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ミナモザ「彼らの敵」 [演劇]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から診察室の片付けなどして、
グッタリして、
それから今PCに向かっています。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
ミナモザ「彼らの敵」.jpg
2013年に初演されたミナモザの「彼らの敵」が、
初演と同じキャストで今再演されています。

これは1991年にパキスタンで起きた、
日本人大学生誘拐事件を元にしたもので、
誘拐された服部貴康さんへのインタビューを元にして創作された、
主催の瀬戸山美咲さんらしい意欲作です。

戯曲も非常に面白いのですが、
主役の服部さん(作中では坂本)を演じた、
劇団チョコレートケーキの西尾友樹さんを始めとする、
6人の俳優陣の演技が素晴らしく、
アゴラ劇場の小空間を、
最大限に利用した演出も見事で、
久しぶりに観る「凄い芝居」になっていました。

今年も結構良い芝居を沢山観ることが出来ましたが、
今のところ鳥肌の立つような観劇体験は、
ままごとの「わが星」とこの「彼らの敵」の2本だけです。

小劇場演劇の多くは、
正直物凄く詰まらなくて、
見たことを後悔するようなものですが、
中にこうした類稀な宝石が含まれているのが、
いつまでも小劇場通いを止められない理由です。

観れば絶対にあなたの一生の心の財産になります。

それだけの名作なのです。

公演は8月4日までなので、
迷われている方がいれば是非。
極めつけの「本物」です。

以下ネタバレを含む感想です。

1991年3月、
パキスタンのインダス川で川下りをしていた
日本人大学生3人が、
強盗団に誘拐される事件が起きます。
3人のうち2人は44日間拘束された後に解放されますが
(もう1人は先に解放)、
拘束中に彼らの行為を批判する内容の記事が週刊文春に出ると、
「大学生の行為は浮ついていて軽率だ」
という世論が一気に高まり、
帰国後の2人は、
マスコミの集中攻撃を受け、
避難の手紙や電話なども殺到します。

ところが、
この2人の1人で今回の芝居の主人公である「坂本」は、
就職先に週刊現代を選び、
有名人のパンチラや密会などを隠し撮りする、
カメラマンになるのです。

物語のラストで、
主人公は週刊現代を首になり、
人生の新たな目標を、
ぼんやりと口にします。

物語の核の部分は、
死と隣り合わせの監禁生活から、
一転してマスコミのパッシングを浴びるという、
ダイナミックな経歴を持つ主人公が、
何故同じ週刊誌でパパラッチもどきの仕事を続けているのか、
という謎にあります。

作品は主に週刊現代のカメラマン時代を軸にして展開し、
そこに過去の監禁に至る経緯と監禁生活、
そして解放からマスコミのパッシングに至る歴史が、
フラッシュバック的に挟み込まれます。

この作品はモデルとなった本人への、
綿密な取材を元に構成されています。
主人公のモデルとなった人物は、
現在ではフリーカメラマンとして活躍されていて、
今回の公演の初日と二日目には、
ゲストとしてアフタートークにも加わっています。

ただ、上演された作品自体には、
彼の今日の活動に繋がる、
明確な道筋は示されてはおらず、
現実の彼の存在自体が、
物語のフィクションから零れるような恰好で、
現実に繋がるという趣向になっています。

虚構が現実で完結していて、
それを劇場外で観客は確認することになるのです。
これがこの作品の非常にユニークなところです。

もう1つの特徴は主人公の性格設定です。

普通、モデル本人に取材して、
本人とも交流があるのですから、
あまり悪く描く訳にも行かず、
無難な善人になってしまうことが多いと思うのですが、
この作品の主人公はかなり個性的です。

感情に流される傾向が強くて、
年齢よりもかなり子供っぽく、
他人とコミュニケーションを取ることが困難と分かると、
すぐに理解し合うことをあきらめて、
自分の主張も心の中に仕舞い込んでしまいます。
何にせよ考えが浅いのです。
それが、現実ではなくフラッシュバックとして、
何度も繰り返される、
過去の監禁生活での、
現地の囚われた兵士との交流を通して、
少しずつ変容して行きます。
より正確には、
自分を変えることになるその人物との出会いが、
その時には自分の中で咀嚼出来ないままであったのが、
その後の経験の中で、
考えが少しずつ深められ、
そしてある種の悟りに至るのです。

