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インフルエンザワクチンの小児への有効性(日本の最新データ) [医療のトピック]

こんにちは。
石原藤樹です。

六号通り診療所を退職し、
今は北品川で10月1日からの開業に向けて、
バタバタと準備に入っています。

いつもは5時には起きているのですが、
今日は7時少し前まで寝ていました。
今日は保健所の立ち入り検査と、
業者の方との打ち合わせがあります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
インフルエンザワクチンの日本の小児への効果.jpg
先月のPLOS one誌に掲載された、
けいゆう病院の菅谷憲夫先生らによる、
日本の季節性インフルエンザワクチンの小児への効果を、
国内ではもっとも大規模に検証した論文です。

これは非常にまっとうな内容であり、
まっとうな結論の論文です。
菅谷先生は日本のワクチン臨床の分野の第一人者です。

ただ、この時期には季節柄、
「インフルエンザワクチンは効かない」記事が、
必ず大新聞(含むそれほど大きくない新聞)に載るのが年中行事なので、
その犠牲になった感じで以下のような記事になっています。

『インフルワクチン:乳児・中学生に予防効果なし 慶応大など』
「インフルエンザのワクチンを接種しても、6~11ヶ月の乳児と13~15歳の子どもには、発症防止効果がないとの研究成果を、慶応大などの研究チームが米科学誌プロスワンに発表した。4727人の小児を対象にした世界的に例がない大規模調査で明らかになったという。」

これはかなり意地悪な記事で、
書かれた記者の藤野さんという方も、
相当な凄腕をお持ちのようです。

以下まずは論文の内容からご説明したいと思います。

現行使用されているインフルエンザワクチンの効果は、
季節性インフルエンザの予防という観点からは、
そう満足のいくものではありません。

しかし、2009年の所謂「新型インフルエンザ」騒動の時には、
その時流行しているウイルスを元にして、
超光速でワクチンを間に合わせたので、
国内外を問わず、非常に高い有効性を示しました。
つまり、ワクチン株と流行株が一致すれば、
「A型インフルエンザ」に限定すれば、
ただのスプリットワクチンとしては、
なかなか優れた効果を示すのです。

その一方で昨シーズンはA香港型の亜型に対し、
同じ型の抗原は含まれていながら、
ワクチンの効果は充分なものではありませんでした。

また、B型インフルエンザに関しては、
その有効性は平均的に満足のいくものではなく、
今年からはB型の抗原を2種類含んだ4価のワクチンに、
切り替えが行われますが、
個人的にはその効果には懐疑的です。
僕は以前から、
現行のものであれば、
インフルエンザワクチンに効果のないB型は要らない、
という立場です。

インフルエンザワクチンの接種は、
生後半年より認められていますが
(国内の北里のワクチンは除く)、
小児への有効性についても色々な議論があります。

日本ではかつての全粒子型ワクチンの時と、
同じ小児の用量設定が継続されていたために、
海外と比較して低用量になっていたという経緯がありました。
それで2009年の「新型インフルエンザ」時に議論となり、
2011年のシーズンから用量が海外と同じに変更されました。

今回のデータは、
用量が増えてからの小児への有効性を検証したもので、
2013年から2014年に掛け、
複数の施設を38度以上の発熱で受診して、
インフルエンザの迅速試験を行なった、
生後半年から15歳までの4727名の小児を対象とし、
ワクチンの摂取歴と、
迅速検査が陽性であったかどうかより、
ワクチンの有効率(Effectuveness)を検討しています。

これは日本臨床内科医会が、
毎年行なっている臨床研究と、
基本的には同じものですが、
小児の事例自体はそれほど多くはないので、
その有効性を月齢や年齢毎に検証するには、
充分なデータではなかったのです。

今回はそれをより大規模に施行することにより、
小児に絞ったより詳細な分析を可能としたものです。

ただ、この方法は一般の臨床で、
そのまま行えることを前提にしているので、
簡易診断に過ぎないインフルエンザ迅速試験の結果を、
インフルエンザの診断と見做している、
という弱さがあります。

同じ38度以上の発熱で、
迅速試験が陽性であればインフルエンザと診断し、
陰性であればコントロールに分類して、
その中だけで解析を行なっているのです。

A型とB型の型別の判定も、
迅速診断を信用することで行なっています。
ただ、一時期出回ったH1N1の亜型を区別するキットは、
信頼度が薄いとの指摘もあり、
それもそのまま使用している点は、
かなり疑問には感じます。

その結果…

4727名の発熱で受診されたお子さんのうち、
876名はA型インフルエンザが検査で陽性で、
そのうちの66名はH1N1pdm09(2009年の新型)が陽性、
1405名がB型インフルエンザ陽性で、
残りの2445名はインフルエンザ陰性です。

ここで簡易検査が陽性のお子さんが全てインフルエンザで、
陰性のお子さんは発熱を伴うそれ以外の病気、
というように断定すると、
ワクチン接種によりどれだけインフルエンザが予防されたかを示す、
発症防止効果は、
トータルで46%(95%CI:39から52)と算定されます。

これまでの世界のデータが、試験法は個々に違いますが、
40から70%くらいと報告されていますから、
低めだけれど想定内の結果です。
個々のタイプ毎に見ると、
A型(トータル)が63%(56から69)、
H1N1pdm09が77%(59から87)、
B型が26%(14から36)となっています。

