佐藤正午「ジャンプ」 [小説]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は土曜日で午前午後とも石原が外来を担当する予定です。
土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
佐藤正午さんの2000年刊行の傑作「ジャンプ」です。
佐藤正午さんはこの作品を最初に読んで、
ちょっと仰天するくらいの感銘を受けました。
それで今度は処女作から順番に全ての作品を読もうと思いました。
これまでそうやって全作品を読んだのは、
トルストイ(翻訳のみ)、芥川龍之介、松本清張(沢山あり過ぎて大変)、
村上春樹、西加奈子、万城目学(少ししかないので楽)、
くらいなので滅多にはないことなのですが、
これが結構大変で、すぐ挫折しました。
初期作はともかく読みにくくて、
文章のリズムが合わないんですね。
それで大分飛ばして「Y」を読んだら、
これはまあ、あまり良くはないけど、
そう悪くもないな、と思って、
「ジャンプ」以降の作品を読むと、
こちらはもう抜群なんですね。
「5」も「アンダーレポート」もとても素晴らしくて、
こりゃ大事に読まないと勿体ない、
という気分になって、
本は一通り買ってあるのですが、
「鳩の撃退法」も「月の満ち欠け」も、
まだ読まないで大切に取ってあります。
どうせ傑作でしょ。
読まなくても分かります。
でも、「鳩の撃退法」が映画化されるとのことなので、
その公開までには「鳩の撃退法」も読まなければいけなくなりました。
こうした時には映画化やドラマ化というのは、
こちらのリズムを乱すので、
とても迷惑です。
「ジャンプ」はね、
主人公のガールフレンドが、
ある夜にリンゴを買いに行ったまま失踪してしまって、
その原因が全く分からなくて、
彼女を探し続けるという話なんですね。
タッチとしてはハードボイルドなんですね。
チャンドラーにしてもロス・マクドナルドにしても、
ハードボイルドの物語の始まりは失踪ですよね。
それも圧倒的に女性の失踪で、
それを男が探そうとするうちに、
犯罪事件に巻き込まれ、
「これ以上あの女を探すな!」みたいに、
ギャングの用心棒に脅されて、
リンチを受けて死に掛けるのですが、
それでも主人公は女を探すのを止めない、
というようなお話です。
そしてラストでは決まって主人公は愛する誰かを失い、
意外で悲しい真相が露わになるのです。
この「ジャンプ」もその感じで物語は進むのですが、
別に主人公は殺されかけるということもなく、
比較的のんびりとした捜索劇が続きます。
でも、何故彼女はあの時姿を消して、
そしてずっと自分から姿を隠したままでいるのか、
という謎は、
かつての名作ハードボイルドに引けを取らない、
魅力的な人生の難問であり続けるのですね。
平凡な人生の謎が魅力的な物語に姿を変える、
これが多分佐藤正午さんの作品の、
根幹にある面白さです。
そして、それが最もシンプルな形で、
最初に姿を見せた傑作が、
この「ジャンプ」なんですね。
ラストに主人公はこの物語の解決を手にするのですが、
それは人生そのもののように、
切なくて苦いものなのですね。
この作品は決してミステリーではないのですが、
ミステリーの原型を見るような、
そうした凄みのある意外な結末が、
「ジャンプ」のラストにはあります。
ただ、どうなのかな、
このラストは読者を選ぶところがあって、
とても感銘と衝撃を受ける人もいれば、
「ふーん、それで…?」
というくらいの感想しか持たない人もいると思います。
そうした人にとってはこの作品は、
駄作ではないけれど、
もったいぶっている割に左程面白くはない、
というような評価になりそうです。
これはもうその人の人生の考え方による違いだと思うので、
勿論どちらが正解ということではなくて、
僕はとても感銘を受けたのですが、
そうした読み手によって印象は変わるタイプの作品なのだと思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は土曜日で午前午後とも石原が外来を担当する予定です。
土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
佐藤正午さんの2000年刊行の傑作「ジャンプ」です。
佐藤正午さんはこの作品を最初に読んで、
ちょっと仰天するくらいの感銘を受けました。
それで今度は処女作から順番に全ての作品を読もうと思いました。
これまでそうやって全作品を読んだのは、
トルストイ(翻訳のみ)、芥川龍之介、松本清張(沢山あり過ぎて大変)、
村上春樹、西加奈子、万城目学(少ししかないので楽)、
くらいなので滅多にはないことなのですが、
これが結構大変で、すぐ挫折しました。
初期作はともかく読みにくくて、
文章のリズムが合わないんですね。
それで大分飛ばして「Y」を読んだら、
これはまあ、あまり良くはないけど、
そう悪くもないな、と思って、
「ジャンプ」以降の作品を読むと、
こちらはもう抜群なんですね。
「5」も「アンダーレポート」もとても素晴らしくて、
こりゃ大事に読まないと勿体ない、
という気分になって、
本は一通り買ってあるのですが、
「鳩の撃退法」も「月の満ち欠け」も、
まだ読まないで大切に取ってあります。
どうせ傑作でしょ。
読まなくても分かります。
でも、「鳩の撃退法」が映画化されるとのことなので、
その公開までには「鳩の撃退法」も読まなければいけなくなりました。
こうした時には映画化やドラマ化というのは、
こちらのリズムを乱すので、
とても迷惑です。
「ジャンプ」はね、
主人公のガールフレンドが、
ある夜にリンゴを買いに行ったまま失踪してしまって、
その原因が全く分からなくて、
彼女を探し続けるという話なんですね。
タッチとしてはハードボイルドなんですね。
チャンドラーにしてもロス・マクドナルドにしても、
ハードボイルドの物語の始まりは失踪ですよね。
それも圧倒的に女性の失踪で、
それを男が探そうとするうちに、
犯罪事件に巻き込まれ、
「これ以上あの女を探すな!」みたいに、
ギャングの用心棒に脅されて、
リンチを受けて死に掛けるのですが、
それでも主人公は女を探すのを止めない、
というようなお話です。
そしてラストでは決まって主人公は愛する誰かを失い、
意外で悲しい真相が露わになるのです。
この「ジャンプ」もその感じで物語は進むのですが、
別に主人公は殺されかけるということもなく、
比較的のんびりとした捜索劇が続きます。
でも、何故彼女はあの時姿を消して、
そしてずっと自分から姿を隠したままでいるのか、
という謎は、
かつての名作ハードボイルドに引けを取らない、
魅力的な人生の難問であり続けるのですね。
平凡な人生の謎が魅力的な物語に姿を変える、
これが多分佐藤正午さんの作品の、
根幹にある面白さです。
そして、それが最もシンプルな形で、
最初に姿を見せた傑作が、
この「ジャンプ」なんですね。
ラストに主人公はこの物語の解決を手にするのですが、
それは人生そのもののように、
切なくて苦いものなのですね。
この作品は決してミステリーではないのですが、
ミステリーの原型を見るような、
そうした凄みのある意外な結末が、
「ジャンプ」のラストにはあります。
ただ、どうなのかな、
このラストは読者を選ぶところがあって、
とても感銘と衝撃を受ける人もいれば、
「ふーん、それで…?」
というくらいの感想しか持たない人もいると思います。
そうした人にとってはこの作品は、
駄作ではないけれど、
もったいぶっている割に左程面白くはない、
というような評価になりそうです。
これはもうその人の人生の考え方による違いだと思うので、
勿論どちらが正解ということではなくて、
僕はとても感銘を受けたのですが、
そうした読み手によって印象は変わるタイプの作品なのだと思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
2021-05-08 08:05
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