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デング熱を細菌感染させた蚊で予防する(インドネシアのクラスター介入研究) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
デング熱を感染させた蚊で予防する.jpg
the New England Journal of Medicine誌に、
2021年6月10日掲載された、
デング熱の予防のために媒介する蚊を操作する、
というユニークな臨床研究についての論文です。

デング熱は、
蚊が媒介する熱帯から亜熱帯の出血熱の一種ですが、
日本脳炎などと比較すればその病状は軽く、
重症化も比較的稀な感染症です。
日本でも数年前からその流行が確認されています。

特別な治療はなく、
一旦流行するとその媒介する蚊の根絶は、
現実的には困難であるので、
その予防と感染のコントロールのためには、
ワクチンの開発が通常想定される方法になります。

しかし、
デング熱のワクチンは、
これまで長く実用化がされませんでした。

その大きな理由は、
デング熱の特性にあり、
この病気には4種類の異なる血清型が存在するのですが、
そのうちの1種類に感染した患者さんが、
その後に別の種類の血清型のデング熱に感染すると、
初回より重症化してデング出血熱という、
重症型になり易いのです。

そのメカニズムは、
完全には解明されていませんが、
1種類の血清型に感染すると、
不十分な免疫が他の3種類に対しても産生され、
それが別個の感染時に、
過剰な免疫反応を誘発する、
という機序が想定されています。

これを抗体依存性感染増強現象と呼んでいます。

従って、この病気のワクチンは、
4種類の血清型の全てに対して、
均等に免疫を付与するような性質のものでないと、
ワクチン接種で不充分な免疫が誘導されることにより、
却って重症化を誘発するようなリスクがあるのです。

このハードルの高さから、
デング熱のワクチンはなかなか実用化がされませんでした。

2019年にアメリカのFDAは、
初めてのデング熱ワクチンを承認しました。
これは4種類の血清型の抗原を全て含む、
4価の弱毒生ワクチンで、
それを半年の間隔を空けて3回接種します。

このワクチンには一定の有効性が確認されていますが、
その一方で事前にデング熱の自然感染がないと、
その有効性は限定的で、
抗体依存性感染増強現象に近い現象も、
ワクチン接種後の感染では認められるので、
安全性と有効性の双方において、
必ずしも満足のゆくものではありません。

こうした昆虫を媒介するような感染症において、
ワクチン以外に感染をコントロールする方法はないのでしょうか?

衛生環境が改善して蚊が減れば、
それは1つの解決法ではあります。

今回提示された解決法はそれとは異なる非常にユニークなものです。

デング熱を媒介するネッタイシマカに、
通常はこの蚊には感染しない、
ボルバキアという細菌を感染させると、
その感染がデングウイルスの感染と競合するので、
ボルバキアに感染したネッタイシマカは、
デング熱に感染しにくくなります。

通常は感染しない細菌に感染させる、
と言う点ではこれは人為的操作ですが、
蚊の遺伝子を改変する訳ではないので、
蚊自体を変えてしまうということではありません。

ここでボルバキアに感染した蚊を、
人為的に増やしてしまえば、
相対的にボルバキアに感染していない蚊は減少し、
その蚊に媒介されるデング熱も減るのでは、
という理屈です。

普通そこまでは考えても、
実際にやってしまおう、というのは、
相当に勇気のいることだと思いますが、
今回の研究においては、
蚊を媒介とする感染症を減少させようという、
世界的プロジェクトの一環として、
インドネシアのデング熱流行地域において、
クラスター介入研究という臨床研究が施行されました。

インドネシアのジョクジャカルタ市を、
24の区域に分け、
12ずつの2つの群にくじ引きで分けると、
一方にはボルバキアに感染させた蚊を放ち、
もう一方はそれをしないで、
その後3年間程度の経過観察を行っています。

イメージ的には感染した蚊を放してから、
1年後くらいには感染した蚊に大多数が置き換わっていて、
コントロールの地域でも、
2年後くらいにはその比率は増加しています。
これは区域を決めても、移動は出来ますから、
次第にその差は縮まってゆくことが想定されます。

その後地域毎のデング熱の感染者を抽出して比較したところ、
感染させた蚊を放つことにより、
デング熱の発症は77.1%(95%CI:65.3から84.9)有意に抑制され、
デング熱による入院のリスクも、
86.2%(95%CI:66.2から94.3)有意に抑制されていました。

このように、
有効性の高いワクチンと同等の効果が、
細菌感染させた蚊を放つという、
ワクチンなどとは全く異なるアプローチで、
達成された意義は大きく、
これは一時的な効果に過ぎない可能性もあるので、
今後の持続的検証は必要ですが、
動物や昆虫を媒介とする感染症の抑制に、
画期的な手法として、
今後も注目したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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