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オンジの認知症予防効果とその問題点 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
オンジの認知症改善作用.jpg
2009年のNeuroscience Letters誌に掲載された、
イトメヒメハギという植物の根からの抽出物の、
高齢者認知機能改善効果についての論文です。

何故この8年前の論文をご紹介するかと言うと、
最近ロート製薬から「キオグッド」という商品名で、
ほぼ同成分のオンジ(遠志)という生薬が発売されていて、
効能は「中年期以降の物忘れの改善」とされ、
「脳の記憶機能を活性化させて、中年期以降の物忘れを改善する」
とあたかも認知症の予防に有効性が確認されているが如くの、
気を惹く文面が並んでいたからです。

漢方薬や生薬の製剤としては、
抑肝散と釣藤散が認知症の周辺症状に有効な可能性があるとして、
ガイドラインにも掲載をされています。

ただ、これも認知症の中核症状に効果がある、
という性質のものではなく、
抗精神病薬などを使わざるを得ないような症状に対して、
それが比較的軽症であれば有効な場合がある、
というくらいの意味合いです。

アルツハイマー型認知症の初期症状が、
物忘れであることは間違いのない事実で、
その時点での物忘れに、
明らかに有効だという治療薬は、
現時点では確認をされていません。

仮に宣伝の意味合いが、
初期の認知症の症状を改善する、
ということであれば、
これは画期的な発見もしくは発明であって、
現代医学も形無しだ、
ということになります。

本当にそんなことがあるのでしょうか?

何故このような効能の薬が急に発売されたのかと言うと、
それは2015年に「単味生薬製剤の製造に関するガイダンス」
という資料が厚生労働省で作成されたからです。

これは主に医療用ではなく、
一般の薬局や漢方薬局で販売されている単剤の生薬について、
その標準的な製法や効能などを、
全国統一で定めたものです。

その資料の中で、
単味生薬製剤のオンジ(遠志)の効能は、
「中年期以降の物忘れの改善」と記載されているのです。
効能はこれ以外には書かれていません。
つまり、今後オンジの生薬製剤を販売する際には、
必ずその効能は、
「中年期以降の物忘れの改善」としなければいけない訳です。

他の生薬製剤の効能は、
概ね、頭痛や吐き気や二日酔いや食欲不振などですから、
こうしたものの根拠は別の科学的な裏付けによるものではなく、
参考文献も漢方の古い解説書などになっています。
一般の方もこうした効能に、
それほどの科学的な根拠が、
存在しているとは思いませんから、
特に問題はないものだと思います。

ただ、このオンジの効能の記載については、
単独の効能であるばかりか、
誰もが関心のある認知症の初期症状が改善すると、
思えてしまうような記載である点が、
正直かなり問題があるように思います。

この記載の根拠として書かれているのが、
5編の文献で、
そのうちの2編はいずれもNeuroscience Lettersに、
2009年に発表された論文で、
そのうちの一編が上記のものです。
残りの3編は漢方の教科書的なもので、
西洋医学的な検証とは無縁の文献です。

その2編は一連のもので、
同じ韓国の研究グループによる研究です。
内容も研究の視点が若干違うだけで、
ほぼ同等のものです。

オンジの元であるイトメヒメハギの抽出物については、
神経栄養因子を増加させる、というような動物実験のデータは、
複数存在していますが、
人間において実際に認知機能を検証した研究は、
まとまったものはこの2編以外にはないようです。

上記文献ではイトメヒメハギの根の抽出物を、
認知症のない60歳以上のボランティアに使用し、
8週間の治療期間の前後で、
偽薬と比較して認知機能の変化を見ています。
二重盲検という厳密な方法による臨床試験ですが、
症例数は実薬群が28名で偽薬群が25名ですから、
充分な例数とは言えません。
認知機能は評価法によってはかなりの差がついているのですが、
たとえば一般的な認知症の診断検査であるMMSEでは、
殆ど差は付いていません。
また、差がついているものについては、
逆に8週間という短期間で、
改善度が大き過ぎるという印象を持ちます。
もう1篇の論文の記述もこれと同工異曲のものです。

本来は是非追試が必要な知見で、
もっと例数を集めより長期間の検証が必要だと思われますが、
今回調べた範囲では、
そうした追試は少なくとも英文の文献としては、
発表されていないようです。

このように、
オンジの成分が認知機能の改善に結び付くという可能性は、
ないとは言えないのですが、
人間での臨床試験は韓国で行われた、
少数例の短期間のものしかなく、
その成分が完全に日本で使用されているオンジと、
同じであるという確認もされていません。
長期の安全性と有効性のいずれも不明です。

要するに、
認知症のガイドラインで言及されるような水準の知見ではありません。

その段階でこの不充分な知見のみを元に、
オンジの効能を認知症に有効と誤解されかねない、
「中年期以降の物忘れの改善」としたガイダンスの判断は、
個人的にはかなり問題があるように思います。
国がこの効能にお墨付きを与えた、
と言って過言ではないからです。

こうした記載があれば、
それを錦の御旗として、
「キオグッド」のような商品が、
非常に誤解を招くような宣伝のされ方をすることは、
商売としては理の当然ですから、
その想像力が働かなかったという時点で、
厚労省のガイダンスの記載には、
もう少し配慮が必要だったのではないでしょうか?

皆さんはどうお考えになりますか?

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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ひでほ

ロート製薬というと目薬のイメージしかなかったんですが、いろいろ出しているんですね。新潟大とロート製薬の肝臓再生治験、ちょっとそそられましたが1相だしエントリーできるかとうかも?だしやめました。
by ひでほ (2017-08-08 13:21) 

にょろり

ひところ記憶力が良くなるとして「スマートドラッグ」なるものが流行りましたが、あれはどうだったんでしょうねえ。確かサアミオン、ヒデルギンあたりが好まれたような。
by にょろり (2017-08-08 21:25) 

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