前立腺癌のPSA検診の効果(2018年のメタ解析) [医療のトピック]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今日本では市町村単位で行われていることの多い、
前立腺癌のPSA検診の有効性を検証した論文です。
前立腺癌は高齢の男性に多い癌で、
以前には骨や肺に転移したり、
周辺に浸潤したりしないと、
滅多には見つからないタイプの癌でした。
それが1980年代後半に、
PSAという血液の一種の腫瘍マーカーの測定が、
導入されることにより、
早期の癌の診断が可能となるようになりました。
アメリカでは1992年に、
アメリカ泌尿器科学会とアメリカ癌学会が、
50歳以上のPSAによる癌検診を推奨する声明を出します。
それにより格段に癌検診は広まり、
それまでには見付からなかった、
早期の前立腺癌が多く発見され、
治療されるようになります。
この効果はかなり劇的なものです。
こちらをご覧ください。
早期の前立腺癌が多く見付かるようになり、
それに伴って転移して見付かる進行した前立腺癌が、
劇的に減少している、
というのがこの図の所見です。
ただ、癌検診の元締め的な立場にある、
アメリカ予防医療専門委員会は、
この時点でPSA検診を推奨する、
という判断をしませんでした。
それは何故かと言うと、
前立腺癌の多くは、
それほど進行して命に関わるものではないので、
PSAによる前立腺癌検診が、
受診者の生命予後を改善する、
という明確なデータが得られなかったからです。
前立腺癌は早期に発見出来れば、
その後に命に関わるようなことは、
極めて少ない癌であることは間違いがありません。
つまり、検診をすることにより、
確実に進行癌は減少するのです。
その意味では癌検診として理想的です。
しかし、その自然経過は非常に長く、
比率的に言うと進行癌は稀なので、
不特定多数の人口にPSA検診を行なうと、
「わざわざ見付けなくてもその人の寿命に何ら影響しない」
多数の悪性度の低い前立腺癌を発見して治療してしまう、
という過剰診断と過剰治療の問題に直面するのです。
その予後の良さから、
トータルに目に見えるような寿命の延長というような結果には、
なかなか結び付き難いのだと思います。
1996年にアメリカ予防医療専門委員会は、
PSAを用いた不特定の住民検診は推奨しない、
という声明を出しました。
それが2002年には判定するデータに乏しい、
という適応に含みを残す表現になり、
2008年には75歳以上の男性には推奨せず、
75歳以下の男性では判定するデータに乏しい、
という表現になります。
2012年にPLCO研究という、
アメリカで癌検診の効果を検証した、
大規模な臨床研究の結果が発表されました。
これは38000人余りを約11年間観察したものですが、
PSA検診による前立腺癌死亡リスクの低下は、
確認されませんでした。
同年にアメリカ予防医療専門委員会は、
全ての年齢層において、
PSA検診を推奨しない、という声明を発表します。
これはアメリカ国内のみならず、
世界的にかなりの影響を与えました。
同年には今度はヨーロッパにおいて、
ERSPCと言われる大規模なPSA検診の有効性についてのデータが、
発表されました。
16万人という規模で11年間の観察を行ない、
PSA検診による、相対リスクで29%、
検診者1000人当たり1.07人の前立腺癌による死亡を有意に減らした、
という結果になっています。
(2012年時点の発表データ)
アメリカとヨーロッパで、
それぞれ別個の結果になっているのですが、
その理由はアメリカのデータでは、
PSA検診をしていないコントロール群でも、
実際には74%の対象者が1回はPSAを測定していた、
というバイアスにあったようです。
ただ、ヨーロッパのデータにおいて、
1000人当たり1.07人の死亡を減らした、
というPSA検診の効果を、
大きいとみるのか小さいとみるのかは難しいところです。
2018年のアメリカ予防医療専門委員会の最新の勧告では、
年齢が55から69歳においては、
個別に判断して施行の是非は決定するべきとしていて(推奨ランクC)、
70歳以上では明確に推奨しない、としています(推奨ランクD)。
つまり、50代から60代においては、
事例を選べば一定の有効性はある、
という見解にまた修正をしているのです。
この問題は今のところまだ、
はっきりとした結論に至ってはいないようです。
今回の研究はこれまで報告されたメタ解析には、
含まれていない、
最新の臨床データを含む、
PSA検診の再解析で、
これまでの臨床データをまとめて解析した、
メタ解析の最新版です。
データの年齢は研究によって違いがあり、
50代から60代が主体ですが、
それより高齢や若年のデータも混ざっています。
それによると、
PSA検診によるスクリーニングは、
トータルで見ると総死亡のリスクを低下させず、
前立腺癌による死亡のリスクについては、
21%(95%CI: 0.69から0.91)有意に低下させる、
という結果が得られました。
これは10年を超えるスクリーニングにより、
検診施行者1000人当たり、1人の前立腺癌による死亡を予防する、
というくらいの効果と推測されます。
その一方で診断目的の生検及び診断後の治療の影響により、
これも検診施行者1000人当たり、
おおよそ1人が敗血症により入院し、
3人が排尿障害のため尿漏れパッドが必要となり、
25人が勃起不全になると試算されます。
このように前立腺癌のPSAを用いたスクリーニングにより、
前立腺癌による死亡のリスクは、
若干低下させる効果がありますが、
総死亡には影響を与えるものではなく、
診断のための検査や治療における合併症は、
少なからず患者さんの予後に影響するので、
PSA検診自体は継続するとしても、
その後の対応や対象者の絞り込みなど、
今後より有用な検診となるように、
その国際的な基準の整備が、
急務であるように思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今日本では市町村単位で行われていることの多い、
