甲状腺微小乳頭癌のアクティブ・サーベイランス(2018年隈病院) [医療のトピック]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に都内を廻る予定です。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
2018年のThyroid誌に掲載された、
神戸の甲状腺専門病院である隈病院で、
1993年以降継続されている、
微小甲状腺乳頭癌に対するアクティブ・サーベイランスの歴史を、
まとめた論文です。
ここで対象となっている甲状腺微小乳頭癌(Papillary thyroid microcarcinoma)
というのは、甲状腺乳頭癌のうち、
診断された時点での大きさが、
最大径で1センチ以下の腫瘍のことです。
1センチ以下の甲状腺のしこりは、
通常触診では感知することは困難で、
別個の検査をした時に、
たまたま見つかるというのが通常でした。
それが超音波検査の進歩により、
診断される頻度が最近増加したのです。
これまでの別個の病気などで亡くなった方を解剖した結果では、
その5から36%に甲状腺微小乳頭癌が見つかっています。
15の研究データをまとめて解析した論文では、
併せて989体の解剖所見として、
その11.5%で甲状腺微小乳頭癌が発見されています。
こうした潜在癌の多くは非常に小さなもので、
報告によれば33から79%は1ミリ未満の大きさです。
その27から50%は多発性です。
大雑把に言って、
臨床的に診断される甲状腺乳頭癌の、
100から1000倍は多くの潜在癌が、
実際には存在していることになります。
癌の発見が増えるのは、
主に無症状の人に対して、
首の超音波検査やCT検査が行われることによります。
韓国では一時期甲状腺の超音波検査が、
公費による癌検診の安価なオプションとして、
一般住民に対して施行されたので、
甲状腺癌の診断数はそれ以前の15倍にまで増加しました。
その多くは微小癌の範疇に属するものです。
甲状腺微小乳頭癌の生命予後は非常に良好で、
リンパ節転移や遠隔転移を伴う事例を含めて解析しても、
死亡率は0.3%に満たないというレベルです。
微小癌であっても、
これまでの治療方針は原則は手術による切除でした。
しかし、甲状腺外に進展したり遠隔転移を起こすようなリスクの低い癌では、
手術をしないで慎重な経過観察のみを行うという方針も、
1つの選択肢として存在しても良い筈です。
同じく生命予後がトータルには非常に良い癌で、
検診による発見率の増加が問題となっていた前立腺癌においては、
進行のリスクが低いと判断される時に限って、
アクティブ・サーベイランスと言って、
定期的な経過観察を行いつつ、
進行の兆候がなければ治療はせずに様子をみる、
という方針が推奨されるようになってきています。
それでは、甲状腺微小乳頭癌においても、
アクティブ・サーベイランスが試みられても良いのではないでしょうか?
実はこれまでに行われた、
甲状腺癌についてのアクティブ・サーベイランスの研究は、
ほぼすべてが日本で行われたものです。
中でもその先陣を切ってこの試みを行なっているのが、
神戸にある甲状腺専門病院の隈病院です。
隈病院は小さなしこりであっても、
細胞診で癌と診断されれば、
切除することが当たり前であった1993年に、
既にアクティブ・サーベイランスの試みを開始しています。
上記文献によれば、
1993年から2016年の24年間に、
4023名の低リスク甲状腺微小乳頭癌の患者さんが、
アクティブ・サーベイランスの対象候補となっています。
ただ、実際には1993年の時点では、
隈病院に勤務する外科医の中でも、
その是非についての見解は割れていたようです。
こちらをご覧下さい。
上記文献の中にあるグラフで、
各年ごとに診断された低リスク微小甲状腺乳頭癌の患者さんのうち、
どのくらいの比率でアクティブ・サーベイランスと手術が選択されたのかを、
示したものです。
黒い部分がアクティブ・サーベイランスで、
グレイの部分が手術です。
1993年の時点では、
実際にアクティブ・サーベイランスが選択されたのは、
患者さんの1割に満たなかったのですが、
その後急増して2014年以降は8割を超えています。
最近では2011年のみサーベイランスが選択される比率が低くなっていますが、
これは震災の年であることが影響をしていると思います。
当初は外科医が手術かサーベイランスかの決定をしていることが、
殆どであったのですが、
サーベイランスが選択されることが多くなって来ると、
内分泌内科医がその決定に当たるケースが、
最近では多くなっているようです。
アクティブ・サーベイランスの有効性と安全性については、
上記文献には詳しい記載がありません。
現状最もまとまっているのが、
