スタチンのノセボ効果 [医療のトピック]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今月のLancet誌にウェブ掲載された、
スタチンという薬による有害事象の、
臨床試験の方法による頻度の違いについての論文です。
スタチンはコレステロール合成酵素の阻害剤で、
非常に広く使用されているコレステロール降下剤です。
その効果は特に心筋梗塞の再発予防において、
多くの精度の高い臨床試験により実証されています。
このように有効性の確立された薬であるスタチンですが、
多くの有害事象があることも知られていて、
患者さんの処方の継続率は、
必ずしも高くないことが報告されています。
中でも頻度的に最も高いのが、
筋肉痛や筋脱力などの筋肉に関する有害事象です。
確かにスタチンの使用により、
稀に横紋筋融解症という、
筋肉細胞が広範に障害されるような副作用の、
発生することがあるのは事実です。
しかし、実際には重症の横紋筋融解症が、
スタチンの使用により発生することは極めて稀で、
使用後に筋肉痛や筋脱力があっても、
筋融解の時に上昇する酵素であるCPKは、
上昇していないか、
上昇はしていても軽度に留まることが、
多いことが報告されています。
こうした場合には、
スタチンは必要性が高ければ継続をしても、
問題はないとされていますが、
実際には患者さんも症状があるのに薬を続けることは心配ですし、
処方した医師も患者さんの安全を第一に考えますから、
一旦は中止とされることが多いと思います。
しかし、こうした患者さんの感じる服用後の不快な症状は、
何処までが薬の薬理的な作用によっているのでしょうか?
こうした疑問が生じるのは、
一旦スタチンを有害事象で中止した患者さんでも、
その後に再開すると、
同じ有害事象が発生する頻度は、
それほど高いものではないからです。
このように、
「この薬を飲むと筋肉痛が起こる」
という事前の知識があると、
一種の心理的な作用によって、
筋肉痛が起こることがある、
ということが知られています。
これを偽薬によっても、
それを薬と信じることによって、
薬と同じような作用が生じるプラセボ効果の逆と考えて、
ノセボ効果(ノーシーボ効果)と呼んでいます。
今回の研究はASCOT試験という大規模な臨床試験のデータを解析することで、
このスタチンによるノセボ効果が、
どの程度あるのかを検証したものです。
ASCOT試験は高血圧の患者さんにおいて、
降圧剤の種類と、
そこにスタチンの上乗せの意義を、
総コレステロール値が250mg/dL以下の患者さんで検証したものですが、
スタチンの有効性は早期に確認されたため、
その後はスタチンの使用を患者さんに明らかにした上で、
処方の継続が降圧剤選択の試験のために続行されました。
つまり、
試験の前半の期間は、
スタチンか偽薬かを患者さんが知らない状態で処方が継続され、
後半の期間はそれがスタチンであることを、
知らされた状態で処方が継続されたのです。
その結果、
偽薬かどうか分からない期間においては、
偽薬群とスタチン群とで、
筋肉関連の有害事象は違いがなかったのにも関わらず、
処方内容が開示された以降の期間においては、
スタチン群において1.41倍(95%CI;1.10から1.79)、
筋肉関連の有害事象は多く認められました。
つまり、この差がノセボ効果の可能性が高い、
という想定が可能なのです。
薬を使用する以上、
プラセボ効果とノセボ効果は必ず生じることは間違いがありません。
ノセボ効果を少なくするためには、
薬の内容を患者さんが知らないことが必要で、
更には処方する医師や調剤する薬剤師も、
その内容を知らない方がより確実である訳ですが、
それは実際の臨床としては不可能で、
むしろ必要以上に何度も副作用や有害事象については、
説明がなされることが適切と考えられているので、
現行のシステムでは、
報告される作用も副作用も、
その頻度は実際のものではなく、
プラセボ効果とノセボ効果で修飾されている、
という言い方が可能です。
要するに科学としての医学というのは、
人間が独立した高い理性を持った存在であることを、
暗黙の前提としているので、
全てを患者さんに開示した上で、
治療を行なうことが正しいとされているのです。
しかし、実際には皆さんもご存じのように、
人間というのはそんな偉そうなものではなく、
心理的な影響で毒も薬と信じれば薬になり、
薬も毒と信じれば毒になるような呪術的な存在なので、
医療というものの仕組みとは、
根本的に合わない部分があるのです。
科学としての医療は確かに長足の進歩を遂げていますが、
その奥底にはプリミティブな呪術性のようなものがあり、
多くの医療者はまだそれを利用して、
患者さんを治療している側面が少なからずあるので、
今後の医療の方向性を、
どのように考えるのかは、
そうたやすいことではないように思います。
端的に言えば、
データを入れてロボットに診察と診断をさせ、
適切な薬を処方させて、
患者さんは皆その診断も知ることはなしに、
それを高度の科学による正しい治療であると信じて、
中身は知らずに皆で飲めば、
治る病気は治りますし治らない病気は治らないので、
それが一番科学的な医療であり、
極めて公平に治療効果は表れるのです。
しかし、本当に皆さんはそうした医療を望まれますか?
