血液検査による心不全の管理の有効性について [医療のトピック]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今年のJAMA誌に掲載された、
NTproBNPという心不全の指標となる血液検査を、
利用した心不全の管理と、
利用しない場合の管理とを比較した臨床研究の論文です。
内科で扱うような慢性の病気においては、
その病気の進行度や重症度を、
チェックするために道しるべになるような検査が必要です。
急性治療というのは、
まず病気の診断をして、
その症状を安定化させるような治療を行ないます。
その上で症状が安定すれば、
持続的な治療で経過を見るということになる訳です。
慢性の病気の状態を見るには、
その病気の状態を反映した指標が必要です。
医者はそれを見ながら、
薬の調整を行ったり、
場合によっては入院治療の必要性を、
判断したりすることになるからです。
たとえば糖尿病であれば、
HbA1cという血液検査が、
最も重要な指標として活用されています。
この検査の数値が高ければ、
その前1から2か月くらいの血糖のコントロールが悪いと判断して、
薬を増量したり、生活改善を指導したりする、
という治療方針の変更に繋がります。
ただ、万能な検査というものはなく、
検査にはそれぞれ限界もありますから、
検査のみに頼る治療も、
却って患者さんに害になる、
という場合もあり得ます。
それでは、心不全という病気の場合はどうでしょうか?
心不全というのは、
心臓の機能が低下した状態のことですが、
その機能の低下は心臓の超音波検査で計測が可能です。
そして、その進行度や重症化の指標としては、
ヒト脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)の、
血液濃度が参考になると考えられています。
このBNPは心臓に負担が掛かるとその産生が増加して、
身体から塩分と水分を排泄しようとする、
一種のホルモンですが、
その血液濃度の増加は、
それだけ心臓に負担が大きく掛かっていることを示し、
心不全の重症度とほぼ一致すると報告されています。
最近ではBNPの前駆物質であるproBNPから、
BNPが切り出された後の残りの部分であるNTproBNPが、
より測定値が安定しているために、
BNPより広く使用されているようになっています。
このNTproBNPが最も臨床上で役に立つのは、
息切れやむくみなどの患者さんが、
心不全ではないかどうかを見分ける、
除外診断ですが、
数値が高いほど重症度が高いため、
治療効果の指標としても有用ではないか、
という意見があります。
ある心不全の患者さんがいて、
NTproBNPの測定値が1000pg/mLだったとします。
これが治療によって500pg/mLになったとすれば、
その治療は有効だった、ということになりますし、
それが治療をしても1500pg/mLになったとすれば、
治療を変更したり追加したりする必要がある、
ということになる訳です。
ここで問題は定期的にNTproBNPを測定し、
その数値を治療効果の指標として、
治療を行なった場合と、
そうでない場合とに違いがあるのかどうか、
ということです。
この数値が正確に病状を反映しているものだとすれば、
定期的に測定してそれを参考にした方が、
より治療効果は得られて患者さんの予後も良くなる、
という可能性がありそうです。
一方でその数値が正確なものではなかったり、
そもそも治療薬の効果がそれほど高いものでなければ、
測定を繰り返すことで、
却って病態を見誤り、
無用な治療の変更や追加などをして、
患者さんの状態を悪くする、
というような事態も想定されます。
一般の方は検査はすればするほど治療に役立つ、
というように考えがちですが、
実はその逆ということもあり得るのです。
2014年のEur Heart J誌に掲載された論文では、
これまでの11の臨床研究の、
2431名の患者さんのデータをまとめて解析したメタ解析の結果として、
BNPを指標として治療を行なった方が、
総死亡のリスクが38%有意に低下した、
という結果が報告されています。
これはBNPを指標とした治療に肯定的な結果ですが、
個々には比較的少人数の臨床データを、
