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甲状腺眼症の新規治療薬の効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
バセドウ病眼症の新治療.jpg
2020年のthe New England Journal of Medicineに掲載された、
甲状腺眼症の最新治療の効果についての論文です。

バセドウ病において眼球が突出し、
目蓋が完全に閉じなくなったり、
視力が低下したりすることがあり、
これをバセドウ眼症のように呼んでいました。

それが、バセドウ病以外でも、
橋本病など甲状腺に対する自己抗体が存在していると、
同じような症状の起こることがあることが、
次第に明らかになり、
最近では甲状腺眼症として総称することが一般的です。

ただ、その大多数がバセドウ病であることは、
間違いがありません。

甲状腺眼症の原因は必ずしも明らかではありませんが、
眼の周囲の組織、
つまり眼瞼や涙腺、目を動かす筋肉や、
眼球周囲の脂肪組織などが、
自己抗体による炎症を起こして腫れることにより、
症状が起こっていることはほぼ間違いがありません。

この病気が問題なのは、
バセドウ病自体のコントロールは良好であっても、
甲状腺眼症は出現し進行することがあるということと、
一旦進行した眼症を、
確実に改善するような治療法が、
現時点では存在しないということです。

僕が以前大学の内分泌の教室に在籍していた時には、
バセドウ病の治療で甲状腺機能が急激に変動し、
機能低下を来したような時に眼症は悪化する、
というように教わりました。

実際にそうだと思われるようなケースもあるのですが、
間違いなく安定したコントロールであったのに、
ある時から急激に眼症が進行して、
目も閉じられない状態になり顔貌自体が大きく変化した、
というような事例も複数経験しています。

甲状腺眼症は甲状腺に対する自己抗体が、
目の周囲の組織にも炎症を起こしていることは、
ほぼ間違いのないことなので、
治療としてはパルス療法を含むステロイドの全身的な使用と、
目の後ろ側へのステロイドの注射、
また局所への放射線治療が、
以前から行われています。
ただ、その奏効率はそれほど高いものではなく、
副作用や有害事象も決して少なくはありません。

もっと抜本的な治療が強く望まれているのです。

そこで注目されているのが、
インスリン様成長因子1受容体(IGF-IR)の阻害剤の注射薬の有効性です。

インスリン様成長因子というのは、
その名前の通りインスリンに似た作用で、
組織の増殖や成長を促進する物質で、
この受容体は目の周辺組織に存在していて、
その過剰な発現がバセドウ病では認められることが確認されています。
バセドウ病の患者さんにおいて、
その受容体に結合する免疫グロブリンが、
増加していることも確認されています。

こうして知見からは、
甲状腺眼症がIGF-IRを介した反応によって、
全てではないにしても起こっている可能性があり、
それを選択的に阻害することが出来れば、
甲状腺眼症が改善するのではないか、
という可能性が示唆されます。

そこでまだ日本で実用化はされていませんが、
IGF-IRのモノクローナル抗体であるテプロツムマブを使用して、
IGF-IRの反応を阻害することにより、
甲状腺眼症が改善するかどうかの臨床試験が、
アメリカとヨーロッパの複数の専門施設で行われました。
その第二相臨床試験の結果は、
2017年のNew England…誌に論文として掲載され、
同年に当ブログでも早速記事にしています。

対象はバセドウ病の治療中に、
中等度以上の甲状腺眼症を発症して9か月以内の患者さんで、
年齢は18から75歳の112名を登録して2から6週間の経過観察を行い、
甲状腺機能が正常などの条件をクリアした88名を、
患者さんにも主治医にも分からないように、
クジ引きで2つの群に分け、
一方はテプロツムマブの静脈注射を3週間に1回、
24週間に渡って継続し、
もう一方は偽の注射を同じように施行して、
24週の時点での眼症の症状の程度を評価します。
また治療終了後4週後の状態も確認されています。

病状の評価はClinical activity score(CAS)が主に用いられていて、
これは後眼窩の自発痛や違和感、上方視下方視時の痛み、
眼瞼の発赤、眼瞼の腫脹、結膜の充血、結膜の浮腫、
涙丘の発赤腫脹の7項目のうち、
3項目以上が陽性で活動性の眼症としているもので、
これが4以上であることが登録の条件となっていて、
治療後に2ポイント以上下がるか、
眼突が2ミリ以上改善することで有効と判断しています。

患者さんは抗甲状腺剤で治療をされているか、
放射性ヨードや手術による治療を受け、
甲状腺ホルモン剤の補充療法を受けている方が大部分です。

その結果…

治療24週で有効と判定されたのは、
テプロツムマブ群で42例中69%に当たる29例であったのに対して、
偽薬群では45例中20%に当たる9例で、
有意にテプロツムマブは眼症の症状を改善していました。
この差は治療開始6週の時点で既に有意になっていて、
治療終了後4週の時点でも、
リバウンドは認められませんでした。

重篤な有害事象はテプロツムマブ群で5例認められていて、
橋本脳症や炎症性腸疾患などとなっていますが、
例数が少ないのでここから安全性の判断は困難です。
ただ、免疫系への強い作用が、
リスクに結び付く可能性も否定は出来ません。

今回の有効率はかなり画期的なもので、
これまで確実に有効な治療が存在しなかった甲状腺眼症において、
非常に大きな意味を持つものです。

ただ、例数は少なく観察期間も短い点、
MRIなどの検査で病態の改善が確認されていない点など、
問題点も多い臨床試験であったことは確かでした。

そして、今回新たに発表された第三相の臨床試験では、
ほぼ同一の治療を同一期間施行した上で、
治療の有効性の判定基準は、
治療24週の時点での眼突の2ミリ以上の改善、
という1項目となっていて、
副次的な評価として、
臨床的な改善度など複数の指標が利用されています。
また、治療群の6例については、
治療前後のMRI検査で病変の評価を行っています。
症例数は治療群が41例で偽注射のコントロール群が42例ですから、
第二相の試験とそれほどの差はありません。

その結果、
今回主要評価項目である眼突の改善効果は、
治療群では全体の83%に当たる34例に認められたのに対して、
コントロール群では10%に当たる4例にしか認められず、
明確な有効性が確認されました。
その実際の有効性はこちらをご覧下さい。
バセドウ病眼症の画像.jpg
一番上の段のAは、
偽薬を使用したコントロールの治療前後で、
左の使用前より右の使用後で眼突は悪化しています。
2段目のBは治療群の治療前後で、
右の治療後においては、
格段に眼突が改善していることが分かります。
一番下のCは治療前後のMRI画像で、
外眼筋の肥大や眼窩周囲の脂肪の増加が、
治療により改善していることが分かります。

結果として、治療群の全ての患者において、
有効の基準には達していなくても、
何らかの眼突の改善が認められていました。

かなり画期的な結果と言って、良いように思います。

ただ、この結果は第二相臨床試験とほぼ同じ条件でありながら、
前回より格段に良い結果となっていて、
その点はちょっと引っかかります。

いずれにしても、
長期の有効性や安全性については今後の課題として、
ここまで明確な有効性のある治療はこれまでにないことは間違いがなく、
今後の検証の積み重ねと実用化を注視したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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