「敵」(吉田大八監督 映画版) [映画]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は日曜日でクリニックは休診です。
休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。

筒井康隆さんが64歳の時に執筆した原作を、
吉田大八監督が脚本演出し、
長塚京三さんを初めとして、
理想的なキャストが揃った映画版を観ました。
これはなかなかの傑作で、
吉田大八監督の代表作の1つであることは間違いありません。
昔の勅使河原宏監督やブニュエルみたいな感じ。
不条理な悪夢の世界は懐かしさを感じますが、
きちんと現代にリニューアルされていて、
今製作した意味も感じさせる力作でした。
ただ、クライマックスは少し弱いかな、という感じ。
スケール感というよりも、
もっと強烈な場面というか、
この映画を代表するようなカットが、
そこにあると良かったのではないか、
という思いはありました。
先に筒井さんの原作は読んでいたのですが、
読んだのは比較的最近です。
筒井さんの作品には、
リアルタイムで本当に影響を受け、
こんなに面白い小説があるのかと思ったものですが、
文学に傾斜して物語を破壊するようになってから、
オヤオヤという感じになり、
例の断筆宣言から復活以降は、
殆ど作品を読んでいませんでした。
「敵」は随所に懐かしい雰囲気があり、
1人暮らしの老人の緻密な生活描写はさすが、
という感じがあったのですが、
後半は漱石の「夢十夜」のような、
妄想や幻想に彩られた夢の断片が、
そのまま提示されるという感じで、
「敵」という題名ですし、
もっと「敵」という存在が大きくなるのかと、
やや期待して読み進むと、
肩透かしを感じる読後感でした。
吉田大八監督は、
三島さんの「美しい星」にしても、
「騙し絵の牙」にしても、
その作者の作品としては、
失礼ながらあまり上出来とは言えない作品を選択して、
それを自由自在に改変し、
原作とは別物の、
吉田イズムの横溢した作品にするのが得意です。
今回の「敵」もその例に漏れず、
筒井さんの作品としてはやや散漫でボンヤリした印象の原作を、
老人が老いらくの恋から人生に転落する、
という原作には欠片もない要素を付加して、
古典的なお話としての筋を通し、
後は自由自在に妄想と悪夢の世界に遊んでいます。
それでいて、
ラストの「春になれば…」という台詞は、
原作そのままのテイストで残して、
原作へもきちんと仁義を切っているのがさすがです。
「美しい星」はトンデモ要素もあって微妙ですが、
「騙し絵の牙」と今回の「敵」は、
明らかに原作より面白く
優れた映画になっている点が凄いのです。
これが作者の自信作や代表作であれば、
反発が予想されるところですが、
吉田監督はその点がとてもクレヴァーで、
その作家の微妙な作品を巧みにチョイスしているのです。
「愛読書」のような言い方をしているのは、
明らかな社交辞令だと個人的には思っています。
今回の作品が見事なのは、
原作の改変が全て上手く機能している点にあって、
連載が打ち切られる話も、
バーの女の子からお金をせびられる話も、
亡くなった奥さんがパリに行きたがっていたり、
納屋に潜んでいる戦争の記憶であるとか、
空井戸に男の死体を落とす話とか、
プルーストの作品にある鴨料理の再現など、
印象的なパートの全ては原作にないものなのに、
お話の雰囲気を壊すことなく、
一種の機能美を確立している点が凄いと思います。
原作の「敵」はパソコン通信で登場するのですが、
それをメールにして、
途中でうっかりリンクを踏んだことで、
パソコンが動かなくなってしまい、
遺書が手書きになる、
という趣向が鮮やかですし、
食事の場面を丁寧に描写しているので、
後半それがカップ麺になる、
という辺りも残酷さを感じさせるのです。
こうした趣向も勿論映画のオリジナルです。
この映画の成功の第一は、
何といってもキャストにあって、
主人公の長塚さんは、
まさにこの役のために生まれて来た、
と観ている間は思えてしまうくらいの絶妙さですし、
その演技もまた格別でした。
それを取り囲む女優陣3人がまた凄くて、
その役以外考えられないくらいの嵌まりぶりでした。
美しいモノクロ映像の魅惑を含めて、
映画の魅力に心から浸ることの出来る逸品でした。
お勧めです。
それでは今日はこのくらいで。
皆さんも良い休日をお過ごし下さい。
