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EPAに内臓脂肪燃焼効果?…という話 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後とも、
いつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
EPAの脂肪燃焼効果.jpg
今月のScientific Reports誌にウェブ掲載された、
魚の脂の成分に、
脂肪細胞を燃焼させるような効果があるのでは、
という内容の論文です。

内容はよく吟味された緻密なものだと思います。

医療系のニュースで紹介され、
丁度健康教室の資料作りで、
EPAの話を整理していたところだったので、
「ふーん」という感じで読んでみました。

京都大学の河田照雄先生のグループの業績です。

この先生は脂肪細胞の代謝を研究されていて、
その絡みで多くの食品やその成分と、
脂肪代謝の改善作用との関連を論文にしています。

最近報道されたものでは、
トマトの成分に矢張り内臓脂肪の燃焼効果があるのでは、
というような内容をPLOS one誌に発表されていました。

PLOS one誌もScientific Reports誌も、
速報性とオープンアクセスが特徴のウェブのみの媒体で、
毎日数十篇から時には100編くらいの論文が、
ウェブで公開されています。

ですからこうした媒体での論文は、
勿論立派な業績ではあるのですが、
その後の知見の積み重ねを持って初めて、
そのデータの信頼性が担保される、
という性質のものだと理解する必要はあると思います。

EPA(エイコサペンタエン酸)とDHA(ドコサヘキサエン酸)は、
青魚の脂の成分で、
n-3脂肪酸という表現はこの2つを併せたものと同じです。
疫学研究では、魚を多く摂る人の方が、
心臓病や脳卒中の発症率が低い、
というような報告が複数あり、
EPAやDHAに動脈硬化の予防効果があるのではないか、
という推測があります。

EPAには中性脂肪を下げ、血管の内皮障害や炎症の抑制など、
動脈硬化の予防に結び付くような、
多くの作用が実験的には報告されています。

何度かご紹介しましたが、
2007年のLancet誌に掲載された、
JELISという大規模臨床試験があり、
これはスタチンへの上乗せで高純度のEPA製剤を使用したところ、
心血管疾患の発症率が19%低下した、
という結果になっています。
これでEPAの心血管疾患予防効果は、
大きく注目されたのですが、
その後の主にEPAやDHAのサプリメントを使用した試験では、
そうした結果は再現されていません。

そのため、
欧米ではn-3脂肪酸のサプリメントは、
どうも心血管疾患の予防には、
使えないのではないか、
という見解が主流です。

一方で日本においては、
EPAを含む2つの製剤が医療薬として認可を受け、
それほどの根拠はないのにも関わらず、
その使用が継続されています。

EPA熱はそんな訳でかなり醒めた感じがあるのですが、
動物実験などにおいては、
まだ新たな知見が次々と報告されています。

上記文献もその1つで、
イントロダクションではJELIS研究が引用されています。

これまでにもEPAの使用により、
内臓脂肪が減少する、というような報告はあることから、
それを事実と仮定して、
そのメカニズムをネズミの実験で検証しています。

脂肪細胞には白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞の2種類があります。

白色脂肪細胞は脂肪をため込む細胞で、
その一方で褐色脂肪細胞は、
脂肪を燃焼させて熱を発生させる細胞です。

褐色脂肪細胞には、
UCP1(ミトコンドリア脱共役蛋白質1)という、
一種のエネルギー変換器のような蛋白質があります。

身体の細胞はブドウ糖などを代謝して、
それをATPというエネルギーに変えるのですが、
そのエネルギーを熱に変換するのがUCP1です。

よく運動で脂肪を燃焼させて熱に変える、
というような言い方をしますが、
これは概ねUCP1を持つ細胞でのみ成り立つ理屈です。

UCP1を活性化させる刺激は、
交感神経の緊張なので、
運動のみならず、寒冷やストレスなど、
交感神経が緊張するような刺激であれば、
それが熱産生に結び付いて、
UCP1が発現している脂肪細胞であれば、
脂肪は溶けて熱になるのです。

問題は人間においては褐色脂肪細胞が非常に少ない、
という点にあります。

これが、運動しても脂肪が減り難い主な理由です。

ところが…

通常はUCP1が発現していないとされる白色脂肪細胞でも、
たとえば交感神経のβ3受容体が刺激されると、
白色脂肪細胞が褐色脂肪細胞様に変化して、
UCP1の発現が見られるようになる、
という知見が存在しています。

つまり、場合によっては、
脂肪をため込むだけの細胞が、
脂肪を燃焼させて熱に変えるような細胞に、
変化することがあるのです。

この白色脂肪細胞が変化した、
褐色脂肪様細胞を、
元々の褐色脂肪細胞と区別する意味で、
ベージュ細胞と呼ぶことがあります。

ちなみに医師の方が、
ベージュ細胞という報道を見て、
これは「褐色脂肪細胞」という言い方が正しい、
というニュアンスの発言をされているのを読みましたが、
それは誤りだと思います。
両者は違うものだからこそ、
「ベージュ」という言い方をしているのです。

内臓肥満のあるような人では、
内臓脂肪の多くが白色脂肪細胞であると考えられますが、
それを適切な刺激によってベージュ細胞に変えることが出来ると、
そうした人でも脂肪を簡単に燃焼することが可能になり、
内臓脂肪や肥満の解消に繋がることが期待されます。

今回の文献ではネズミの実験において、
EPAやDHAを含む魚の脂を摂取することにより、
交感神経が活性化し、
その結果としてUCP1が白色脂肪細胞に発現して、
ベージュ細胞が増加することが確認されています。
体重も減少しています。

つまり、EPAに内臓脂肪燃焼効果があるのでは、
ということを示唆する結果です。

ただ、これはネズミの実験で、
ネズミは人間よりも褐色脂肪細胞が多いという特徴があるので、
必ずしも人間でも同じことが成り立つとは言えない、
という点には注意が必要です。

臨床用量の高純度EPA製剤で、
体重が減少するというような知見はなく、
この理屈で言えば、
交感神経が緊張していることになりますが、
そうした現象を示唆する臨床データも、
あまり聞いたことがありません。

シンプルに考えて、
魚を食べると交感神経が緊張する、
というのも、
にわかには考え難いという気がしますし、
仮にそうしたことがあるとすると、
心臓に負荷が掛かるような事態になれば、
トータルに健康的な結果には、
ならないように思います。

たとえば、甲状腺機能亢進症では、
こうした変化が起こっているので、
体重が減少するのだと考えられますが、
それは甲状腺機能亢進症であることが健康的である、
という結論には至らないのと同じことだと思います。
ネズミの実験で人間の「健康」は測れないのです。

そんな訳で、
興味深い実験結果ではありますが、
魚の脂を摂ると内臓脂肪が燃焼する、
というような短絡的な結論には至らないと思いますし、
ベージュ細胞の問題については、
人間で実際にどうなのか、
と言う検証がないと、
ことの真偽は判断できないように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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