庭劇団ペニノ「蛸入道忘却ノ儀」 [演劇]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は土曜日で午前午後とも石原が外来を担当する予定です。
土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
異常なほど緻密な完成度の装置や美術と、
常人には理解不能の奇怪な物語で、
唯一無二の世界を紡いでいる庭劇団ペニノが、
3年ぶりの完全新作公演を森下スタジオで上演しています。
その長塚圭史さんとの対談付きの試演会に、
足を運びました。
以下内容のネタバレがありますので、
鑑賞予定の方は鑑賞後にお読み下さい。
森下スタジオの大きなスタジオの中に、
例によって極めて緻密かつリアルな、
お寺のお堂のセットが組まれています。
そこで8人の役者さんが、
観客達から提供された赤い古着を身にまとって、
お経を読み得体の知れない儀式を執り行います。
その儀式を、祭壇を囲んで腰を下ろした観客が見守る、
という趣向の作品です。
内容は基本的には般若心経を色々な音楽的なアレンジで、
何度も何度も繰り返すというような形式のもので、
最初は普通の読経ですが、
楽器を入れたリ、ジャズ風にしたりと、
色々なアレンジで反復されます。
その間に役者さんの個人技的なものも少し披露されます。
後半は僧侶達の興奮は高まり没入的な感じになりますが、
かと言って儀式自体が乱れるようなことにはならず、
通常に儀式が終わって、
観客も退場して終了となります。
大枠は仏教儀式のような体裁ですが、
崇拝の対象となっているのが仏ではなく、
蛸であるという点が違っています。
そのために般若心経の経文の言葉も、
部分的に変更が加えられています。
貸衣装の赤も蛸が意識されているようですし、
セットにも蛸の意匠があり、
役者さんの蛸踊りなどもあります。
観客には1人1人に楽器と教本が配られ、
その儀式の進行と経文などはその教本に書かれています。
楽器はいつ鳴らしても良いと言われて、
概ね音楽のリズムに合わせて鳴らされています。
これまでにない趣向のお芝居です。
ただ、面白いのかと言われると困ってしまう部分があります。
儀式は基本的に中央の檀の上で展開されていて、
観客はそれを傍観者的に見守るだけです。
儀式自体も特にハプニングなく終わり、
舞台に大きな動きや予想外の事態が起こる、
ということも特にはありません。
なので、最初は興味深く観ていても、
次第に「おいおい、こんな調子でいつまで続くんだ」
と言うような気分になり、
「これだけのセットを作って、起こることはこれだけなのか」
とちょっと脱力したような気分にもなるのです。
これは公演後のトークで、
長塚圭史さんも言われていたのですが、
何処まで真面目で何処までふざけているのかが分かりませんし、
観客参加のような雰囲気もありながら、
結局はあまり参加するようなところはないので、
その距離感も上手くつかめないという感じがあります。
設定としては観客を巻き込んでトリップする、
というような印象がありながら、
実際には観客を置き去りにして進行するからです。
個人的には最後に巨大な蛸が、
セットの屋根を突き破って現れてさあ大変、
というくらいはあっても良かったな、
というように思いますし、
エロスのような隠し味も教本からは窺われたので、
それなら全員キャストが全裸になるくらいのことが、
あっても良かったように思いました。
結局宗教儀式としての枠組みが、
最初から最後まで単色で変化してゆかない、
と言う点があまり面白くならない原因ではないかと思います。
衣装も古着では正直残念で、
もっと演劇的な雰囲気が欲しかったと感じました。
ただ、そうしたことはおそらく、
作・演出のタニノクロウさんにはどうでも良いことなのだと思います。
上演後の対談で、
「この作品のテーマはこれまでの自分の演劇を、
一回燃やして忘れてしまうことだ」
という趣旨のことや、
「これまで役者に興味を持っていなかったので、
今回は役者への罪滅ぼしのつもりで、
あまり演出せずに自由に演じてもらった」
というような趣旨のお話を、
これも真面目なのか不真面目なのか皆目わからないような、
常人には理解不能の奇妙なテンションで話されてしまうと、
「ああ、矢張りこの人の考えることを、
理解しようとする方が無理なのだ」
というあきらめにも近いような気分になるのです。
ただ、端々に感じられることは、
どうやら「仏教」という権威に対する、
かなりおちょくりに近い反発のようなものがあり、
それが作品の原動力になっているようには思われます。
観客の存在はおそらく、
役者さんほどにも意識はされていないようで、
一見観客参加のような試みがあっても、
それはポーズに過ぎないのではないかと感じました。
僕は試演会の方に行ったのですが、
事前にレクチャーがあって上演後に振り返りのトークがある、
ということで、
作品の全てが分かる、というような触れ込みでしたが、
実際には上演前の説明は、
数分の説明とも付かないようなものでしたし、
上演後のトークも、
結局よくある終演後のゲストトークの範囲を出ないもので、
特に理解が深まるということもなく、
正直失敗であったように思いました。
おそらくタニノさんは、
こうした趣向や観客サービスのようなものにも、
基本的に興味がないように感じました。
そんな訳で正直なところ面白くはなかったのですが、
作り込みなど例によって見事なこだわりで、
今後もこの奇怪な世界に、
参加はし続けたいと思っています。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は土曜日で午前午後とも石原が外来を担当する予定です。
土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