前立腺癌のPSA検診の有効性を検証した論文です。
前立腺癌は高齢の男性に多い癌で、
以前には骨や肺に転移したり、
周辺に浸潤したりしないと、
滅多には見つからないタイプの癌でした。
それが1980年代後半に、
PSAという血液の一種の腫瘍マーカーの測定が、
導入されることにより、
早期の癌の診断が可能となるようになりました。
アメリカでは1992年に、
アメリカ泌尿器科学会とアメリカ癌学会が、
50歳以上のPSAによる癌検診を推奨する声明を出します。
それにより格段に癌検診は広まり、
それまでには見付からなかった、
早期の前立腺癌が多く発見され、
治療されるようになります。
この効果はかなり劇的なものです。
こちらをご覧ください。
早期の前立腺癌が多く見付かるようになり、
それに伴って転移して見付かる進行した前立腺癌が、
劇的に減少している、
というのがこの図の所見です。
ただ、癌検診の元締め的な立場にある、
アメリカ予防医療専門委員会は、
この時点でPSA検診を推奨する、
という判断をしませんでした。
それは何故かと言うと、
前立腺癌の多くは、
それほど進行して命に関わるものではないので、
PSAによる前立腺癌検診が、
受診者の生命予後を改善する、
という明確なデータが得られなかったからです。
前立腺癌は早期に発見出来れば、
その後に命に関わるようなことは、
極めて少ない癌であることは間違いがありません。
つまり、検診をすることにより、
確実に進行癌は減少するのです。
その意味では癌検診として理想的です。
しかし、その自然経過は非常に長く、
比率的に言うと進行癌は稀なので、
不特定多数の人口にPSA検診を行なうと、
「わざわざ見付けなくてもその人の寿命に何ら影響しない」
多数の悪性度の低い前立腺癌を発見して治療してしまう、
という過剰診断と過剰治療の問題に直面するのです。
その予後の良さから、
トータルに目に見えるような寿命の延長というような結果には、
なかなか結び付き難いのだと思います。
1996年にアメリカ予防医療専門委員会は、
PSAを用いた不特定の住民検診は推奨しない、
という声明を出しました。
それが2002年には判定するデータに乏しい、
という適応に含みを残す表現になり、
2008年には75歳以上の男性には推奨せず、
75歳以下の男性では判定するデータに乏しい、
という表現になります。
2012年にPLCO研究という、
アメリカで癌検診の効果を検証した、
大規模な臨床研究の結果が発表されました。
これは38000人余りを約11年間観察したものですが、
PSA検診による前立腺癌死亡リスクの低下は、
確認されませんでした。
同年にアメリカ予防医療専門委員会は、
全ての年齢層において、
PSA検診を推奨しない、という声明を発表します。
これはアメリカ国内のみならず、
世界的にかなりの影響を与えました。
同年には今度はヨーロッパにおいて、
ERSPCと言われる大規模なPSA検診の有効性についてのデータが、
発表されました。
16万人という規模で11年間の観察を行ない、
PSA検診による、相対リスクで29%、
検診者1000人当たり1.07人の前立腺癌による死亡を有意に減らした、
という結果になっています。
(2012年時点の発表データ)
アメリカとヨーロッパで、
それぞれ別個の結果になっているのですが、
その理由はアメリカのデータでは、
PSA検診をしていないコントロール群でも、
実際には74%の対象者が1回はPSAを測定していた、
というバイアスにあったようです。
ただ、ヨーロッパのデータにおいて、
1000人当たり1.07人の死亡を減らした、
というPSA検診の効果を、
大きいとみるのか小さいとみるのかは難しいところです。
2018年のアメリカ予防医療専門委員会の最新の勧告では、
年齢が55から69歳においては、
個別に判断して施行の是非は決定するべきとしていて(推奨ランクC)、
70歳以上では明確に推奨しない、としています(推奨ランクD)。
つまり、50代から60代においては、
事例を選べば一定の有効性はある、
という見解にまた修正をしているのです。
この問題は今のところまだ、
はっきりとした結論に至ってはいないようです。
今回の研究はこれまで報告されたメタ解析には、
含まれていない、
最新の臨床データを含む、
PSA検診の再解析で、
これまでの臨床データをまとめて解析した、
メタ解析の最新版です。
データの年齢は研究によって違いがあり、
50代から60代が主体ですが、
それより高齢や若年のデータも混ざっています。
それによると、
PSA検診によるスクリーニングは、
トータルで見ると総死亡のリスクを低下させず、
前立腺癌による死亡のリスクについては、
21%(95%CI: 0.69から0.91)有意に低下させる、
という結果が得られました。
これは10年を超えるスクリーニングにより、
検診施行者1000人当たり、1人の前立腺癌による死亡を予防する、
というくらいの効果と推測されます。
その一方で診断目的の生検及び診断後の治療の影響により、
これも検診施行者1000人当たり、
おおよそ1人が敗血症により入院し、
3人が排尿障害のため尿漏れパッドが必要となり、
25人が勃起不全になると試算されます。
このように前立腺癌のPSAを用いたスクリーニングにより、
前立腺癌による死亡のリスクは、
若干低下させる効果がありますが、
総死亡には影響を与えるものではなく、
診断のための検査や治療における合併症は、
少なからず患者さんの予後に影響するので、
PSA検診自体は継続するとしても、
その後の対応や対象者の絞り込みなど、
今後より有用な検診となるように、
その国際的な基準の整備が、
急務であるように思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
2018-09-13 05:57
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