まとめて解析したものなので、
これでBNPが有効という結論を出すのは早すぎます。
今回の研究では、
アメリカとカナダの複数の専門施設において、
NTproBNP濃度が2000pg/mLと高度の上昇しており、
心エコーによる左室の収縮機能の指標である、
駆出率(EF)が40%以下と、
実際に明確な慢性心不全(左室収縮機能不全)のある患者さん、
トータル894名をくじ引きで2つに分け、
一方はNTproBNPの測定を定期的(安定期は3か月に一度)に行なって、
それによる治療の修正を行い、
もう一方はNTproBNPの測定は原則として行わずに、
中央値で15か月の経過観察を行い、
その患者さんの予後の違いを比較検証しています。
当初の目標登録者数は1100名でしたが、
実際にはその数には至らず、
NTproBNP定期測定群が446名、
検査未施行群は448名が解析対象となっています。
検査値を見て治療を変更するというスタイルなので、
患者さんにも主治医にも、
どちらの群に入っているのかは分かっています。
つまり、偽の検査をするような試験ではないのです。
その結果…
観察期間中に、
心不全による入院や、
心血管疾患による死亡をされたのは、
NTproBNP定期測定群で37%に当たる164名、
検査未施行群で37%に当たる164名で、
両群に有意な差はありませんでした。
NTproBNP定期測定群では、
検査値の目標が1000pg/mL未満になることを、
目標としていましたが、
実際にその目標に達したのは、
定期測定群で46%で検査未施行群では40%となり、
これも有意な差はありませんでした。
つまり、
NTproBNPを指標として心不全の治療を行なっても、
この検査をしないで治療を行なっても、
1年くらいの経過の中では、
患者さんの予後には差はなく、
心機能にも差は見られなかった、
ということになります。
ただ、この試験では、
患者さんもどちらの群に選ばれたかを知っているので、
検査をしない群では不安に感じて、
別の医療機関で検査をした、
と言うようなケースは可能性を否定はされていません。
また、登録開始の時点で、
ACE阻害剤など心不全の基礎的な治療薬は、
もう処方が継続されているので、
NTproBNPが高値であっても、
それで上乗せや増量という治療の変更の余地は、
あまり大きなものではなかった、
と言う点も両群の差を付きにくくしているように思われます。
そんな訳で今回の結果のみをもって、
慢性の心不全で定期的にNTproBNPを測定することは無駄、
というようには言い切れないのですが、
検査をしたから患者さんの予後の改善に結び付くという根拠は、
メタ解析以外の独立した精度の高いデータでは示されていない、
と言う事実はもう一度確認をしておく必要があるように思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今年のJAMA誌に掲載された、
NTproBNPという心不全の指標となる血液検査を、
利用した心不全の管理と、
利用しない場合の管理とを比較した臨床研究の論文です。
内科で扱うような慢性の病気においては、
その病気の進行度や重症度を、
チェックするために道しるべになるような検査が必要です。
急性治療というのは、
まず病気の診断をして、
その症状を安定化させるような治療を行ないます。
その上で症状が安定すれば、
持続的な治療で経過を見るということになる訳です。
慢性の病気の状態を見るには、
その病気の状態を反映した指標が必要です。
医者はそれを見ながら、
薬の調整を行ったり、
場合によっては入院治療の必要性を、
判断したりすることになるからです。
たとえば糖尿病であれば、
HbA1cという血液検査が、
最も重要な指標として活用されています。
この検査の数値が高ければ、
その前1から2か月くらいの血糖のコントロールが悪いと判断して、
薬を増量したり、生活改善を指導したりする、
という治療方針の変更に繋がります。
ただ、万能な検査というものはなく、
検査にはそれぞれ限界もありますから、
検査のみに頼る治療も、
却って患者さんに害になる、
という場合もあり得ます。
それでは、心不全という病気の場合はどうでしょうか?
