井上ひさし「薮原検校」(2021杉原邦生演出版) [演劇]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は祝日でクリニックは休診です。
休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
井上ひさしさんの「薮原検校」が、
新生パルコ劇場のオープニングシリーズの一環として、
木ノ下歌舞伎の杉原邦生さんの演出と、
歌舞伎の市川猿之助丈の出演で上演されています。
この作品は非常に思い入れの強い芝居で、
唐先生の「吸血姫」、佐藤信の「阿部定の犬」、
などと並んで、僕にとっては特別な意味を持つ戯曲です。
なので、もう何度も観ていますし、
戯曲も読んで台詞も殆どは覚えているくらいですが、
それでも上演機会があると、
大したことはないだろうな、
どうせ過去の思い出を汚されるだけだろうな、
などとは思いながらも、
ついつい観に行ってしまいます。
井上ひさしさんの、
これは比較的初期の芝居で、
初演は1973年の西武劇場です。
要するに旧パルコ劇場ですね。
当時はアングラの全盛期で新劇は肩身の狭い感じであったのですが、
アングラ芝居のエッセンスや歌舞伎のエッセンスを取り込んで、
新劇ながらアングラに負けない面白さを持つお芝居、
を目指して作られたものです。
井上ひさしさんのお芝居としては、
暗黒時代劇として完成度の高いもので、
木村光一さんの演出がまた、
アングラへの憧憬に満ちた力の入ったものでした。
僕が最初に観たのは1979年の紀伊國屋ホールで、
高橋長英さんがタイトルロールを演じ、
財津一郎さんや金内喜久夫さんも初演と同じキャストでした。
これは最初から最後まで興奮の連続で、
最後に巨大にデフォルメされた薮原検校の人形が、
舞台上に高々と吊り上げられ、
それが切断される場面の衝撃は、
今でも鮮烈に記憶しています。
これは実際にはアングラのパロディ的なもので、
その物真似的なものでもあったのですが、
僕にとってはこれがアングラ初体験と言って良いものだったので、
素直にその演出や手法の全てに感動し興奮したのです。
その後この作品は木村光一演出の傑作として、
再演を繰り返しましたが、
次第に経年劣化といって良い状態となりました。
1990年代に一度再演を観ましたが、
これは酷くて本当にガッカリしました。
それから蜷川幸雄さんがシアターコクーンで、
蜷川流の「薮原検校」を上演しました。
主役は古田新太さんでした。
この上演は確かに新鮮なところはあったのですが、
古典の語り物をパロディで語る場面などは、
古田さんの藝質には合っていませんでした。
その後2012年に野村萬斎さんが主役を演じた上演があり、
これは木村演出を意識した上で、
その上を狙った意欲的な上演で、
「薮原検校復活」を強く感じた素敵な舞台でした。
語り手の盲太夫には浅野和之さんで、
塙保己一役には小日向文世さんというキャストも強力で、
初演のトリオに匹敵するものでした。
この演出は再演もされましたが、
浅野和之さんが出たのは初演のみだったので、
再演はかなりボルテージは低いものになりました。
そして今回の上演は、
歌舞伎に造詣の深い杉原邦生さんの演出で、
歌舞伎の市川猿之助丈が主役を演じるというもので、
何を今更、という感じもあったのですが、
どんなものだろうと思って出掛けました。
これね、ニューヨークの裏町みたいなセットが外枠にあるので、
何か嫌だなあ、という気分になったのですが、
始まってみると意外にオーソドックスな演出でした。
最初に「緑内障」を「あおそこひ」と言う台詞があるのですが、
これを「りょくないしょう」と読んでいました。
「こんなことしちゃ駄目じゃん」と思ったのですが、
語り手は川平慈英で、
どうやら語り手は現代人で、
過去の物語を語るという趣向にしているようなのですね。
それでも如何なものかな、という気はしましたが、
意図はまあ分かりました。
この芝居は多くの役を6人の役者が、
代わる代わる演じるという趣向で、
どの役は誰、という指定は何もないのですね。
原作にはキャストは6人と書いてありますが、
今回の上演では6人以上出演しているので、
まあ何でもありなのです。