以前にもご紹介したことのあるこちらの文献です。
2010年のWorld Journal of Surgery誌に掲載されたものですが、
1センチ以下の甲状腺乳頭癌が診断され、
細胞診での悪性度が低く、
臨床的に検出可能なリンパ節転移や、
周辺への浸潤が疑われる所見のないケースに限って、
患者さんの希望ですぐに手術と経過観察の2つの方針に振り分け、
平均で74か月の経過の比較を行った報告です。
アクティブ・サーベイランスを選択した患者さんは340例で、
腫瘍径が3ミリ以上拡大した事例は10年間で15.9%、
リンパ節転移が新たにみつかった事例は10年間で3.4%でした。
そして、腫瘍が増大したりリンパ節転移が見つかった時点で、
待機的な手術を行っても、
最初から手術を行った場合と比較して、
明確な予後の差は認められませんでした。
その後2015年にはすぐに手術をした場合と、
アクティブ・サーベイランスとの比較において、
手術の方が患者さんにとっての有害事象が多かった、
という結果が論文化されています。
ただ、このデータは単独施設のものである上に、
手術かアクティブ・サーベイランスかの振り分けを、
クジ引きではなく患者さんの希望になどにより、
主治医が決定するというプロセスを取っていて、
そこには当然かなりのバイアスが想定されます。
前立腺癌においての同様のデータは、
厳密にランダムな方法で施行されていますから、
比較するとかなり見劣りのする研究方法です。
ただ、現状はこれを超えるような研究は、
国内外を問わず存在していないのです。
低リスクの微小甲状腺乳頭癌の診断後の対応として、
積極的な治療以外にアクティブ・サーベイランスという選択肢を設けることは、
国内外のガイドラインにおいても、認められている事項ですが、
その有効性と安全性については、
より精度の高い多施設の臨床試験において、
確認をされる必要があるように思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に都内を廻る予定です。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
2018年のThyroid誌に掲載された、
神戸の甲状腺専門病院である隈病院で、
1993年以降継続されている、
微小甲状腺乳頭癌に対するアクティブ・サーベイランスの歴史を、
まとめた論文です。
ここで対象となっている甲状腺微小乳頭癌(Papillary thyroid microcarcinoma)
というのは、甲状腺乳頭癌のうち、
診断された時点での大きさが、
最大径で1センチ以下の腫瘍のことです。
1センチ以下の甲状腺のしこりは、
通常触診では感知することは困難で、
別個の検査をした時に、
たまたま見つかるというのが通常でした。
それが超音波検査の進歩により、
診断される頻度が最近増加したのです。
これまでの別個の病気などで亡くなった方を解剖した結果では、
その5から36%に甲状腺微小乳頭癌が見つかっています。
15の研究データをまとめて解析した論文では、
併せて989体の解剖所見として、
その11.5%で甲状腺微小乳頭癌が発見されています。
こうした潜在癌の多くは非常に小さなもので、
報告によれば33から79%は1ミリ未満の大きさです。
その27から50%は多発性です。
大雑把に言って、
臨床的に診断される甲状腺乳頭癌の、
100から1000倍は多くの潜在癌が、
実際には存在していることになります。
癌の発見が増えるのは、
主に無症状の人に対して、
首の超音波検査やCT検査が行われることによります。
韓国では一時期甲状腺の超音波検査が、
公費による癌検診の安価なオプションとして、
一般住民に対して施行されたので、
甲状腺癌の診断数はそれ以前の15倍にまで増加しました。
その多くは微小癌の範疇に属するものです。
甲状腺微小乳頭癌の生命予後は非常に良好で、
リンパ節転移や遠隔転移を伴う事例を含めて解析しても、
死亡率は0.3%に満たないというレベルです。
微小癌であっても、
これまでの治療方針は原則は手術による切除でした。
しかし、甲状腺外に進展したり遠隔転移を起こすようなリスクの低い癌では、
手術をしないで慎重な経過観察のみを行うという方針も、
1つの選択肢として存在しても良い筈です。
同じく生命予後がトータルには非常に良い癌で、
検診による発見率の増加が問題となっていた前立腺癌においては、
進行のリスクが低いと判断される時に限って、
アクティブ・サーベイランスと言って、
定期的な経過観察を行いつつ、
進行の兆候がなければ治療はせずに様子をみる、
という方針が推奨されるようになってきています。
それでは、甲状腺微小乳頭癌においても、
アクティブ・サーベイランスが試みられても良いのではないでしょうか?
