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アメリカにおける2015から16年のインフルエンザワクチンの有効性 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は溜まっている作業をする予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
インフルエンザワクチンの2016年の効果.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
昨シーズンのインフルエンザワクチンの効果を、
アメリカで検証した論文です。

現在日本で使用されているインフルエンザワクチンは、
スプリットワクチンと言って、
バラバラにしたウイルス抗原を、
そのまま注射するというもので、
それ以前の全粒子型のワクチンと比較すると、
その効果は落ちますが、
安全性が高く、重篤な有害事象の少ないのが特徴です。

2009年の所謂「新型インフルエンザ」の流行時には、
迅速に流行株の抗原をワクチンにしたので、
その有効性は非常に高く、
インフルエンザワクチンの有効性を再認識させました。

ただ、このタイプのワクチンは、
血液での抗体は誘導しても、
粘膜の抗体は誘導しないため、
感染自体を阻止することは出来ない、
という意見や、
成人と比較して小児への有効性が低い、
という意見、
少しでも流行しているウイルス抗原が、
ワクチン抗原と異なっていると、
その有効性が低くなる、
というような意見などがあって、
特に小児に対しては、
より有効性の高いワクチンが必要だ、
という考えが根強くありました。

その有力な候補として考えられたのが、
経鼻のインフルエンザ生ワクチンです。

経鼻インフルエンザ生ワクチンは、
低温馴化ウイルスと言って、
鼻の粘膜では増殖するけれど、
それを超えて肺炎などを起こすことはないように、
その働きを弱くしたインフルエンザウイルスそのもので、
その表面の抗原タンパク質は、
流行の予測される抗原を、
遺伝子工学の技術を用いて入れ替えて作られています。

このウイルスを、
スプレータイプの器具を用いて、
鼻の粘膜に噴霧します。

すると、
鼻の粘膜のみにインフルエンザのワクチン株による感染が起こり、
それが粘膜と血液の両方の免疫を誘導する、
という仕組みです。

これが経鼻インフルエンザ生ワクチンで、
商品名はフルミストと言われるものが、
2003年にアメリカで承認され、
2011年にはヨーロッパでも承認されました。

このワクチンは何よりも注射ではなく、
点鼻で接種が可能である、ということが利点で、
それに加えて注射の不活化ワクチンとは異なり、
粘膜の免疫を誘導することから、
特に小児においては、
有効性の高いことが期待されました。

実際、アメリカで発売後に施行された臨床データにおいては、
80%以上という高い有効性が報告されました。

このため、アメリカでは2014年、
2から8歳の小児では不活化ワクチンではなく、
経鼻生ワクチンの接種が推奨されることになりました。

日本においてもこの頃から、
一部の小児科のクリニックなどでは、
輸入したフルミストを、
自費で接種するような試みが行われました。

ここまでは良いこと尽くめの経鼻生ワクチンで、
向かうところ敵なしと感じられたのですが、
2013年から14年のシーズンに、
2009年に「新型インフルエンザ」と呼ばれたのと同じタイプのウイルスが流行し、
それに対して経鼻生ワクチンは、
全くの無効であったことが、
その後の解析で明らかになると、
ちょっと風向きが変わり始めます。

2015年のシーズンにおいて、
アメリカの予防接種諮問委員会(ACIP)は、
2から8歳の年齢層において経鼻生ワクチンを優先する、
という方針を切り替え、
生ワクチンでも不活化ワクチンでも、
どちらでも良いという指針に後退します。

2016年のPediatrics誌には、
CDC(アメリカ疾病予防管理センター)による解析結果が論文化されていて、
2010年から14年の4シーズンのそれぞれにておいて、
経鼻生ワクチンと従来の不活化ワクチンの注射との有効性を、
比較検証したものとなっています。

その結果は驚くべきもので、
どのシーズンにおいても不活化ワクチンと比較して、
生ワクチンの方がよりインフルエンザを予防した、
という結果はなく、
特に2009年に流行したH1N1に関しては、
はっきり無効と言って良い結果となり、
明確に不活化ワクチンよりその効果は劣っていました。

こうした結果を受けて、
2015から16年のシーズンにおいては、
4価の経鼻生ワクチンに使用するA(H1N1)pdm09のワクチン株は、
より流行しているウイルスに近いものに変更されました。

これで含まれている抗原の性質においては、
4価の不活化ワクチンと経鼻生ワクチンは同等、
と考えて良いことになります。

それでは2015年から16年のシーズンにおける、
不活化ワクチンと経鼻生ワクチンの効果はどうだったのでしょうか?