上演によってその割り振りが違うのですが、
今回は三宅健さんが出演するので、
通常より多くの役柄を、
三宅さんに割り振っています。
頑張っていましたが、
塙保己一役を三宅さんがやるのは、
猿之助丈より明らかに若く見えるので、
失敗であったように思います。
松雪泰子さんは抜群に良かったですね。
とてもとても良い舞台役者になったと思います。
演出は…うーん。
もっと工夫が欲しかったようには感じました。
ラストは木村演出のように人形を吊して切断するのですが、
リアルな大きさのマネキンみたいな人形なので、
あまりショッキングではなく詰まらないのですね。
これは原作には「人形を使う」なんて何処にも書いてはいないので、
もっと別の演出を、
せっかくだから見せて欲しかったと思いました。
また、誰がどの役をやってもいいのですから、
猿之助丈が早変わりで数役を演じてもいいと思いますし、
もっと盛り上げる部分は盛り上げて欲しかったですね。
せっかくだからもっと歌舞伎に振り切ったバージョンを、
見せて欲しかったと思いました。
出自の全く違う役者のぶつかり合いを見せたかったんだと思いますが、
結果的には猿之助丈が力押しに押しきって、
松雪泰子さん以外は一歩引いた感じになってしまいましたよね。
これではバランス的に詰まらないなと感じました。
トータルに、
これまでのこの作品の演出を、
特に木村演出を変えたかったのか変えたくなかったのか、
よく分からないという感じの上演で、
やや中途半端に終わった、という感じがありました。
「薮原検校」は僕の最愛の戯曲の1つには間違いがないのですが、
今回改めて見なおして、
さすがに古くなったな、とも感じました。
初演当時はとても衝撃的で斬新であった作品のテーマが、
今は矢張り色あせて感じます。
現代のように過去の考えや文化を全否定しても平気、
という世の中では、
時代を超えて残る作品というのは、
不可能に近いものなのかも知れません。
切ないですね。
それでは今日はこのくらいで。
皆さんも良い休日をお過ごし下さい。
石原がお送りしました。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は祝日でクリニックは休診です。
休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
井上ひさしさんの「薮原検校」が、
新生パルコ劇場のオープニングシリーズの一環として、
木ノ下歌舞伎の杉原邦生さんの演出と、
歌舞伎の市川猿之助丈の出演で上演されています。
この作品は非常に思い入れの強い芝居で、
唐先生の「吸血姫」、佐藤信の「阿部定の犬」、
などと並んで、僕にとっては特別な意味を持つ戯曲です。
なので、もう何度も観ていますし、
戯曲も読んで台詞も殆どは覚えているくらいですが、
それでも上演機会があると、
大したことはないだろうな、
どうせ過去の思い出を汚されるだけだろうな、
などとは思いながらも、
ついつい観に行ってしまいます。
井上ひさしさんの、
これは比較的初期の芝居で、
初演は1973年の西武劇場です。
要するに旧パルコ劇場ですね。
当時はアングラの全盛期で新劇は肩身の狭い感じであったのですが、
アングラ芝居のエッセンスや歌舞伎のエッセンスを取り込んで、
新劇ながらアングラに負けない面白さを持つお芝居、
を目指して作られたものです。
井上ひさしさんのお芝居としては、
暗黒時代劇として完成度の高いもので、
木村光一さんの演出がまた、
アングラへの憧憬に満ちた力の入ったものでした。
僕が最初に観たのは1979年の紀伊國屋ホールで、
高橋長英さんがタイトルロールを演じ、
財津一郎さんや金内喜久夫さんも初演と同じキャストでした。
これは最初から最後まで興奮の連続で、
最後に巨大にデフォルメされた薮原検校の人形が、
舞台上に高々と吊り上げられ、
それが切断される場面の衝撃は、
今でも鮮烈に記憶しています。
これは実際にはアングラのパロディ的なもので、
その物真似的なものでもあったのですが、
僕にとってはこれがアングラ初体験と言って良いものだったので、
素直にその演出や手法の全てに感動し興奮したのです。
その後この作品は木村光一演出の傑作として、
再演を繰り返しましたが、
