含んでいます。

まず、脂質、糖質、蛋白質のバランスにより、
生命予後において影響が出るのは、
主に心血管疾患以外の病気による死亡リスクであって、
これまで最重点に考えられていた、
脳卒中や心筋梗塞などの心血管疾患は、
トータルにはあまり食事の影響を受けてはいない、
という知見です。
ただ、これは勿論通常の食事の範囲であって、
極端な食事パターンを取れば、
弊害が生まれる可能性は充分にあります。

更には炭水化物は総カロリーの50%を超えると、
総死亡のリスクを引き上げていて、
50%は超えないレベルに維持することが望ましく、
そのカロリー分は蛋白質ではなく脂質、
特に多価不飽和脂肪酸
(ナッツやオリーブオイル、青味の魚など)
に振り替えることがそのリスクの軽減に繋がる、
という知見です。
ただ、このリスクも心血管疾患とは無関係です。

この論文の日本での解説記事には、
「炭水化物が多いと寿命が縮む」
というようなニュアンスが多いのですが、
炭水化物は一番少ない群でも、
95%信頼区間で40%は切っていませんから、
敢くまでカロリー比で50%を超える、
糖質主体の食事が良くない、
という趣旨であることを理解する必要があります。

このデータでは食事調査は1回のみですから、
その結果の評価には限界があるのですが、
基本的な方向性はおそらく正しいものだと個人的には思うので、
今後の検証と、
それがガイドラインなどに、
的確に反映されることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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