小腸選択性ステロイドのIgA腎症への効果 [医療のトピック]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今年のLancet誌にウェブ掲載された、
IgA腎症という非常に頻度の高い腎臓病に対する、
新しい治療薬の臨床試験の結果をまとめた論文です。
第2b相臨床試験のデータです。
IgA腎症というのは、
免疫グロブリンの一種であるIgAが、
腎臓に多量に沈着することにより、
腎臓の機能が慢性的に障害される病気で、
慢性腎炎の半数を占める、
日本で最も多い腎臓の病気でもあります。
この病気の治療として、
国際的なガイドラインにおいて推奨されているのは、
ACE阻害剤もしくはARBと呼ばれる薬剤の使用です。
おしっこに排泄される蛋白質が1日1グラム未満では、
上の血圧が130mmHg未満を目標とし、
尿蛋白がそれより多い場合には、
125未満が目標とされます。
数か月の治療により、
尿蛋白の改善が見られない場合には、
ステロイド治療や免疫抑制剤の使用が検討されます。
しかし、こうした免疫抑制療法の上乗せ効果は、
あまり精度の高いデータの裏付けがある、
というものではありません。
治療成績は必ずしも満足の行くレベルのものではありませんし、
レニン・アンジオテンシン系の抑制が、
充分であったかどうかの検証があまりなされていないので、
真の意味での免疫抑制療法の上乗せ効果が、
どのくらいのものであるのかが不明なのです。
日本ではそれ以外に、
扁桃腺の切除とステロイドのパルス療法を組み合わせた治療が、
非常に高い奏効率を持つものとして施行されていますが、
世界的にはあまり言及をされていません。
さて、免疫を抑制することが、
IgA腎症の腎機能を保つ上で重要であることはほぼ間違いがありませんが、
全身的にステロイドを使用した臨床試験は、
あまり予後に明確な結果を示していません。
その理由は1つには糖尿病や易感染性などの、
ステロイドの有害事象にあると考えられます。
最近、IgA腎症と小腸のパイエル板という構造との関連が、
指摘されるようになりました。
パイエル板というのは、
小腸の空腸から回腸に存在するリンパ組織で、
腸管免疫の主体として機能しています。
ここで産生されるB細胞というリンパ球は、
IgAを主に産生していることが分かっています。
IgA腎症においては、
糖鎖異常IgA(ガラクトース欠損IgA1; GdIgA1)という、
異常なIgAが産生されて、
それが血中のIgGと結合し、
免疫複合体となって腎臓に沈着し病気を進行させると考えられています。
とすれば、
小腸のパイエル板における、
免疫の働きのみを低下させるような薬があれば、
IgA腎症の進行を予防することが可能になると想定されます。
そこで開発されたのが、
標的指向性のステロイド製剤、
カプセルとして内服すると、
パイエル板が多く存在する空腸遠位部に、
高濃度で達するように設計された、
吸入ステロイドの成分と同じ、
ブデソニドというステロイド製剤です。
全身作用は少ないため、
全身的なステロイド剤の使用よりも、
少量で効率よく効果を表し、
全身的な副作用は少ないことが期待されたのです。
今回の第2b相の臨床試験では、
ヨーロッパの複数の専門施設において、
18歳以上の年齢で腎生検によりIgA腎症と診断され、
レニン・アンジオテンシン系の抑制療法を継続していても、
グラム・クレアチニン換算で0.5グラム以上のタンパク尿が持続している患者さん、
トータル150名の患者さんを登録し、
患者さんにも主治医にも分からないように、
クジ引きで3つの群に分け、
第1群は小腸選択性ブデソニドを1日8ミリグラム、
第2群は1日16ミリグラム、
そして第3群は偽薬を使用して、
レニン・アンジオテンシン系抑制療法への上乗せとしての、
小腸選択性ステロイドの効果を検証しています。
腎機能はeGFRという指標が45mL/min/1.73㎡以上が条件で、
治療は9か月継続され、
その後3か月の観察期間を置いています。
その結果…
9か月の時点でステロイド治療を行なった2群を合わせたトータルでは、
登録時より尿蛋白を24.4%有意に低下させたのに対して、
偽薬群では2.7%増加していました。
ステロイド治療群の内訳では、
8ミリグラム群で21.5%、16ミリグラム群で27.3%の低下となっていました。
腎機能については、
9か月の時点でステロイド治療群では維持されていましたが、
偽薬群では10%の低下を示していました。
重篤な有害事象としては、
実薬16ミリグラム群で静脈血栓症と、
予期せぬ腎機能低下が1例ずつ認められました。
つまり小腸選択性のブデソニドの使用により、
9か月という治療期間においては、
尿蛋白を低下させ腎機能を維持する効果が認められました。
従って、より長期の使用において、
腎機能の低下を抑制する可能性が想定されます。
IgA腎症の治療は有効性の明確なものがあまりなく、
まだその長期効果など未解明の部分は残りますが、
非常に有望な治療となり得ることは間違いがなく、
今後の知見の積み重ねを期待したいと思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今年のLancet誌にウェブ掲載された、
IgA腎症という非常に頻度の高い腎臓病に対する、
新しい治療薬の臨床試験の結果をまとめた論文です。
第2b相臨床試験のデータです。
IgA腎症というのは、
免疫グロブリンの一種であるIgAが、