つまり、
2009年の新型に対しては、
非常に有効性が高いのですが、
それに比較すると他のA型は有効性が低く、
B型ははっきり言えば、
殆ど効果がないと言っても過言ではありません。

これも想定された結果です。

年齢毎に比較すると、
最も有効性が高かったのは、
1から2歳のグループで、
3から5歳もそれに次ぐレベルですが、
6から12歳では新型インフルエンザ以外への有効性は、
かなり低値になり、
13から15歳のグループでは、
ほぼ有効性は確認出来ないレベルになっています。
1歳未満の乳児も同様に有効性が確認されませんでした。

この年齢毎の結果のみが、
悪意を持って強調する手法で、
上記の新聞記事になっているのです。

インフルエンザによる入院の予防効果を見ると、
トータルでは51%で、
A型のみのトータルでは76%、
H1N1pdm09に対しては90%という高率でした。

こうしてみると、
小児へのインフルエンザワクチンの接種は、
特に入院のような重症化の予防という観点からは、
それなりの有効性があるということが言えます。

このインフルエンザ予防効果は、
特に2009年の新型インフルエンザにおいて顕著で、
次にそれ以外のA型が続き、
B型は正直有効性が確認出来ないレベルです。

年齢毎の有効性評価で見ると、
1つ言えることは、
有効性が確認されなかった、
1歳未満と13歳から15歳のグループでは、
H1N1pdm09の発生が、
殆ど認められていない、という事実です。

このことが全ての原因ではないのですが、
この年齢層では新型インフルエンザの免疫のあることが、
今回の結果の大きな要因となっていることは、
間違いのないことのように思います。
1歳未満での免疫というのは、
お母さんからの移行という意味合いです。

無効というと、
新聞記事のように意地悪に言えば、
まるで効果がない、打つだけ無駄だ、
と考えがちですが、
これはそういうこととは少し違うのです。
新型インフルエンザのタイプの発症は殆どなかったので、
結果として接種の必要性は高くなかった、
というのがより正確な言い方だと思います。

ただ、1歳未満の有効率は、
元々低いことがこれまでのデータからも指摘されていましたから、
今回の結果はそれを裏打ちするものであり、
現状も強くは推奨されていない1歳未満の接種は、
今後も慎重にその適応を考える必要がありそうです。

従って、今回の知見の中で最も興味深いのは、
13から15歳での有効率が全体に低かったことで、
上記の新聞記事の中で、菅谷先生は、
「13~15歳という中学生の年代で効果がみられない理由は今後の検討課題だ」
というコメントを残されていて、
先生のご興味が、
主にその点の解明にあることを示唆しています。

このように、
上記論文の内容は多くの示唆に富み、
まっとうなものです。

ただ、その手法には迅速診断のみを用いるという問題があります。
特にA型のサブクラスの診断に関しては、
精度が低いという意見もあり、
年齢毎の有効性の差にしても、
それが迅速診断の感度の差であるという可能性も、
ないとは言い切れない点に、
注意が必要です。

感度が低ければ、
インフルエンザをそうでないと判定していることになり、
実際の有効率はもっと高い可能性があるからです。
勿論その逆に、特異度が低く、
実際の有効性は更に低い可能性もあります。

従って、年齢的に多くの事例を集めることは困難ですが、
遺伝子診断でしっかりウイルスのタイプを同定した上で、
それでもこうした傾向があるかどうかを、
再検証することが急務であると思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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人力

お久ぶりです。開業されるとの事、おめでとうございます。益々のご活躍を祈念しております。

2009年の新型インフルエンザの流行時に現在13歳のお子さんは7才位でしょうか。丁度、小学校に就学した年代になります。調査では15才までしかデータが無い様ですが、多分それ以上の年齢層も恒常的免疫を獲得していそうな事は1才未満児の母親が免疫を獲得していそうな事からも推測されます。

新型インフルエンザの流行時には妊婦と小学校低学年までが子供のワクチン優先接種対象者になっていたと記憶しておりますが、今回新型インフルエンザH1N1の感染が認めらた1才から13才は新型インフルエンザの予防ワクチンを接種されているので、自然感染による恒常的抗体を獲得出来ていない世代では無いでしょうか?

H1N1の流行当時、高齢者の感染者が少ない事が話題になりましたが、これはH1N1がかつて流行した株に極めて近いタイプで、有る程度の年齢層から上は抗体を既に持っていたと推測されていたかと思います。

ちょっと穿った見方にはなりますが、インフルエンザワクチンの功罪は、重症化をある程度防ぐ効果があると同時に、自然感染によって恒常的な抗体を獲得する事を妨げている様にも思われます。

ワクチン接種群と、非接種群の比較調査が成されれば、有る程度明確に出来るのでは無いかと思われますが・・・。
by 人力 (2015-09-04 09:39) 

fujiki

人力さんへ
ご無沙汰しています。
インフルエンザの免疫は、
一筋縄ではいかない興味深さがありますね。
これからも「北品川藤クリニック」ともども、
よろしくお願いします。
by fujiki (2015-09-05 20:54) 

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