実はこれまでに行われた、
甲状腺癌についてのアクティブ・サーベイランスの研究は、
ほぼすべてが日本で行われたものです。
中でもその先陣を切ってこの試みを行なっているのが、
神戸にある甲状腺専門病院の隈病院です。
隈病院は小さなしこりであっても、
細胞診で癌と診断されれば、
切除することが当たり前であった1993年に、
既にアクティブ・サーベイランスの試みを開始しています。
上記文献によれば、
1993年から2016年の24年間に、
4023名の低リスク甲状腺微小乳頭癌の患者さんが、
アクティブ・サーベイランスの対象候補となっています。
ただ、実際には1993年の時点では、
隈病院に勤務する外科医の中でも、
その是非についての見解は割れていたようです。
こちらをご覧下さい。
上記文献の中にあるグラフで、
各年ごとに診断された低リスク微小甲状腺乳頭癌の患者さんのうち、
どのくらいの比率でアクティブ・サーベイランスと手術が選択されたのかを、
示したものです。
黒い部分がアクティブ・サーベイランスで、
グレイの部分が手術です。
1993年の時点では、
実際にアクティブ・サーベイランスが選択されたのは、
患者さんの1割に満たなかったのですが、
その後急増して2014年以降は8割を超えています。
最近では2011年のみサーベイランスが選択される比率が低くなっていますが、
これは震災の年であることが影響をしていると思います。
当初は外科医が手術かサーベイランスかの決定をしていることが、
殆どであったのですが、
サーベイランスが選択されることが多くなって来ると、
内分泌内科医がその決定に当たるケースが、
最近では多くなっているようです。
アクティブ・サーベイランスの有効性と安全性については、
上記文献には詳しい記載がありません。
現状最もまとまっているのが、
以前にもご紹介したことのあるこちらの文献です。
2010年のWorld Journal of Surgery誌に掲載されたものですが、
1センチ以下の甲状腺乳頭癌が診断され、
細胞診での悪性度が低く、
臨床的に検出可能なリンパ節転移や、
周辺への浸潤が疑われる所見のないケースに限って、
患者さんの希望ですぐに手術と経過観察の2つの方針に振り分け、
平均で74か月の経過の比較を行った報告です。
アクティブ・サーベイランスを選択した患者さんは340例で、
腫瘍径が3ミリ以上拡大した事例は10年間で15.9%、
リンパ節転移が新たにみつかった事例は10年間で3.4%でした。
そして、腫瘍が増大したりリンパ節転移が見つかった時点で、
待機的な手術を行っても、
最初から手術を行った場合と比較して、
明確な予後の差は認められませんでした。
その後2015年にはすぐに手術をした場合と、
アクティブ・サーベイランスとの比較において、
手術の方が患者さんにとっての有害事象が多かった、
という結果が論文化されています。
ただ、このデータは単独施設のものである上に、
手術かアクティブ・サーベイランスかの振り分けを、
クジ引きではなく患者さんの希望になどにより、
主治医が決定するというプロセスを取っていて、
そこには当然かなりのバイアスが想定されます。
前立腺癌においての同様のデータは、
厳密にランダムな方法で施行されていますから、
比較するとかなり見劣りのする研究方法です。
ただ、現状はこれを超えるような研究は、
国内外を問わず存在していないのです。
低リスクの微小甲状腺乳頭癌の診断後の対応として、
積極的な治療以外にアクティブ・サーベイランスという選択肢を設けることは、
国内外のガイドラインにおいても、認められている事項ですが、
その有効性と安全性については、
より精度の高い多施設の臨床試験において、
確認をされる必要があるように思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
2018-05-16 08:29
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