SSブログ

中村文則集成(その1) [小説]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日まで診療所は休診です。

休みの日は趣味の話題です。

最近中村文則さんの作品をまとめ読みしているので、
その作品を僕なりにご紹介します。

中村さんは芥川賞や大江健三郎賞、
野間文芸新人賞などを立て続けに受賞した、
新進気鋭の若手作家で、
ノワール(暗黒小説)としてはアメリカでも評価されています。

最近の作品の評価については、
色々な考えがあり、
また緻密な描写のものと、
良く言えば軽いタッチの、
通俗味に傾斜した作品とがあり、
その質にはかなりの差があります。

僕が自信を持ってお勧め出来るのは、
海外での評価も高い暗黒小説の「掏摸」と、
芥川賞を受賞した「土の中の子供」で、
初期作の「銃」と「遮光」も密度の高い力作ですが、
ラストの処理には疑問が残ります。

今日は初期作品を概説します。

①「銃」
銃.jpg
新潮新人賞を受賞した、
中村さんのデビュー作で、
破滅願望のある大学生が、
曰くのある拳銃を拾ったことから、
狂気へと傾斜する様が、
説得力を持った筆致で描かれます。

呪われた刀を拾った主人公が、
刀に支配されて人斬りになるような話は、
歴史物などで昔からあり、
それを換骨奪胎したような物語なのですが、
その主人公の破滅への軌跡が、
出鱈目で一貫性のない心理でありながら、
かなりの説得力を持っていて、
初出時に批判を受けて修正されたという、
かなり読みづらいオープニングを抜けると、
後は一気呵成に読むことが出来ます。

銃を撃ってしまえば、
捕まることはほぼ間違いがないのですし、
わざわざ普段から持ち歩いていれば、
見付かるリスクも高いのは明らかなのですが、
一面ではそう分かっていながら、
悪い方へ悪い方へと向かう心理が、
あまり作為的な感じではなく、
奇妙な歪みを持って続くのが心地良いのです。

ただ、主人公は衝動的で暴力的なので、
お友達には絶対になりたくないタイプです。

文章は決して上手くはないと思うのですが、
山場の張り方が上手くて、
拳銃の試し撃ちをするところと、
最初に人間を撃とうとするシークエンスは、
見事なタッチだと思いました。

矢張りしっくり来ないのは唐突なラストで、
これはないのじゃないか、
という感じで脱力を覚えることは確かです。

②「遮光」
遮光.jpg
野間文芸新人賞を取った第2作で、
基本的には処女作と同じ、
1つのものに執着する主人公の狂気への道程を、
執拗なタッチで描いた作品です。

ただ、主人公の造形はより深く描かれていて、
その狂気の描写を含めて、
間違いなく処女作より進化した作品になっています。

象徴的な白いワゴンの禍々しさを含めて、
ディテールも非常に磨かれています。

サイコスリラー的な感じもあり、
クックの異常心理小説に近い雰囲気もあります。
通常日本のこうした小説では、
脇役はあまり壊れていないことが多いのですが、
この作品では歪なキャラが周囲を固めていて、
その辺りもアメリカの犯罪小説に近い感覚なのです。
後年アメリカのミステリー界で、
彼の作品が評価されたのは、なるほどと思います。

性格の壊れ方にも、
母胎回帰的なウェットさがなく、
要するにマザコン的ではなく、
頭の中でウジウジと悩むより、
行動で壊れて行く感じなので、
日本的なドロドロを読み慣れていると新鮮に感じるのです。

ただ、中心となる主人公の、
死んだ恋人への異常心理については、
あまり説得力を持って感じられず、
取って付けたような印象があります。

また、ラストの暴力的なカタストロフは、
処女作と同様、かなり唐突で違和感があります。

ラストさえ変わっていれば、
強くお勧め出来る作品なのですが、
その点が個人的には惜しまれます。

③「悪意の手記」
悪意の手記.jpg
これは年代的には3作目の長編ですが、
これまでの2作品とは趣を異にしていて、
私小説では定番の手記の設定を取り、
難病で死に掛けた主人公が、
生死に対する屈折した心情の元に、
友人を殺してしまい、
その罪の意識と相対する、
という、今時どうしちゃったの、
というような作品です。

3つの手記からなる構成は、
太宰治の「人間失格」を彷彿とさせ、
ドストエフスキーの「罪と罰」や「地下室の手記」、
三島由紀夫の「仮面の告白」を思わせる部分もあります。

作者としてはこうした作品を書く事に、
意義があったのだと思いますが、
読む側としては平板で退屈で、
最後まで行き着くのに苦労しました。

ちなみに、
主人公が罹患する難病は、
初出時にはTTP(血栓性血小板減少性紫斑病)であったのですが、
実在の病名を使用することは問題があったようで、
文庫版ではTRP(血栓性血小板縮減性肥大紫斑病)
という架空のものに書き改められています。

医療知識はない作者だと思うので、
仕方のないことですが、
この架空の病名のセンスのなさは、
恥ずかしい感じがします。
ヘモグロビンの基準値がmg/dlになっているなど、
他にも誤りは所々に残っています。

④「土の中の子供」
土の中の子供.jpg
作者4作目のこの作品は、
芥川賞受賞作です。

これは「銃」、「遮光」の流れを、
より推し進めたような作品で、
主人公が前の2作品では抗うことなく放置していた、
過去のトラウマに真正面から向き合い、
それを克服する姿を、
感動的に描いています。

ややお行儀の良い、優等生的な作品ではあるのですが、
ダークで自滅的で暴力的な部分は、
しっかり残っていますし、
その上で前2作のような破滅的なラストではなく、
曙光の垣間見えるような終わりにしている点に、
作者の成長を見る思いがします。

この中編から短い長編くらいのボリュームの作品には、
およそ無駄な描写や展開というものがなく、
全ては計算されてそこにある、という気がしますし、
クライマックスの主人公が死に最接近するパートの、
盛り上げ方も凡手ではありません。

芥川賞に相応しい質感の作品だと思いますし、
初期の作者の代表作であることは間違いがありません。

これはお勧めです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
nice!(24)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 24

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0