次第に経年劣化といって良い状態となりました。
1990年代に一度再演を観ましたが、
これは酷くて本当にガッカリしました。
それから蜷川幸雄さんがシアターコクーンで、
蜷川流の「薮原検校」を上演しました。
主役は古田新太さんでした。
この上演は確かに新鮮なところはあったのですが、
古典の語り物をパロディで語る場面などは、
古田さんの藝質には合っていませんでした。
その後2012年に野村萬斎さんが主役を演じた上演があり、
これは木村演出を意識した上で、
その上を狙った意欲的な上演で、
「薮原検校復活」を強く感じた素敵な舞台でした。
語り手の盲太夫には浅野和之さんで、
塙保己一役には小日向文世さんというキャストも強力で、
初演のトリオに匹敵するものでした。
この演出は再演もされましたが、
浅野和之さんが出たのは初演のみだったので、
再演はかなりボルテージは低いものになりました。
そして今回の上演は、
歌舞伎に造詣の深い杉原邦生さんの演出で、
歌舞伎の市川猿之助丈が主役を演じるというもので、
何を今更、という感じもあったのですが、
どんなものだろうと思って出掛けました。
これね、ニューヨークの裏町みたいなセットが外枠にあるので、
何か嫌だなあ、という気分になったのですが、
始まってみると意外にオーソドックスな演出でした。
最初に「緑内障」を「あおそこひ」と言う台詞があるのですが、
これを「りょくないしょう」と読んでいました。
「こんなことしちゃ駄目じゃん」と思ったのですが、
語り手は川平慈英で、
どうやら語り手は現代人で、
過去の物語を語るという趣向にしているようなのですね。
それでも如何なものかな、という気はしましたが、
意図はまあ分かりました。
この芝居は多くの役を6人の役者が、
代わる代わる演じるという趣向で、
どの役は誰、という指定は何もないのですね。
原作にはキャストは6人と書いてありますが、
今回の上演では6人以上出演しているので、
まあ何でもありなのです。
上演によってその割り振りが違うのですが、
今回は三宅健さんが出演するので、
通常より多くの役柄を、
三宅さんに割り振っています。
頑張っていましたが、
塙保己一役を三宅さんがやるのは、
猿之助丈より明らかに若く見えるので、
失敗であったように思います。
松雪泰子さんは抜群に良かったですね。
とてもとても良い舞台役者になったと思います。
演出は…うーん。
もっと工夫が欲しかったようには感じました。
ラストは木村演出のように人形を吊して切断するのですが、
リアルな大きさのマネキンみたいな人形なので、
あまりショッキングではなく詰まらないのですね。
これは原作には「人形を使う」なんて何処にも書いてはいないので、
もっと別の演出を、
せっかくだから見せて欲しかったと思いました。
また、誰がどの役をやってもいいのですから、
猿之助丈が早変わりで数役を演じてもいいと思いますし、
もっと盛り上げる部分は盛り上げて欲しかったですね。
せっかくだからもっと歌舞伎に振り切ったバージョンを、
見せて欲しかったと思いました。
出自の全く違う役者のぶつかり合いを見せたかったんだと思いますが、
結果的には猿之助丈が力押しに押しきって、
松雪泰子さん以外は一歩引いた感じになってしまいましたよね。
これではバランス的に詰まらないなと感じました。
トータルに、
これまでのこの作品の演出を、
特に木村演出を変えたかったのか変えたくなかったのか、
よく分からないという感じの上演で、
やや中途半端に終わった、という感じがありました。
「薮原検校」は僕の最愛の戯曲の1つには間違いがないのですが、
今回改めて見なおして、
さすがに古くなったな、とも感じました。
初演当時はとても衝撃的で斬新であった作品のテーマが、
今は矢張り色あせて感じます。
現代のように過去の考えや文化を全否定しても平気、
という世の中では、
時代を超えて残る作品というのは、
不可能に近いものなのかも知れません。
切ないですね。
それでは今日はこのくらいで。
皆さんも良い休日をお過ごし下さい。
石原がお送りしました。
2021-02-23 08:15
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