異常なほど緻密な完成度の装置や美術と、
常人には理解不能の奇怪な物語で、
唯一無二の世界を紡いでいる庭劇団ペニノが、
3年ぶりの完全新作公演を森下スタジオで上演しています。
その長塚圭史さんとの対談付きの試演会に、
足を運びました。
以下内容のネタバレがありますので、
鑑賞予定の方は鑑賞後にお読み下さい。
森下スタジオの大きなスタジオの中に、
例によって極めて緻密かつリアルな、
お寺のお堂のセットが組まれています。
そこで8人の役者さんが、
観客達から提供された赤い古着を身にまとって、
お経を読み得体の知れない儀式を執り行います。
その儀式を、祭壇を囲んで腰を下ろした観客が見守る、
という趣向の作品です。
内容は基本的には般若心経を色々な音楽的なアレンジで、
何度も何度も繰り返すというような形式のもので、
最初は普通の読経ですが、
楽器を入れたリ、ジャズ風にしたりと、
色々なアレンジで反復されます。
その間に役者さんの個人技的なものも少し披露されます。
後半は僧侶達の興奮は高まり没入的な感じになりますが、
かと言って儀式自体が乱れるようなことにはならず、
通常に儀式が終わって、
観客も退場して終了となります。
大枠は仏教儀式のような体裁ですが、
崇拝の対象となっているのが仏ではなく、
蛸であるという点が違っています。
そのために般若心経の経文の言葉も、
部分的に変更が加えられています。
貸衣装の赤も蛸が意識されているようですし、
セットにも蛸の意匠があり、
役者さんの蛸踊りなどもあります。
観客には1人1人に楽器と教本が配られ、
その儀式の進行と経文などはその教本に書かれています。
楽器はいつ鳴らしても良いと言われて、
概ね音楽のリズムに合わせて鳴らされています。
これまでにない趣向のお芝居です。
ただ、面白いのかと言われると困ってしまう部分があります。
儀式は基本的に中央の檀の上で展開されていて、
観客はそれを傍観者的に見守るだけです。
儀式自体も特にハプニングなく終わり、
舞台に大きな動きや予想外の事態が起こる、
ということも特にはありません。
なので、最初は興味深く観ていても、
次第に「おいおい、こんな調子でいつまで続くんだ」
と言うような気分になり、
「これだけのセットを作って、起こることはこれだけなのか」
とちょっと脱力したような気分にもなるのです。
これは公演後のトークで、
長塚圭史さんも言われていたのですが、
何処まで真面目で何処までふざけているのかが分かりませんし、
観客参加のような雰囲気もありながら、
結局はあまり参加するようなところはないので、
その距離感も上手くつかめないという感じがあります。
設定としては観客を巻き込んでトリップする、
というような印象がありながら、
実際には観客を置き去りにして進行するからです。
個人的には最後に巨大な蛸が、
セットの屋根を突き破って現れてさあ大変、
というくらいはあっても良かったな、
というように思いますし、
エロスのような隠し味も教本からは窺われたので、
それなら全員キャストが全裸になるくらいのことが、
あっても良かったように思いました。
結局宗教儀式としての枠組みが、
最初から最後まで単色で変化してゆかない、
と言う点があまり面白くならない原因ではないかと思います。
衣装も古着では正直残念で、
もっと演劇的な雰囲気が欲しかったと感じました。
ただ、そうしたことはおそらく、
作・演出のタニノクロウさんにはどうでも良いことなのだと思います。
上演後の対談で、
「この作品のテーマはこれまでの自分の演劇を、
一回燃やして忘れてしまうことだ」
という趣旨のことや、
「これまで役者に興味を持っていなかったので、
今回は役者への罪滅ぼしのつもりで、
あまり演出せずに自由に演じてもらった」
というような趣旨のお話を、
これも真面目なのか不真面目なのか皆目わからないような、
常人には理解不能の奇妙なテンションで話されてしまうと、
「ああ、矢張りこの人の考えることを、
理解しようとする方が無理なのだ」
というあきらめにも近いような気分になるのです。
ただ、端々に感じられることは、
どうやら「仏教」という権威に対する、
かなりおちょくりに近い反発のようなものがあり、
それが作品の原動力になっているようには思われます。
観客の存在はおそらく、
役者さんほどにも意識はされていないようで、
一見観客参加のような試みがあっても、
それはポーズに過ぎないのではないかと感じました。
僕は試演会の方に行ったのですが、
事前にレクチャーがあって上演後に振り返りのトークがある、
ということで、
作品の全てが分かる、というような触れ込みでしたが、
実際には上演前の説明は、
数分の説明とも付かないようなものでしたし、
上演後のトークも、
結局よくある終演後のゲストトークの範囲を出ないもので、
特に理解が深まるということもなく、
正直失敗であったように思いました。
おそらくタニノさんは、
こうした趣向や観客サービスのようなものにも、
基本的に興味がないように感じました。
そんな訳で正直なところ面白くはなかったのですが、
作り込みなど例によって見事なこだわりで、
今後もこの奇怪な世界に、
参加はし続けたいと思っています。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
2018-06-30 06:04
nice!(8)
コメント(1)
先生こんにちは。
昨日のコメントでは失礼しました,なんだか慌ててしまって。。。
(削除しました)
近々(おそらく今月中)に,クリニックにお伺いしますので,
胃カメラの件はその際に宜しくお願いいたします。
猛暑が続くようですので,どうぞご自愛ください。
by midori (2018-07-02 12:56)