腎臓に多量に沈着することにより、
腎臓の機能が慢性的に障害される病気で、
慢性腎炎の半数を占める、
日本で最も多い腎臓の病気でもあります。
この病気の治療として、
国際的なガイドラインにおいて推奨されているのは、
ACE阻害剤もしくはARBと呼ばれる薬剤の使用です。
おしっこに排泄される蛋白質が1日1グラム未満では、
上の血圧が130mmHg未満を目標とし、
尿蛋白がそれより多い場合には、
125未満が目標とされます。
数か月の治療により、
尿蛋白の改善が見られない場合には、
ステロイド治療や免疫抑制剤の使用が検討されます。
しかし、こうした免疫抑制療法の上乗せ効果は、
あまり精度の高いデータの裏付けがある、
というものではありません。
治療成績は必ずしも満足の行くレベルのものではありませんし、
レニン・アンジオテンシン系の抑制が、
充分であったかどうかの検証があまりなされていないので、
真の意味での免疫抑制療法の上乗せ効果が、
どのくらいのものであるのかが不明なのです。
日本ではそれ以外に、
扁桃腺の切除とステロイドのパルス療法を組み合わせた治療が、
非常に高い奏効率を持つものとして施行されていますが、
世界的にはあまり言及をされていません。
さて、免疫を抑制することが、
IgA腎症の腎機能を保つ上で重要であることはほぼ間違いがありませんが、
全身的にステロイドを使用した臨床試験は、
あまり予後に明確な結果を示していません。
その理由は1つには糖尿病や易感染性などの、
ステロイドの有害事象にあると考えられます。
最近、IgA腎症と小腸のパイエル板という構造との関連が、
指摘されるようになりました。
パイエル板というのは、
小腸の空腸から回腸に存在するリンパ組織で、
腸管免疫の主体として機能しています。
ここで産生されるB細胞というリンパ球は、
IgAを主に産生していることが分かっています。
IgA腎症においては、
糖鎖異常IgA(ガラクトース欠損IgA1; GdIgA1)という、
異常なIgAが産生されて、
それが血中のIgGと結合し、
免疫複合体となって腎臓に沈着し病気を進行させると考えられています。
とすれば、
小腸のパイエル板における、
免疫の働きのみを低下させるような薬があれば、
IgA腎症の進行を予防することが可能になると想定されます。
そこで開発されたのが、
標的指向性のステロイド製剤、
カプセルとして内服すると、
パイエル板が多く存在する空腸遠位部に、
高濃度で達するように設計された、
吸入ステロイドの成分と同じ、
ブデソニドというステロイド製剤です。
全身作用は少ないため、
全身的なステロイド剤の使用よりも、
少量で効率よく効果を表し、
全身的な副作用は少ないことが期待されたのです。
今回の第2b相の臨床試験では、
ヨーロッパの複数の専門施設において、
18歳以上の年齢で腎生検によりIgA腎症と診断され、
レニン・アンジオテンシン系の抑制療法を継続していても、
グラム・クレアチニン換算で0.5グラム以上のタンパク尿が持続している患者さん、
トータル150名の患者さんを登録し、
患者さんにも主治医にも分からないように、
クジ引きで3つの群に分け、
第1群は小腸選択性ブデソニドを1日8ミリグラム、
第2群は1日16ミリグラム、
そして第3群は偽薬を使用して、
レニン・アンジオテンシン系抑制療法への上乗せとしての、
小腸選択性ステロイドの効果を検証しています。
腎機能はeGFRという指標が45mL/min/1.73㎡以上が条件で、
治療は9か月継続され、
その後3か月の観察期間を置いています。
その結果…
9か月の時点でステロイド治療を行なった2群を合わせたトータルでは、
登録時より尿蛋白を24.4%有意に低下させたのに対して、
偽薬群では2.7%増加していました。
ステロイド治療群の内訳では、
8ミリグラム群で21.5%、16ミリグラム群で27.3%の低下となっていました。
腎機能については、
9か月の時点でステロイド治療群では維持されていましたが、
偽薬群では10%の低下を示していました。
重篤な有害事象としては、
実薬16ミリグラム群で静脈血栓症と、
予期せぬ腎機能低下が1例ずつ認められました。
つまり小腸選択性のブデソニドの使用により、
9か月という治療期間においては、
尿蛋白を低下させ腎機能を維持する効果が認められました。
従って、より長期の使用において、
腎機能の低下を抑制する可能性が想定されます。
IgA腎症の治療は有効性の明確なものがあまりなく、
まだその長期効果など未解明の部分は残りますが、
非常に有望な治療となり得ることは間違いがなく、
今後の知見の積み重ねを期待したいと思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
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よろしくお願いします。
誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方: ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ
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- 出版社/メーカー: 総合医学社
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