橘寺と撒かれた油の話 [身辺雑記]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。
今日は雑談です。
ゴールデンウイークには、
いつものように奈良に行ったのですが、
ちょっとブルーな気分になったのは、
例の文化財に撒かれた油の被害を見たからです。
僕が見たのはこちらのお寺です。
橘寺は聖徳太子に縁の古寺で、
明日香村の小高い丘の上に、
堀に囲まれて城塞都市のようにそそり立っています。
遠くから見たそのビジュアルは、
本当に城塞都市か山城のようで素敵です。
聖徳太子像を祀る本堂(太子殿)が、
上のチケットの写真にもなっているのですが、
ここも「油撒き男(性別は仮称)」の餌食となっていました。
このお堂では、
内陣の畳と木の床に跨るようにして、
黒い染みが飛び散るように残っていました。
瓶か何かから、
バッと一気に掛けた、
と言う感じの飛沫です。
お寺の方にお聞きした話では、
朝の掃除の時には何もなく、
それから2時間ほどの短時間の間の出来事だったそうです。
このお寺は、
奈良の観光地としては、
比較的マイナーな部類ですから、
2時間でそれほどの参拝者はいません。
ですから団体客ということではなく、
個人の参拝者であったことは、
この橘寺の事例のみでは、
間違いのないことなのです。
撒かれた場所は、
丁度お堂の正面向かって左にある受付からは、
柱で死角になる場所でした。
つまり、意図的にその場所を選び、
誰にも見られていないことを確認の上、
一瞬で油を撒いたことにほぼ間違いはありません。
従って、以上のような情報から、
これが何かの儀式などではなく、
「汚れなき悪戯」の類でもなく、
純然たるいやがらせの一種であって、
しかも、撒いた本人には、
それが疚しいことだという自覚があって行なったであろうことも、
ほぼ推測が可能です。
誰にでも触れられる場所にあり、
誰でも汚すことも壊すことも可能である筈の、
1つの素朴な信仰の対象が、
数百年、時には千年を経て残っている、
ということの奇跡に、
素朴に感動したいと願うのが、
僕の奈良行きの主な目的ですが、
色々なものが少しずつ汚され、
悪意によって少しずつ滅んで行くのを、
目にしないといけないのであれば、
そろそろ足を洗った方が良いかな、
と思わなくもありません。
橘寺の観音堂には、
藤原時代の優れた如意輪観音がいらっしゃって、
これも非常な楽しみなのですが、
お堂はかなり荒廃した雰囲気で、
補修の寄付が募られてはいますが、
いつ着工になるとも知れません。
その御前で金500年の写経(もどき)をして、
手を合わせ、静かにお寺を後にしました。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
六号通り診療所の石原です。
朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。
今日は雑談です。
ゴールデンウイークには、
いつものように奈良に行ったのですが、
ちょっとブルーな気分になったのは、
例の文化財に撒かれた油の被害を見たからです。
僕が見たのはこちらのお寺です。
橘寺は聖徳太子に縁の古寺で、
明日香村の小高い丘の上に、
堀に囲まれて城塞都市のようにそそり立っています。
遠くから見たそのビジュアルは、
本当に城塞都市か山城のようで素敵です。
聖徳太子像を祀る本堂(太子殿)が、
上のチケットの写真にもなっているのですが、
ここも「油撒き男(性別は仮称)」の餌食となっていました。
このお堂では、
内陣の畳と木の床に跨るようにして、
黒い染みが飛び散るように残っていました。
瓶か何かから、
バッと一気に掛けた、
と言う感じの飛沫です。
お寺の方にお聞きした話では、
朝の掃除の時には何もなく、
それから2時間ほどの短時間の間の出来事だったそうです。
このお寺は、
奈良の観光地としては、
比較的マイナーな部類ですから、
2時間でそれほどの参拝者はいません。
ですから団体客ということではなく、
個人の参拝者であったことは、
この橘寺の事例のみでは、
間違いのないことなのです。
撒かれた場所は、
丁度お堂の正面向かって左にある受付からは、
柱で死角になる場所でした。
つまり、意図的にその場所を選び、
誰にも見られていないことを確認の上、
一瞬で油を撒いたことにほぼ間違いはありません。
従って、以上のような情報から、
これが何かの儀式などではなく、
「汚れなき悪戯」の類でもなく、
純然たるいやがらせの一種であって、
しかも、撒いた本人には、
それが疚しいことだという自覚があって行なったであろうことも、
ほぼ推測が可能です。
誰にでも触れられる場所にあり、
誰でも汚すことも壊すことも可能である筈の、
1つの素朴な信仰の対象が、
数百年、時には千年を経て残っている、
ということの奇跡に、
素朴に感動したいと願うのが、
僕の奈良行きの主な目的ですが、
色々なものが少しずつ汚され、
悪意によって少しずつ滅んで行くのを、
目にしないといけないのであれば、
そろそろ足を洗った方が良いかな、
と思わなくもありません。
橘寺の観音堂には、
藤原時代の優れた如意輪観音がいらっしゃって、
これも非常な楽しみなのですが、
お堂はかなり荒廃した雰囲気で、
補修の寄付が募られてはいますが、
いつ着工になるとも知れません。
その御前で金500年の写経(もどき)をして、
手を合わせ、静かにお寺を後にしました。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
2015-05-09 08:02
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コメント(2)
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犯人逮捕を強く望みます。
by Silvermac (2015-05-09 09:46)
Silvermacさんへ
模倣犯もあるのだと思いますが、
なかなか解決の話がありませんね。
by fujiki (2015-05-11 06:34)