SSブログ

「飲んではいけない薬」報道とその後の処方行動について [科学検証]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日で診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談などで都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
スタチンの報道の影響.jpg
今年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
スタチンという薬の安全性についての報道と、
その後の処方の変化について分析した論文です。

最近週刊誌に毎週のように、
「飲んではいけない薬」のような特集記事が載せられ、
大きな反響を呼んでいます。

内容はさほど新味のないものなのですが、
医療にはそれほどの経験のないライターの方が、
電話取材のコメントを繋ぎ合わせて、
かなり勢いで書きなぐったというような感じの記事で、
スタチンについては、
「心筋梗塞などのリスクの高くない人は、
飲むのは慎重に考えた方がいい」
というような比較的穏当な内容なのですが、
見出しは、
「コレステロール薬は無意味」であったり、
「使い続けると後遺症の出る生活習慣病薬」であったり、
「クレストールは筋肉がとける リピトールは床ずれに」
であったりと、
100%そうなるとしか思えないような過激なものになっているので、
読んだ人は自分がスタチンを飲んでいると、
これは絶対止めよう、
と思うのは自然なことなのです。

こうした記事が掲載されてから、
患者さんからも、不安なのでスタチンを飲むのを止めたい、
というような話が複数ありました。

以前はこうした時に、
腹を立てたり、ガッカリしたり、
患者さんに説明をしようと長い時間を掛けて、
結局理解が得られなかったり、
というような、
今思うと無駄に近い努力をしたのですが、
今は柳に風と、
あまり気に留めないようにしています。

所詮医者の力などその程度のもので、
週刊誌の過激な見出しには、
どう頑張っても勝つことは出来ないのですし、
勝とうと思うことは無意味以外の何物でもないのです。

ただ、そうした「週刊誌の呪い」も、
それほど長持ちのするものではないので、
呪いの解ける時期を待ち、
こちらは自分を信用してくれる人のために、
日々誠意を尽くすことしかないと心に決めています。

スタチンという薬が、
心筋梗塞を起こした患者さんの再発予防においては、
非常に高い有効性があり、
必須の薬剤であることを否定する人は、
医療関係者ではほぼいません。

ただ、これを一次予防、
つまりまだ心筋梗塞などの病気を起こしてはいない人に、
その発症の予防のために使用することの妥当性については、
まだ議論のあるところです。

基本的な考え方は、
スタチンは動脈硬化性疾患の予防薬なので、
心筋梗塞などの病気を、
今後起こすリスクの高いような人では、
その使用に意味があるのですが、
そのリスクの低い人が使用することは、
使用することの副作用の発症などと天秤に掛けると、
どちらが良いが難しいということになるのです。

スタチンは決して副作用や有害事象の少ない薬ではありません。
しかし、その効果は慢性疾患の治療薬としては、
かなり画期的なものなので、
将来の心筋梗塞や脳卒中のリスクが高い人が、
頻度の少ない副作用を恐れて使用を控える、
という態度はあまり科学的なこととは言えません。

ただ、ここでやや歯切れが悪くなるのは、
スタチンの一次予防としての使用の基準となる、
将来の心血管疾患のリスクの計算というものが、
必ずしもクリアなものではなく、
結構時代により変化したりすることがある、
ということです。

欧米では日本よりはしっかりとした、
スタチンの使用基準が定められている、
という点は進歩しているのですが、
それでもスタチンという薬に、
何かモヤモヤとした感じを抱く人が多いことは共通しているようです。

イギリスでは、
2013年のBritish Medical Journal誌に、
軽度から中等度のリスクの患者さんに対してのスタチンの使用は、
その副作用のデメリットを上回らない可能性がある、
という論文が掲載され、
それがデフォルメされた形で一般に報道されたので、
日本の週刊誌と同じような事態となりました。

スタチンを継続して飲んでいた患者さんが、
スタチンを使用することに不安を感じ、
その使用を中断する事例が多発したのです。

上記文献においては、
臨床のデータベースを活用して、
報道の後のスタチンの中止に動いた患者さんの動向と、
その特徴を解析しています。

それによると、
スタチンに対するネガティブな報道の影響で、
特に高齢者で長期間スタチンを継続している患者さんにおいて、
スタチンの使用の中止が増加しています。
その影響は半年程度持続してからほぼ元に戻っています。
その一方で新たにスタチンを開始するような患者さんの行動は、
報道によっての影響を受けてはいません。

こうした傾向はおそらく日本でも当て嵌るものだと思います。

高齢で長く同じ薬を飲まれている患者さんは、
その使用が本当に自分にメリットのあるものかどうかに、
不安を強く抱いているので、
その不利益についてのニュースなどに非常に敏感に反応するのです。
一方で高齢者の医療費が高すぎるとか、
薬が多すぎると言われているのですから尚更です。

