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早期再分極症候群の生命予後について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は別件の仕事で都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
早期再分極の新データ.jpg
今年のAnn Intern Med誌に掲載された、
早期再分極という心電図の異常と、
その長期の生命予後に与える影響についての論文です。

早期再分極(early repolarization)というのは、
通常は心電図でSTと呼ばれる部分が上昇している所見で、
分極、脱分極、再分極という一連の心臓の興奮の流れの中で、
心臓の筋肉が収縮するために一旦興奮し、
それが再び元に戻る部分が早期に起こる、
という現象を示している、と説明されています。

胸の痛みや心臓の動きの低下があって、
STの上昇があれば、
心筋梗塞や心筋炎といった病気を疑うのですが、
そうした異常がなく、
症状もないのに、
心電図の変化のみがある場合に、
そうした名前を付けているのです。

この早期再分極は若年者に多く、
特に病的な所見ではないと考えられていました。

ところが…

2008年のNew England…誌に注目すべき論文が掲載されました。
それがこちらです。
早期細分極の2008年論文.jpg
「Sudden cardiac arrest associated with early repolarization.」
と題されたこの論文では、
早期再分極を、
V1からV3以外の少なくとも2つの誘導で、
QRSの終わりのJポイントと呼ばれる部分に、
0.1mV以上のST上昇があり、
ノッチやJ波と呼ばれる上向きの結節や、
演奏記号のスラーのようななだらかな孤のような変化が、
生じているものと定義しています。
そして、突然の心停止を来した患者さんの33%に、
このスラーやJ波の変化が認められたのに対して、
コントロールの患者さんでは5%しか、
そうした所見は認められなかったと報告しています。

つまり、こうした所見は突然の心停止のリスクになることを、
示唆するような知見です。

2009年のNew England…誌には、
フィンランドにおいて30年という長期の観察を行なった、
疫学データが発表されています。
こちらです。
早期再分極論文2009年.jpg
この論文では、
早期再分極をQRSの終わりの部位(Jポイント)における、
0.1mV以上のSTの上昇が、
V1からV3(前壁)以外の誘導で見られること、
と定義しています。

すると、
特に下壁誘導(Ⅱ、Ⅲ、aVf)において、
Jポイントで0.2mV以上のST上昇が認められた事例では、
早期再分極のない事例と比較して、
心疾患による死亡リスクが2.98倍(1.85から4.92)、
不整脈による死亡リスクが2.92倍(1.45から5.89)、
それぞれ有意に増加していた、
という知見が得られました。

いずれの論文においても、
JポイントにおけるSTの上昇が、
より大きいほど、
不整脈死や心停止のリスクが高い、
という点は一致しています。

ただ、早期再分極の定義については、
微妙な違いがあり、
そのまま比較出来るような性質のものではありません。

その一方で最初にご紹介した文献の著者らは、
2011年のCirculation誌に、
このJ波やJポイントでのスラーといった変化と、
心臓由来の死亡との間には、
関連は見られなかった、という結果を報告しています。
しかし、その観察期間は平均で7.6年で、
2009年の論文において、
明確な差が生じるのは10年以降ですから、
これまでのデータを否定するような知見ではありません。

今回の論文においては、
退役軍人の医療保険のデータを活用して、
心電図における早期再分極の変化と、
心臓由来の死亡リスクとの関連を、
平均で17.5年という観察期間において検証しています。

2009年のNew England…論文の30年と比較すると、
まだ開きがありますが、
それでもかなり長期の観察が行なわれている、
ということが分かります。

早期再分極の定義は、
基本的には2008年のNew England…論文と同じに、
設定されています。

ちょっと具体的にお示します。
こちらです。
早期再分極の心電図の画像.jpg
一番上の段は上向きのST上昇があり、
J波もしくはノッチが認められます。
二段目は僅かなST上昇があり、
スラーと呼ばれるなだらかな波が認められます。
三段目はSTは下向きでJ波があり、
四段目はSTは下向きでスラーがあります。

対象者は9割以上が男性で、
20661件の心電図が解析され、
そのうちの4219例(20%)で、
早期再分極の変化が認められています。
すなわち、J波もしくはスラーの変化が、
下壁もしくは側壁の誘導に認められています。
そして、いずれの誘導の変化においても、
心臓死のリスクとの有意な関連は、
認められませんでした。

つまり、これまでの知見とは異なり、
早期再分極症候群と心血管死との間には、
関連はないとする知見です。

一体どちらを信用するべきでしょうか?

個人的な見解としてはこう思います。

2008年と2009年の論文においても、
明確なリスクの増加は、
ST上昇が0.2mV以上と大きい事例において見られていて、
J波やスラーの変化が、
単独でリスクの増加に結び付いている、
という根拠には乏しいと思います。

そう考えれば、
今回の論文も2008年と2009年の論文も、
それほど違った結論に至っている、
ということではなく、
早期再分極と呼ばれる心電図の多くは、
心臓死のリスクとは無関係な可能性が高く、
そうした関連があるのはごく一部に過ぎない、
ということを示唆しているように思います。

問題はどのような変化が、
より病的なものと判断出来るのか、
という点にあるのですが、
残念ながらその点についての見解は、
論文によってもまちまちなので、
それが判明するのは、
もう少し先の話になりそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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