この辺りの心の動きが、
極めて繊細かつ説得力を持って描かれているのが、
この作品の大きな魅力です。

演じた西尾友樹さんは、
劇団チョコレートケーキの舞台で何度か観ていて、
その癖のある喋り方や、
ちょっと何を考えているのか、
分からないようなところが、
正直これまでは違和感があったのですが、
今回の作品では、
振幅の大きな感情表現が素晴らしく、
おそらくは彼のベストアクトと言って良い、
見事な芝居を見せていました。

彼の存在によって、
戯曲の主人公は間違いなく息を吹き込まれ、
芝居に真実を感じさせる、
大きな原動力となったのです。

西尾さん以外の5人のキャストは、
それぞれ数役を演じ分けるのですが、
これがまた一球入魂の演技で感心させられます。

芝居の後半には2つの強烈に印象的なシークエンスがあります。

その1つは,
外務省の職員の仲介で、
監禁されていてバッシングを受けた2人と、
週刊文春の担当者とが対決するという場面です。
主人公は感情の赴くままに憤りを相手にぶつけるのですが、
したたかな編集者は、
のらりくらりとその言葉をかわし、
決して自分の非を認めようとはしません。
そのうちに、主人公は、
うんざりして交渉自体を投げてしまうのです。

コミュニケーションギャップを、
象徴的に表現した名場面ですが、
海千山千の編集者を演じた大原研二さんが、
これも如何にもな見事な芝居で場を盛り上げました。

それからそれに続くシークエンスでは、
週間現代のライターをしている女性が、
優柔不断な主人公を詰問し、
過去の事件との向き合い方から、
その後の人生まで、
主人公を精神的に丸裸にするまで追い詰めるのですが、
その女性を演じた青年団の菊池佳南さんが、
これもまた素晴らしく、
小悪魔的な風貌と印象から、
男をいたぶる残忍な爬虫類に、
変貌するような芝居が圧巻でした。

このパートについては、
つかこうへいの良い時の掛け合いを、
思わせるような雰囲気もありましたし、
ねちっこさでは、
今村昌平の映画を観ているような気分もありました。

舞台装置はアゴラ劇場の空間を、
横長に広く使い、
中央の床に大きな白い円が描かれています。
それは水面に映る巨大な月のようにも見えます。
思うところ、それは主人公の心の中のある種の結界で、
そこから脱出しようと足掻く主人公の姿が、
このドラマであるようにも感じられます。

後は上手にテントがあり、
下手に机と書棚などがある、
と言うシンプルなセットなのですが、
白い巨大な円に当たる照明の変化によって、
そこが監禁されたパキスタンになったり、
会見会場になったりするのが、
説得力を持って描かれている点に感心します。

僕はミナモザを前回の「見えない雲」で初めて観たのですが、
この時は会場は三軒茶屋のシアタートラムで、
小劇場とは言いながらも、
かなり広い舞台での上演でした。

正直空間の活かし方には問題があり、
舞台上をやや隙間風が通り抜けるようなところがありました。

瀬戸山さんの演出には、
今のところアゴラ劇場くらいの箱が、
一番合っているのかも知れません。

今回は非常に緻密で精緻な演出でした。

このように、
台本、演出、役者の全てが高いレベルで切磋琢磨するような舞台は、
そうざらにあるものではなく、
ラストの幾つかの台詞は、
やや唐突で違和感があるのですが、
それ以外は文句の付けようのない力作で、
この数年の演劇界を代表する作品の1つと言っても、
過言ではないように思います。

必見です。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 2

nido

石原さん、初めてコメントさせていただきます。
いつも興味深く読ませていただいています。
「彼らの敵」、急遽観に行きました。
まさに、めったに体験できない、息詰まるような舞台で、
薦めてくださった石原さんに感謝しています。

by nido (2015-08-03 17:51) 

fujiki

nidoさんへ
気に入って頂けたようで嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2015-08-04 06:27) 

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