スタチンは飲んでいてその効果が実感出来るような薬ではなく、
何か症状があったり体調の変化があれば、
それはむしろ副作用に関するものなのです。
そして、長期間の使用においては、
医者の方も惰性になりがちで、
患者さんへの丁寧な説明や継続の必要性について、
配慮を欠くという傾向があるように思います。

スタチンの適応については、
長期使用の患者さんにおいても、
ある程度定期的な再検証が必要なのではないかと思いますし、
そうしてスタチンのその時点でのメリットとデメリットを確認することが、
悪質な報道になどに対抗するための、
唯一の手段でもあるような気がします。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(11)  コメント(8)  トラックバック(0) 

nice! 11

コメント 8

さすらいの、、、

浜先生の「飲んではいけない薬」によれば胃薬「ムコスタ」がトップに挙げられて何の薬効もないと。毎年受けている上部内視鏡で何年か前に逆流性胃炎の診断のもとタケプロン(後にワーファリンと合わないとのことでパリエットに変えてもらった)とムコスタをしばらく服薬しましたが、いずれも効果を意識できず飲んだりのまなかったりしていましたが、かかりつけ医のクリニックで院長学会出席で大学病院の講師の先生が代診されましたが、ワーファリンを飲んでいる人大部分が胃薬を飲んでいる、飲んだ方がいい、とパリエットを処方されました。パリエットは肝機能に障ると書かれていましたので、その点を伺いましたら肝臓と胃とどちらが重要だと思いますか、のご指導、迷っています。
by さすらいの、、、 (2016-07-13 09:04) 

fujiki

さすらいの、、、さんへ
定期的に胃カメラをされているような環境であれば、
必ずしも胃薬は必須ではないと思います。
どの胃薬が適切かは、
色々な意見があり、
本当にケースバイケースのような気がします。
一時はPPIがベストという見解が多かったのですが、
最近は少し変わって来ているようにも思います。
by fujiki (2016-07-13 13:52) 

さすらいの、、、

ご教示ありがとうございました。
by さすらいの、、、 (2016-07-13 15:44) 

モカ

石原先生、こんにちは。
一度始めたら「一生」止めることの出来ない医療は患者にとってはとても負担の重いものですよね。
私も一度LDLコレステロールが高かったのでスタチンを飲み始めたのですが、その後検査をすることもなく漫然と投薬が続いています。
別に一生飲んでも構わないのですが、それなりに納得のいくフォローは必要だと痛感します。
by モカ (2016-07-13 20:51) 

fujiki

モカさんへ
タイミングを見て終了という選択肢は、
常にあって良いと思います。
ただ、スタチンの場合、
一定の有効性があるのは、
将来的な心血管疾患のリスクが中等度以上はある場合で、
5から10年は継続して内服することが必須だと思います。
by fujiki (2016-07-14 08:30) 

モカ

石原先生ご返事ありがとうございます。
今までの先生の論文紹介で、スタチンには確実に有効性があることはわかりました。
信頼出来るホームドクターと一緒にやってゆきたいです。
by モカ (2016-07-14 11:27) 

milky

60代女性です。以前からLDL値が高く数年前ある年の特定検診で再度指摘されました。
それまでに自分なりにいろいろ読んだり調べたりで自分は心筋梗塞などのリスクは高くないしNNTのこと、また心気症の傾向もあり運動して筋肉痛があったときいちいち心配してしまいそうでスタチンは飲まないと判断していました。
で、医師にスタチンは飲みませんと告げたところ
「宗教的な理由なのか、治療しないと明日にでも天皇のようになって手術したり死んでしまうぞ」
と言われ震えるほど怒りを感じました。
週刊誌などはおっしゃるとおり煽りますが
医師もこの薬は100%飲まないと病気になるとか
飲むのは100%当たり前と押し付けてきます。
検査値が正常を超えていれば自動的に薬を出し
また患者のほうも盲目的に信頼して
処方されたものを飲み続けます。
あれから数年たっただけで認識が変わっていますので
今ならあの先生もLDL値だけで処方はしていないかも。
わたしも狂人扱いされないかと思います。
先生のブログでいろいろな論文紹介してくださり
また、内容をかみ砕いて解説してくださり
毎日本当に勉強になります。
臨床の傍らいつも学ばれている姿勢を尊敬いたします。
by milky (2016-07-14 12:01) 

fujiki

milkyさんへ
コメントありがとうございます。
確かに悪意はなくても、
医者はそうした「必ず悪くなる」
というような表現は使いがちのように思います。
私も気を付けます。
by fujiki (2016-07-14 16:01) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0