心不全というのは、
心臓の機能が低下した状態のことですが、
その機能の低下は心臓の超音波検査で計測が可能です。
そして、その進行度や重症化の指標としては、
ヒト脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)の、
血液濃度が参考になると考えられています。
このBNPは心臓に負担が掛かるとその産生が増加して、
身体から塩分と水分を排泄しようとする、
一種のホルモンですが、
その血液濃度の増加は、
それだけ心臓に負担が大きく掛かっていることを示し、
心不全の重症度とほぼ一致すると報告されています。
最近ではBNPの前駆物質であるproBNPから、
BNPが切り出された後の残りの部分であるNTproBNPが、
より測定値が安定しているために、
BNPより広く使用されているようになっています。
このNTproBNPが最も臨床上で役に立つのは、
息切れやむくみなどの患者さんが、
心不全ではないかどうかを見分ける、
除外診断ですが、
数値が高いほど重症度が高いため、
治療効果の指標としても有用ではないか、
という意見があります。
ある心不全の患者さんがいて、
NTproBNPの測定値が1000pg/mLだったとします。
これが治療によって500pg/mLになったとすれば、
その治療は有効だった、ということになりますし、
それが治療をしても1500pg/mLになったとすれば、
治療を変更したり追加したりする必要がある、
ということになる訳です。
ここで問題は定期的にNTproBNPを測定し、
その数値を治療効果の指標として、
治療を行なった場合と、
そうでない場合とに違いがあるのかどうか、
ということです。
この数値が正確に病状を反映しているものだとすれば、
定期的に測定してそれを参考にした方が、
より治療効果は得られて患者さんの予後も良くなる、
という可能性がありそうです。
一方でその数値が正確なものではなかったり、
そもそも治療薬の効果がそれほど高いものでなければ、
測定を繰り返すことで、
却って病態を見誤り、
無用な治療の変更や追加などをして、
患者さんの状態を悪くする、
というような事態も想定されます。
一般の方は検査はすればするほど治療に役立つ、
というように考えがちですが、
実はその逆ということもあり得るのです。
2014年のEur Heart J誌に掲載された論文では、
これまでの11の臨床研究の、
2431名の患者さんのデータをまとめて解析したメタ解析の結果として、
BNPを指標として治療を行なった方が、
総死亡のリスクが38%有意に低下した、
という結果が報告されています。
これはBNPを指標とした治療に肯定的な結果ですが、
個々には比較的少人数の臨床データを、
まとめて解析したものなので、
これでBNPが有効という結論を出すのは早すぎます。
今回の研究では、
アメリカとカナダの複数の専門施設において、
NTproBNP濃度が2000pg/mLと高度の上昇しており、
心エコーによる左室の収縮機能の指標である、
駆出率(EF)が40%以下と、
実際に明確な慢性心不全(左室収縮機能不全)のある患者さん、
トータル894名をくじ引きで2つに分け、
一方はNTproBNPの測定を定期的(安定期は3か月に一度)に行なって、
それによる治療の修正を行い、
もう一方はNTproBNPの測定は原則として行わずに、
中央値で15か月の経過観察を行い、
その患者さんの予後の違いを比較検証しています。
当初の目標登録者数は1100名でしたが、
実際にはその数には至らず、
NTproBNP定期測定群が446名、
検査未施行群は448名が解析対象となっています。
検査値を見て治療を変更するというスタイルなので、
患者さんにも主治医にも、
どちらの群に入っているのかは分かっています。
つまり、偽の検査をするような試験ではないのです。
その結果…
観察期間中に、
心不全による入院や、
心血管疾患による死亡をされたのは、
NTproBNP定期測定群で37%に当たる164名、
検査未施行群で37%に当たる164名で、
両群に有意な差はありませんでした。
NTproBNP定期測定群では、
検査値の目標が1000pg/mL未満になることを、
目標としていましたが、
実際にその目標に達したのは、
定期測定群で46%で検査未施行群では40%となり、
これも有意な差はありませんでした。
つまり、
NTproBNPを指標として心不全の治療を行なっても、
この検査をしないで治療を行なっても、
1年くらいの経過の中では、
患者さんの予後には差はなく、
心機能にも差は見られなかった、
ということになります。
ただ、この試験では、
患者さんもどちらの群に選ばれたかを知っているので、
検査をしない群では不安に感じて、
別の医療機関で検査をした、
と言うようなケースは可能性を否定はされていません。
また、登録開始の時点で、
ACE阻害剤など心不全の基礎的な治療薬は、
もう処方が継続されているので、
NTproBNPが高値であっても、
それで上乗せや増量という治療の変更の余地は、
あまり大きなものではなかった、
と言う点も両群の差を付きにくくしているように思われます。
そんな訳で今回の結果のみをもって、
慢性の心不全で定期的にNTproBNPを測定することは無駄、
というようには言い切れないのですが、
検査をしたから患者さんの予後の改善に結び付くという根拠は、
メタ解析以外の独立した精度の高いデータでは示されていない、
と言う事実はもう一度確認をしておく必要があるように思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
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よろしくお願いします。
誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方: ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ
- 作者: 石原藤樹
- 出版社/メーカー: 総合医学社
- 発売日: 2016/10/28
- メディア: 単行本
2017-08-29 08:32
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コメント(1)
心外入院中、採血でこれがあったんですが、いつも消化器では計測しないんで、よくわかりませんでした。勉強になりました。ありがとうございました。
by ひでほ (2017-08-29 14:41)