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KAKUTA「ひとよ」(2020年再演版) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前午後とも石原が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ひとよ2.jpg
桑原裕子さんが2011年に初演した、
KAKUTAの代表作の1つ「ひとよ」が、
5年ぶりに本多劇場で再演されました。

主役の母親には渡辺えりさんを迎え、
作品の肝となるタクシー運転手堂下には、
まいど豊さんが扮しています。

この作品は2019年に白石和彌監督、
佐藤健さん、鈴木亮平さん、松岡茉優さん、田中裕子さん、
佐々木蔵之介さんという、
豪華キャストで映画化されました。

KAKUTAの作品は幾つか観ていますが、
この「ひとよ」については映画版を先に観て、
舞台を生で観るのは今回が初めてです。

劇場は新型コロナ仕様で、
客席は前の2列は使わず、
それ以外の客席も1つおきに使用され、
黒いパーテーションが2席毎に置かれています。
チケットのもぎりも観客自身にさせるという、
かなり物々しい体制です。
途中では換気のための休憩が用意されています。

舞台は地方の小さなタクシー会社で、
渡辺えり扮する母親が、
3人の子供に暴力を振るう夫を、
タクシーでひき殺してしまう、
というショッキングな場面から始まります。
母親はその殺しを全く後悔はしておらず、
15年後にここに戻って来ると宣言して自首します。
そして、舞台は15年後に移り、
それぞれに年を重ねた3兄弟が、
突然帰って来た刑期を終えた母親と向き合う、
という物語です。

これね、罪と罰と家族の物語として、
色々な処理が可能なテーマでしょ。

それを桑原さんはこのテーマに真面目に向き合いながら、
あまり正攻法で攻めるという感じではないのですね。
色々な人物が絡み合いながら展開して、
「ある人にとって特別な夜でも、他の人にはただの夜に過ぎない」
というテーマが最後に浮上するでしょ。
ちょっと普通の発想ではないというか、
大袈裟に言えば桑原さんの天才を感じますね。
それも最初から一切登場しない殺された父親が、
息子に裏切られた堂下というタクシー運転手の姿を借りて、
舞台上に現れるという趣向が凄いですよね。

普通安易な作家であれば、
幽霊を出したくなるところでしょ。
それをしないで、
2つの物語を同時に進行させて、
親子の思いのようなものが一致したという一点で、
その奇跡を舞台上に出現させるのですね。
日本人の劇作家として、
こうした発想の人はあまりいなかったのじゃないかしら。
それで、最後に夫殺しを全く後悔していなかった母親の心に、
一瞬の揺らぎが生じて、
最後の慟哭に繋がるというのも凄いですね。

トータルな完成度は決して高くはないですし、
肝心の兄弟3人の彫り込みがやや甘いという感じはするのですが、
このラスト近くの展開は素晴らしいし凄いと思います。

良い芝居ですね。

この舞台を観てから映画を考えると、
映画版は舞台の良さは、
あまり活かしていなかったという気がします。
映画は豪華キャストですし、
3人兄弟のキャラは原作の舞台より、
立っていたし掘り下げられていました。
佐々木蔵之介が息子と対峙する場面などは迫力がありましたし、
ラストにはカーチェイスを入れるようなサービスもありました。

ただ、その一方で、
原作の一番素晴らしい部分であった、
ラストの部分は、
演劇的な趣向が活かされていませんでしたし、
オープニングも夫殺しを実際に見せてしまったために、
15年後に戻って来るという母親の宣言が、
分かりにくくなってしまったきらいがありました。
何より、原作の全く父親は登場させずに、
最後でタクシー運転手と父親をダブらせる、
という絶妙な趣向がなくなってしまいました。

キャストでは堂下役のまいど豊さんが良く、
KAKUTAの役者陣も堅実な芝居を見せていました。
母親役の渡辺えりさんはさすがの風格でしたが、
演技はやや誇張された感じで細部は粗さもあり、
もう少し繊細なニュアンスがあれば、
より良かったようには感じました。

総じてこの困難な中で上演した、
意気込みや気迫が強く感じられる、
熱の籠もったお芝居で、
原作戯曲の素晴らしさも十全に感じられる、
優れた上演であったと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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