石原がお送りしました。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は日曜日でクリニックは休診です。
休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。

筒井康隆さんが64歳の時に執筆した原作を、
吉田大八監督が脚本演出し、
長塚京三さんを初めとして、
理想的なキャストが揃った映画版を観ました。
これはなかなかの傑作で、
吉田大八監督の代表作の1つであることは間違いありません。
昔の勅使河原宏監督やブニュエルみたいな感じ。
不条理な悪夢の世界は懐かしさを感じますが、
きちんと現代にリニューアルされていて、
今製作した意味も感じさせる力作でした。
ただ、クライマックスは少し弱いかな、という感じ。
スケール感というよりも、
もっと強烈な場面というか、
この映画を代表するようなカットが、
そこにあると良かったのではないか、
という思いはありました。
先に筒井さんの原作は読んでいたのですが、
読んだのは比較的最近です。
筒井さんの作品には、
リアルタイムで本当に影響を受け、
こんなに面白い小説があるのかと思ったものですが、
文学に傾斜して物語を破壊するようになってから、
オヤオヤという感じになり、
例の断筆宣言から復活以降は、
殆ど作品を読んでいませんでした。
「敵」は随所に懐かしい雰囲気があり、
1人暮らしの老人の緻密な生活描写はさすが、
という感じがあったのですが、
後半は漱石の「夢十夜」のような、
妄想や幻想に彩られた夢の断片が、
そのまま提示されるという感じで、
「敵」という題名ですし、
もっと「敵」という存在が大きくなるのかと、
やや期待して読み進むと、
肩透かしを感じる読後感でした。
吉田大八監督は、
三島さんの「美しい星」にしても、
「騙し絵の牙」にしても、
その作者の作品としては、
失礼ながらあまり上出来とは言えない作品を選択して、
それを自由自在に改変し、
原作とは別物の、
吉田イズムの横溢した作品にするのが得意です。
今回の「敵」もその例に漏れず、
筒井さんの作品としてはやや散漫でボンヤリした印象の原作を、
老人が老いらくの恋から人生に転落する、
という原作には欠片もない要素を付加して、
古典的なお話としての筋を通し、
後は自由自在に妄想と悪夢の世界に遊んでいます。
それでいて、
ラストの「春になれば…」という台詞は、
原作そのままのテイストで残して、
原作へもきちんと仁義を切っているのがさすがです。
「美しい星」はトンデモ要素もあって微妙ですが、
「騙し絵の牙」と今回の「敵」は、
明らかに原作より面白く
優れた映画になっている点が凄いのです。
これが作者の自信作や代表作であれば、
反発が予想されるところですが、
吉田監督はその点がとてもクレヴァーで、
その作家の微妙な作品を巧みにチョイスしているのです。
「愛読書」のような言い方をしているのは、
明らかな社交辞令だと個人的には思っています。
今回の作品が見事なのは、
原作の改変が全て上手く機能している点にあって、
連載が打ち切られる話も、
バーの女の子からお金をせびられる話も、
亡くなった奥さんがパリに行きたがっていたり、
納屋に潜んでいる戦争の記憶であるとか、
空井戸に男の死体を落とす話とか、
プルーストの作品にある鴨料理の再現など、
印象的なパートの全ては原作にないものなのに、
お話の雰囲気を壊すことなく、
一種の機能美を確立している点が凄いと思います。
原作の「敵」はパソコン通信で登場するのですが、
それをメールにして、
途中でうっかりリンクを踏んだことで、
パソコンが動かなくなってしまい、
遺書が手書きになる、
という趣向が鮮やかですし、
食事の場面を丁寧に描写しているので、
後半それがカップ麺になる、
という辺りも残酷さを感じさせるのです。
こうした趣向も勿論映画のオリジナルです。
この映画の成功の第一は、
何といってもキャストにあって、
主人公の長塚さんは、
まさにこの役のために生まれて来た、
と観ている間は思えてしまうくらいの絶妙さですし、
その演技もまた格別でした。
それを取り囲む女優陣3人がまた凄くて、
その役以外考えられないくらいの嵌まりぶりでした。
美しいモノクロ映像の魅惑を含めて、
映画の魅力に心から浸ることの出来る逸品でした。
お勧めです。
それでは今日はこのくらいで。
皆さんも良い休日をお過ごし下さい。
石原がお送りしました。
2025-01-26 19:19
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