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早期限局性前立腺癌治療方針と長期予後(20年の検証) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
限局性前立腺癌の治療による予後.jpg
今年のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
早期限局性前立腺癌の長期予後を、
手術と経過観察とで比較した論文です。

遠隔転移のない前立腺癌の、
最も適切な治療は何でしょうか?

前立腺癌は高齢男性に多い、
基本的には予後の良い癌です。
勿論その一部は全身に転移するなどして、
そのために命を落としたり、
骨転移による痛みなどの苦しめられる、
というケースもあるのですが、
比率的には多くの癌は、
特に症状を出すことなく、
その方の生命予後にも影響しない、
というように考えられています。

それでは、
前立腺の被膜内に留まった形で癌が発見された場合、
どのような治療方針が最適と言えるでしょうか?

神様的な視点で考えれば、
その後転移するような性質の悪い癌のみに、
手術や放射線などの治療を行ない、
転移しないような癌は放置するのが、
最善であることは間違いがありません。

しかし、実際には生検の結果である程度の悪性度は評価出来ても、
その癌が転移するかどうかは分かりません。

従って、このことを重視すれば、
全ての患者さんに治療を行なうということになり、
それは本来放置していても生命予後には問題のなかった、
多くの患者さんを「過剰に」治療するという結果に繋がります。
治療は無害ではなく、
合併症などで体調を却って崩すこともありますし、
医療コストも膨大になってしまいます。

そこで1つの考えとしては、
積極的な治療以外に、
当面は無治療で経過観察を行い、
定期的な最小限の検査は施行をして、
悪化が強く疑われれば、
治療をその時点で考慮する、
という方法が次善の策として考えられました。

これを無治療経過観察(積極的監視療法)と呼んでいます。

この無治療経過観察では、
通常は腫瘍マーカーであるPSAを、
定期的に測定し、
それが一定レベル以上上昇すれば、
治療を考慮します。
ただ、このPSAも確実に病勢を反映しているとは言えず、
そうした経過観察によって、
どの程度ただの無治療と比較して、
患者さんの予後が改善するのかも明確ではありません。

この問題を検証する目的で、アメリカで行われ、
2012年のNew England…誌に発表されたのがPIVOT研究です。

これは限局性の早期の前立腺癌の手術に、
その患者さんの生命予後を、
改善する効果があるかどうかを検証する目的で、
アメリカにおいて、限局性前立腺癌の患者さん731例を、
手術を行なう群と行わないでそのまま経過を見る群とに、
くじ引きで割り付け、
その後の経過を平均10年間観察しているものです。

癌が見付かったのに、
「手術をするかどうかはくじ引きで決めますね、これは実験ですから」
と言って承諾を得るのですから、
日本では確実に施行が不可能な種類の研究です。

ただ、当初の対象者は2000人以上を予定していたようですが、
アメリカでもさすがにそれは困難で、
最初のエントリーは5000人を超えていますが、
承諾を得て研究が施行されたのは、
そのうちの731名に留まっています。

そのトータルな結論としては、
観察期間中に手術を行なった患者さん364人中、
47%に当たる171人が死亡し、
手術を行なわず観察のみの患者さん367人中、
49.9%に当たる183名が死亡しています。
絶対リスクで治療による死亡率の減少は、
2.6%に留まっています。

つまり、
手術をしてもしなくても、
その後の経過に明確な差はついていません。

しかし、
実際に前立腺癌のために亡くなった患者さんは、
手術を行なった群では21名で、
観察のみの群では31名です。
経過の中で前立腺癌で生じ易く、
痛みなどの症状の原因になり易い、
骨への転移についてみると、
手術群で17名に対して、
観察群では39名でした。
この研究では定期的な骨のシンチの検査を、
行なっているのです。

つまり、トータルには差はなくても、
骨の転移の比率や前立腺癌のみの死亡数を見ると、
一定の治療効果はありそうです。

そこでこのPIVOT試験を一旦終了後に、
更に4年間の観察を行い、
今度は総死亡のリスクと前立腺癌による死亡のリスクに絞って、
手術と無治療経過観察との比較を行ったのが、
今回の研究です。

19.5年の観察期間(中央値12.7年)において、
手術群の61.3%に当たる223名が死亡し、
無治療観察群では66.8%に当たる245名が死亡していました。
この死亡率には両群で有意な差はありません。

観察期間中に前立腺癌もしくは治療による死亡は、
手術群の7.4%に当たる27名と、
無治療観察群の11.4%に当たる42名で認められ、
この死亡率にも有意な差はありませんでした。

そして、手術群の方が、
尿失禁などの手術に関わる有害事象の頻度は10年間は高く、
術後2年間は生活の制限もより大きくなる、
という結果になっています。

ダミコの分類という、
日本でも良く使用されている癌のリスク分類で比較すると、
低リスク群と高リスク群では、
手術群と無治療観察群とで、
総死亡リスクには差がありませんでしたが、
中リスク群(PSAが10.1から20もしくはグリーソンスコア7もしくは病期がT2b)では、
手術群の方が総死亡リスクが低い傾向が認められました。

要するに限局性の前立腺癌で、
発見された時点で転移が見つからず、
年齢も75歳以下という集団では、
手術をしてもPSAや症状のみで経過を観察しても、
20年間を通して、
明らかな生命予後の違いはありませんでした。

ただし、中リスク群については、
一定の手術のメリットがある可能性があり、
今後の検証が必要であると考えられます。
つまり、限局性の前立腺癌の全てに手術を行うのは、
矢張り長期予後から見て誤りで、
その予後を推測するなどして、
かなりの絞り込みをする必要がある、
という結論です。
今後その点についての、
明確な基準が作成されることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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