そこが一番の問題点であるように思います。
それは要するに、
あなたはどんな存在でありたいのか、という問いと、
基本的には同じ性質のものだからです。
すいません。
後半は思索的な感じになりました。
今少しそうした気分なのです。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今月のLancet誌にウェブ掲載された、
スタチンという薬による有害事象の、
臨床試験の方法による頻度の違いについての論文です。
スタチンはコレステロール合成酵素の阻害剤で、
非常に広く使用されているコレステロール降下剤です。
その効果は特に心筋梗塞の再発予防において、
多くの精度の高い臨床試験により実証されています。
このように有効性の確立された薬であるスタチンですが、
多くの有害事象があることも知られていて、
患者さんの処方の継続率は、
必ずしも高くないことが報告されています。
中でも頻度的に最も高いのが、
筋肉痛や筋脱力などの筋肉に関する有害事象です。
確かにスタチンの使用により、
稀に横紋筋融解症という、
筋肉細胞が広範に障害されるような副作用の、
発生することがあるのは事実です。
しかし、実際には重症の横紋筋融解症が、
スタチンの使用により発生することは極めて稀で、
使用後に筋肉痛や筋脱力があっても、
筋融解の時に上昇する酵素であるCPKは、
上昇していないか、
上昇はしていても軽度に留まることが、
多いことが報告されています。
こうした場合には、
スタチンは必要性が高ければ継続をしても、
問題はないとされていますが、
実際には患者さんも症状があるのに薬を続けることは心配ですし、
処方した医師も患者さんの安全を第一に考えますから、
一旦は中止とされることが多いと思います。
しかし、こうした患者さんの感じる服用後の不快な症状は、
何処までが薬の薬理的な作用によっているのでしょうか?
こうした疑問が生じるのは、
一旦スタチンを有害事象で中止した患者さんでも、
その後に再開すると、
同じ有害事象が発生する頻度は、
それほど高いものではないからです。
このように、
「この薬を飲むと筋肉痛が起こる」
という事前の知識があると、
一種の心理的な作用によって、
筋肉痛が起こることがある、
ということが知られています。
これを偽薬によっても、
それを薬と信じることによって、
薬と同じような作用が生じるプラセボ効果の逆と考えて、
ノセボ効果(ノーシーボ効果)と呼んでいます。
今回の研究はASCOT試験という大規模な臨床試験のデータを解析することで、
このスタチンによるノセボ効果が、
どの程度あるのかを検証したものです。
ASCOT試験は高血圧の患者さんにおいて、
降圧剤の種類と、
そこにスタチンの上乗せの意義を、
総コレステロール値が250mg/dL以下の患者さんで検証したものですが、
スタチンの有効性は早期に確認されたため、
その後はスタチンの使用を患者さんに明らかにした上で、
処方の継続が降圧剤選択の試験のために続行されました。
つまり、
試験の前半の期間は、
スタチンか偽薬かを患者さんが知らない状態で処方が継続され、
後半の期間はそれがスタチンであることを、
知らされた状態で処方が継続されたのです。
その結果、
偽薬かどうか分からない期間においては、
偽薬群とスタチン群とで、
筋肉関連の有害事象は違いがなかったのにも関わらず、
処方内容が開示された以降の期間においては、
スタチン群において1.41倍(95%CI;1.10から1.79)、
筋肉関連の有害事象は多く認められました。
つまり、この差がノセボ効果の可能性が高い、
という想定が可能なのです。
薬を使用する以上、
プラセボ効果とノセボ効果は必ず生じることは間違いがありません。
ノセボ効果を少なくするためには、
薬の内容を患者さんが知らないことが必要で、
更には処方する医師や調剤する薬剤師も、
その内容を知らない方がより確実である訳ですが、
それは実際の臨床としては不可能で、
むしろ必要以上に何度も副作用や有害事象については、
説明がなされることが適切と考えられているので、
現行のシステムでは、
報告される作用も副作用も、
その頻度は実際のものではなく、
プラセボ効果とノセボ効果で修飾されている、
という言い方が可能です。
要するに科学としての医学というのは、
人間が独立した高い理性を持った存在であることを、
暗黙の前提としているので、
全てを患者さんに開示した上で、
治療を行なうことが正しいとされているのです。
しかし、実際には皆さんもご存じのように、
人間というのはそんな偉そうなものではなく、
心理的な影響で毒も薬と信じれば薬になり、
薬も毒と信じれば毒になるような呪術的な存在なので、
医療というものの仕組みとは、
根本的に合わない部分があるのです。
科学としての医療は確かに長足の進歩を遂げていますが、
その奥底にはプリミティブな呪術性のようなものがあり、
多くの医療者はまだそれを利用して、
患者さんを治療している側面が少なからずあるので、
今後の医療の方向性を、
どのように考えるのかは、
そうたやすいことではないように思います。
端的に言えば、
データを入れてロボットに診察と診断をさせ、
適切な薬を処方させて、
患者さんは皆その診断も知ることはなしに、
それを高度の科学による正しい治療であると信じて、
中身は知らずに皆で飲めば、
治る病気は治りますし治らない病気は治らないので、
それが一番科学的な医療であり、
極めて公平に治療効果は表れるのです。
しかし、本当に皆さんはそうした医療を望まれますか?
そこが一番の問題点であるように思います。
それは要するに、
あなたはどんな存在でありたいのか、という問いと、
基本的には同じ性質のものだからです。
すいません。
後半は思索的な感じになりました。
今少しそうした気分なのです。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
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よろしくお願いします。
誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方: ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ
- 作者: 石原藤樹
- 出版社/メーカー: 総合医学社
- 発売日: 2016/10/28
- メディア: 単行本