北村想「黒塚家の娘」 [演劇]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は日曜日でクリニックは休診です。
三浦半島の132年に一度の大開帳というものがありまして、
朝から10か所ほどのお寺を廻って、
道が混まないうちに帰って来たところです。
休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
北村想さんが台本を書き、
寺十吾さんが演出をする、
シス・カンパニーの日本文学シアターのシリーズの、
第4弾が今4人芝居として上演されています。
このシリーズは、
「グッドバイ」「草枕」「遊侠沓掛時次郎」と続き、
どれもとても楽しく観劇しました。
どれも1時間半を切るくらいの短い芝居で、
遊びに満ちた自由闊達な物語、
面白さと退屈さのスレスレを狙ったような感じが心地良く、
北村さんの新境地を見るような思いがしました。
これまでの3作の主役は段田安則さんで、
脇にも浅野和之さんのような手練れが揃っていました。
今回は内容を一新した感じで、
キャストも風間俊介、趣里、高橋克実、渡辺えりの4人、
内容も能の「黒塚」を現代風にアレンジして、
一種の宗教劇にしたもので、
これまでとは大分傾向が違っています。
内容はほぼ能の「黒塚」のアウトラインは守っていて、
それを現代(?)に置き換え、
西洋の青髭ものなどのエッセンスをまぶしてあります。
とぼけたユーモラスな台詞もあるのですが、
トータルにはこれまでのシリーズより重く暗い雰囲気となっています。
主人公は僧ではなく、
プロテスタントの若い牧師という設定になっています。
上演時間は1時間半弱の短さであるのは同じですが、
何処までが真面目なのか判然としないものの、
キリスト教の神学論やスピノザについての議論が、
結構内容の中で大きな比重を占めていて、
意外に真面目に宗教論の芝居を、
したかったようにも思えます。
ただ、ラストは結局は原作と同じで、
鬼が調伏されるということになるので、
その辺りの段取りの平凡さが、
何となく見ていてモヤモヤする感じは残ります。
演出は今回は寺山修司をかなり意識したアングラチックなもので、
開幕前の音効もそんな感じですし、
屋敷で食事を摂る場面などは、
初演版の「奴婢訓」そのものという感じでした。
キリスト教の教義や哲学談義の場面では、
映像を巧みに使用して、
分かりやすく面白く解説をするところなどは、
寺十さんの面目躍如という感じなのですが、
いかんせん話が地味で、
ラストは歌舞伎でも能でもなく、
ただ恐い顔をした女性と言葉で対決するという、
間抜けにしかなりようのない場面なので、
キャストや演出がちょっと気の毒に感じました。
こうした得体の知れなさが、
北村さんの戯曲の魅力でもあるのですが、
今回はどうも失敗に終わってしまったように思います。
残念ですがまた次回に期待したいと思います。
それでは今日はこのくらいで。
皆さんも良い休日をお過ごし下さい。
石原がお送りしました。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は日曜日でクリニックは休診です。
三浦半島の132年に一度の大開帳というものがありまして、
朝から10か所ほどのお寺を廻って、
道が混まないうちに帰って来たところです。
休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
北村想さんが台本を書き、
寺十吾さんが演出をする、
シス・カンパニーの日本文学シアターのシリーズの、
第4弾が今4人芝居として上演されています。
このシリーズは、
「グッドバイ」「草枕」「遊侠沓掛時次郎」と続き、
どれもとても楽しく観劇しました。
どれも1時間半を切るくらいの短い芝居で、
遊びに満ちた自由闊達な物語、
面白さと退屈さのスレスレを狙ったような感じが心地良く、
北村さんの新境地を見るような思いがしました。
これまでの3作の主役は段田安則さんで、
脇にも浅野和之さんのような手練れが揃っていました。
今回は内容を一新した感じで、
キャストも風間俊介、趣里、高橋克実、渡辺えりの4人、
内容も能の「黒塚」を現代風にアレンジして、
一種の宗教劇にしたもので、
これまでとは大分傾向が違っています。
内容はほぼ能の「黒塚」のアウトラインは守っていて、
それを現代(?)に置き換え、
西洋の青髭ものなどのエッセンスをまぶしてあります。
とぼけたユーモラスな台詞もあるのですが、
トータルにはこれまでのシリーズより重く暗い雰囲気となっています。
主人公は僧ではなく、
プロテスタントの若い牧師という設定になっています。
上演時間は1時間半弱の短さであるのは同じですが、
何処までが真面目なのか判然としないものの、
キリスト教の神学論やスピノザについての議論が、
結構内容の中で大きな比重を占めていて、
意外に真面目に宗教論の芝居を、
したかったようにも思えます。
ただ、ラストは結局は原作と同じで、
鬼が調伏されるということになるので、
その辺りの段取りの平凡さが、
何となく見ていてモヤモヤする感じは残ります。
演出は今回は寺山修司をかなり意識したアングラチックなもので、
開幕前の音効もそんな感じですし、
屋敷で食事を摂る場面などは、
初演版の「奴婢訓」そのものという感じでした。
キリスト教の教義や哲学談義の場面では、
映像を巧みに使用して、
分かりやすく面白く解説をするところなどは、
寺十さんの面目躍如という感じなのですが、
いかんせん話が地味で、
ラストは歌舞伎でも能でもなく、
ただ恐い顔をした女性と言葉で対決するという、
間抜けにしかなりようのない場面なので、
キャストや演出がちょっと気の毒に感じました。
こうした得体の知れなさが、
北村さんの戯曲の魅力でもあるのですが、
今回はどうも失敗に終わってしまったように思います。
残念ですがまた次回に期待したいと思います。
それでは今日はこのくらいで。
皆さんも良い休日をお過ごし下さい。
石原がお送りしました。
2017-05-21 15:23
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