今回の論文はそのアメリカにおける検証です。

2015年から16年のインフルエンザの流行期に、
アメリカの異なる複数の地域の医療機関をインフルエンザ様症状で受診した、
生後6か月以上の6879名の患者さんを登録し、
診断陰性例コントロール試験という手法で、
ワクチンの有効性を推計しています。

これはインフルエンザ様症状を呈した患者さんのうち、
遺伝子検査でインフルエンザ感染が確認された患者さんと、
検査が陰性であった患者さんのうち、
ワクチン接種者と非接種者の比率を比較して、
そこからワクチンの有効性を推定するという方法です。

本来ワクチン接種者と非接種者を同数くらいずつ登録して、
シーズン中にインフルエンザに感染したかしなかったかで、
その比較から有効率を計算するのが通常の方法ですが、
これだとその集団の感染率が低ければ、
比較するのは難しくなりますし、
そのシーズンが終わらないと解析が出来ないという欠点がありました。

症状のある患者さんだけを対象として、
インフルエンザ検査が陰性であった患者さんをコントロールにする、
という診断陰性例コントロール試験は、
ややトリッキーな感じもしますが、
シーズンの途中でも迅速に結果を出せるという利点があります。

最近の実地臨床でのワクチンの効果判定は、
世界的にも概ねこの方法で行われています。

今回の研究においては、
インフルエンザ様症状を呈した6879例の患者さんのうち、
19%に当たる1309例が遺伝子検査でインフルエンザと診断され、
ウイルス型はA(H1N1)pdm09が、
インフルエンザ群の58%に当たる765名で、
B山形型が19%に当たる250名、
Bビクトリア型が15%に当たる200名、
A香港型はグッと少なく6%に当たる72名でした。

全ての型のインフルエンザに対する従来の不活化ワクチンの有効率は、
48%(95%CI;41から55)で有意に認められましたが、
経鼻生ワクチンの効果は認められませんでした。

生後2歳から17歳の年齢層において、
未接種と比較して経鼻生ワクチンの有効性は、
統計的には認められませんでした。
有効率は5%(95%CI;-47から39)でした。
個別の有効率はA(H1N1)pdm09が-19%(95%CI;-113から33)、
B型が18%(95%CI; -52から56)という低率でした。

一方でこの年齢における不活化ワクチンの有効率は、
トータルで60%(95%I;47から70)と有意に高く、
個別の有効率についても、
A(H1N1)pdm09が63%(95%CI;45から75)、
B型が54%(95%CI;31から69)といずれも未接種と比較して、
有意に高くなっていました。

この年齢においては、
経鼻生ワクチンを接種すると、
不活化ワクチンを接種した場合と比較して、
2.7倍有意にインフルエンザ感染のリスクが高くなる、
という驚くような結果になっています。
(95%CI;1.6 から4.6)

今回のアメリカでの検討においては、
全てのインフルエンザ型で全ての年齢層において、
経鼻インフルエンザワクチンは従来の不活化ワクチンより、
その有効性において劣っていて、
はっきり言えばほぼ無効と言って良い結果になっていました。

ただ、たとえばイギリスにおける同様の検討においては、
A(H1N1)pdm09に対する有効率は、
2歳から17歳で48%という結果になっていました。
ただ、比較された3価不活化ワクチンの有効率は100%です。

このように経鼻生ワクチンの有効率が、
最近の検討では不活化ワクチンより低いことは、
世界中の検証でもほぼ一致している知見です。
ただ、地域によっても、
その報告された有効率にはかなりの幅があり、
現行使用されている有効率の算定法を用いる場合には、
その集団の設定によっても、
有効率にはかなりの違いが出てしまうこともまた、
確かなことではあるようです。

いずれにしても、
少なくとも現行の製法による、
インフルエンザの経鼻生ワクチンの評価は、
現状かなり低いものとなったことは間違いがありませんが、
それが抗原の種別によるものでないとすれば、
一体何が問題であるのか、
また発売当時の臨床データにおいては、
不活化ワクチンより格段に生ワクチンが優れていたのは何故なのか、
何か解析に問題があったのではないのか、
もう一度再検証が必要ではないかと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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